表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
5/15

 それから細かな情報交換や、これまで陽菜が知り得ていることを聞いていると、結構な時間がたっていた。

 もう遅くなるということで、陽菜には帰ってもらうこととなった。

 俺は陽菜を送るために外に出た。

 ほとんど日は沈んでしまっており、所々に設置された街灯が俺たちの足下に影を落としている。

 少し店の前から離れ、通りの前まで出る。

「まだ信じられないよ。優羽君がここに来たなんて」

「それはこっちのセリフだっての」

 俺は肩をすくめながらおどけてみせる。

「というか、お前、まだ裏サイトとかやってたんだな」

 俺の言葉に、陽菜は表情にやや影を落とした。

「あれに関わらなきゃ、お前はまだ元の学校に通っていただろうに」

 裏サイトに関わったこと。

 それが、陽菜がここにいる原因だ。

 陽菜はまっすぐこちらを見返した。

「私は、後悔していないよ。あのとき優羽君や夕凪ちゃんを庇ったことを、止めようとしたことを、本当のことを言おうとしたことを」

 陽菜は確かに意志を持って答えた。

 過去を否定しなかった。

 夕凪というのは、俺の二つ下の妹だ。

 数年前まで俺と陽菜、夕凪は同じ中学校に通っていた。

 しかし、それは俺と陽菜が中学三年生のとき、問題が起こった。

 俺と夕凪の人に知られたくない秘密が、俺たちの中学校だけの話題を扱うサイト、裏サイトによって話題になる事件が起きたのだ。今回のように、特定の人間が投稿したわけではないが、比較的まだ裏サイトが運営されていた俺たちの学校は、あっという間に拡散されてしまった。

