【46話】風鈴の音
風見鶏の店主が帰ったあと、店の中は少しだけ静かになった。
扉の鈴の余韻が消えると、空気がやけに落ち着く。
カウンターの端に、小さな包みが置かれていた。
「お礼です」
そう言って置いていったものだ。
開けると、風鈴だった。
薄いガラスの器が光を受けて淡く色を返す。
私はしばらく眺めてから、店の入り口の上に吊るした。
軽く揺れる。
ちりん、と小さな音。
「……いい音」
自然にそうこぼれる。
その日の午後、ルゥが来たときすぐに気づいた。
「音が増えましたね」
「風鈴つけた」
「いいですね」
短いやり取り。
でもその音は、店の空気にすっと馴染んでいった。
数日後。
朝の水やりのときだった。
窓辺の星灯花を見る。
「……咲いてる」
昨日までただの葉だった場所に、小さな花が開いていた。
淡い色。
控えめなのに、ちゃんとそこにある。
「咲いたんだ」
ぽつりと呟く。
風鈴がちりんと鳴った。
その音と一緒に、夏が始まりかけていた。
それから少しして、店の様子は変わり始める。
「ここ、冷たいのあるって聞いて」
そんな声が最初だった。
次に、わざわざ遠くから来る人。
気づけば、外の席が少しずつ埋まっていく。
私は仕込みの手を止めて、並べたアイスキャンディーを見る。
この世界では珍しい器具だ。
金属細工の職人に頼んで作ってもらったもの。
冷やしたものを形にするための型。
普通の店ではまず使わない。
だからこそ、少しだけ特別になる。
果実のシロップを流し込みながら思う。
「でも、わざわざ来るほどかな」
外を見る。
外席にはもう数人座っている。
「少し高いけど、これ目当てで来たんだよね」
そんな声。
値段は安くない。
普通の食事ができるくらいはする。
でも誰も迷いすぎてはいない。
少しだけ贅沢。
それを楽しみに来ている。
私はその光景を見ながら、軽く息を吐いた。
「……そういうものか」
そのとき、扉の鈴が鳴る。
「こんにちは」
ミアだった。
いつも通り静かに入ってくる。
すぐに外の席へ視線を向けたあと、何も言わず窓際へ来る。
「増えた」
それだけ。
「アイス」
短く続く。
私は笑って頷く。
「あるよ」
ルゥが少しだけ言葉を足す。
「人気みたいですね」
ミアは紅茶の代わりに出した冷たいフルーツティーを見て、それから一口飲む。
「涼しい」
それだけ言って、窓の外を見る。
外では、アイスキャンディーを食べる人たちがゆっくりしている。
「森より暑い」
ぽつりとミアが言う。
私は少し笑う。
「そりゃね」
ミアは小さく頷いて、アイスを見た。
「でも、ここはいい」
短い言葉。
それだけで十分だった。
ルゥは静かにそれを聞いている。
ミアはそれ以上何も言わず、アイスを食べ続ける。
その様子を見ながら、私は仕込みに戻る。
風鈴がちりんと鳴る。
星灯花は窓辺で静かに咲いている。
外の席では、冷たいものを手にした人たちがゆっくりしている。
「……夏だね」
小さく言うと、ルゥが頷く。
「夏ですね」
ミアは何も言わず、もう一口アイスを食べた。
風が少しだけ熱を含んで、店の中を通り抜けていった。




