5
「え!? まだカリキュラム決めてないの!? 早く決めないとダメだよ!」
寝起きの頭に円香の叫び声ががんがんと響く。
「わかったから朝からでかい声出すな……」
リビングのテーブルにはいくつかの料理が並べられ、向かいに座った円香が喚いている。
朝ゆっくりと寝ていると、眠気が一瞬で吹き飛ぶほど扉を叩かれた。
ふらふらとしながら扉まで出て鍵を開けると、円香が部屋に上がり込んできた。
そのまま俺の部屋のキッチンを勝手に使って料理を開始し、今こうして二人で朝食を取っているわけだ。
円香は以外に家庭的なようで、テーブルに並べられた卵焼きや鮭の塩焼きと言った朝食の定番料理はどれもおいしい。
「なんで友達に相談しないの?」
「……友達なんていない」
「ぼっち」
「ほっとけ」
そもそも、海神学園に転校してから半月で、カリキュラム制で既に派閥が決まっているような状況で友人を作ることがどれほど難易度が高いか。
確かに自らコミュニケーションを取らない俺にも問題があるのは確かだが。
円香は口にごはんを放り込む。
「なら私たちがどれ取ればいいか教えてあ
げるよ。伊達に海神で長く生きてるわけじゃないからね。役に立つ授業や面倒な先生がいる授業は教えて上げるよ。カリキュラム表出して」
円香に言われるまま、俺は自分が受けることができるカリキュラムのリストを渡した。
「希望とかってあるの?」
「特にない。やりたいことがあってこの島に来たわけじゃないし。単位だけ取れそうな授業選んでくれると助かる」
「夢がないねぇ最近の若いもんわ」
どこの田舎ばあちゃんだ。
円香は隣の空いていた席に置いていた自分の鞄から手帳を取り出し、差していたペンを手に取った。
「まあ、私も夢があるわけじゃないけどね。この島にはただ昔から住んでいるだけだし」
「具体的にはいつからなんだ?」
「十年くらい前かな」
「結構長いな。その頃はまだこの島も発展途上だったんだろ?」
「まあね。それなりに大変なこともあったけど、でも生活しやすい島ではあったからね。どうにかやってきたのですよ」
「お前も、なんかやってこの島に来たのか?」
円香はカリキュラム表にペンを滑らせながら苦笑する。
「質問責めとは優羽はSですな」
「ああ、いや、ごめん」
確かに質問ばかりしてしまっていた。
「いーよ。別に怒っているわけじゃないから」
円香はペンを顎に当てて考え込む。
そしてまた何か記入を始めた。
「さて、こんなもんかな」
円香は手を加えたカリキュラム表をこちらによこした。
「……」
思わず絶句した。
海神の個人が受けることが出来るカリキュラムの数は膨大だ。
それらの授業に、ありとあらゆる書き込みがされていた。
おすすめの授業、絶対に受けてはいけない授業、出席を取らない授業、テスト問題が毎年ほぼ同じ授業、円香たちが受けている授業、エトセトラエトセトラ。
一体どれほど知り尽くしているのかわからないほどの書き込みだ。
「この授業、全部把握しているのか?」
円香は得意げに鼻を鳴らしながら指の上でくるくるとペンを回す。
「ふっふーん、まーねー。小春ちゃんが言っていたけど、私はこう見えて頭がよかったりするわけですよ。実際は記憶力がいいだけなんだけどね」
最後に自嘲気味付け足して、ペンをメモ帳に戻した。
強引な押しかけ女房は、食べ終わった皿までちゃちゃっと洗ってしまうと、俺を引きずるように学園へと歩き出した。
「今日私が取っている授業は、おすすめなのが多いから一緒に行くよ」
「いや、まだ取ると決めたわけじゃ……」
心底だるそうに円香がうなる。
「もうめんどくさいなぁ、どのみち受ける授業も決めてないんだからぐだぐだ言わないでよ。言われた通り着いてくればいいの」
相変わらずとんでもない強引っぷりで俺は引きずれていった。
海神学園は、午前中の授業で最大四つの授業まで取得できるようになっている。
今日の曜日は朝一から三つの授業をしているらしく、俺もそれに付き合うことになった。
「あ、持ち物検査してる」
学園のすぐ前までいくと、校門近くにたくさん散らばった緑色の腕章をつけた生徒たちが登校してくる生徒の持ち物検査を行っていた。
腕章には、風紀委員会と書かれていた。
学生就労支援システムを採用している海神学園だが、普通に生徒会や委員会といった組織は存在している。
