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二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


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33/44

【33話】実りの七日間と、秋のあとさき

収穫祭二日目の朝、店を開ける前から昨日より人の気配があった。


広場に向かう途中で、「昨日のシチューの店だ」と小さな声が聞こえる。


少しだけ気恥ずかしい。

けれど、悪い気はしなかった。


昨日より多めに仕込んだ鍋は、確かに重い。けれど、その重さが少し頼もしくもある。


「……増えてる」

ミアが鍋を見て言う。


「昨日、足りなかったからね」


「いい」

短い返事。


ルゥは隣で焼菓子の配置を整えながら、穏やかに頷いた。

「昨日買えなかった方もいるでしょうし、ちょうど良いと思います」


その言葉通り、昼を迎える頃には店先は昨日以上に賑わっていた。


香りに引かれて足を止める人。

昨日食べて、また来たと言ってくれる人。

行商人に勧められて来たらしい人。


少しずつ、広がっている。


昼過ぎには昨日より遅いとはいえ、やっぱり鍋は空になった。


私は鍋の底を見て、小さく息を吐く。

「……やっぱりか」

驚き半分、納得半分。


行商人は相変わらず妙に元気だった。

「先生!すごかったですよ、昨日の評判!香辛料も飛ぶように売れてます!」

勢いがすごい。


少し笑ってしまって、私はまた仕込みのために店へ戻った。


三日目。

“スパイスシチュー”の名前で来る人が増えた。

香辛料煮込み、ではなく。


ルゥが決めてくれた名前のほうも、もう自然に広がっている。

少し不思議で、でも悪くない。


焼菓子も昨日より早い。

特に、片手で食べやすいものから減っていく。


「歩きながら食べやすいのでしょうか」

ルゥがそう言って、次の焼き加減を少し変えてみようかと提案してくる。


私は頷きながら、生地を混ぜた。

前の記憶をなぞるみたいに作っていたものが、少しずつ“今”に馴染んでいく。


四日目。

忙しさには慣れた。


朝、仕込み。

昼、売る。


足りなくなりそうなら調整する。

流れが出来ると、気持ちにも少し余裕ができる。


ミアは変わらず森へ行って、必要なものを必要な分だけ持って帰ってくる。

「助かる」

そう言うと、ミアは少しだけ目を細めて微笑んだ。


その日のアップルコンポートは、昨日より林檎を少し柔らかくした。

「甘くておいしい」

買ってくれた子どもがそう言って笑った。


たぶん、それで十分だった。


五日目。

祭りの熱気が少しだけ落ち着く。


だからこそ、ゆっくり話していく人もいた。

昔こういう味を食べた気がすると言う人。

家族に買って帰ると言う人。

ただ、少し休みたいだけの人。


前の私なら、何か言わなきゃと思ったのかもしれない。


でも今は、温かいものを出して、少し甘いものを添えて、それでいいと思う。

言葉にしなくても、軽くなることはある。

紅茶の湯気を見ながら、そんなことを考えた。


六日目。

終わりが近いせいか、人の流れがまた増えた。


「最後にもう一度」

そう言って来てくれる人がいる。

それはなんだか、少しくすぐったい。


行商人は相変わらず忙しそうに駆け回りながら、それでも店先に寄った。

「リゼル先生、これ本当に各地で定番になりますよ!」

「先生はやめてってば」

「でも事実ですし!」

たぶん、しばらく治らない。

ルゥが隣で少しだけ笑っていた。


七日目。

最終日。

朝の空気から、少しだけ名残惜しさが混ざっていた。

賑やかなのに、終わることを皆どこかで知っている。

だからだろうか。

いつもより、一杯ずつを大事に渡したくなった。


焼菓子も、アップルコンポートも、スパイスシチューも。

同じもののはずなのに、少しだけ違う気がする。


夕方。

最後の一杯を渡して、鍋が空になる。

……終わった。

そう思った瞬間、不思議なくらい静かだった。


「完売、ですね」

ルゥがそう言って、空の鍋を覗き込む。

その声は嬉しそうで、でも少しだけ名残惜しそうでもあった。


「……うん」

ミアも鍋を見ながら、小さく頷く。


私はしばらく鍋の底を見つめて、それからようやく息を吐いた。

「……頑張ったなぁ」

誰に向けたわけでもない言葉だったけれど、二人ともちゃんと聞いていた。


夜、店に戻る。

祭りの灯りはまだ遠くで揺れているのに、店の中はいつもの静けさだった。

その静けさが、なんだか少しだけ心地いい。


私は紅茶を淹れる。

ミアは焼菓子の最後のひとかけを静かに食べている。

ルゥは椅子に座って売り上げの精算をしている。


前の私なら、きっともっと無理をしていた。

もっと頑張って、もっとやらなきゃって、そう思っていた気がする。

でも今は違う。

出来るぶんだけやって、

ちゃんと届いて、

一緒に喜べる。

それでいい。


ルゥが柔らかく笑う。

「いい祭りでしたね」


ミアも短く言う。

「……うん。よかった」


私も笑って、頷いた。

「また来年も、できるといいね」


秋の終わりが少しずつ近づいていた。

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