【47話】白くて細い
夏の熱が、じわじわと店の中に入り込んでくる。
風鈴が小さく鳴るたびに、ほんの少しだけ空気が動いた気がした。
私は奥の棚から、小さな紙束を取り出す。
前に書いた料理のメモ。
その中に、ひとつだけ見慣れないものがあった。
「そうめん」
細い麺。
冷たい料理。
でも、それ以上のことは曖昧だった。
私は紙を見つめたまま、小さく息を吐く。
「……作ってみるか」
材料は単純だった。
小麦粉、水、塩。
ただ、それを細くするのが思ったより難しい。
均一に伸ばしていくつもりでも、どうしても太さがばらつく。
細いところと、少し太いところ。
揃わない。
「……こんな感じだったっけ」
メモを書いた時の記憶は、もうはっきりしない。
でも、違う気がするとも言えない。
そのまま乾かし、茹でて冷水で締める。
器に盛ると、白い線が少し不揃いに重なった。
私はそれを見て、少しだけ肩を落とす。
「うまくいってない気がする」
でも、匂いは悪くなかった。
問題はつけ汁だった。
メモには「汁につけて食べる」とだけある。
中身はない。
私はまず、甘いものを作ってみる。
果実を煮詰めて、少しだけ蜂蜜を混ぜる。
冷やして味を見る。
「……違う気がする」
悪くはない。
でも、麺には合わない気がした。
私はもう一つ鍋を火にかける。
今度は塩と魚と昆布。
少しだけ香草を入れる。
「こっちかもしれない」
冷やして、別の器に注ぐ。
両方を持って、試しにルゥに出す。
ルゥはまず麺を見る。
「細いですね」
「うまく切れなかった」
素直に言うと、ルゥは少しだけ間を置いてから食べた。
「……不揃いです」
「うん」
「でも、悪くはないです」
次に汁を試す。
甘い方と、しょっぱい方。
ルゥは少し考えてから言う。
「こちらですね」
やはり後者だった。
私は小さく頷く。
「だよね」
ミアも来る。
無言で食べる。
「冷たい」
それだけ言って、もう一口食べる。
行商人は興奮気味だった。
「これ、面白いですね!」
「面白いだけ?」
「いやいや、夏にぴったりですよこれ!」
客の反応も悪くない。
ただ、誰も「完璧」とは言わない。
「ちょっと太いところあるね」
「でも、なんか落ち着く味」
そんな声。
私はその言葉を聞きながら、少しだけ考える。
美味しい、と言い切れるものではない。
でも、どこか知っているような気がする味だった。
理由は分からない。
自分のメモなのに、思い出せない。
それでも、今ここにある。
風鈴がちりんと鳴る。
星灯花が窓辺で揺れている。
外の席では、そうめんを食べる人たちが静かに涼んでいる。
私は手を拭きながら、小さく息を吐いた。
「……これでいいのかもな」
誰に言うでもなく呟く。
ルゥが短く返す。
「悪くないです」
ミアは何も言わず、麺をすすっていた。
夏の空気だけが、少しずつ濃くなっていった。




