第81階層 新人ならではの通過儀礼
ローウィ「魔物を見て必ず驚くんですよね。特に経験者ほど」
それは電光石火の如く行われた。
テレサさんが勤めるダンジョンの実情がダンジョンギルドへ伝わり、緊急の査察と捜査が行われた。
派遣されていたギルド職員は救出されて病院へ搬送され、ダンジョンマスターは逮捕。
これに伴い、そのダンジョンは閉鎖されたそうだ。
「あっという間だったな」
帰ってきたイーリアから話を聞いて、あまりの早さに驚くしかなかった。
「ギルドの仲間が酷い目に遭ってると知って、職員全員が一致団結しましたから」
だからって早すぎるって。
別れてから二時間ぐらいしか経ってないぞ。
「今回は話してくれたテレサさんの勇気に感謝ですね」
「いや、あの人自身が助けてもらいたかったんじゃないか?」
だからこそ、手を差し伸べた俺達に全部話してくれたんだと思う。
劣悪な職場から逃げ出したいのは、誰だって同じはず。
テレサさんはその切っ掛けというか、手を引いてくれる人が欲しかったんだろう。
「それで、テレサさんは?」
「あのダンジョンは閉鎖されるので、こっちに移籍するのに支障はありません。逆に聞きますが、もう一人の方は?」
「悪い、さっきので気が滅入って後日にした」
「……まあいいでしょう、私も正直気分が悪いので」
同僚が酷い目に遭っていたんだから、当然と言えば当然か。
「そんなイーリアさんを抱擁して癒してあげたいなぁ、と思う柊君だったのでした」
「勝手なナレーションつけんな、戸倉」
「いいじゃん。イーリアさんだって奥さんなんだから、癒してあげなよ」
それに関しては賛成だ。
早速、何のことを喋っているのか分からないでいるイーリアを抱擁したら、なかなか面白い反応を見せてくれた。
それから十日ほどが過ぎ、うちの新たな従業員達が初出勤した。
朝のミーティング前には来てもらい、皆に紹介する。
「かねてより言ってた、新しいメンバーが今日から入る。じゃあ、自己紹介を」
「はい。エルフのテレサと申します。こちらは少々特殊だと聞いたので、色々と教えてもらえればと思います」
「ドワーフのリネアだよ。よろしくね」
後日改めて勧誘したのは、このリネアさん。
ドワーフ特有の小柄な背丈を除けば、恰幅のいいおばさんって感じの人だ。
この人がいたダンジョンはテレサさんがいた所ほど酷い職場じゃなかったから、すんなりと勧誘に成功した。
旦那さんが病気で働けない上に給料まで下がっていたから助かったと、とても感謝されたぐらいだ。
どちらもエリアスに対して軽蔑や侮蔑の視線を送ることはなく、奴隷の面々に対してもフレンドリーに話しかけている。
やっぱり素行調査をしておいて正解だったな。
「じゃあラーナ、二人の案内と説明を頼む。魔物の説明は、いざとなったら俺を呼んでもいいから」
「やれるだけやってみます」
うちに来た新人の通過儀礼、魔物紹介。
これはダンジョン勤務経験者ほど衝撃が大きい。
見えるぞ、驚いて目の前の光景の意味が分からず信じられず、俺に詰め寄って報告書を見せられてさらに驚く未来が。
それを経験したラーナだからこそ、案内役を頼んだ。
上手く説明してくれよと願ったものの、結果は同じだった。
「すみません、あの魔物達の説明を求めます!」
「アンタいったい何やったんだい! 何やったら、あんな魔物達ができるんだい! というか、なんで育成スペースに畑作ってんだい!」
結局はこうなるのか。
「予想通りだろ。ちゃんと説明してやれよ、涼」
「……分かってるって」
準備しておいた、これまでの報告書を読んでもらいながら説明していく。
驚いたり呆れたり少し引かれたりしながらの説明を終えると、テレサさんはちょっと頭痛がすると言い、リネアさんは頭を整理したいと言ってきた。
ちょうどいいから休憩にして、二人に頭の整理をさせた。
「報告書を読めば読むほど、困惑していくのですが」
「よくもまあ、こんな魔物とかを考えるものだね。異世界人ってのは皆こうなのかい?」
「いいえ、マスターヒイラギが変わっているだけです」
変わってるって言うな。
それに皆の意見を聞いてダンジョンを作ってきたんだ、ある意味ここにいる皆が変わっているんだ。