学級委員会、図書委員会、美化委員会、風紀委員会、文化委員会などどこの学園にもある委員会から、就労委員会といった海神学園独自の委員会も存在する。
しかし、これらの委員会は普通の学校にあるよりずっと大変なものであるらしい。
「委員会に入ると、それも仕事についていることと見なしてくれるんだ。だから、他に仕事をする必要はない。手当って形で給料も出るしね。ただその代わり、午後や授業以外の時間も委員会の仕事を積極的にやっていかないといけないんだ」
「ほほう。つまり俺もどこかの委員会に入れば、おかしなカフェで働かずにすむということか。俺、本とか好きだから図書委員会という手も」
すねを蹴られた。暴力反対。
「バカなこと言ってないで、さっさと行くよ。早く検査終わらせないと授業に遅れちゃう」
別にバカなことじゃなくて実際俺にはまだ委員会に入るという手もあるんですけどね……。
特に問題のある持ち物があったわけではないので、すぐに検査を終えた。
円香も問題なく終わっていた。
「あ、小春ちゃんだ。早速仕事している」
円香の視線の先、校門の影に小春が二人の男性風紀委員相手になにやら話し込んでいた。
「えー、そんなことあるんですね。さすが風紀委員さんたちは頼りになりますね。私、尊敬します」
しなを作り色気を醸し出しながら、小春は二人の風紀委員委に向かって言う。
「いやいや、君みたいな女の子が危険な目に遭わないように頑張っているだけだよ」
「そうだ。もし何か困ったことがあれば、いつでも風紀員を頼ってこい」
「ありがとうございます。頼りになる先輩たち最高です!」
年下女子が好きそうな男子高校生たちを子犬系後輩と皮を被って小春がアプローチをしている。
男が嫌いと本人は言っているが、小春は俺から見てもかわいい容姿をしていると思う。
身長は低めでアイドルやモデルのようにスタイルがいいわけではないが、かわいいらしい顔と守ってあげたくなるような小柄でほっそりとした体型からはあの男たちの気持ちが理解できないわけではない。
「それ、なら、最近ちょっと怖いことがあるんですけど……」
いかにも困っている後輩いう姿を演じながら、小春は男性生徒にすり寄るように体を寄せていた。
円香は俺の服の袖を引っ張った。
「行くよ。私たちがいてもやりにくいでしょ」
「おう」
校門が見えなくなるときに振り返ると、小春はまだ風紀委員と話し込んでおり、情報を探っているようだった。
授業がある教室へと移動しながら、円香は言った。
「小春ちゃんはああやって、男の人から情報を聞き出すのがとんでもなくうまいの。かわいいし、なんていうのかな、ロリコン心を刺激するというか」
数歳下が好きなだけでロリコン扱いか。
円香の評価の厳しさに苦笑を漏らしてしまったが、確かに言わんとすることはわかる。
「この教室だよ。奏太もこの授業受けてるから、たぶんこっちも仕事してるかも。邪魔しちゃだめだよ」
釘を刺すように言いながら円香は教室へと入り、俺も続いていった。
教室は優に二百人は超える人数が入るほどの部屋で、授業開始まで十五分くらいある現在、ちらほら席が埋まっていた。
ただ、一カ所に何人もの生徒が集まる人だかりができていた。
「なにそんなことあるの?」
「そうらしいよ。僕もつい先日聞いた話だけど」
「でも、冗談なじゃないか?」
「まあ僕もそう思うんだけどね。一応皆の耳に挟んでいた方がいいかと思って」
何かをしているというわけではなく、ただそこで話をしているだけの集団だ。
どんな学校でも、集団生活が少し続けば、すぐにグループができる。
教室の前の方にできているグループは、男女問わず集まったリアルが充実している人間たちのグループで、楽しそうに談笑していた。
その中心にいたのは、つい先日俺をひき殺しそうになったドライバーだった。
「おうおう奏太! 何話してんだ?」
「やあ、鈴木君、おはよう。いや、ちょっと最近気になることがあってさ」
奏太は新たにやってきた生徒に対して笑みを浮かべ、また生徒たちとの会話へと戻っていった。
俺と円香は、まだ空いていた教室の一番後ろの席に陣取った。
「えらい人に囲まれて楽しそうにやってんな」
誰にも聞こえないように呟きながら、机にノートと筆記用具を広げる。
「奏太って、見た目が爽やか男子な上に誰に対しても優しいし親しみやすいから友達多いんだ。カリスマ性がすごいっていうのかな」
