↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
PR
88/102

命を繋ぐ

フィルに敗れ、致命傷を負ったザイン。


仲間たちはその命を繋ぐため、崩壊した巨人国からの撤退を急ぐ。


「団長!」


ガレスは、崩れ落ちるザインの身体を寸前で受け止めた。


腕にかかった重みが、そのまま地面へ引きずり込もうとする。踏みしめた足元で、小石が乾いた音を立てた。


「ザイン! おい、聞こえるか!」


返事はない。


閉じた瞼も、力なく垂れた腕も、何ひとつ動かなかった。


腹部には、フィルの腕に貫かれた傷が残っている。流れ出した血が衣服を黒く染め、ガレスの腕まで濡らしていた。


「ミレイア!」


「ここです!」


駆け寄ったミレイアが、ザインの傍らに膝をつく。


傷口へ両手をかざすと、淡い光が溢れた。しかし、血の勢いはすぐには弱まらない。


「ノア、手を!」


「はい!」


ノアも反対側にしゃがみ込み、ザインの身体へ支援魔法をかける。弱りきった肉体を少しでも保たせるため、途切れかけた力を外から繋ぎ止める。


ミレイアの額から、一筋の汗が落ちた。


「傷が深い……。臓器まで……」


「治せるのか」


ガレスの問いに、ミレイアは答えなかった。


答える余裕すらない。


震えそうになる指を押さえつけるように両手を重ね、ただ治癒の光を注ぎ続けている。


「ザイン……!」


イリスが、ザインの肩へ手を伸ばした。


「ザイン、目を開けて! お願い……!」


その声にも反応はない。


ミレイアの治癒を受けているというのに、ザインの顔から血の気が失われていく。


ガレスは奥歯を噛み締めた。


フィルは去った。


だが、終わってはいない。


敵を追う者も、ここから生きて帰る方法を考える者も、ザインの代わりに命令を出す者も必要だった。


ガレスは、血に濡れた手をザインの背中から離した。


そして立ち上がる。


「リナ、ジグ、ダリオ!」


三人が振り返った。


「集落を捜せ。生きている者を一人でも多く見つけろ!」


「分かった!」


真っ先にリナが駆け出す。ジグとダリオも、それぞれ別の方向へ散った。


「エリオン。周囲に敵が残っていないか確認しろ。それと、ここから撤退する手段を確保してくれ」


「すぐに動く」


エリオンが短く答え、弓を手に崩壊した集落を見渡した。


ガレスは再び、ザインのそばへ視線を戻す。


イリスはまだその場に座り込み、ザインの手を握っていた。


「イリス」


呼びかけても、彼女は顔を上げなかった。


「今はミレイアに任せろ」


「でも……」


「助けたいなら、治療の邪魔をするな」


冷たく言い放ったつもりはなかった。


それでも、その言葉にイリスの肩が小さく震えた。


やがて彼女は、ザインの手をゆっくりと地面へ戻した。


「……絶対に、助けて」


ミレイアはザインから目を離さず、強く頷いた。


イリスは数歩だけ退いた。


離れたのは、それだけだった。


すぐに駆け寄れる距離から、ザインを見つめ続けている。


ガレスは息を吐き、辺りを見回した。


集落だった場所には、もう建物らしい形を残しているものすら少ない。


石を積み上げた家々は崩れ、太い柱は途中からへし折られている。地面には幾つもの巨大な足跡が刻まれ、その間を黒ずんだ血が流れていた。


少し前まで、ここには暮らしがあったはずだ。


誰かの声があり、火が焚かれ、食事を囲む時間があった。


今は、風が瓦礫の隙間を抜ける音しか聞こえない。


やがて、遠くからリナの声が上がった。


「一人いた! 生きてる!」


瓦礫の陰から救い出されたのは、身体中に傷を負った巨人だった。


片脚を引きずり、腕から血を流している。それでも意識はあり、リナの肩を借りながら自分の足で歩いてきた。


その後ろから、ジグとダリオも戻ってくる。


ジグは意識を失った巨人を背負い、ダリオはもう一人の巨人に肩を貸していた。


それだけだった。


ガレスは、三人の後ろを見た。


誰も続いてこない。


「……他には?」


リナが唇を噛む。


ジグは目を伏せた。


ダリオが、僅かに首を横へ振った。


ガレスは三人の巨人へ近づいた。