いや、変わってきているんだ。
「あと、うちでは奴隷の皆も平等ですから」
「分かっています。いいですね、奴隷だからって粗雑に扱わないのは」
「そうだね。前にいた所は、奴隷を足蹴にしたり椅子にさせたりしてたよ」
「ご主人様はそんなこと、これっぽっちもしません!」
なんでミリーナが自慢気にに言うんだ。
それとあまり胸を張るな、揺れてそっちに目が行くから。
「あとは居住部の案内だけですね。こちらは変わったところはありませんから、ご安心ください」
居住部でもあんな反応されてたまるか。
魔物達と違って、至って普通に改装していったから魔改造の類は無い。
事実、思ったより充実している設備に感心しているくらいで、混乱は起きなかった。
「二人にはしばらくの間、研修という形でここの仕事に慣れてもらいます。その間、泊りでの夜勤はありません。研修中も給料はちゃんと出ますので、ご安心を」
「そういう期間を設けてもらえるのは嬉しいね。ここに慣れるのは、少し時間がかかりそうだから」
リネアさんの言葉にテレサさんも同意するように頷く。
「それでは次に、ここでの事務仕事についてですが」
ここには他所ではやっていない、記録取りの仕事がある。
それほど種類は多くないとはいえ、やってもらう以上はどういうものか教えなくちゃならない。
「ここまで記録を取ってるんですか?」
「運営が悪化した時、何が原因でそうなったかを把握するのと、その予兆を察知するためです」
人を雇っている以上、職場の維持と給料の保証は絶対だからな。
収入源となる運営そのものを管理するのは当然だ。
特に今は家族ができたから、なおさらしっかりやらないと。
「なるほどねえ。異世界じゃ、こういうのは普通なのかい?」
「ここまでやるかは分かりませんが、様々な記録を取って管理していたみたいです」
向こうじゃコンビニバイトしか経験してないから、どんな記録を取っていたかまでは分からない。
ここでやっているのは、記録した方がいいだろうと思ったものを記録しているだけだ。
「ですが考え方は分かりますね。これに比べると、前の職場はどんぶり勘定です」
「言えてるね。管理も杜撰で甘かったから、大丈夫なのかと何回も思ったよ」
なんだかこの二人がいたダンジョンの運営が傾いた一端が、見えたような気がする。
まあそもそも、テレサさんの所はもっと別の意味でアウトだったけど。
「ところで、この折れ曲がった線とか横並びの棒は何ですか?」
「それはですね」
折れ線グラフや棒グラフのことを説明し、他にも細々したものを説明したら順番に司令室に入ってもらうことにした。
俺の傍についてもらって、説明しながら業務をこなしてもらう。
教育については俺とラーナとアッテムで回していく予定だ。
イーリアは最近ちょっと頑張ってもらったから免除して、アビーラは人に教えるのが苦手だから除外で、妊娠中のエリアスは論外だ。
通常の仕事ならまだともかく、それに加えて教育までさせるわけにはいかない。
「アッテム、しっかり教えてやれよ。テレサさん、そいつはちょっと喋り方が独特ですが気にしないでください」
「分かりました」
「では、よろしく、お願い、します」
初対面相手には、まだつっかえが激しくなるな。
だけどそこ以外は問題無いし、このまま任せよう。
「わっ、本当に魔物が姿を変えてます」
ん? ああ、変形魔物の戦闘を見学中なのか。
画面に映っているのは、広めの通路に配置したブラッドアリゲーターゴーレム。
変形して二足歩行になって剣を振り回している。
「冒険者達、凄く動揺していますね」
「初めて、対峙した、人は、大抵、ああなって、連携を、乱して、やられます」
今回の相手はその典型とも言える様子で、動揺して連携を乱して押されている。
あっ、リーダーっぽい剣士が女魔法使いの手を引いて、他を見捨てて逃げ出した。
囮にされた仲間達から怨嗟の声を浴びながら逃げていくけど、水に擬態していたスライム達が一斉に襲来する。
『なんだこのスライム、滑って剣が通じない!』
『いやあぁっ! なんで隙間から入ってくるのぉっ! しかもヌメッてしてて気持ち悪い!』
襲いかかったのは水分じゃなく、油分で体を構成しているオイルスライム。
