回想〜告白
嫁が子供を寝かしつけた後リビングへ戻って来た。
話があると告げ、俺の真向かいに腰を下ろした。
テレビを消し無音を作り出す。
外の雨音が聞こえ始め、雨が降っていたことに気付かされる。
静寂の世界を破るように嫁が口を開いた。
「離婚して欲しいの……」
「……は?」
俺何した?
法に触れるどころか嫁に弁解するようなことは何も……
「蓮は悪くないの。私が悪いだけ」
名前を呼ばれてわかる。
俺のことをパパではなく名前で呼ぶということは、
家族ではなく一人の男に対して話している。
淡々と話し始めた。
半年前に好きな人が出来た、と。
なに綺麗に恋したような言い方してんだよ。
要するにその頃関係をもったということだろ。
そいつと一緒になりたいから別れてほしいと言う。
この半年、お前はどう思って俺に抱かれてた?
嫌がる素振りも見せず心で泣いてたのか?
それはそれでツラくなる。お前はツラかった?
だがどんなにツラくても、お前は別の男に慰めてもらい満たされてたのか。
俺が佐伯さんのことを理性で必死に耐えてた時、お前は他の男と腰振ってたのか。
なんだ、こんなことになるなら感情に任せて佐伯さんとヤれば良かった。
指輪を無くした辺りからすれ違い始めた?
それとも、もう俺との関係はどうでもよくなったから大切にしなくなり指輪を無くした?
「花音は?」
娘が気になる。新しい男にすぐに馴染めるのだろうか。人見知りが全くない訳ではない。
「何回も一緒に遊んでもらってるから大丈夫」
大丈夫? こっちは全然大丈夫じゃない。
……そうか。俺の知らない所で進んでたのか。
娘も抱き込んで自分たちの都合いいようにするというわけか。
「でも離婚したからってすぐは結婚できないだろ?
女は離婚後何日か経たないと再婚出来ないんじゃなかったか?」
目を伏せながら言いにくそうに言葉を発す。
「何年か前に法改正があってすぐに再婚出来るようになったのよ……」
「へえ……」
自分に関係ない法律は全然知らないもんだな、と感心さえする。
この情報を嫁が自分で調べたのか、相手に言われたのかはわからない。ただ、相手もこの情報は知っているということはわかる。
「ごめん……」
ごめんで済む話か? とりあえず謝ってるだけだろ。
「それで……」
「何だ? まだなんかあるのか?」
「慰謝料を請求しないでもらいたいの……」
あそうか、俺が被害者側だからそんなのも請求できるのな。そこまで頭が回っていない。
「その代わり、ここの残りのローンは全部私が払っていくし、私が結婚すれば蓮も養育費は払わなくて済むから……」
その新しい男と住むわけか。もしくは売りに出すのだろう。
売りに出して欲しいな。ここで生まれた思い出たちを新しい男に上書きされるのは癪だ。気持ち悪い。
反吐が出る。
「わかった……」
もういいや。もうどうでもいい。
立ち上がり、リビングを出ようとすると突然腕を掴まれる。
「もっとないの!?
別れたくないとか、どこが駄目だったか聞いたりとか!
聞くことなんもないの!?」
言えば言ったで言い返すくせに。
何を言われたい? 泣いてすがりついてほしいのか。
いい女気分を味わいたいのか。
手離したくないって言ってほしい?
悪い所を直すからそばにいて!! って?
馬鹿にすんじゃねえよ。だれが言うかよ。
見下ろし、軽蔑するような目でじっと見つめる。
「じゃあ俺が別れたくないって言ったら別れないのかよ」
嫁は一瞬恐怖に歪んだ表情を見せ、パッと手を離した。
気付けば外に出てきていて、どこをどう歩いたかよく覚えていない。
雨が降っていると気付いていたのに傘も持って来なかった。小雨であったのが救いだな。
風邪引いて仕事休むことになったら職場に迷惑かけてしまうな、早く帰って着替えないと……
こんな時まで仕事が頭をよぎるなんてもう頭が可笑しくなったんじゃないか。
できれば家に帰りたくないが行くあてもない。
漫画喫茶にでも泊まりたいところだが、このびしょ濡れではお店に迷惑がかかってしまう。
足が疲れるまで歩いて家に帰ろう。
帰ったらすぐ眠れるように。
何も考えず眠りにつけるように。
そうか、明日は土曜で休みだ。
だから今日この話をしたんだろう。
娘と離れることだけが心を苦しめる。
考えただけで吐きそうになる。
抱き締めるとふわっと香る優しい匂い、ふわふわの頬や包み込むと見えなくなる小さな手。
だが、その新しい男にもそうやって可愛がってもらっているんだろうな。
涙が止まらない。何があっても娘だけとは離れたくなかった。しかもこんな可愛い時期に。
今離れれば、大人になった時に俺のことなんて覚えてないだろう。
俺だって5歳までの記憶なんてほとんどない。
今まで過ごしてきた日々が全てなかったことになるのかもしれない。
生きていてこんなにツラいことがあったんだな。
胸をえぐられるような思いってこんな感じだろうか。
雨のせいで頬を伝っているのが涙か雨かわからなくなる。雨が止む時に涙も止んでいるといいけれど。




