【32話】想定以上
収穫祭の一日目。
広場は朝から人の流れが途切れなかった。焼けた木の匂い、果実の甘さ、色々な匂いが混ざって、秋そのものを煮詰めたみたいな空気になっている。
うちの店先も例外じゃなかった。
「スパイスシチュー、残りあと一杯です!」
昼を少し過ぎた頃、行商人の声が一段高くなる。いつもの調子なのに、どこか焦りにも似た熱が混じっていた。
最後の一杯が渡された瞬間、鍋の底が見えた。
「……売り切れ、か」
私は軽く息を吐く。想定より早い。嬉しさと、単純な驚きが同時に来る。
「リゼル、戻る?」
ミアが短く言う。森帰りのせいか、指先にまだ草の匂いが残っている。
「うん。仕込み直す」
ルゥがすぐに鍋を覗き込んで、真面目な顔で頷いた。
「想定以上の売れ行きなので追加で仕込みした方が良さそうですね」
「一応、一週間分作ってはあるけど……」
「追加で作りましょう」
即答だった。
ミアが小さく笑った気がした。
店に戻る道は少しだけ軽い。帰る前に行商人が手を振ってきた。
「先生ぇー!明日も頼みますよ、これマジで売れますからね!」
「無理しない範囲でね」
リゼルがそう返すと、行商人は勝手に感動した顔でうなずいていた。
——夕方前、仕込みのために店へ戻る。
厨房に火を入れ直す音だけが、しばらく続いた。
香辛料を量る手が、少しだけ速くなる。
(……もう少し増やしてもいいかもしれない)
そんなことを考えているうちに、外の光が橙から群青へ変わっていった。
夜。
店の扉が開く音がして、二人が帰ってきた。
ミアは袋を持っていた。ルゥはその後ろで、いつもより少しだけ表情が柔らかい。
「リゼル」
「おかえり」
短いやり取りのあと、ミアが袋を机に置く。
中には、焼菓子の入っていた箱と、アップルコンポートの空き容器。
「全部、評判よかった」
それだけ。
ルゥが補足するように言う。
「焼菓子は特に“軽い甘さがちょうどいい”という評価が多かったです。アップルコンポートは保存性と香りのバランスが高評価で……つまり、評判が良かったと言うことですね!」
「……ふーん」
私は小さく息をついて、少しだけ笑った。
「ちゃんと届いてるんだね」
その言葉に、ミアはただ頷く。
ルゥも頷く。
言葉はそれ以上増えないのに、空気だけが少し温かくなる。
私は火を落としながら、静かに言った。
「じゃあ、明日も頑張ろうか」
ミアが短く答える。
「うん」
ルゥも少し遅れて続く。
「はい!」
収穫祭は、まだ始まったばかりだった。




