【23話】少しだけ流行りました
行商人から仕入れた香辛料。
最初は、正直。
「……どう使いましょうか」
だった。
小瓶に入った鮮やかな粉。
鼻を近づければ、つん、と刺激的な香り。
お茶とも、いつもの焼き菓子とも少し違う。
でも、その香りを嗅いだとき。
「……カレー」
懐かしく、前世の記憶が浮かんだ。
忙しかった日々。
たまに無性に食べたくなった、あの料理。
「……作ってみますか」
その日は少し早めに店を閉めて、台所に立った。
香辛料。
野菜。
肉。
香草。
炒める。
煮込む。
「……あ」
立ちのぼる香りに、思わず小さく笑う。
「……少し違うけど、これです」
ひと口。
「……辛いですね」
でも。
「……おいしい」
翌日。
本日の気まぐれ
香辛料煮込み(少し辛め)
小さく書いて出してみた。
最初のお客さんは半信半疑だった。
でも。
「……おいしい」
「変わってるけど、好きかも」
その日、完売。
次の日も。
その次の日も。
「昨日の、ありますか?」
「例の香辛料の!」
「……」
気づけば。
「……流行ってますね」
珍しい味。
あと引く香り。
口コミは思ったより早かった。
そして。
——からんっ!!
「先生ぇぇぇぇ!!」
「違います」
この前の行商人だった。
「最近すごい売れてるんですよ!!香辛料が!!あの料理の材料って!!」
「それはよかったですね」
「そこでお願いなんですが!」
「嫌な予感しかしませんね……」
「レシピを!!」
「……」
行商人は、ぐっと手を合わせた。
「簡単でいいんです!香辛料と一緒におすすめ調理法として!!」
「商魂がすごいですね」
「商売ですから!!」
私は少し考える。
別に、独占したいわけじゃない。
むしろ。
「……まあ、広まるなら」
少しだけ嬉しい気もした。
「ただし」
「はい!」
「簡単なものだけです」
「ありがとうございます!!」
私は、ざっくりと書いた。
・香辛料は少しずつ
・炒める
・煮込む
・辛さは調整
「細かいところは?」
「各自、がんばってください」
「先生ぇ……!」
「違います」
行商人は、それを大事そうに持って帰った。
それから数日。
店の忙しさは少し続いた。
でも、ある日。
——からんっ!!
「先生ぇぇぇぇぇぇ!!」
「声が大きいです」
また来た。
しかも今日は、やたら顔が明るい。
「沢山、売れました!!」
「何がですか」
「香辛料も、レシピ付きセットも!!町でも隣町でも!!」
「……へえ」
「なので!!」
どん。
袋が置かれる。
「?」
「売上です!!」
「……はい?」
「レシピ代です!!」
「……」
私は袋を開ける。
「…………」
思ったより、入っていた。
「えっ」
「大好評でした!!なので、当然です!!」
「当然なんですか?」
「考案者ですから!!」
私はもう一度見る。
この前、香辛料や種を大量購入したとき。
正直、けっこう使った。
でも。
「……増えてますね」
使った額以上に。
しっかり。
「……」
なんだか少し、不思議だった。
前世では。
働いて、対価をもらう。
それが当たり前だった。
でも今は。
自分が作ったもの。
思いついたもの。
“いいな”と思ったもの。
それが、誰かの役に立って。
巡って返ってくる。
「……悪くないですね」
「でしょう!?」
「でも」
「はい!」
「次からはもっと安く卸してください」
「そこですか!?」
「大事です」
「手強い……!」
行商人は笑いながら帰っていった。
私は袋を見つめる。
思ったより重い。
「……」
増えた。
お金も。
少しだけ、自信みたいなものも。
でも。
その日の仕込み中。
「……」
鍋。
香辛料。
増える来客。
「……疲れました」
楽しい。
嬉しい。
でも。
毎日これを続けたいかと言われると。
「……違いますね」
私は看板を書き直す。
本日の気まぐれ
香辛料煮込み 販売終了しました
少し惜しまれた。
少し驚かれた。
でも。
「また、気が向いたら」
そのくらいが、いい。
できることと。
続けたいことは、少し違う。
私は増えたお金をしまう。
花壇。
店。
新しい種。
次に試したいこと。
使い道は、たぶんまたある。
でも今は。
いつものお茶を淹れる。
静かな湯気。
落ち着く香り。
「……やっぱり」
少しだけ賑やかだった日々を思いながら、私は笑う。
「このくらいが、好きです」
流行ったことも。
稼げたことも。
ちゃんと嬉しかった。
でも。
戻ってこられる。
自分で選んで。
それが、今は一番よかった。




