表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
18/43

【18話】知らないままの距離

春の雨が続いた時期も過ぎて、庭にやわらかな陽射しが戻ってきたころ。

花壇の花は少しずつ数を増やし、葉も前より青々として見える。

あの大雨の日が、ちゃんと無駄じゃなかったみたいだ。


——からん。


「こんにちは!」


明るい声と一緒に入ってきたのは、ルゥだった。


「こんにちは」

私はいつもの席へ案内しながら、ふと気づく。


「……そういえば」


「?」


「ミア、最近見てませんね」


口にしてから、少し考える。

最近どころじゃないかもしれない。


最後に来たのは、いつだっただろう。

雨が続く前。

それとも、そのもう少し前。


「……たしかに」

ルゥも、少し驚いたように目を丸くする。


「二週間くらい、会ってないかも」


「……二週間」


思ったより長い。


もちろん、毎日来るような約束があるわけじゃない。

ミアは、ふらっと来て。

ふらっと帰る。

それが自然だった。


でも。


二週間。


長い、気がする。


「森の中、ですかね」

私はお茶を淹れながら言う。


「かもしれません」

ルゥは少し心配そうに窓の外を見る。


「でも……」


「?」


「私たち、ミアさんがどこに住んでるのか知らないですよね」


「……あ」


言われてみれば、その通りだった。


森に詳しい。

ハーブや花に詳しい。

静か。

気まぐれ。


でも、それ以上は知らない。


「聞いたこと、ありませんでした」


「なんとなく」

ルゥが少し言いにくそうに笑う。

「踏み込みすぎるのも違うかなって」


「……わかります」


来たいときに来て。

話したいときに話して。

そういう距離だからこそ、気楽だった。


でも。


「少しだけ、気になりますね」


「はい」


元気ならいい。

ただ、それだけ確認できたら。


私は窓の外を見る。

今日は天気もいい。

森へ入るには、ちょうどよさそうだった。


「……少し、探検してみますか」


「探検?」


「ミアを無理に探すというより」

私は少し笑う。

「森を歩いてみる感じで」


ルゥは少し考えて、それから頷いた。


「……行きます」


そんなわけで。

その日の店は少し早めに切り上げて、私たちは森へ向かうことになった。


森の方へ少し進むだけで、空気が変わる。

ひんやりして。

土と草の匂いが濃くなる。


「……街よりは落ち着きます」

ルゥが少し安心したように言う。


「でも、知らない道は少し緊張しますね」


「それは、わかります」


道らしい道を進みながら、時々周りを見渡す。


「ミアさーん」


ルゥが呼んでみる。


……返事はない。


「いませんね」


「そんなに簡単には会えませんか」


でも、不思議と焦る感じではなかった。


その代わり。


「……あ」


私は足を止める。


「これ、見たことないですね」


足元に、小さな淡い紫色の花。

庭にはない種類だ。


「きれい……」

ルゥがしゃがみこむ。


「ミアさんなら、名前を知ってそうです」


少し先には、見慣れない葉。

触れると、ほんのり甘い香りがする。


「これ、ハーブでしょうか」


「かもしれません」


さらに歩けば、小さな木の実。

木漏れ日。

少し変わった形の花。


気づけば。


「……私たち、普通に楽しんでますね」


「……ですね」


ルゥが、ふふっと笑う。


ミアを探しに来たはずなのに。

花を見つけて。

葉の香りを確かめて。

知らない景色を歩いている。


もちろん、少し心配はしている。

でも。


ミアは、たぶんこういう場所をよく知っている。

だったら。

森の中で元気にしている気もした。


結局、その日は会えなかった。


少し奥まで行ってみたけれど、住んでいる場所もわからないまま。


でも。


「……まあ」

帰り道、私は摘んだ花を見ながら言う。


「何もなかったわけじゃないですね」


「はい」

ルゥも頷く。


「探検でした」


見つからなかった。

でも、知らないものを見つけた。

森を少し知った。

そして、次に会えたときに聞きたいことが増えた。


「花の名前とか」


「この葉っぱとか」


「木の実も」


ルゥが少し笑う。


「ミアさん、たぶんいっぱい教えてくれますね」


「ですね」


全部知らなくてもいい。

知らないままの距離があるから、会えたときに聞けることもある。


店に戻るころには、日が少し傾いていた。


今日は会えなかった。

でも。


「……次、来たら少しだけ安心しますね」


そう呟くと。

ルゥも、やさしく頷いた。


「はい」


私は手の中の小さな花を見ながら、次に扉の鈴が鳴る日を少しだけ楽しみに思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