 俺と夕凪は中学校での肩の狭い生活を強いられたが、それでも粛々と生活をしていた。

 だが、それらの話題にかみついたやつがいた。

 それが、宮村陽菜だ。

 実際の友達や裏サイトなど、現実とインターネット問わず止めにかかった。

 そんな噂をするなんてひどい。今すぐやめて。優羽君と夕凪ちゃんに謝って。

 みんなの前で必至に声を荒らげる陽菜の姿を今でも鮮明に思い出すことができる。

 しかし、そんなことをしても事態の根本的な解決にはならなかった。

 騒いでいたやつらは、別に俺や夕凪に恨みを持っていたわけではない。

 ただ、騒ぎたかっただけだ。

 多くの裏サイトがそうであるように、匿名性を傘に特定の人間を攻撃する。

 そういったことは実際起きているが、行っている連中は何も恨み憎しみを持って攻撃しているわけではない。

 日頃たまった鬱憤や、押さえ込まれた感情を発散させる場所に裏サイトを利用する。 だから、止めに入ったところでろくなことにならないのは目に見えていた。

 俺や夕凪から、ターゲット陽菜へと変わった。

 裏サイトで陽菜の名前が取り上げられると、現実でも声を大にして言い放っていたことがさらに加速させて学校全体を巻き込む騒動となった。

 そして、俺や夕凪もそれを止めることができず、陽菜は卒業を待たずして母校を去った。

「それで、ここでも裏サイトで話題に上げられてたら目も当てられないだろ。実際のところ、お前名前が挙がってるんじゃないのか?」

「……じ、実は」

「それ見たことか」

 俺は呆れてため息を落とす、

「あ、で、でもでも、優羽君のことは出てないから心配しないでね」

「そんな心配してねぇよ。バカたれ」

 陽菜の頭に軽くチョップを入れる。

 陽菜は頭を押さえながら、はははと力なく笑う。

 宮村陽菜は、こういうやつなのだ。

 正義感の塊みたいなやつで、自分が納得しないことはとことん反論する。

 関わらないということをしない。

「ここで大丈夫だよ。優羽君もお仕事があるもんね」

「大丈夫か? もう結構暗いけど」

「大丈夫です。私は優羽君より二年も長くこの島にいるのです。心配は無用だよ」

 陽菜は通りに出ると、こちらを微笑んで雑踏へと消えていた。

 俺は手を上げてそれを見送る。

 再びため息を落とす。

 そして、さっと体を横に避ける。

「わっ!」

 先ほどまで俺が立っていた場所に円香が飛びかかっていた。

 バランスを崩したところで腕を引いて助けてやる。

「盗み聞きとは趣味が悪いぞ」

「いやぁ」

 悪びれることなく円香が笑う。

 円香は陽菜が帰っていた通りに目をやる。

「元カノだったんでしょ?」

「違うから。幼なじみってだけだから」

「元カノにはたいていみんなそうやって返すんだよ」

 いや返さねぇよ。考えなしにもほどがあるだろ。

 円香は少しの間口を閉じ、こちらを見ることなく言った。

「もしかして、怒ってる?」

「別に彼女かどうかを聞かれたくらいで目くじら立てないよ」

「そっちじゃなくて……」

 円香は少し言いにくそうに胸の前で組んだ指をもじもじとさせる。

「勝手に、仮雇用中だって言ったこと……」

 ああ、そっちか。

「別に。仕事してないのは本当だし、はめられたとはいえあのスカウトメールに答えたのは俺だ。強引だと思ったのは事実だけど」

 円香がしゅんと肩を落とす。

 ここまで無理矢理ことを運んだ張本人のくせに、意外にしおらしいところがある。

「だから別に怒ってないって。まだここで仕事するかどうかってのはわかんないけど、今回の件に陽菜が関わっているというなら、俺も手伝うよ」

「……元カノだから」

「違うっつってんだろ。あいつには借りがあるんだよ」

「はははっ!」

 打って変わって、円香は楽しげな顔を漏らした。

 感情の浮き沈みが激しいやつだ。

「じゃ、店に戻って状況の整理と明日のことを話し合おうか」

 場所は店へと変わるが各々やっていることは変わりない。

 奏太はヘッドホンをはめてなにやら音楽を聞きながら店内の掃除をしており、小春は葉月を抱えて息を荒くしている。

 そんなことはいつのものことなのか、葉月は特に構うことなく店に戻ってきた俺と円香を手招いた。

「これ、見て」

 青いノートパソコンの画面を見るように促され、俺と円香は葉月の後ろかディスプレイをのぞき込む。

 そこには、先ほど陽菜が持っていたデータが映し出されていた。

「陽菜が持ってきたデータだけでも、百人に迫る勢い」

「これはまたすごい数投稿されているね」

 円香が引きつった笑みを浮かべる。

「実際に投稿されたスレッドも調べたけど全部削除されているみたい。さすがにこんなの放置していたら、学校も警察も黙ってない」 

 それほどまでに厳しい内容のものが多かったということか。

 この島は、外部から学生が移住する敷居がずっと低い。俺のように何かあった人間が新しく始めようとするためにこの島を訪れる。

