第80階層 どこにでも悪い職場は存在していた
涼「異世界の、しかもこんな場所でもそんな職場はあるのか」
調査所から届いた報告書をイーリア、エリアスと共に目を通していく。
今にも潰れそうなダンジョンと、そこに勤める既婚女性か男は結構な人数がいる。
でも素行調査が加わると、話は変わってくる。
「賭け事で借金があるんですね、この人は」
「仕事が上手くいかず、家族に暴力を振るって離縁された人がいますよ……」
「ここは侵入者がいないから、日頃からサボりが横行しているのか」
やはり赤字運営のダンジョンだけに、仕事の態度もプライベートも荒れている人が多い。
それだけに、そういう状況でもしっかりしている人や、なんとかしようとしている人は目につきやすい。
やっぱり素行調査をしておいて正解だったな。
お陰で候補が六人にまで絞れた。
「雇うのはここから二名ですね」
「誰にしましょうか?」
「いや、ここは二人に絞り込むんじゃなくて、この六人を雇いたい順に並べて上位から声を掛けにいこう」
断わられた場合は次の順番の人をスカウトしに向かう、っていうやり方でいいだろう。
問題は順番を決める基準だな。
「仕事の態度や素行調査をもう少し読み込んで、順番をつけていこう」
「「はい」」
読んだ印象からの人物像を書き出し、この人はどうかと三人で検討しながら順番をつけていく。
それから数時間かけてようやく順番をつけ終えて、会議は終了した。
「明日は定休日だから、スカウトはラーナを連れて俺が直接やろう」
「ですが、対象の方とどうやって話をしましょうか」
そうか、話をするために職場の外へ来てもらわないといけないのか。
さすがに他所のダンジョン内で引き抜きのスカウト、という訳にはいかないもんな。
そうなるとどうするか。必ず外出するとは限らないし、外出を待っていたら明日一日じゃ終わらないかもしれない。
「でしたら私が外へ誘い出しましょう。ダンジョンギルドの職員として、話を伺いたいと言えば外へ連れ出せます」
おっ、そうしてくれると助かる。
結婚したとはいえ、まだイーリアはダンジョンギルドに籍を置いている職員だ。
職員としての証明証も持っているし、ギルドの仕事として来た事にすれば外に連れ出しやすいだろう。
「でも、そう簡単に呼び出せるものか?」
「大丈夫です。いい方法がありますので」
そう言ってにっこりと笑うだけで、方法とやらは教えてくれない。
ちょっと気になるけど、教えてくれないってことは聞くなってことだろうし、聞き出すのはやめておこう。
「分かった。方法については任せる」
後は提示する条件を決めるだけか。
相手はダンジョン勤務経験者なのに加えてスカウトした人材だから、給料は通常より少し多めにしておこう。
それと家族を養っている人を雇うのなら、その辺りも考慮しておいた方がいいだろうな。
夜勤がある日以外は通いでの勤務も許可して、その人が夜勤の時に寝泊まりする仮眠部屋も必要になるか。
勤務中の食事については、向こうが弁当か何かを用意するならこっちでは用意せず、必要なら給料から食費を天引きという形にしておこう。
そんな感じで二人と相談しながら提示する条件を調整し、どうにか終わった頃にフェルトがやって来た。
「あの、アッテムさんが交代はまだかと」
「「「えっ!?」」」
時間を確認すると思っていたより時間が経過していて、とっくに司令室へ入る時間になっていた。
急いで司令室へ入ると、泣き顔のアッテムから遅いですよと言われた。
「悪い、すまなかった!」
両手を合わせて謝りながら仕事を代わり、この後に交代が遅くなった分の休憩時間を取らせるのと、好物のグラタンを作るので許してもらえた。
「さてと、まずはチェックから入るか」
引き継ぎで受けた報告の内容を確認し、諸々の確認事項をチェックしていく。
「おっ、ツインヘッドドラゴンゴーレム・改を投入したのか」
戦闘記録に目を通すと、分裂状態からの合体を妨害された場合の対処に、少し問題が有るようだ。
その戦闘自体は先生が考案して指導までした、ツインフレアドライブサイクロンとかいう、訳の分からない技を使って勝ったようだ。
あの技は一度見た途端、もうどうでもいいような気分になって怒る気にもなれなかった。
そうか、あの技で勝ったのか。
「ご主人様、今日入手した物の鑑定結果です」
「ん、ありがとう。目を通しておく」
目を通した感じ、特別珍しい物や目新しい物は見当たらない。
だけどゴブリン達の武器には使えそうだから、それ用に確保しておいて他は売却かアビーラの工房行きにしよう。
