【25話】感じる距離
夏の昼は、変わらず忙しかった。
「冷たいお茶、ひとつ」
「香りのやつ、まだありますか」
「昨日の、もう一杯」
声が途切れないまま流れていく。
手は止まらない。
考える余裕もない。
それなのに。
ふと、静けさに気づく瞬間がある。
「……」
いつも二人がいるはずの席。
そこが空いたままだった。
昨日も。
一昨日も。
気づけば、数日。
来ていない。
「……」
私はカップを拭く手を止める。
理由は、知らない。
聞いていない。
詮索するつもりもない。
ミアは、そういうことがよくある。
森に行っているのだろう、とどこかで思っている。
ルゥも、忙しいのだと思う。
それぞれ自分のために時間を使っている。
ただそれだけのこと。
それだけのはずなのに。
「……」
静かすぎる。
席が、妙に広く見える。
昼の忙しさが過ぎたあとに残る空白が、やけに目につく。
私は新しく淹れたお茶を見つめる。
ミアなら、どう言うだろう。
ルゥなら、どんな顔をするだろう。
そう思って作ったものが、そこにあるのに。
飲む相手がいない。
「……」
胸の奥に、うまく言葉にできない感覚が落ちる。
嫌われたのかもしれない。
そんな考えが、ふと浮かぶ。
いや、違う。
でも違うと言い切る根拠もない。
ただ来ない。
ただ、空いている。
それだけ。
「……私、思っていたより」
小さく呟く。
「この店、あの二人で成り立ってたんですね」
言ってから、少しだけ息が詰まる。
違う。
店は、私のものだ。
ここは私の場所だ。
そう思っていた。
でも。
静かな席を見ると、分かってしまう。
ただの店ではなかった。
来てくれる人がいて。
そこに会話があって。
その時間があって。
それで、ようやく形になっていた。
私は知らないうちに。
二人の存在に、思っていたよりも深く寄りかかっていた。
「……」
少しだけ、息を吐く。
理由は分からない。
分からないままの方がいいのかもしれない。
聞かないと決めている。
だから、余計に。
考えてしまう。
悪い方へ。
何か変なことをしたのかもしれない。
気づかないうちに、距離を取られているのかもしれない。
そう思ってしまう自分が、少しだけ嫌になる。
——からん。
扉が鳴る。
私は反射的に顔を上げる。
「……」
ルゥだった。
「こんにちは」
いつも通りの声。
少しだけ遅れてミアも入ってくる。
「……ミア」
数日ぶりだった。
「森」
短い言葉。
それだけ。
説明ではない。
ただの事実。
私は少しだけ頷く。
「そうですか」
それ以上は、何も聞けない。
聞くべきではない気がする。
ルゥが椅子に座る。
「最近、少し外での仕事が増えてしまって」
「ハンドメイドの方が」
その言葉に、少しだけ納得する。
でも同時に、また少しだけ胸が沈む。
それぞれが、ちゃんと自分の世界を持っている。
当然のことだ。
でもその中に、私はいつもいるわけではない。
ミアが一口飲む。
「好き」
ルゥが静かに頷く。
「落ち着きますね」
その言葉が、少しだけ遠く感じる。
私は小さく息を吐く。
「……よかったです」
それだけは、言える。
でも。
空いていた時間の分だけ、何かがずれている気がする。
それを戻す方法が分からないまま。
ただ、三つのカップが並ぶ。
その光景だけが、ようやく少しだけ“いつも”に見えた。