 だから彼らにとって自らの過去を暴露されるというのは、ここに来る前の状態に突き落とされることと同義だ。

「たちの悪い行いだね。まったく」

 奏太が離れた席でグラスを磨きながら呟く。今は俺たちの話に耳を傾けるためかヘッドホンを外している。

「根暗な人間像が浮かび上がりますね」

 小春が隠すことなく渋面を作る。

「ま、ろくな人間ではないことは確かだろうね」

 円香は近くの皿からチョコレートの欠片を一つ広い、口に放り込む。

 そして、目を閉じ腕を組んだ。

「目的は恨みかな。いや、ここまで複数に対してやっているならその線は薄い……? でも狙いが別にあるならそれも十分に考えられる。でも……」

 円香はぶつぶつと呟きながらああでもないこうでもないと、いくつもの可能性を探っていく。

 その光景に首を傾げていると、小春が笑いながら言った。

「円香先輩、考え込むと自分の世界に入り込むんですよ。円香先輩はああ見えてもすっごく頭がいいんです」

 自慢げに言い放つ小春に、奏太が苦笑を向けた。

「……こう見えてとは、一体小春ちゃんが円香をどう見ているのか気になるね」

「小春は見た目通りバカ。救いようがない」

「ああっ、葉月ちゃんもっと罵ってお願い! はぁはぁ……うずく……濡れるよぉ……」

 おい今何言いやがったこいつ。

「葉月ちゃんっ……葉月ちゃんっ……」

 頬を高揚させながら葉月を抱きしめて身もだえる様はビッチ以外の何物でもなかった。

 しばらくされるがままにされていた葉月だったが、さすがに鬱陶しく感じたのか小春を振り払い、ノートパソコンを持って立ち上がった。

「ああ……」

 名残惜しそうに葉月を追いかけようとするが、葉月は足早に逃れる。

「ちょっと失礼」

 葉月はそのまま俺の足の間へと滑り込んだ。

「……」

「……カタカタ」

 反応できずにいた俺をスルーし、再びタイピングへと戻っていった。

「く、くそぅ……」

 小春は涙目になりながら項垂れる。

「ここは小春にとって絶対のサンクチュアリ」

 そう言えば男が嫌いなんだったか。

 葉月を諦めて元いた自分の席に座り、膝を抱えて顔を埋めた。

 どんだけ落ち込んでるんだよ。

「ま、どちらにしてもまずは学校で情報収集だね」

 一人の世界から帰ってきた円香が目を開けて呟いた。

「じゃあ、各々いつも通りに動いて。詳しい指示はまた」

「おい、俺はどう動けばいいんだよ」

 円香は顎に指を当てながら考える。

「んー、とりあえずは見学でいいよ。皆がどうやって調べていくかを見る。それでいいよ。まずは何事も調査から。でないと間違ったときに取り返しがつかないことになるし、依頼はただ実行するんじゃなくて、可能な限り依頼主の最善の結果にすることが大事なのですよ。期待に応えるな期待を越えろってね」

 円香は得意げに言いながら笑う。

「葉月はパソコンで掲示板を洗って情報を集めて」

「了解。もうやってる」

 葉月の頭の上からのぞき込むと、すごい速さで画面がスクロールしていた。

 裏サイトの掲示板だ。

「そのサイトの情報、俺ももらっていいか?」

「ん」

 パソコンから目を離さないまま手をこちらに向けてくるので、その上に自分のスマホを乗せた。

「ついでに皆の連絡先も入れておく」

「え?」

「……必要ない?」

 すぐ前に座った葉月が残念そうな瞳をこちらに向けてくる。

 捨てられそうになっている子犬のような眼差しに、一瞬で射止められた。

「いや、必要だな。是非とも入れてくれ」

「了解」

 葉月は嬉しそうに笑いながら敬礼をし、スマホをパソコンに接続し、サイトの情報や陽菜がまとめたデータ、サークルメンバーの連絡先が入れられた。

 なにげに、この島に来てから初めての電話帳追加だった。

「皆にも優羽の連絡先を送らせてもらった」

「おう、ありがと」

 葉月にスマホを返してもらい、ポケットに押し込む。

 円香は入り口の近くに備え付けられた時計に目をやった。

「じゃあ、今日はこのまま解散」


「カフェはいつ開けてるんだ?」

 店を片付けた後、円香の一緒に海神島の街を歩いていたとき、俺は尋ねた。

 送っていくと、本来立場が逆な相手からの申し出があったからなのだが、むしろいらんと言ったにも関わらず円香は俺の前を歩いている。

 カフェエプロンから着替えて、今は膝丈まであるベージュのチュニックを着ている。

「んー、基本的に不定期だよ。毎日開いている週もあれば、一日も開いてない週もある。こっちの仕事も立派な海神島の仕事だからね」

「海神島がサークルのことを認めているって言ってたよな? それってどういう意味だ?」

「言葉通りだよ。サークルのトラブルバスターも海神島から認められた仕事ってこと。優羽も知っていると思うけど、この島は外部から移住することが非常に簡単。特に学生支援システムがある学生はね。だけど、そのせいでいろんな理由や過去を抱えた人がやってくる。優羽みたいに基本的にまともな人間もいれば、そうでない人間もいる」