体表の油が純粋物理攻撃を滑らせて無効化し、水魔法を弾く。
服や防具の僅かな隙間に滑り込み、内側から攻撃することもできる。
しかも引き剥がそうにも、滑って掴めないから厄介だ。
水への擬態は元々持っているから可能だけど、水中に潜ることはできない。
さらに火には滅法弱く、見た途端に逃げ出すほど。
つまりは火魔法さえ使えれば、どうにかなる魔物ではある。
「あの魔物、地味に嫌ですね」
「同感、です」
だよなあ。
服や防具の内側からする攻撃もさほど強くないから、気持ち悪さの方が勝っている。
だからって放置しておくわけにもいかないから、ああして使ってる。
そもそもあの魔物は一ヶ月くらい前に、採れたて野菜で野菜チップス作ろうとか言いだした香苗にローウィが乗ったことから生まれたんだよな。
採れたてという言葉そのままに、わざわざ育成スペースの畑に調理器具を持ち込んで。
火の扱いにさえ注意してくれれば、別にそれは構わない。
いざという時も魔物達総出で消火に当たれば、なんとかなるだろう。
でもさ、持ち込んだ油を転んでスライムにぶっかけるとか無いわ。
悲鳴を聞いて何事だと駆けつけた途端、スライム達に油をぶっかけたローウィに土下座された時は何かと思ったぞ。
最初に聞いた時は、熱した油を浴びせたのかと思ったぐらいだ。
しかも油をぶっかけられたスライムは、何故かオイルスライムに進化するし。
ちゃっかり新種認定までされたから、怒るべきか褒めるべきか分からず、とりあえず無言で何もしないという事に落ち着いた。
「あっ、終わりましたね」
四名死亡で気絶は二名か。
ちなみにオイルスライムに襲われた方は、どっちも死亡している。
粘度の高い油のような体液を口の中に噴出され、その液で気道が塞がって窒息死したようだ。
というかオイルスライム、体液を噴出できるのか。
伝えてくれれば、もっと有効活用できる方法を考えたのに。
「アッテム、この後の手順も説明してやれ」
「はい。では、ついてきて、ください」
戦闘後の対応を説明するため、鑑定役のユーリットと共に育成スペースへ移動。
さすがにここは他所と同じだろうけど、違いはあると思うから初回くらいは見学させておかないと。
「そういえばテレサさんは解析が、リネアさんは鑑定ができたっけ」
おまけにリネアさんはドワーフだ。
本人の意向なのか鍛冶に関するスキルは習得していないけど、物を見る目に関しては期待できそうだ。
「失礼しまっす! 旦那、ちょっといいっすか!」
「なんだアビーラ、何かあったのか?」
「実はさっきリネアさんの娘さんが、母がお世話になりますって訪ねて来たんすけど、メッチャ可愛い子なんすよ!」
だからどうし……あっ、こいつその娘さんに一目惚れしたな。
「それで、どう声をかければいいっすかね?」
「……俺よりも、リネアさんに聞け。母親の方から切り崩して行くのも、戦略の一つだぞ」
上手く協力者にできれば、相手の母親ほど頼りになる人物はいない。
「だ、大丈夫っすかね、その戦略」
いきなりそういう話題を振るのは勇気がいるけど、あの人のノリならなんとかなりそうな気がする。
むしろ笑いながら、いらんことまでアレコレ喋るイメージしか湧かない。
「まあ、やるかやらないかはお前次第だ」
「やるっすよ! 俺も男っす、ここはドーンと勝負してみるっす!」
気合いを入れて居住スペースへ戻ったのを見送った数十分後、上機嫌なリネアさんからアビーラの事を詳しく教えてほしいと言われた。
なんでも、鍛冶場に入ってばかりいるお転婆娘に惚れてくれたのなら、逃す手は無いとのこと。
そこから娘のことを熱心に聞かれたとか若いっていいわねとか、聞いてもいないことをペラペラ喋り出す。
やっぱりこの人は、元の世界の近所にいた、お喋り好きのおばさんタイプだったか。
「それで、アビーラ君はどういう子なんだい。うちの娘が嫁に行くチャンスなんだ、逃すつもりは無いよ」
「鍛冶場に入ってばかりというのなら、気が合うかもしれません。というのもですね」
俺もあいつに頼られて助言した以上は、出来る限りの協力はしてやろう。
上手く最高の協力者を味方にできたんだ、これで失敗したら俺のせいになりかねない。
どうか上手くいってくれますように。