確保する品にチェックを入れておいて、残りからアビーラに欲しい物があるか、確認してもらうようミリーナへ伝えておく。
「承知しました。確保分は育成スペースに保管しておきますね」
「頼む」
じゃあ次は、ダンジョン内のチェックと倒された魔物の補充をしておくか。
****
定休日の午前、俺はラーナとカフェにいる。
そこで紅茶のような飲み物を飲みながら、スカウト対象を呼び出しに行ったイーリアを待つ。
これから会うのは選別した中で一番高い評価をした、エルフの女性。
町の警備隊員をしている夫がいる既婚者で、子供も四人いるとのこと。
「調査によると、仕事ぶりも素行も問題無いみたいですね」
「ただ、勤務先のダンジョンの経営が悪化して収入が減少した影響で、生活が苦しいらしい」
「そこにつけ込むのですね」
つけ込むんじゃなくて、手を差し伸べると言ってくれ。
「あっ、来たみたいです」
窓の外にイーリアとスカウト対象のエルフの女性、テレサさんの姿が見えた。
何を言って連れ出したのか、少し不安そうな表情をしている。
店に入ってきたイーリアはすぐに俺とラーナを発見し、そこまで案内してきてくれた。
「どうぞ、こちらへお座りください」
着席を促されても、状況が分からないテレサさんはオロオロする。
「あの、これはどういう?」
「申し訳ありません。実は先ほどお伝えしたのはあなたを連れ出す口実で、本当はこの方と会っていただきたかったんです」
「で、でも、こちらの方は」
「お察しだと思いますが、紹介させていただきます。私の夫で、異世界人ダンジョンマスターのヒイラギ様です」
俺を紹介されると、テレサさんは余計に混乱しだした。
もしもこれが漫画だったら、頭部周辺にいくつもクエスチョンマークが浮かんでいるだろう。
戸惑いながらも席に座ってもらい、笑みを作って話しかける。
「テレサさんですね。御足労いただき、ありがとうございます。先ほど紹介してもらいましたが、柊と申します」
「は、はあ」
まだ反応が鈍いな。
もしもこの状態で引き抜きの話をしたら、どうなるだろう。
といっても、用事はそれしかないから話すけど。
「率直に申し上げます。今の職場を辞めて、うちで働きませんか?」
提案した途端、相手は体も表情も硬直してしまった。
ナウローディング、ナウローディング、ナウローディング。
「え、えぇぇぇぇぇっ!?」
終了。
「つつつ、つまり、私を引き抜きたいと?」
「そういうことです。妻達が妊娠して、このままでは運営に支障が出ると判断し、ある程度経験を積んだ人材を雇いたくて声をかけさせていただきました」
引き抜きたい理由を説明している間も、表情からは驚きと戸惑いが見て取れる。
理解はしていても、頭がそれに追いついていないのかな。
「ですが、何故私を? あのダンジョンには、私より仕事をできる人がいますが」
「確かにあなた以上に仕事が出来る方はいます。ですが、その方々は素行に問題が有るので、今回は見送らせていただきました」
どうやらテレサさんも心当たりがあるようで、数回頷いている。
「それに妻達は初産ですからね。近くに出産経験者がいると、いざという時に安心なんですよ」
これは俺だけでなく、妊娠しているエリアス、ネーナ、ローウィの共通認識事項だ。
俺は単に心配なだけだけど、エリアス達はちゃんと産めるのかとか、ちゃんと育てられるかどうかを凄く不安そうに聞いてくる。
ネーナに至っては向こうから訪ねてくるほどだ。
これまではなんとかしてこれたものの、俺も初めての状況で上手く宥められ続ける自信が無い。
だからテレサさんのような出産経験者が傍にいてくれると、エリアス達のためになるはず。
「ですので、うちの妻達を出産経験者として支えてもらえないかと」
「な、なるほど。そういう事なら、ご協力できそうですね」
よし、食いついてきた。
「雇用にあたっては、このような条件を用意しています」
ラーナに目配せして、雇用条件を記した書類を差し出させる。
それに目を通していくテレサさんは、途中から目を見開いて何度も読み返している。
「ほ、本当にこのお給料……いえ、待遇でいいんですか?」
「経験者である点と、妻達を支えてもらう点を考慮すればこれくらいかと」
「で、では本当に?」
「はい。それと一部説明が必要な点があるのですが」
こちらには馴染みの無い昇給やボーナスの説明をしていくと、表情がどんどん明るくなっていく。
「いかがでしょうか? お返事は五日ほどお待ちします」
「今の職場を辞めるのは、お返事をしてくれた後で構いませんよ」
そうイーリアが説明した途端、急にテレサさんの表情が曇った。
何でこのタイミングで表情が曇るんだ?
