【30話】香りの立つ季節
秋が深まるにつれて、庭の空気は少しずつ冷たさを帯びていった。
昼間でも日差しは柔らかく、夜は一枚羽織りたくなるくらいには肌寒い。
(温かいものが、食べたくなる季節ですね)
私はそう思いながら、奥の棚から香辛料を取り出した。
「久しぶりに、香辛料煮込みを作りましょうか」
鍋に油を落とすと、じんわりと熱が広がる。
そこへ香辛料を加えた瞬間、空気が一気に変わった。
香りが立つ。
少し刺激のある匂いが、店の中をゆっくり満たしていく。
玉ねぎに似た野菜を炒め、甘さを引き出す。
そこへ肉と野菜を加え、水を注ぐ。
ぐつぐつと煮える音と一緒に、香りが重なっていく。
扉が勢いよく開いたのは、そのときだった。
「お久しぶりです!!いい匂いですねぇ!!」
行商人が勢いよく入ってくる。
私は少しだけ手を止めた。
「……いつも以上に元気ですね」
「そりゃそうですよ!!」
行商人は胸を張る。
「これ、めちゃくちゃ流行ってるんですから!!」
「流行ってる……?」
鍋を見ながら返答する私。
行商人はさらに勢いを増した言う。
「この前、リゼルさんが作った香辛料煮込みのレシピ、うちで配ったじゃないですか!」
「それでね、今いろんな町で似た料理が出始めてるんですよ!名前はバラバラですけど!」
「ええ!最初は小さな町だけだったんですけど、今は別の街の行商まで真似してるんですよ!」
行商人は楽しそうに身振りを大きくする。
私は鍋を見ながら小さく息を吐いた。
「そんなに……ですか」
「いやもう、想定以上です!正直びっくりしてます!」
行商人は笑いながら続ける。
「ちゃんと広まってますよ、リゼルさんの味」
表情には出さないまま、どこか胸の奥が少しだけくすぐったい。
私は鍋からよそい、行商人に差し出す。
「どうぞ」
「待ってました!」
行商人は勢いよく食べて、すぐに顔をほころばせる。
「うまい!!やっぱり本家は違いますね!!」
私は少しだけ目を細める。
「本家っていうほどでは」
「いやいや!これ、ちゃんと広まってますからね!」
行商人は器を置くと、思い出したように声を上げた。
「そうだ!!大事な話です!!」
「なんですか」
「近くの町で大きい祭りがあるんですよ!」
テンションはそのまま高い。
「食べ物とか手作り品とか、いろいろ集まるやつです!」
少しだけ考える。
「お祭り、ですか」
「そうですそうです!!で、リゼルさんも出しませんか?」
「出す……?」
「今みたいなやつですよ!香辛料煮込みとか!」
私はすぐには答えなかった。
次の日。
リゼルはいつもの二人に話した。
「祭り、ですか」
ルゥが静かに言う。
「面白そう」
ミアは短く答える。
少し迷うように続ける。
「何を出せばいいのか、まだ決まってなくて」
ルゥは少し考えてから言う。
「今まで作ってきたものを、そのまま出せばいいと思います」
ミアも頷く。
「作りたいもの、でいい」
その単純さに、少しだけ気持ちが軽くなる。
「手伝ってくれますか?」
ルゥは小さく頷く。
「もちろんです」
ミアも短く。
「行く」
準備のことを考えると、少しだけ気持ちが浮く。
(意外と、楽しそうですね)
そう思った自分に気づいて、少しだけ笑う。
ミアが短く言う。
「楽しみ」
「これから忙しくなりそうですね」
ミアとルゥが小さく頷いた。
言葉とは裏腹に、すでに少し楽しんでいる自分がいることに気づきながら。




