【51話】解体屋
リオが来た翌日、行商人さんが店に来たのは、いつもの時間だった。
「こんにちは、リゼルさん。今日もいい天気で……あれ?」
挨拶の途中で、行商人さんの視線が店の裏手に向いて、止まった。
「す、すごい大きさですね、それ……何です?」
「えっと……知り合いの方からの、いただきものなんですけど」
経緯を説明すると、行商人さんは驚いた様子で、布をかけた獣の周りをぐるりと回った。
「これは……うちの荷馬車でも運べないですよ。大きすぎます」
「やっぱり、そうですよね」
私も薄々わかっていたことだった。
カウンターの戸口を通らないのはもちろん、この大きさだと、街の市場まで運ぶこと自体が難しい。
何より、私には捌く技術がない。
「リゼルさん、これ、どうするおつもりで?」
「それが、まだ何も決まってなくて……。捌ける方がいたら、お願いしたいんですけど」
「ふむ……」
行商人さんは少し考えるように、顎に手を当てた。
「街に、解体を専門にやってる方がいます。普段は大きな獣の依頼が多くて、村の方からも声がかかるくらいの腕の方ですよ」
「そんな方がいるんですね」
「ええ。ただ、ここまで来てもらうのは難しいので……運べないなら、向こうに連絡を取って、出張してもらうしかないかもしれません」
「お願いできますか?」
「もちろんです。ちょうど今日、街に行く用事があるので、ついでに声をかけておきますよ」
「ありがとうございます、助かります」
行商人さんはそう言って、もう一度獣の大きさを見て、感心したように笑った。
「それにしても、こんな大物、どこで手に入れたんです?」
「知り合いの……妹さんが、狩ってきてくれたみたいで」
「狩って……これを、一人で?」
「はい」
「……それはすごい方ですね」
行商人さんは何とも言えない顔で笑って、それ以上は深く聞かなかった。
その日の午後、行商人さんは予定通り街へ戻り、夕方頃にまた店へ立ち寄ってくれた。
「リゼルさん、話してきましたよ。明日の午前中、解体屋のおじさんが来てくれるそうです」
「本当ですか? ありがとうございます」
「あの方、腕は確かなので安心してください。ただ、ちょっと職人気質で難しい人です」
「難しい……?」
「まあ、会えばわかります」
行商人さんは笑いながらそう言って、軽く手を振って店を出ていった。
翌朝、約束の時間より少し早く、一人の男性が店の裏手にやってきた。
がっしりした体格で、腕には使い込まれた道具袋を提げている。
「ここの大物だな」
挨拶もそこそこに、男性は獣の方へ歩み寄った。
「あ、おはようございます。リゼルです。今日はお願いします」
「おう。……ほう、こりゃでかいな。最近じゃこんなサイズ滅多に見ねえ」
布を取って獣を確認すると、男性は満足そうに頷いた。
「状態も悪くねえ。誰が獲ったんだ、こんなもん」
「知り合いの方の、妹さんが……」
「化け物だな」
身も蓋もない感想に、私は思わず苦笑いした。
それでも、悪気のある言い方ではないらしい。
「で、この肉、どうしたいんだ? 全部使うのか?」
「えっと、お店で出せる分だけ使えたらと思っていて……残りは、どうしたらいいか」
「ああ、それなら、街の市場に持ってけば買い取ってもらえるぞ。こんな上物、なかなか出ねえからな」
「そうなんですね……」
「解体してから、いる分とらせてもらって、残りは俺の方で市場に回しといてやるよ。手間賃は差っ引いとくが、それでいいか?」
「お願いします」
話はあっさりとまとまった。
男性は手際よく道具を取り出して、すぐに作業に取りかかる。
その手際の良さに、私はただ見守るしかなかった。
しばらくして、必要な分の肉が、ちゃんと使える形になって店に届いた。
「ほら、これでいいか」
「ありがとうございます、本当に助かりました」
「今度は普通サイズの肉持ってこいよ。俺はいいが、買い取る店を探すのが大変だからな」
そう言って、男性は道具をまとめて、軽い足取りで帰っていった。
残った肉を見ながら、私はほっと息をついた。
「……ひとまず、これで」
裏手に置いてあった大きな塊が、ちゃんと料理に使える形になったことに、なんだか少し感慨深いものを感じる。
「さて、何作ろうかな」
肉の種類は普段使わないものだけれど、せっかくの貴重な食材だ。
無駄にしないよう、丁寧に使いたい。
そんなことを考えながら、私は厨房に立って、新しい食材と向き合うことにした。




