【13話】春が芽吹き始めた
朝、庭に出た瞬間。
「……あ」
思わず、足を止めた。
まだ小さい。
ほんの少しだけ
けれど確かに、土のあいだから淡い緑が顔を出している。
この前、三人で植えた花の種。
毎日少しずつ水をやって、まだかな、と眺めていたそれが。
芽吹いていた。
「……すごい」
しゃがみ込む。
指で触れるのは、なんだかもったいなくて。
ただ見る。
小さな芽。
やわらかくて、頼りなくて。
でも、ちゃんと生きている。
「おはようございます!」
後ろから、明るい声。
ルゥだった。
少し遅れて、ミアも来る。
「芽、出た」
「ええ」
三人で並んで、庭を見る。
まだほんの少しの変化。
でも、それだけでなんだか嬉しい。
「もっと、植えたくなりますね」
私はぽつりと言う。
ルゥがぱっと顔を上げる。
「わかります!」
ミアも頷く。
「増やそう」
その言葉に、少し考える。
花もいい。
でも。
「……せっかくなら、違うものもいいかもしれません」
「違うもの?」
「ハーブとか、野菜とか」
言ってみると、少しわくわくした。
育てる楽しみ。
使う楽しみ。
もしかしたら、お店にも使えるかもしれない。
「ちょっと、街へ行ってみます」
そう言うと、ルゥが目を丸くする。
「街?」
「はい。種を探しに」
ミアは短く言う。
「いってらっしゃい」
久しぶりの街は、相変わらず人が多かった。
少し騒がしい。
でも、前ほど嫌ではない。
春になったからだろうか。
行き交う人の表情も、どこかやわらかい。
市場を歩いていると、小さな露店が目に入った。
色とりどりの袋。
花、ハーブ、野菜。
「いらっしゃい」
店番をしていたのは、年配の女性だった。
「種をお探しかい?」
「はい。庭に植えてみたくて」
女性は、リゼルの顔を見ると少し笑った。
「初めてかい?」
「……そんな顔に見えますか?」
「少しね」
からからと笑う。
嫌な感じはしない。
「なら、これがいいよ」
差し出されたのは、初心者向けのハーブの種。
「丈夫で育てやすい。お茶にも使える」
「……ぴったりですね」
「それと、こっちは小さな野菜。ゆっくり育つけど、ちゃんと実る」
いくつか選ぶと、女性は袋に詰めながら、小さな包みをひとつ加えた。
「これは、おまけ」
「え?」
「これは、おまけ。春は色があると、庭を見るのがもっと楽しくなるからね」
リゼルは目を瞬く。
「……いいんですか?」
「庭仕事は、うまく育つかも大事だけどね」
女性はやさしく笑う。
「何を植えようか考える時間も、楽しいんだよ」
その言葉が、胸に残った。
「……ありがとうございます」
手の中の袋が少しあたたかく感じた。
街はまだ少し賑やかだけど。
悪くない。
「たまには、こういうのもいいですね」
そう思いながら、帰り道を歩く。
店に戻ると、庭先にルゥとミアの姿があった。
二人とも、芽吹いた花をしゃがんで眺めている。
「おかえりなさい!」
「おかえり」
「ずっと見てたんですか?」
ルゥが少し照れたように笑う。
「なんだか、見てたくて」
ミアも小さく頷く。
「変わる途中」
その言葉に、ルゥも少し笑う。
「……では、お茶にしましょうか」
「はい!」
店に入り、いつものようにお湯を沸かす。
今日は、街で買ったハーブの種を少しだけ眺めながら。
まだ使うのは先。
でも、それも楽しみだ。
三人で庭の見える席に座る。
湯気の向こう、小さな芽。
これから育つ花。
増えていくかもしれないハーブや野菜。
「楽しみですね」
ルゥが嬉しそうに言う。
「ええ」
「春、忙しい」
ミアの言葉に、私は微笑む。
にぎやかな街も悪くない。
やさしい人もいた。
新しい楽しみも増えた。
でも。
やっぱり、こうして戻ってきて、いつもの二人とお茶を飲む時間が落ち着く。
庭の小さな芽を眺めながら。
春の午後は、今日もゆっくり流れていった。




