【52話】売り切れ
翌朝、目が覚めてすぐに思い出したのは、昨日入った思いがけない金額のことだった。
あれをどう使うか、少し考えてみようとしたけれど、すぐに別のことが頭をよぎった。
「……肉、早く使わないと」
お金は腐らない。
でも肉は腐る。
お金のことは後で考えればいい。今は肉が先だ。
厨房に立って、昨日残しておいた肉を改めて見る。
見たことのない種類の獣だから、どう料理するのが正解なのか、まず見当がつかない。
とりあえず、メモを引っ張り出してみる。
ページをめくって、めくって、それらしい記述を探したけれど、当然ながら該当するものは何もない。
向こうの世界にいた頃も、こんな獣は見たことがないんだから、当たり前の話だった。
「……一から考えるしかないか」
メモを閉じて、肉をじっくり観察する。
色は濃い赤。
きめは細かくて、見た目は牛の肉に近い気がしなくもない。
「似てるなら、料理の仕方も似たような感じでいいかもしれない」
そう判断して、まずはシンプルに焼いてみることにした。
塩だけで味付けして、じっくりと火を通す。
焼いている間から、いい匂いが厨房に広がっていく。
「……これは」
一口食べて、思わず手が止まった。
美味しい。
それも、かなり。
肉の質が良いせいか、シンプルな塩焼きだけで、十分すぎるくらいの味が出ている。
「こんなに美味しいなら、あまり手を加えない方がいいかもしれない」
そう思って、今日の一品はシンプルな焼き肉料理にすることにした。
開店してすぐ、いつものお客さんが入ってきて、珍しそうに今日のメニューを聞いてくれた。
「今日、肉料理があるんですか?」
「はい、珍しい獣の肉で……よかったら試してみてください」
そう言って出してみると、一口食べたお客さんが目を丸くした。
「……これ、すごいですね。アルム牛に似た味がするけど、全然違う。何の肉ですか?」
「実は、正確な名前もわからなくて……」
「名前はわからなくても、この味は本物ですよ」
お客さんにそう言われて、私も改めて思い返してみる。
「……やっぱり、牛に似てるな」
言葉にしてみると、なるほどそうだと思う。
アルム牛に似ているけれど、比べるのが申し訳なくなるくらい、質が違う。
その噂が広まったのか、今日は珍しく、昼過ぎにはかなりの人が集まった。
中には、持ち帰りで分けてほしいというお客さんもいて、私はその対応に追われていた。
「少し多めに残しておいたから今日は持つかな……」
そう思いながら対応していたけれど、夕方前には、あっけなく全て売り切れた。
閉店後、私はカウンターに座って、ぼんやりと今日を振り返っていた。
「もう少し、残しておけばよかったな」
市場に回した分を思い出すと、少しだけ惜しい気持ちになる。
それでも、肉の質が良かったから、あれだけ売れたんだということはわかっている。
「またリオさんが来たら……」
そこまで考えて、でもリオがいつまた来るかわからないな、と思い直した。
あの登場の仕方を見ていると、次もたまたま近くを通った時、ということになりそうだ。
お金のことは、また明日でいい。
今日はたくさん働いた。
そう思いながら、私は静かに店の灯りを落とした。




