【53話】また冬が来る
その日の朝、店の扉を開けると、吐く息が白くなっていた。
「……冬が来るな」
そう呟いてから、空を見上げる。
雲が低くて、どこか重たい色をしている。
星灯花の鉢植えに目をやると、夏の盛りには鮮やかだった花びらが、すっかり小さくなっていた。
枯れているわけじゃない。
ただ、静かに、冬の準備をしているような感じだ。
「お疲れ様」
誰に言うでもなく、そう声をかけてしまった。
少し恥ずかしいけれど、まあ誰も見ていないからいいか、と思う。
店の中に戻って、いつも通り準備を始める。
カウンターを拭いて、椅子を整えて、紅茶の葉を用意する。
開店してしばらくすると、ルゥが来た。
「おはようございます」
「おはよう、ルゥ。今日、冷えるね」
「ええ……もうすぐ冬ですね」
ルゥは肩をすくめながら、いつもの席に座った。
少し遅れて、裏口からミアも顔を出す。
「おはよう、ミア」
「うん」
ミアはカウンターの隅に座って、鉢植えの方をちらりと見た。
「花、終わった」
「うん、今年はもうおしまいだね」
「また春」
「そうだね、また春に」
ミアはそれだけ言って、窓の外に視線を移した。
三人分の紅茶を用意して、カウンターに並べる。
湯気がゆっくりと立ち上って、店の中が少し温かくなった気がした。
「最近、いろいろありましたね」
ルゥが本を開きながら、ぽつりと言った。
「そうだね」
「リオが来たのには、驚きましたが」
「私も驚いた」
「……私も」
ミアまでそう言ったので、私は思わず笑ってしまった。
あの勢いは、誰が相手でも驚くんだろうな、と思う。
それから三人とも、特に何を話すわけでもなく、それぞれの時間を過ごした。
ルゥは本を読んで、ミアは窓の外を眺めて、私は厨房で明日の仕込みを進める。
閉店後、私は星灯花の鉢植えをそっと店の中に移した。
外に置いたままでは、冬の寒さにやられてしまうかもしれない。
「春にまた、よろしく」
また独り言を言ってしまった。
でも、まあいいか。
秋が終わる。
私は店の灯りを落として、静かに今年の秋に別れを告げた。




