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二度目の人生は「ゆるりと」生きることに決めました  作者:


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【12話】春のはじまり

朝、扉を開けたとき。


空気が、少しだけ違った。


「……あたたかい」


吐いた息が、白くならない。


それだけで、もう春だった。


道の雪はほとんど溶けている。


ところどころに残った白が、名残のように静かに光っていた。


屋根から落ちる雫の音が、ぽたり、ぽたりと続く。


冬の終わりの音。


店に戻り、窓を開ける。


冷たいだけだった風が、少しやわらかい。


土の匂いが混じっている。


「春、ですね」


誰に言うでもなく、呟く。


——からん。


扉が開く。


「こんにちは」


ミアだった。


今日は少しだけ、表情が明るい。


「森、変わってきた」


「もう芽吹いていますか?」


「うん。少しだけ」


そう言って、ポケットから小さな葉を取り出す。


まだやわらかい、薄い緑。


「きれいですね」


私はそっと受け取る。


触れると、ほんのり温かい気がした。


少し遅れて、ルゥもやってくる。


「道、歩きやすくなってました」


「もう遭難しなくて済みそうですね」


「……はい」


少しだけ恥ずかしそうに笑う。


三人で窓際の席に座る。


今日は暖炉の火も小さい。


なくてもいいくらいだ。


「飲み物はどうしますか?」


「春っぽいものがいいです」


ルゥが言う。


ミアも頷く。


「春」


短いリクエスト。


私は少し考える。


メニューにはない。


でも、こういうときのための店だ。


棚から、少し軽めの茶葉を取り出す。


そこに、ミアが持ってきた若葉を少しだけ加える。


「……試してみましょう」


湯気が立つ。


いつもより、少し軽い香り。


草と花のあいだのような匂い。


三人分のカップに注ぐ。


「いただきます」


一口。


やさしい味が広がる。


「……春です」


ルゥがぽつりと言う。


ミアも小さく頷く。


「春」


窓の外では、水が流れている。


遠くで鳥の声が聞こえる。


冬の静けさとは、少し違う音。


やわらかく、動いている。


私はカップを持ちながら、ふと思う。


この店にも、季節がある。


同じ毎日ではない。


少しずつ変わっていく。


でも、無理はしない。


急がない。


「また、こういうのも作りますね」


「はい」


「うん」


短い返事。


でも、それで十分だった。


窓から入る風が、少しだけあたたかい。


春は、静かに始まっていた。



飲み終えたあと。


外に出ると、空気は昼よりも少しひんやりしていた。


それでも、冬の冷たさではない。


やわらかくて、どこか湿った匂いがする。


店の横には、小さな空き地がある。


今までは、ただの土だった場所。


雪が溶けて、ようやく地面が見えるようになっていた。


「……ここ」


私はしゃがみ込む。


指先で土に触れる。


少し冷たい。


でも、硬すぎない。


「何してるんですか?」


振り返ると、ルゥが扉から顔を出していた。


「庭を、どうしようかと」


「庭?」


ミアも後ろから覗く。


「せっかく春ですから」


私は立ち上がる。


「花でも、植えてみようかと」


言葉にしてみると、少しだけ新鮮だった。


今までは、店の中だけで完結していた。


でも外にも、手を伸ばしてみてもいいかもしれない。


「花……」


ルゥが小さくつぶやく。


「きれいになりそうです」


ミアは少し考えてから言う。


「森に、種ある」


「本当ですか?」


「うん。春の花」


三人で、土の前に並ぶ。


まだ何もない場所。


でも、これから何かが育つ場所。


「急がなくていいですね」


私はぽつりと言う。


「ゆっくり、でいい」


ミアが続ける。


「毎日、少しずつ」


ルゥも頷く。


風が、やさしく吹いた。


土の匂いと、春の気配。


もう一度地面を見る。


「明日から、少しずつやりましょうか」


二人がうなずく。


まだ何もない庭。


でも、それが少し楽しみだった。

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