そのうち、意識のはっきりしている一人が、崩れた集落を呆然と見つめていた。


「聞きたいことがある」


巨人が、ゆっくりとガレスを見る。


「ここには、何人いた?」


巨人の視線が再び、故郷へ向いた。


潰れた家。


砕かれた石壁。


瓦礫の下から突き出した、大きな腕。


巨人は口を開いたが、すぐには声が出なかった。


何度か息を吸い、ようやく掠れた声を漏らす。


「……百五十だ」


風が吹いた。


細かな砂と灰が、足元を流れていく。


「ここには……百五十人ほど、いた」


ガレスも集落を見渡した。


見つけられた生存者は、三人。


それ以上、何も尋ねられなかった。


「ガレス!」


張り詰めた静けさを、ミレイアの声が引き裂いた。


「内側の出血が止まりません……!」


ガレスが振り返る。


ザインの傷口から溢れる血は弱まっている。


だが、ミレイアの表情は、先ほどよりも険しかった。


「表面を塞いでも駄目です。治癒が、追いつかない……!」


「代われるか?」


「今、手を止めたら……!」


その先を聞く必要はなかった。


周囲の確認を終えたエリオンが、ザインのもとへ駆け寄る。膝をつき、血に濡れた腹部へ目を向けた。


「この国に、治療できる場所は残っていない」


「なら、どうする」


ガレスの問いに、エリオンは迷わなかった。


「エルフ王国へ戻す」


「戻すと言っても、ザインは動かせんぞ」


「こちらから運ぶ必要はない。向こうから逆転送を行わせる」


エリオンは片膝を地面につき、掌を添えた。


指先から細い光が伸び、地面に幾つもの紋様を描いていく。複雑に絡み合った光の線が円を作ると、その中心へエリオンが手を押し当てた。


「聞こえるか。エリオンだ」


返答を待つ僅かな時間さえ、ひどく長く感じられた。


やがて、光の奥から微かな声が届く。


『エリオン? そちらで何が――』


「重傷者一名。意識なし。至急、逆転送を頼む」


声の温度が変わった。


『容体は』


「腹部を貫かれている。治癒術師が処置を続けているが、保たない」


エリオンは、三人の巨人族を見る。


「巨人族の生存者も三名いる。ここにいる全員を対象にしてくれ」


『人数を確認する』


エリオンは一人ずつ目で追った。


ザイン、イリス、ノア、ミレイア。


ガレス、リナ、ジグ、ダリオ。


自分を含めた九人と、巨人族三人。


「十二名だ」


『座標を固定する。そこを動くな。術者を集めるまで少しかかる』


「急いでくれ」


光が弱まり、声が途切れた。


エリオンは地面から手を離さなかった。


逆転送の目標となるため、この場所に座標を繋ぎ止めなければならない。


残された者たちは、待つことしかできなかった。


ミレイアの治癒の光が、明滅を繰り返している。


ノアも目を閉じ、両手をザインへ向け続けていた。その呼吸は荒く、頬には汗が伝っている。


それでも、誰も手を止めなかった。


イリスが、ゆっくりとザインの傍らへしゃがみ込む。


治療を妨げないよう、触れることはしなかった。


ただ、その横顔を見つめる。


「ザイン」


返事はない。


「聞こえてるなら、返事をして」


ザインの唇は動かなかった。


イリスはそれ以上、何も言わなかった。


声を出せば、押し殺しているものまで溢れてしまう。


握り締めた拳を胸元へ引き寄せ、ただザインが呼吸を続けていることだけを見つめていた。


どれほど待ったのか。


地面に描かれた紋様が、不意に強い光を放った。


「来るぞ!」


エリオンの声に、全員が身を寄せる。


淡い緑色の光が地面を走り、足元に巨大な円を描く。無数の文字と紋様がその内側を巡り、次第に回転を速めていった。


ガレスとダリオが、ザインの身体を慎重に持ち上げる。


その間も、ミレイアは傷口から手を離さない。


巨人族の三人も、リナとジグに支えられながら円の中へ入った。


光が足元から立ち昇る。


生き残った巨人が振り返った。


その先にあるのは、もう故郷とは呼べない光景だった。


崩れた家々。


動かなくなった同胞たち。


風に舞い上がる灰。


巨人は、何も言わなかった。


別れの言葉すら、口にはしなかった。


光が、その背中を包み込む。


次の瞬間。


十二人の姿は、巨人国から消えた。


