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二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


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43/43

【43話】誰かのいる生活

夕方、店を閉めようとしていた時だった。

外から、小さな鳴き声が聞こえた気がした。

私は扉に手を掛けたまま足を止める。


「……?」


もう一度。

今度ははっきり聞こえた。

細い声。


私は店の裏へ回る。


木箱の陰。

そこに、小さな猫が丸くなっていた。

茶色と白の混ざった毛並み。

少し汚れている。


私に気づくと、警戒したように耳を伏せた。


「……迷い猫?」


近づくと、首輪が見えた。

誰かに飼われているらしい。


私はしゃがみ込む。


猫は逃げなかった。


ただじっとこちらを見ている。


「帰れなくなったのかな」


春とはいえ、夜はまだ冷える。

私は少し迷ってから、小さく息を吐いた。


「とりあえず、一晩だけね」


そう言って抱き上げる。

思っていたより軽かった。


店へ戻ると、猫はしばらく落ち着かなさそうに周囲を見回していた。

けれど温かいミルクを置くと、少し警戒を解いたらしい。

小さな音を立てながら飲み始める。

私はその様子を椅子に座って眺めていた。

撫でる手つきだけは、不思議と自然だった。

猫は嫌がる様子もなく、目を細めている。


「……人慣れしてるな」


誰かに大事にされていたんだろう。


次の日、私は風見鶏へ向かった。

店主は事情を話すと、静かに頷いた。


「張り紙、出しておきましょうか」


「助かります」


「お客様にも聞いてみます」


相変わらず落ち着いた人だ。

行商人とは本当に正反対だなと思う。


私は苦笑しながら礼を言った。


店の前にも小さな張り紙を貼った。


特徴。

拾った場所。

連絡先。


それでも、すぐには見つからなかった。


一週間。

二週間。


その頃には、猫はすっかり店に馴染んでいた。


窓際で昼寝をして。

本棚の前で丸くなって。

仕込みをしていると足元を歩き回る。

静かな店の空気に、自然と溶け込んでいた。


客にもよく懐いている。


「可愛いですね」


そう言われることも増えた。


私は苦笑しながら、「預かってるだけなんですけどね」と返す。


それでも。

閉店後、椅子の上で眠る猫を見ると、なんだか落ち着いた。


誰かがいる生活。

それは思っていたより温かい。

私は窓際で丸くなる猫を見ながら、小さく息を吐く。


「……このままでも、いいのかもなぁ」


ぽつりと漏れた言葉に、自分で少し驚いた。

飼うつもりなんてなかったはずなのに。

猫は何も知らない顔で尻尾を揺らしている。

そんな日から、三日後だった。


昼過ぎ。

店の扉が勢いよく開いた。


「すみません!」


息を切らした女性が立っていた。


疲れた顔。

慌てた様子。

そして、その声を聞いた瞬間、窓際で寝ていた猫が顔を上げた。


「……!」


猫は椅子から飛び降りる。

一直線に女性の元へ駆けていった。

女性はしゃがみ込んで猫を抱きしめる。


「よかった……っ」


安心したような声だった。


猫も嬉しそうに喉を鳴らしている。


私は少し離れた場所から、その様子を静かに見ていた。


「張り紙を見て……ずっと探してたんです」


女性は何度も頭を下げる。


「本当にありがとうございました」


「いえ」


私は小さく首を振る。


猫は女性の腕の中で落ち着いた様子だった。


ちゃんと帰る場所があったんだ。

そのことに安心する。

でも同時に、少しだけ寂しかった。


女性は帰る前に、もう一度深く頭を下げた。

猫もこちらを見て、小さく鳴く。


私は苦笑しながら手を振った。


「元気でね」


扉が閉まる。

店の中は静かだった。


窓際の椅子。

本棚の前。

ついさっきまで猫がいた場所だけが、少し空いて見える。

私はその椅子を見つめながら、小さく息を吐いた。


寂しい。

でも、不思議と嫌な気持ちではなかった。

ちゃんと帰る場所へ帰れた。

それが一番いい。


私は窓を少し開ける。

春の風が静かに店へ流れ込んできた。


気づけば毎日一緒にいたのに、結局名前も知らないままだった。

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