「基本的には余計だ」

 前でくるっと回り、円香は口を押さえて笑う。

「あれ、私たちを助けるために、大人を十人も叩きのめしたのはどこの誰だったかな?」

 助けてもらったくせになんて言い草だ。

 だが事実なので反論ができなかった。

「ま、それは別としてね、この海神島は、学生でもとんでもない悪人が紛れてたりする。島に移り住むのに善人か悪人かなんて調べようがないからね。過去の経歴でわかっていなければ、それはないも同然なの。で、海神島ができた当初、結構学生同士で問題が起きたんだ。でも大人たちはそんな問題に対処することができなかった。だって、海神島は人工島の試験をするための島。そんな学生を取り締まるためにあるわけじゃない」

 人工島のテストタイプとして建造されたのに、そんな住んでいる人間の、ましてや学生によって試験が頓挫するなんてあってはならないことだ。

 だから、海神島は対策を行ったのだという。

「苦肉の策で決行されたのが、その対応を学生にさせるというもの。対処できると考えられた学生を要所に起き、トラブルが起きれば先頭に立ってそのトラブルを解消、もしくは大きな問題にしないように行動する。私たちのサークルもその一つ」

「他にもあるってのか?」

「そ。まあ数はそれほどでもないんだけど」

 横断歩道の信号が赤になり、円香が立ち止まる。

 俺たちの前をライトを蘭々に輝かせる鉄の塊がいくつも通り過ぎていく。

「でも、誰でも入れるってわけじゃないよ。私たちのサークルの場合は、リーダーである私が認めた人間だけだから」

「……その条件が、偽善者か」

 言われた今でも、信じられないことを口にする。

 円香は言った。

 偽善者の生き方を教えてくれると。

 円香はたくさんのライトを背負って振り返る。

 その表情は、どこまでも輝いており、同時にわずかな憂いを帯びていた。

「うん。私たちのサークルは偽善者であることを第一条件としている」

 自らを偽善者と呼ぶ彼女たちが誇る、その生き方を。

 信号が青に変わり、また俺たちは歩き出す。

「優羽にとってさ、偽善者って何?」

「……善良であることを偽ること。見た目的にはいい行いに見えても、それは本心からではなく打算や虚栄心からのこと。みたいな感じか?」

「お、いい回答。まるでウィキペディアから引っ張ってきたみたいな回答だね」

「ほっとけ」

 ずばり言い当てられてどきっとしてしまった。

 以前、偽善者がどういうものであったかを調べた際に見た情報をそのまま口にしたのだから、当然と言えば当然である。

 円香は笑いをかみ殺しながら、首を傾げてこちらを見上げる。

「じゃあ質問なんだけど、AさんがBさんに対して善行をしたとしてさ、Bさんは非常に助かった。でも、Aさんはそうすると自分にも得があって、ただやっただけだった。これは確かに偽善だよ。けど、それって悪いことなのかな?」

「……」

 俺はなんと答えていいか言葉に詰まった。

 そんな俺に、円香は重ねて言う。

「ま、世の中には自分の打算や利益を顧みずに人に善行をする人が確かにいるけど、だからって、この偽善が悪い行いってわけじゃない。結果は、いいものしか残ってない」「でも、仮にその人が後で相手の不利益になるようなことをしたらどうだ? さっきやった善行はそのためにやったことだったら、偽善はどう考えても悪だ」

 円香は、なぜか笑みを浮かべた。

 まだ立つのもままならない子どもを見るような、優しげな眼差しだった。

「優羽、それは前提条件から崩れてる。もしAさんが後でBさんに不利益なことをしたら、それは偽善でもなんでもない。ただの悪だよ」

 円香は自分の胸に手を当て、また笑う。

「私も、小春ちゃんたちも、絶対にそんなことはしない。私たちは自らの行動に打算や虚栄心があっても、それを隠しこそすれ否定はしない。お年寄りが電車で立ってつらそうで、それを見るのが嫌で席を譲った。困った人を助けるのに、そんなことで困られても迷惑だから助けた。確かにこれらは偽善だけど、その行いだけで悪になるということは絶対にない。だって、いいことしかしてないんだから。そうでしょ?」