四十人程度クラスが集まれば一人はできる、クラスの中心人物。学級委員やクラスのまとめ役になるような人物が多いが、奏太の立ち位置はまさにそれだろう。
特にクラスなどが決まっているわけではないが、同じ授業を受ける生徒たちのなかでもひたすら目立っている。
それも悪目立ちというわけではなく、傍目から見ると友達が多いというくらいのものだが、それでもすごい。
授業を受けるために現れる生徒で奏太の知り合いは、教室に入ってくると同時に自分の席を決めると、すぐに奏太のところに歩いて行く。
大きなグループになっており、奏太以外の面々でも当然話は成り立っているが、それでも中心にいるのは明らかに奏太だ。
そんな感じで授業が始まるまで、終始奏太の周囲には友達があふれており、絶えず会話は耐えなかった。
奏太は俺たちには気づいているようだったが、そのまま俺たちとは離れた場所に座って授業を受け始めた。
授業中、スマホが振動した。
葉月からラインだった。
中にはついさっき新たに裏サイトの掲示板に投稿された新たな生徒の情報。
本年度から海神学園の高等部に入学した生徒らしく、かつて陰湿ないじめを受けていて、それを気に海神学園にやってきていたことが書かれていた。
葉月はこまめに掲示板をチェックしているようだが、葉月が見つけて間もなく管理人に削除依頼が行ったのか削除されたらしい。
隣でも円香が机の下に隠すようにしてスマホを睨み付けている。
なにか気になることでもあったのだろうか。
授業が終わり、円香が次に受ける授業もこの教室らしく、移動する生徒は去って行く。
「音無君、またねー」
「奏太、今日俺が働いているラーメン屋サービスしてっから、暇だったら来いよ」
「うん、行けたら行くね。さようなら」
各々が奏太に声を掛けて教室を出て行く。
奏太も同じ授業らしく、残る生徒や新たに教室に来る生徒たちでまた奏太の周りには人が集まった。
「まあ、三人とも情報を集める超やり手なのですよ」
自慢げに言いながら円香は横目に奏太がいる集団に目を向けた。
そんなこんなで授業を受けていき、三つ目の授業が終わった。
「どんな感じかな? 私のおすすめは」
三つの授業を終えて校内を歩きながら円香が尋ねてきた。
最後の授業は学園の端辺りまで移動が必要で、これで今日は終わりだからカフェに直接向かうようだ。
「……悔しいけど受けたい授業だった」
円香の進めた授業はどれも受けやすかったり先生が愉快な人だったりと、聞いていて飽きない授業だった。
これまで適当に受けていた俺の授業よりずっとよかった。
「ま、これを盾にサークルに入れとか言わないから、自分なりに決めてよ」
「悪いな。助かる」
実際円香がそんなことを言うとは思っていなかったが、一応ほっとした。
「それにしても皆本当にすごいんだな。俺、あんな風に情報集めとかできないぞ」 それは、遠回しに俺が入っても役に立たないぞと言ったのだ。
事実、俺はあいつらのように人に接することが得意ではない。
小春のように異性を落とせるわけでもなければ、奏太のように友達が多いわけでもなく、はたまた小春のようにインターネット関係に強いわけでもない。
そんな彼らと並べるような武器を、俺は持っていない。
「別にそんなのはなくても、優羽もきっと私たちと同じくらいに立派にやっていけるよ」
何を根拠に言っているのか、円香は確信に近いものを持っているように言った。
「……偽善者だからか?」
声をひそめて言う。
「確かにそれもあるね」
円香の中では俺は完全に偽善者のポジションで固まっているようだ。
「ん?」
校舎と校舎の間を横切るとき、右手の校舎裏にちらっと女子生徒が映った。
「どうかしたの?」
「いや、あの校舎裏」
なんとなく嫌な予感がして足早に歩いて行く。円香も怪訝な顔をしながらも着いてきた。
頭だけを入れて校舎裏をのぞき込む。
校舎裏には並ぶように杉の木が生えており、その外には校舎を取り囲む外壁が続いている。
杉の木の間に、数人の女生徒がいた。
「やっぱり陽菜だ」
女生徒の内の一人は陽菜で、三人ほどの女生徒が陽菜に対するように立っていた。
「よく見えたのね。かなり距離あったのに」
すぐ下から円香も頭を覗かせる。
「まあ昔から目はいいから。それよりも……」
どうやらただの友達という話し合いではないようだ。
女生徒の一人が陽菜の肩を強く押した。
陽菜はよろめいて尻餅をついた。
校舎裏にどっと笑い声が響き渡る。
