【48話】納涼祭
ある日、行商人がいつもより少しだけ興奮した様子で店にやってきた。
「先生、知ってますか? 納涼祭ですよ!」
「のーりょう、さい?」
聞き慣れない言葉だった。
この街の少し先で、一日だけ開かれる小さな祭り。
暑さを忘れるための、短い催しらしい。
「屋台とか出るんですけど、結構人来るんですよ!」
行商人は嬉しそうに続ける。
私は紅茶を淹れながらその話を聞いていた。
ふと、思いつく。
「アイス、持っていけるかな」
すぐに首を振る。
違う。
これは向いていない。
溶ける。
私は少し考えてから言う。
「現地で作る方がいいか」
材料と、簡単な道具だけ持っていくことにした。
氷と果実のシロップ、小さな型。
それだけなら負担も少ない。
準備をしていると、ルゥとミアが店に来た。
「何か準備してるんですね」
ルゥが窓際から言う。
「ちょっと祭りに」
「納涼祭」
私が言うと、ミアが短く反応する。
「人、多い」
「らしいね」
それだけの会話だった。
二人は少し話して、いつものように紅茶や冷たいものを口にして帰っていく。
そして祭りの日。
街へ向かうと、空気が少し違っていた。
人の声。
屋台の匂い。
揺れる灯り。
どこか懐かしい感じがする。
理由は分からない。
でも初めてではない気がした。
私は小さな場所を借りて準備を始める。
氷を砕き、果実のシロップを混ぜる。
その場で作って、その場で渡す。
「今作ってるんですか?」
「冷たい!」
「珍しいね」
そんな声が次々に来る。
暑さの中で、冷たいものはすぐに求められていく。
気づけば昼前にはほとんどなくなっていた。
「……早いな」
私は手を止める。
思ったより、あっさり終わった。
収穫祭とは違い、ルゥやミアはいない。
どこかで過ごしているのだろう。
それでいい。
そういう距離のままの方が、この場所はちょうどいい気がした。
少しだけ時間ができたので、私は祭りを歩く。
食べ物の匂い。
笑い声。
どこか懐かしい空気。
歩きながら、ふと思う。
暑い。
確かに暑い。
嫌だったはずなのに。
それでも少しだけ、終わるのが惜しい気がした。
「……変だな」
小さく呟く。
誰に向けるでもない。
夕方。
店へ戻る。
扉を開けた瞬間、少しだけ足が止まった。
窓辺の星灯花。
花が、増えていた。
「……咲いてる」
昨日より、少しだけ多い。
誰かが触れたわけでもないのに、静かに変わっている。
私はその前に立つ。
風が店の中を通り抜ける。
ちりん、と風鈴が鳴った。
ただの風の音。
それでも、ちゃんとここにある。
「戻ってきてるな」
誰に向けるでもなくそう言う。
外で見た夏が、もう一度この場所に戻ってきたようだった。
でも少しだけ、色が違っていた。
夏はまだそこにある。
なのに、確かに終わりへ向かっている。




