消えない十字架
佐々木が発注ミスをしたと所長に呼ばれ、二人で注意を受ける。と言っても、佐々木ではなく俺が主に厳しく指導される。
最後の確認を疎かにしたので仕方ない。
佐々木は心配そうに俺を見ていた。
今思えば大したミスではない。今の俺ならすぐに動いてその場で解決すら出来る位の案件だ。
だがまだ三年目ということもあり、一回一回対処法を先輩に聞きながら対応しなければなかった。
皆が退勤した後もその作業を続けていると佐々木が近寄って来た。
「本当にすみませんでした、俺のせいで」
「いや大丈夫。すぐ対応出来たから相手に迷惑をかけることもなかったから。もう帰っていいよ。無理すんなよ」
「いえ! 無理させてください! そのうち手の抜き方を覚えますから! 今は無理する時だと思います!」
本当に仕事熱心な奴だと思った。
その時の俺はその言葉を真に受け、佐々木のしたいようにさせていた。残業するならさせる、帰りたいなら帰らせる。そんな感じ。
だが、それから一ヶ月もしないうちに佐々木は仕事に来なくなった。
「それで辞めたんですか? その人」
藤田が口を挟む。
答えようとするが言葉が詰まる。
何かが込み上げる。
俺の反応を見て高橋が代わりに口を開く。
ていねいに言葉を置いていくような言い方をする。
「死んだんだ」
「え!?」
藤田が目を見開き俺たち二人を交互に見る。
「連絡が取れなくなって、成瀬は家にまで行ったんだが数日は受け答えしたけど、返答がなくなって、
管理人に相談して。その当時、知り合いを装って鍵を使って強盗する奴らがいてさ、管理人が鍵を開けてくれなかったらしい。
上司は成瀬に対応を丸投げして、しかも来なくなったのは成瀬のせいとか言ってさ。
成瀬はご家族に連絡して、地方から来てもらってやっと鍵を開けることが出来た。
でもその時にはもう風呂場で自分の……」
高橋はそこまで言うと、深呼吸をしてまた始めた。
「それからの成瀬は目もあてられなかった。どんどんやつれていくし、それでも仕事は休まず来てて。
俺は違う営業所だったから同期からそんな情報が入ってきてた。
それ聞いて一度成瀬に会いに営業所行ったけど、ひどい有様だった。話しかけても対して反応しないし無表情で。どう助けたらいいかわからなかった」
「その後……訴えたりされたんですか?」
藤田がつっかかりながらも、やっとのことで声を絞り出している。
「こういう時早く動くのがうちの会社で、訴えられた時にすぐ反論出来るようにって、防犯カメラで退勤時間を調べたり周りから聞き取り調査したり。
それでわかったのは、成瀬が新人の分も仕事をして、残業申請せずに通常の二倍以上の残業をしていたこと、新人は他の奴らと同じ位の残業だったこと、成瀬の指導に厳しい叱責などはなかったことがわかっただけだった。むしろ、成瀬の方が鬱病になりかねない仕事量をこなしていたんだ」
「成瀬さんはどうやって立ち直ったんですか……?」
「立ち直ってなんかないさ。
今も引きずってるよこいつは。
亡くなって一ヶ月後ぐらいにご両親が直接会社に来たんだ。上司と成瀬とご両親で個室で話をすることになった。
成瀬は泣きながらご両親に謝ったが、予想外の反応で成瀬を全く責めていなかった。
亡くなった後に手紙が出てきた、と。
そこには成瀬に守られてありがたかった、しかし迷惑をかけてばかりで申し訳なかった。仕事をやっていく自信がない。
など書かれていた。
結局、手紙から推測すると亡くなった原因は彼女と別れたことが7割、仕事3割位の印象だった。
ただ成瀬は自分が早く気づいてやれればと自分を責めてたんだ。
それからこいつは新人指導をやめた。今もやってない」
「え? でも俺、成瀬さんにたくさん教えてもらってますよ?」
「ああ、普通の指導はするがマンツーマンの新人指導はやってない。あれの場合、一日中二人で行動しての指導になるからな」
「……確かに。それはしてもらってないですね……」
「藤田……」
やっとのことで重い口を開く。
「俺がお前に知っておいてほしいのは二つ。
一つは、自分と他者のストレスの受け止め具合が違うということ。
同じ出来事が起こったとしても、俺にとっては30でも他者にとっては70の大打撃のこともある。
そしてもう一つ。
人の気持ちはその人にしかわからない。
同じ事を体験しても、それまでの環境や感じ方が違うから気持ちというのは予想するまでで、確定は出来ない。
難しいんだ、人と関わるということは。毎日当たり前のようにやってるけど。
何か起こった時に、これらを知っているかどうかで動きが大きく変わってくる」
思わず下を向く。
「あの時、自分が注意されて大したことなかったから、佐々木も大丈夫だと思ってしまったのが間違いだった。
命を終わらせた原因のほとんどが恋人関係だとしても1割でも仕事が入っているなら、救えたかもしれないと思った。何年経った今でも思ってる」
「成瀬さん……」
藤田が泣きそうな顔を見せ覗き込んでくる。
「その人に出逢ったお陰で、俺は成瀬さんに大切に守ってもらえてるんですね。少なくとも俺はそう思います。
俺は成瀬さんに何度も救われていますよ」
「……ありがとう」
他に言葉が見つからなかった。