不快で耳障りなかなり声。
誰かを見下し、あざけり、陥れる感情にあふれていた。
たまらず俺は女生徒たちの前に姿を現した。
「あれ、何やってんの?」
たまたま今ここを通り過ぎたという体でおどけて笑いながら前に出る。
突然人が現れたことで、一瞬女生徒たちは顔をこわばらせたが、現れたのが教職員などの大人ではないと知ると、すぐに表情を緩めた。
「別に何もしていませんわよ。ちょっと口の利き方を知らない生徒がいたので教育をしていたところです」
金髪のツインテールを揺らす女生徒は陽菜に一瞥をくれ、口元をつり上げる。
金髪女子を初めとした三人の女生徒は全員青色の腕章をつけている。
「へぇ……一人の女の子を取り囲んで、暴力まで働いて、教育ねぇ……」
苦笑をしながら陽菜に手を差し出す。
「優羽君……」
陽菜は突然現れた俺に戸惑ったような声を漏らした。
「大丈夫か? 立てる?」
俯き気味に頷きながら陽菜は俺の手を取って立ち上がった。
円香も遅れてやってきて、陽菜を気遣っている。
「それで、こいつ俺の知り合いなんですけど、何か教育されるようなことしましたかね?」
穏やかな笑みを取り繕い、落ち着いた声音を向ける。
金髪女子は大げさにかぶりを振ってみせると、嘆かわしいとばかりに嘆息を漏らした。
「いえ、大したことではありません。宮村さんが、最近裏サイトで話題になっている件で、何かを聞き回っていると聞いて、そんなことはお止めになるようにと進言していたのですが、どうにもわかってくれませんでして」
「わ、私はただ、そんなことあるべきじゃないと思うから、解決しようと思って」
陽菜がしどろもどろに言うと、天城と呼ばれた女子生徒は呆れたように肩をすくめた。
「はぁ……確かに私もそこで話題になっているという生徒のことを何人かは知っています。私たちが所属する美化委員会でも彼らは有名ですからね。本土から来たのはいいですけど、こちらでも何かと問題を起こしてくれる。たばこを吸ったり空き教室を勝手に使ったりと。よくしょっ引かれているのを見ますよ。その辺りの調べでわかったことが、他に流れたと言っても不思議ではありません」
「だったら」
「でもだからといって」
天城は鋭い声を放ち遮る。
「私は、あなたが言う、裏サイトで取り上げられた人を助けようとは思いません。彼らはこの学園には必要ありません。虐げられて排除されるというなら、私は願ったり叶ったりです。この学園は、彼らのような人たちが来るようなところではない。ここはゴミ溜めではないのですから」
侮蔑とともに言い捨てられた言葉に、陽菜は泣きそうに顔を歪めた。
天城は鼻を鳴らして陽菜を見やると、こちらに視線を移した。
「あなたもここへ逃げ込んできた口なのでしょう? 委員会で噂を聞いたことがあります。そんな方とお知り合いとは、君もそうなのではないですか?」
「……」
表情から笑みが消し、沈黙で返す。
「まあ、宮村さんのような愚かでバカな女性と付き合っているだけで、あなたもたかがしれて――」
俺は、天城の首を掴み、近くにあった杉の木へと力任せに叩きつけた。
「がっ――」
天城の肺から一瞬で空気が吐き出され、苦しげな声が漏れる。
取り巻きのように一緒にいた女生徒の二人は、何が起こったのかわからないように呆気に取られていた。
「な……に、を……」
当の本人である天城さえ、状況が理解できず動揺していた。
「……誰が、愚かでバカだって?」
自分でもぞっとするような冷たい声が出る。
それほどまでに、腸が煮えくりかえっていた。
「相手の過去も、どんなことがあったのかも、そいつがどんなやつなのかも知らないやつが、勝手に知った風なこと言ってんじゃねぇよ」
「あ、あなた……殿方が女性に手を上げるなんて――ぐっ」
耳障りなその声を、喉を締め上げて止める。
「あいにく、俺は善人じゃないんでね。女性に優しくなんて考え、最初からないんだよ」
そんな考えは、ずいぶん前に置いてきた。
「もう、陽菜に関わるな。次こいつに何かしようって言うんなら」
首を締め上げたまま天城の耳に口を近づける。
「ぶっ壊すよ?」
「――――」
天城が目を見開いて体をよじらせる。
掴んでいた首を話すと、天城は激しく咳き込みながらその場にしゃがみ込んだ。
「優羽、もう行こ」
「……ああ」
円香に促され、俺たちは陽菜を伴って女生徒たちの前から去った。