「……」

 言い返せず閉口する。

「お、コンビニだ。ちょっと寄ってこようよ」

 通りにあったコンビニに円香はそそくさと入っていく。

 俺はかごを持たされ、円香がおにぎりや弁当やスナック菓子などを適当に選んでかごへ放り込んでいく。

「やらぬ善よりやる偽善って言葉もあるくらいだからね。行動に起こさなければ何の意味もない。相手視点から見たら、善か偽善かなんてどうでもいいし、助けてくれたらなんでもいいじゃん」

 円香はかごを俺から受け取ると、レジに持て行った。

「あ、これは袋分けてもらっていいですか? 残りはこれに」

 律儀にエコバッグを渡して、それに買った物を入れてもらっている。

 青いエコバッグとコンビニ袋の二つを持って店の外に出る。持とうかと行ったのだが、笑いながら断られてしまった。

 円香はまた歩き出す。

「今のだってさ、もしかしたら優羽は男が女に重い物なんて持たせ歩いていたら、男として格好悪いからって理由で持とうとしたのかもしれないけど、私からしたらそれだけで十分嬉しかったわけですよ。そこに打算や虚栄心は関係ない」

 どうだっただろうか。

 持つと言って差し出したその手に、それまでの意味があっただろうか。

 少なくとも悪意はなかった。当たり前だが持って逃げようなんてことを思ったわけでもない。

 ただ、円香の言った言葉が頭の片隅にあったのも事実な気がする。

「それともさ、優羽は誰かに対して悪いことを行うのかな?」

 茶化すような確認するような言葉が投げられる。

「……それくらいいくらでもやってきたさ」

「でも、それは優羽なりの理由があってのことだったんでしょ? 万人に対しての善行なんてないよ。優羽は自分の何かを守るためにやった。それでいいんじゃない。たとえ優羽のやったことが偽善であっても、優羽は悪人じゃない。絶対にね」

 円香は楽しげに笑うと、それっきり何も言わずに歩いた。

 しばらく歩くと、俺が住んでいるアパートの前に来た。

 円香は先頭を切ってアパートを上っていき、俺の部屋の前まで来た。

 どこまでも調べられていることに一抹の恐怖を覚えた。

 その辺りも海神島から認められた組織の特権なのかもしれないが。

「はい」

 円香は持っていたコンビニ袋を差し出した。

 首を傾げながら渡されたその袋の中身を確認すると、昨日俺が円香たちと出くわす前に買っていた牛乳とおにぎりが入っていた。

「昨日優羽をはねそうになった場所の近くに落ちてたんだ。中身ぐちゃぐちゃになってたから。これで勘弁してね」

「別にそんなこと気にしなくてもよかったのに」

「でも牛乳とおにぎりって食べ合わせ悪くない?」

「おい買って渡した後にそれを言うのかよ」

 円香は楽しげに腹を抱えて笑った。

 それが、とても不思議だった。

 円香は自らの偽善者と言った。

 俺も自分を偽善者だと思っている。

 でも、円香は誰より楽しげに、心からの笑みを浮かべている。

 俺はもうそんな風に自然に明るく笑うことなんて、久しくしていない。最後に笑ったのもいつだったのかさえ、思い出すのに苦労する。

 俺がどこかに置き忘れてしまったものを、円香は持っている。

 俺と円香の間に一体どんな差があるのか。

 それが非常に気になった。

「そんなに気にしなくても、ちゃんと教えてあげるって言ったでしょ」

 俺の心を読み取って、円香がまた優しげな笑みを浮かべる。

「また、明日ね。シーユーアゲイン」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