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二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


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44/54

【44話】芽吹く頃

春も終わりかけの空気が、店の窓から静かに入ってくる。

朝の光は少しだけ強くなっていて、床に落ちる影も前よりくっきりしていた。


私は仕込みを終えて、手を拭きながら窓辺に目をやる。

そこには、小さな鉢がある。

星灯花。

冬の終わりに植えた種だった。


「……出てる」


土の中から、細い芽が顔を出していた。

ほんの少し青みを帯びた色で、朝の光に揺れている。

まだ頼りないのに、そこに確かに“いる”。


私はしゃがみ込んでそれを見つめる。


去年の春は、種をただ植えただけだった。

育つかどうかも分からなくて、少し不安もあった気がする。


でも今は違う。

ちゃんと芽が出ている。


「育ってるな」


小さく呟いたところで、扉の鈴が鳴った。


「こんにちはー!」

勢いのある声。


行商人だった。

「先生! 見ましたよそれ!」


入ってくるなり、窓際へ一直線に向かう。

「それ星灯花ですよね!? いやぁ珍しい!」


「そうだけど?」

私は首をかしげる。


「そうだけどって……結構すごいですよこれ。森の奥まで行かないと取れないんですよ?」

いつもの調子で説明が続く。


珍しい花。

手に入りにくいもの。

育てるのも難しいらしい。


私は芽を見下ろす。

ただの小さな芽にしか見えなかった。


「私、特別なこと何もしてないけど」


「そういうところがすごいんですって!」

行商人は笑う。


私もつられて笑いながら、紅茶を用意し始めた。


そのとき、もう一度扉が開く。


「お邪魔します」

静かな声。


ルゥだった。

少し遅れてミアも入ってくる。


「……芽」

ミアはそれだけ言って窓辺へ行き、鉢を覗き込む。


短い言葉。

でもそれで十分だった。


「出たね」

私は答える。


ルゥは鉢をじっと見ていた。

「順調ですね」


「うん、思ったよりちゃんと」


私は三つカップを並べる。


行商人はまだ何か話している。

「これ売ったら結構な価値に――」


「売らない」

即答すると、行商人は笑ってごまかした。


「ですよね!」

少しだけ、店の中が賑やかになる。


星灯花の前に、いつもの席が埋まっていく。


紅茶の湯気が上がって、春の空気に溶けていく。

私はそれを見ながら、なんとなく思う。

春も、もう終わりかけだ。


窓の外の光が、少しだけ強くなっている。


そのとき行商人が思い出したように手を打った。


「あ、そうだ!」


「まだあるの?」


「お礼です!」


外へ出ていき、しばらくして戻ってくる。

小さな鉢を抱えていた。


「これ、店に置いてください!」


「また急だね」


「お世話になってますから!」


鉢には淡い色の小さな花が咲いていた。

派手じゃない。

でも、優しい色だった。


私は少し迷ってから受け取る。

「……ありがとう」


行商人は満足そうに笑う。


その鉢を店の隅に置くと、空気が少しだけ変わった気がした。

花が増えたわけじゃないのに、少しだけ“誰かの気持ち”が増えた感じ。


ミアがぽつりと言う。

「きれい」


「だね」


ルゥも小さく頷いた。


私は窓辺の星灯花と、新しく置かれた鉢を見比べる。

どちらも静かにそこにある。

春の終わりの光を受けながら。


「……春も、終わりかけだね」

誰に向けたわけでもない言葉だった。


ミアは紅茶を飲み、ルゥは花を見ている。


行商人だけが「え、そうです?」と首をかしげていた。


私は少しだけ笑う。


店の外では、風が木々を揺らしていた。

春は、もうすぐ次の季節に席を譲ろうとしている。

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