【45話】暑さに負けず
風が変わったのに気づいたのは、朝の仕込みの時だった。
窓を開けても、春のときみたいな柔らかい空気は入ってこない。
少し重くて、じわっと熱を含んでいる。
「……夏、か」
ぽつりと呟く。
まだ完全に夏じゃないのに、もう季節はそっちに向かっていた。
その日の昼過ぎ。
扉の鈴が鳴って、ルゥが入ってくる。
いつもより、少しだけ動きがゆっくりだった。
「こんにちは」
「こんにちは」
声はいつも通りなのに、どこか薄い。
私は少しだけ見てから、ふと思い出す。
「暑い?」
ルゥは一拍置いて、小さく頷いた。
「…はい」
それだけだった。
店の中はまだ耐えられないほどじゃない。
それでも、窓から入る風が春とは違う。
ルゥは窓際の席に座って、静かに息を吐いた。
その様子を見て、私は奥の棚に目を向ける。
「……そういえば」
去年の夏に使っていた道具がある。
夏が終わってからはほとんど触っていなかった。
私は少し考えてから立ち上がる。
「ちょっと作るか」
独り言みたいに言うと、ルゥが顔を上げた。
「何をですか」
「冷たいの」
それだけ言って、材料を取りに行く。
ミルク、卵、砂糖。
それと、去年の夏に仕込んでいた果実のシロップ。
混ぜて、冷やして、固めるだけ。
作業をしながらふと、昨年の夏を思い出す。
アイスも出していたし、冷たいフルーツティーもよく作っていた。
暑いから、つい色々冷やして出していた気がする。
気づけば食べさせすぎていたこともあった。
「まぁ……あれはあれでいいか」
小さく呟く。
ルゥが少しだけこちらを覗く。
「何か言いましたか」
「いや」
私は手を動かしながら笑う。
「去年、ちょっと冷たいの出しすぎたなって思って」
しばらくして、白い器に盛ったそれを出す。
アイス。
その上に少しだけ果実の色を乗せた。
さらに別で、冷たいフルーツティーも用意する。
氷の音が、カランと鳴る。
「はい、どうぞ」
ルゥは少しだけ見てから、アイスを口に運ぶ。
「……生き返ります」
「大げさだよ」
思わず笑ってしまう。
次にフルーツティーを飲んだルゥは、少し目を細めた。
「これもいいですね」
「でしょ」
私は頷く。
それから、ふと思い出して付け加える。
「食べすぎてお腹壊さないようにね」
軽く笑いながら言うと、ルゥは一瞬だけ間を置いた。
「そんなに弱くはありません」
「そういう人ほど油断するんだよ」
「これでもドラゴンですから」
ルゥは笑いながら、もう一口飲む。
店の中は静かで、外は少しずつ夏の気配が濃くなっている。
窓の向こうの光だけが、やけに明るかった。
ルゥはゆっくりとアイスを食べている。
去年の夏から、ずっと使っていなかった器具が、また動き出している。
私はその様子を見ながら、仕込みを続けた。
夏が、静かに始まりかけていた。




