【37話】何もしない日
朝、目が覚めた時には、外はもう白かった。
窓の向こうで雪が静かに降っている。
私は布団の中でしばらく動かなかった。
寒い。
起きなきゃな、とは思う。
でも今日は休みだ。
店も開けない。
急ぐ理由がない。
そう思うと、少しだけ気が楽だった。
しばらくしてから、ようやく布団を抜け出す。
冷たい床に肩をすくめながら薪を足して、お湯を沸かす。
静かな朝だった。
湯気を眺めながら紅茶を淹れる。
香りが広がる。
それだけで、少し部屋が暖かくなった気がした。
カップを持って窓際の席へ座る。
去年の冬は、こんな風に落ち着いて座っている余裕なんてなかった気がする。
寒さに慣れるだけで必死で、店を続けることで頭がいっぱいだった。
でも今は違う。
雪を眺めながら、ぼんやり紅茶を飲んでいる。
それだけの時間を、ちゃんと過ごしていた。
私は近くに積んでいた本を手に取る。
料理の本ではない。
街で適当に買った、小説みたいなものだ。
少し読んで、ページをめくる。
また少し読む。
でも途中から、内容が全然頭に入ってこなくなった。
私は本を閉じて、窓の外を見る。
白い。
静かだ。
雪って、こんなに音がしなかったっけ。
ぼんやりそんなことを考えながら、カップを両手で包む。
暖かい。
店の中も静かだった。
客の声も、食器の音もない。
でも、不思議と寂しくはない。
私は椅子に深く座り直して、毛布を引き寄せた。
暖かい。
……眠い。
少しだけ。
少しだけと思いながら目を閉じて、そのまましばらく眠っていた。
次に目を開けた時には、外が少し暗くなり始めていた。
「……あ」
思ったより寝ていたらしい。
私は苦笑いしながら起き上がる。
冷めた紅茶を飲んで、それからもう一度お湯を沸かした。
今日は、本当に何もしていない。
掃除も途中。
レシピ帳も開いていない。
試作もなし。
ただ、本を読んで、紅茶を飲んで、雪を見て、寝ただけだ。
前の私なら、少し焦っていたかもしれない。
何もしないまま一日が終わることに、落ち着かなくなっていた気がする。
でも今は。
「……まあ、こういう日もいいか」
誰に言うでもなく呟く。
お湯の沸く音だけが、小さく響いた。
窓の外では、まだ雪が降っている。
春はまだ遠い。
けれど、悪くない冬だった。