     ◇


眩い光が収まるよりも先に、ガレスの耳へ幾つもの足音が飛び込んできた。


「担架を!」


「治癒術師を呼べ!」


「重傷者はどこだ!」


視界が戻る。


一行が立っていたのは、エルフ王国の転送施設だった。


広い石床を埋め尽くすように術式が描かれ、その周囲には十人を超える術者が立っている。誰もが息を切らし、額に汗を浮かべていた。


待機していた者たちがザインへ駆け寄る。


血に染まった姿を目にした瞬間、彼らの表情が変わった。


「何があった?」


一人がエリオンへ尋ねた。


エリオンは立ち上がり、短く答える。


「魔人だ」


その一言で、周囲の空気が凍りついた。


だが、問い返す者はいなかった。


ザインが担架へ乗せられる。


「治療室へ運ぶ! 急げ!」


「私も行きます!」


ミレイアが担架に付き添い、ノアも続く。


イリスは、そのすぐ後ろを離れなかった。


三人の巨人族も別の担架へ乗せられ、次々と運び出されていく。


やがて、転送施設に残ったのは、床に付着した血だけになった。


     ◇


治療室の扉は、固く閉ざされていた。


ガレスは壁際に立ち、腕を組んでいた。


リナは椅子に座り、何度も両手を組み直している。ダリオは俯いたまま動かない。ジグは廊下の端に立ち、閉ざされた扉だけを見ていた。


ノアは治療を補助したあと、限界を迎えて退出させられていた。


椅子へ腰を下ろし、床を見つめている。


イリスだけは座らなかった。


扉の前に立ち、ザインが運び込まれてから一歩も動いていない。


誰も言葉を発しなかった。


声にした瞬間、最悪の結末が現実になってしまうような気がした。


長い時間が過ぎた。


やがて、扉が開いた。


中から出てきた治療師の衣服には、ザインの血が染みついていた。


全員が立ち上がる。


イリスが、一歩詰め寄った。


「ザインは?」


治療師は、すぐには答えなかった。


重く息を吐き、額の汗を拭う。


「……命は繋いだ」


張り詰めていた空気が、僅かに緩んだ。


リナが胸を押さえ、ダリオが天井を仰ぐ。


ノアは俯いたまま、震える息を吐いた。


イリスの膝からも力が抜けかける。


だが、治療師の表情は変わっていなかった。


「じゃが――目を覚まさん」


誰も動かなかった。


イリスが、治療師を見つめる。


「どういう、こと……?」


「損傷した内臓は修復へ向かっておる。呼吸も脈も、ひとまず安定した。失った血も時間をかければ補えるじゃろう」


「だったら、どうして」


治療師は、扉の向こうにいるザインへ目を向けた。


「分からん」


その言葉が、廊下へ重く落ちる。


「身体を巡る魔素は、今もあの者を生かそうと働いておる。だが、意識だけが戻ってこない」


治療師は眉を寄せた。


「まるで、眠っているのではなく――」


一度、言葉を切る。


「さらに深いところへ、沈んでおるようじゃ」


     ◇


音がない。


痛みもない。


身体の重さも、呼吸をしている感覚すらなかった。


どれほどの時間が過ぎたのか、ザインには分からなかった。


やがて、閉じていた瞼をゆっくりと開く。


「……どこだ、ここ」


何もない。


地面も、空も、壁もない。


果ての見えない暗闇だけが、どこまでも広がっている。


その奥に、人影が立っていた。


顔は見えない。


名を呼ぶこともできない。


ただ、その手には一本の剣が握られている。


人影が足を引いた。


腰を落とし、剣先を僅かに下げる。


ザインは、その構えを知っていた。


何度も繰り返し、身体へ刻み込んできたもの。


それは――ザインとまったく同じ構えだった。


ここまでお読みいただきありがとうございます!


フィルとの戦いに敗れたザインは、仲間たちの手によって辛うじて一命を取り留めました。


そして、百五十人いた巨人族の生存者は僅か三人。


ザインもまた、身体は助かったものの意識が戻らず、謎の空間で自分と同じ構えを取る人影と遭遇します。


果たして、ザインが辿り着いた場所とは――。


次話もよろしくお願いします!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。