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35歳の俺が上司ざまぁするまでの物語  作者: VANRI


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葛藤

 昼間は暖かさを感じるようになったが、夜はそれなりに冷えてくる。だから人は夜に人肌恋しくなるのだろうか。


「月が綺麗ですね」

 街灯の少ない駅までの夜道は、澄んでいる空に月や星を見ることが出来た。教えてもらえなければ見上げることもなく、気付かなかっただろう。

 佐伯さんは背が低いから、俺を見上げた時に偶然気付いたのかしれない。俺は下ばかり向いているから見えているものが違うんだろうな。


「今日はありがとう、話聞いてくれて………」

「いえ、私でよかったらいつでも……フフ」


 手が触れるか触れないかの距離で歩いているので、絶対に触れないように気をつける。

 万が一、指一本でも触れれば制御が利かなくなると思う。特に人通りが少ない夜道なら尚更。

 この気持ちは今の感情なのか昔の恋心なのか、

はたまた両方か。


 もっと長い時間そばにいたいと思うが、駅に着くまでの時間がタイムリミット。

 この時間が長くてもどうせ何も出来ないなら、

このツラさは短い方がいいかもしれない。


 駅のホームで別れを告げる。

電車に乗ったあと振り返り、

「既婚者に興味ないのに付き合ってもらって悪かったな」

と、フザケて笑いながら言ってみた。


「いえいえ……」と笑いながら答え、

電車のドアが閉まる寸前、


「成瀬さんは別です」

と、照れ笑いを浮かべられる。

それに答える暇なくドアが閉まった。



 ……危なかった。あれをドアが閉まる前に言われてたら、抱き締めてキスをしていたに違いない。

 そうなればもう後戻りは出来なかっただろう。


 法律上は、キスや抱擁は不貞行為にはあたらない。

性行為からとされており、それが手や口でも不貞行為と見なされる。

 だが逆を言えば、そこまでいかなければそうとは見なされない。


 世の中の既婚者、男性は7割近く、女性は半数近くが不倫経験者というデータもある。

 男性に至っては不倫をしていない人間の方が少ないということだ。

 多いからといって仕方ないとは言えないし、言い訳にもならない。

 どんなに美しい純愛のように語ったところで、傍から見ればただの不倫。欲に溺れただけの関係としか見られないだろう。


 

――――――



 家に帰るとまだ嫁が起きていた。

「久しぶりね、いきなり飲みに行くなんて」


 何も答えずそのままリビングで嫁を抱いた。

少し驚く素振りを見せたが、いつもと違うと思ったのか受け入れてくれた。

 ただ、終わってから残るのは虚しさだけで満足感はなかった。あの子を抱けない代わりに抱いたに過ぎないのかもしれない。


 法に触れることも、嫁に弁解するようなこともしていない。それなのにこんなに苦しいのか。

他の奴らのように、心の思うままに動いて溺れてしまえば良かったのか。

 そしたらこんなに苦しむことはなかったのだろうか。


「もしも」は存在しない。

過去を「もしも」で振り返っても何にもならない。

 良くも悪くも事実は変わらないからだ。




――――――




 高橋はあれから本部に行くことが増え、事務所不在の日も多くなっていた。顔を合わせることなく一日一日が過ぎていく。


 営業所閉鎖まで一ヶ月の猶予があったので、そこで他の営業所への引き継ぎや片付けなどを行っていく。




 高橋は、金曜の夜は決まって本屋に寄って帰る。

それを思い出し、本屋近くのベンチで待つことにした。


 

「成瀬……?」

どのくらい待っていただろうか、スマホに集中してたせいで気付かず、逆に声をかけられる。

 顔を上げると少し驚いている高橋の顔があった。


 高橋が俺の隣に荷物を置きながら腰を下ろす。

「やっぱりお前からは逃げられないな」

力なく笑う顔からは敵意が感じられない。

「ちゃんと話そうとは思ってたんだ……」


 金曜の夜だけあっていつもより人通りが多い。

俺たちのことが見えていないように、皆急ぎ足で歩道を通り過ぎて行く。

 街路樹を風が吹き抜け、木の葉を数枚落としていった。


「決定だと言われたのはお前が知る何週間か前で、その間ずっと上と交渉してたんだ。

 営業所閉鎖をしなくていい方法を他の所長に相談したり、阿部の所へ行ったり、配置について人事にも相談に行った。

 事務所の業務を全部お前に任せきりにしてたけど、お前何も言わなかっただろ? 

 それどころか楽しそうに仕事してて、逆に罪悪感を感じて話しづらくなってしまってた……」


「言ってくれたらよかったのに……」


「そう思ったさ。

 でも言ったら楽になるけど、一緒に閉鎖しないでいい方法を探したら探した分、頑張れば頑張った分、駄目だった時の喪失感が何倍にもなって跳ね返ってくるようで、そんな思いをお前にさせるのが怖くて……

 結局駄目だったし……」


「それでも俺は言って欲しかったよ。

一緒に闘って駄目だった時の苦しさより、お前が一人で抱え込んでた気持ちを想像した時の方が苦しいから」


「成瀬……」

「もっと頼れよ、頼りないかもしれないけど一人よりはマシだろ! ……泣くなよお前〜」

高橋の肩に手をかける。

「泣いてないって! お前の方が泣いてるだろ!」

「いやいや! このくらいで泣かねえし!

強い男だし!?」

言いながら二人で自然と笑い合った。



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