「どうかなさいましたか?」
「じ、実は……」
表情が気になったラーナが尋ねると、少し言い辛そうに説明を始めた。
なんでも今の職場のダンジョンマスターは、運営の悪化に加えて退職希望者が増えたことで、度々癇癪を起ているらしい。
しかも従業員に対し、毎日のように暴言を浴びせて物を蹴ったり投げたりして威圧をし、辞めようとしたら承知しないと言いふらしていると教えてくれた。
そのせいで退職希望者が恐怖を覚え、退職願を取り下げているとのこと。
「なんだそれ……」
これは駄目なやつだ。
辞めさせないために説得したり待遇を改善したりするならともかく、脅して退職を取り下げさせるのは駄目だ。
「イーリア、ダンジョンギルドからすると、こういうのはどうなんだ?」
「完全に違法行為です。ギルドへお伝えしてくれれば、すぐにでも対応しましたのに」
「ごめんなさい。どうにも怖くて……」
よほど怖いのか、小さく震えている。
それでも話してくれた勇気に、感服します。
「聞いた以上は黙っていられないですね。ヒイラギ様、すぐにでもギルドへ通達したいのですが」
「ああ、行ってこい。それとテレサさんも同行してくれますか」
「えっ?」
「実際に働いている方の証言が必要なんです。どうか、ご協力ください」
頭を下げるイーリアに対し、テレサさんの表情は浮かない。
ひょっとして、今の雇い主からの報復を恐れているのか?
するとイーリアは、他の男に向けたら俺が嫉妬しそうな笑みを浮かべた。
「ご安心ください。あなたや職場の方々は、ギルドが全力で保護します。もしも相手が非合法な手段でくるなら、それはそれで対処しやすいですから心配はご無用です」
なんか後半怖いこと言わなかった?
どうして非合法な手段でくるとやりやすいんだ。
ダンジョンギルドにはそういう輩に対応するための、専門的な部署でもあるのか?
「……分かりました。ご協力します」
よし、これでなんとかなるかな。
ただの勧誘だったはずが、予想外の事態になったな。
冷めかけた紅茶を飲んで喉を潤そうとしたところで、ふと気づいた。
ギルドに伝えれば対応するなら、どうしてダンジョンには必ず派遣されているギルド職員が、今まで伝えていなかったのかと。
「待ってください」
席を立ったイーリアとテレサを引き止めて尋ねる。
「そちらにいるダンジョンギルドの職員は、何故ギルドへ伝えていないんですか?」
問いかけにハッとしたのはイーリア。
ダンジョンにはギルド職員がいるはずなのに、その人は今までギルドへ伝えていない。
それはつまり、通達しないぐらいダンジョンマスターと深く繋がっているか、通達できない状態なのか。
唯一真実を知るテレサさんは、俯いて震えながら語った。
「その……ギルド職員の方は……ギルドに報告すると告げた直後、ダンジョンマスターに襲われて」
背後からの完全な不意打ち。
そのまま暴行されて重傷を負い、捕らえた侵入者を入れておく牢屋で幽閉されているらしい。
しかも、わざわざ従業員達の前で職員の有様を見せつけたそうだ。
「見せしめ……か」
口だけじゃなくて本気で痛い目に合わせると思わせるため、重傷を負わせたんだろう。
だからテレサさん達従業員は、強い恐怖心を抱いた。
その職員は今も幽閉されており、傷の具合がよくないのかここ最近呻き声が多いとのこと。
というのも、見せしめの継続のつもりか治療もされず、劣悪な環境の牢屋で放置されているそうだ。
「ヒイラギ様!」
珍しく大声を上げたイーリアの気持ちは分かる。
だからこそ、ここは背中を押してやろう。
「好きにやれ。ただし安全第一で、無事に帰って来い」
「分かりました! テレサさん、すぐにダンジョンギルドへ行きましょう!」
「は、はい」
気迫に押されて返事をしたテレサに続き、イーリアも店を飛び出す。
任せた以上は首を突っ込まず、やりたいようにやらせよう。
しかし、引き抜きの勧誘がとんだ事態になったもんだ。
人物だけじゃなくて、勤務先の調査もしてもらえばよかったな。
世界が違うから奴隷がいて、それを乱暴に扱うのは納得できなくとも理解はしている。
けれど従業員に手を挙げるのは、こっちの世界でだって許されない行為だ。
はあ、なんだか気分が悪くなってきた。
「ラーナ。気が滅入ったし大事になりそうだから、勧誘の続きは後日にしよう」
「同意します。私も話を聞いていて、正直気分が悪いです。回復するには旦那様の抱擁による癒しが必要です」
なあ、お前ってそんなキャラだったっけ?
俺も癒しが欲しいから、別にやってもいいけどさ。
「帰ったらしてやる。その代わり、皆への事情説明を頼む」
「分かりました。お任せください」
おそらく、テレサさんが勤めているダンジョンはもう終わりだろう。
そこへ勤めている人達のためにも、今は一刻も早い解決を望もう。
そう思いつつ帰宅し、互いに癒しを求めてラーナと抱擁をすると、遊びに来ていた農業組も含めて皆から何事だと言われた。
ラーナによる説明の後、嫁達と愛人達から自分も癒してあげたいと言われ、順番に抱擁することになった。
ああ、癒される……。




