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二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


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【14話】庭先の席

その日は、朝から少し静かだった。


庭に出て、水差しを傾ける。


この前芽吹いた花は、昨日よりほんの少しだけ葉を増やしていた。

まだ小さい。

でも、ちゃんと育っている。


土の匂いと、やわらかい春の風。


「……いい天気」


思わず、そんな言葉がこぼれる。


庭先の席は、前からそこにある。


最初は、ただなんとなく置いただけだった。

店の中より少し風が近くて、花が見える場所。


気づけば、私もあの席を気に入っていた。


店を開けてしばらく。


今日は、いつもの扉の鈴が鳴らない。


ミアも。

ルゥも。


「珍しいですね」


少しだけ静かすぎる気もするけれど、嫌ではなかった。


こういう日もある。


カップを磨きながら、私は庭を見る。


風に揺れる花。

空いている庭先の席。


あそこは、ぼんやりするのにちょうどいい。


午後になって。


私は、店の前を歩く人影に気づいた。


女性だった。


年は、私とそう変わらないくらいだろうか。


服装はきちんとしている。

でも、足取りが少し重い。


急いでいるわけでもなく。

散歩、という感じでもない。


ただ、歩いている。


その姿に、胸の奥が少しだけざわついた。


なんとなく。


本当になんとなく。


前世の自分を思い出した。


頑張りすぎて、どこへ向かっているのかもよくわからないまま、ただ歩いていたころ。


女性は、庭先の花に気づいたのか、少しだけ足を止めた。


視線が、席へ向く。


私は自然と扉を開けていた。


「よければ、少し休んでいきませんか?」


女性は少し驚いた顔をした。


「え……?」


「庭先、今日は風が気持ちいいので」


無理に、とは言わない。

ただ、そう思っただけ。


女性は少し迷ってから、小さく笑った。


「……じゃあ、少しだけ」


庭先の席に腰を下ろした瞬間。


その人の肩から、少しだけ力が抜けた気がした。


「おすすめ、ありますか?」


控えめな声。


私は少し考える。


こういう日は、濃い味より。


「やさしいものにしましょうか」


春の若葉を少し。

香りの軽い茶葉を少し。


ぼんやりした頭にも、するりと入るような味。


「どうぞ」


「……ありがとうございます」


庭先に座るその人は、カップを両手で包むように持った。


ひと口。


それから、少しだけ目を丸くする。


「……おいしい」


「よかったです」


しばらく、会話はなかった。


でも、その沈黙は気まずくない。


風が吹く。

花が揺れる。

遠くで鳥の声。


やがて、その人がぽつりと言った。


「……なんだか」


カップの湯気を見つめながら。


「少しだけ、息がつけます」


その言葉に、私は静かに頷いた。


「それなら、よかったです」


「実は」


その人が少しだけ笑う。


「目的もなく歩いてたんです」


「そういう日もあります」


「気づいたら、ここが見えて」


たまたま。


でも、そういう“たまたま”は、嫌いじゃない。


帰るころには、その人の表情は、来たときより少しやわらかくなっていた。


「ありがとうございました」


「こちらこそ」


その人は、テーブルの上に小さな硬貨を置く。


「……これ、足りますか?」


控えめで、少し遠慮がちな言い方。


私は硬貨を見る。


きっちり代金、というより。


お礼。

たぶん、そういう気持ち。


「十分です」


そう答えると、その人は少しほっとした顔をした。


けれど。


帰ろうとして、ふと立ち止まる。


そして、バッグの中を少し探って。


「……これも、よかったら」


置かれたのは、小さな包みだった。


きれいな紙に包まれた、焼き菓子。


「街で評判のお店のなんです」


「……え?」


「今日は、助かったので」


私は少し驚いて、その包みを見る。


硬貨だけじゃなくて。

わざわざ、自分の持っていたものまで。


「……ありがとうございます」


「こちらこそ」


その人は、今度こそ少し軽い足取りで帰っていった。


私は、庭先の席を片づける。


空になったカップ。

小さな硬貨。

それから、焼き菓子の包み。


「……」


なんだか少し、あたたかい。


お金そのものというより。


“ここで休めてよかった”と思ってくれたことが。


前世の私は、こういうふうに誰かへ何かを返す余裕、あったでしょうか。


……あまり、なかった気がする。


私は包みをそっと持ち上げる。


「あとで食べましょうか。お茶に合いそうですね」


風が吹く。


庭の花が揺れる。


静かな午後。


今日は、誰も来ないかもしれない。


それでもいい。


たまたま誰かが見つけて、

少し休んで、

また歩き出せるなら。


「……悪くありませんね」


私は新しいお湯を沸かす。


春の風は、今日も静かに庭を通り抜けていった。

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