【22話】増える楽しみ
その日の午前中は、驚くほど静かだった。
静か、というより。
「……誰も来ませんね」
私はひとり、窓の外を見ながら呟く。
天気は悪くない。
風も穏やか。
庭の花もそこそこきれい。
なのに。
来ない。
本当に、見事なくらい。
——からん。
……とは鳴らない。
「……」
カップを拭く。
窓を拭く。
棚を少し整える。
花壇を見る。
戻る。
——しん。
「……」
静かすぎる。
嫌いじゃない。
嫌いじゃないけど。
「……ちょっとだけ、暇ですね」
お湯だけが、ことことと音を立てている。
こういう日もある。
わかってる。
むしろ今までも、そういう日はあった。
でも今日は。
「……昨日より、暇かもしれません」
昨日は一人。
一昨日は二人。
今日は、今のところ。
「……ゼロ」
なんとなく、数字にすると少し寂しい。
お昼を過ぎる。
「……」
私は帳簿を開く。
収入。
「……」
少ない。
「まあ、そういう日もあります」
そう、自分に言い聞かせる。
別に、困ってはいない。
前世で働いて、働いて、働いて。
気づけばそれなりに蓄えもあった。
この世界に来てからも、大きな出費は家くらい。
生活は質素だし、贅沢もあまりしない。
だから。
「……まあ、すぐ困るわけでは。むしろ、蓄えはあるほうですね」
——からんっ!!
「助けてくださいませんか!!」
「!?」
勢いがすごかった。
扉が開くなり、知らない男性が飛び込んできた。
大きな荷車。
帽子。
旅装。
そして、すごい量の荷物。
「……えっと」
「買ってください!!」
「何をですか!?」
私は思わず一歩引いた。
男性——たぶん行商人は、ぜえ、と息をつく。
「いやほんと困ってるんですよ!仕入れは完璧だったんです!絶対売れると思ったんです!!」
「はあ……」
「でも全然売れなくて!」
「そうなんですね……」
「見てくださいよこれ!」
半ば強引なくらいの勢いで、荷を広げられる。
私は少し圧倒されながら、並べられたものを見る。
「……あれ?」
花の種。
珍しい茶葉。
乾燥果実。
焼き菓子用の香辛料。
保存のきく木の実。
香りのいい花びら。
小瓶。
布袋。
「……」
私は、しばらく黙った。
「どうです!?」
「……」
「売れなさそうでしょう!?」
「そこは自覚あるんですね」
「普通の町で、こんなマニアックな香草茶葉セットとか売れませんよ!!」
「でしょうね……」
でも。
「……なんで、こんなに」
私は、花の種を見る。
珍しい青い花。
乾燥向きの白い花。
ハーブ数種。
お茶の材料も、かなりいい。
「……私向けですね?」
「え?」
「いえ、なんでもないです」
まるで私のために用意したようだ。
庭。
お茶。
お菓子。
香り。
むしろ、ちょっと危険なくらい。
「この茶葉なんて、お菓子と合わせたら絶対いいですよ!」
「……」
「この香辛料、焼き菓子にも!」
「……」
「この種は乾燥花にも!」
「……」
だめだ。
全部ちょっと楽しそう。
「……ちなみに」
「はい!」
「これ、全部でいくらですか」
行商人がにこっと笑った。
少し嫌な予感がした。
そして。
「…………」
高い。
「いや、でも、かなり質はいいですから!!」
「……ですよね」
本当に質はいい。
たぶん、本当に悪くない。
問題は。
「……お金、使いすぎですよね」
でも。
私は店の中を見る。
静かな店。
育ってきた庭。
最近増えたお菓子。
これから試したいこと。
それから、帳簿。
「……」
お金は、ある。
使わなかっただけ。
使い道が、あまりなかっただけ。
前世では、使う暇もなくて。
この世界では、使う理由が少なくて。
でも。
「……」
なんだか少しだけ。
今なら。
「……ください」
提示された金額。
「…………高いですね」
「えっ」
「いや、高いです」
「そんな!?」
「少なくとも、“売れなくて困ってる人”の値段じゃないです」
「うっ」
図星だったらしい。
「いやでも質はいいんですよ!?」
「それはわかります」
「じゃあ!」
「でも、売れ残りですよね?」
「うっ」
「しかも、こんな街はずれまで持ってきてる。ということは街中で売れなかったんですよね」
「ううっ」
行商人が黙った。
私は、にこっと笑う。
「少し、お安くなりませんか?」
「……お、お客さん」
「はい」
「商売、向いてません?」
「色々ありまして」
「重い!!」
でも、引かない。
「この花の種、まとめて買います」
「はい……」
「茶葉も」
「はい……」
「乾燥果実も」
「……はい」
「なので」
「……はい」
「おまけ、してください」
「おまけ!?」
「あと値引き」
「えぇ……」
行商人は、ものすごく悩んだ。
「……じゃあ、この小瓶つけます」
「もう少し」
「えっ」
「布袋も」
「強い……!」
「香辛料、少しだけ」
「待ってください待ってください!!」
最終的に。
「……わかりました!!その代わりまた買ってくださいね!!」
「内容次第です」
「手強い!!」
結果。
かなり安くなった。
しかも、小瓶と布袋と少量の香辛料がおまけ。
「……勝った」
「完全に負けました……」
でも行商人も、在庫はかなり減ったらしく、最終的には少し嬉しそうだった。
「あなたみたいなお客さん初めてですよ……」
「それはどうも」
——からん。
帰っていく行商人。
店内。
荷物。
「……」
思った以上に、いっぱいある。
「……買いすぎました」
ぽつり、と。
でも。
乾燥果実をひとつ手に取る。
香り。
「……」
おいしそう。
花の種を見る。
楽しそう。
香辛料。
試したい。
「……」
私は、少しだけ笑った。
出費は、ちょっと痛い。
かなり痛い。
でも。
困るだけじゃない。
これで作れるもの。
育てられるもの。
試せるもの。
これからが、少し増えた。
「……まあ」
私は荷物を抱えて立ち上がる。
「しばらく、退屈はしなさそうです」
静かだった一日。
客は、たぶん一人。
でも。
一番お金を使った日かもしれない。
少し減った財布と。
かなり増えた楽しみ。
悪くない。
……たぶん。いや、絶対に買いすぎたけれど。




