交通事故
その日は取引先に持って行く荷物が多かったため、社用車を使って移動していた。
空は淡い水色で白い雲が浮かんでいた。窓を開けると風が入ってきて気持ちがいい。ラジオを流しているがあまり耳に入って来ない。
仕事がさばけたら今日は早めに家に帰ってゆっくり映画でも見たいな、など呑気に考えていた。
見通しのいい直線道路、信号が変わったので動き出した瞬間、対向車の異変に気付く。
少し方向が違うのかと思ったが、白い軽自動車が車線をはみ出し真っ直ぐにこっちに突っ込んでくる。
ぶつかる瞬間までがスローモーションのようにゆっくり感じた。
ゆっくり感じるが素早く動けるわけではない。
路肩にはガードレールがあり気持ち程度しかハンドルを切ることができなかった。
考える間もなくドンッ!と大きな音を立ててぶつかった。
全身に衝撃が走る。だが、どこが痛いということはない。前方にぶつかった後、相手は俺の車体右側面をズリズリと擦りながら走って行った。
とりあえず邪魔にならない所へ車を避けようとして、右のサイドミラーか無いことに気付く。どこかへ飛んで行ったのかもしれない。
周りの車はどうしていいのかわからずしばらく停車していた。
とりあえず車から降りてみると、近くの美容室の人が衝撃音を聞いて数人出てきたところだった。
「大丈夫ですか!?」
と美容室の女性店員らしき人が駆け寄ってきてくれるが、手足を動かしてみるが痛みがなくいつもと同じように歩くことが出来る。全身にこれといって痛みや痺れもない。
「ああ、大丈夫そうですね……」
「私が警察へ連絡するのでゆっくりされててください」
と、スマホで連絡してくれる。
少し離れた場所から運転手らしき人物が歩いて来ている。歩いているのだから救急車は不要か……?
他の美容室の店員がその人物に小走りで近付いて行くのが見える。
今から行く予定だった取引先のことを思い出し、荷物が壊れていないか確認して高橋に連絡。荷物を取りに来てもらうことにした。
こんな時にでも仕事の事を忘れない自分に恐怖すら覚える。
電話口で高橋が何度も「お前の身体は大丈夫なのか!?」と聞いてきたが、
「大丈夫だろう」と、他人事のように返してしまう。
こんな時って走馬灯が見れるわけじゃないんだなと実感。一瞬で死ぬ時はこんな感じなのだろう。死んだかどうかもわからないかもしれない……
危ない! とすら思う暇もない。
パトカーには違反切符を切られるイメージしかないので、いつもは目にすると嫌悪感しかないのだが、
こんな時は、怪獣に街を壊されてヒーローを待つ一般市民のような気持ちでその姿を待つ。今か今かと待っているのでむしろ登場が遅く感じる。
警察や事故処理車が到着し現場検証が始まった。
警察からも身体は大丈夫かと確認される。
社用車を改めて見ると右側全部傷だらけで変形している。簡単に修理出来ないことがひと目でわかった。
「正面衝突って連絡あったけど、正面衝突ではないですね。あなたがハンドルを切ってなかったら正面衝突してたかもしれません」
その言葉にゾッとする。正面衝突であればケガどころでは済まなかっただろう。
どこで接触したかなどを双方から聞き取りが行われたが、正直よく覚えていない。ドラレコ映像が残っているのでそれを確認される。
相手は70代男性、居眠りだったらしい。
居眠りは怖い。寝ているから避けようともスピードを落とそうともせず突っ込んでくる。
それならばあの突っ込み方にも合点がいく。
「ケガしてないので物損でいいですか?」
警察が聞いてくる。
「物損だとどうなるんですか?」
事故に遭ったことがほとんどないため知識に乏しい。
わからないことを察した若い警察官が丁寧に説明してくれる。
「ケガをさせた場合は人身になり、相手方に罰金刑や減点になります。物損であれば何もありません」
「何も? ケガしていなければ、人に寝てぶつかって何の罰金も減点もないってことですか!?」
「そうなりますね……
だから、相手を許したくないからと病院を受診して人身にされる場合もあります。
今日のところは物損にしますが、人身にしたい場合は数日中に連絡してください」
なんだその法律。一時停止やスマホ、シートベルト違反は簡単に罰金刑がつく。これらは人に迷惑をかけていなくてもだ。
なのになんだ。人に目を瞑ったままぶつかっても、車が半損しても、それを認めていても罰金も減点もなし?
相手方より法律に怒りを覚える。
相手は何度も申し訳なさそうに頭を下げてきた。
まあ当然だな、向こうの非しかないのだから。
高齢の相手にもケガがなくて何よりだ。
――――――
家に帰って娘や嫁の顔を見ると、これまでにない安堵感に包まれる。
良かった、死ななくて。この笑顔が見れて良かったと心から思いながら二人を抱き締めた。
だが、冷静に対処はしたが自分自身ショックは受けていたようで、この俺が嫁を抱きたい気分にならなかった。
これは相当だ。
数日後、お詫びの茶菓子が送られてきたが、自分の価値はこんなものなのかと笑えた。




