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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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届かない

新たな協力者を求め、巨人族の国へ向かうザインたち。


山々を越えた先で、彼らを待っていたものは――。

山々を越えた先に、その国はあった。


囲むように連なる峰。


その内側に、緩やかな盆地が広がっている。


集落が見えてきた頃、ザインは思わず声を漏らした。


「……聞いてたよりデカくね?」


遠目に見える人影。


だが、その大きさが尋常ではなかった。


近づくにつれ、輪郭がはっきりしてくる。


小柄な者でも五メートルはあるだろうか。


奥に見える一際大きな影は、優に十メートルを超えている。


木造の家屋が、まるで玩具のように小さく見えた。


「本当にいたんですね」


ノアが呟く。


「本ではもっと控えめな挿絵でしたが」


「絵師が遠慮したんでしょう」


イリスが言う。


ガレスも足を止め、集落を見渡していた。


「こりゃ、正面から喧嘩したくねぇな」


「賢明な判断だ」


エリオンが答える。


「彼らの拳一つで、城壁も崩れる」


その時だった。


「……煙?」


ノアの声。


集落の奥。


細い煙が一本、空へ昇っている。


最初はそれだけだった。


だが、次の瞬間。


もう一本。


さらにもう一本。


いくつもの煙が同時に立ち上り始めた。


そして。


ドォン――!


遠くから、地面を揺らす爆発音。


真っ先に走り出していた。


「おい、ザイン!」


ガレスの声が背中を追いかける。


だが、止まらなかった。


◆


集落へ近づくにつれ、景色が変わっていく。


道の途中に、抉れた地面。


まるで巨大な爪で引っ掻いたような跡が、何十メートルも続いていた。


その先、へし折れた大木が数本、まとめて薙ぎ倒されている。


太さだけでも、大人が両手を回しても届かないほどの木だった。


さらに奥。


握り潰されたような岩塊が転がっていた。


割れた断面が鋭い。


素手で砕いたとしか思えない痕。


――ここで、何が起きていたのか。


その規模を、痕跡だけが物語っていた。


集落の中心部は、既に静まり返っていた。


倒れた家屋。


崩れた柵。


そして――倒れている巨人たち。


一人や二人ではない。


十を超える巨体が、地に伏していた。


動いている者もいる。


だが、その数はあまりにも少ない。


「……何だよ、これ」


声が震えた。


集落の中央。


そこに、一人だけ立っている影があった。


人の姿。


倒れた巨人たちの間に、まるで場違いなほど小さく、静かに立っている。


「……フィル」


イリスの声が背後から聞こえた。


その名に、中央に立つ男がこちらを向く。


「ザインさん」


穏やかな声だった。


「――いえ」


小さく首を傾ける。


「こうして直接お会いするのは、初めてでしたね」


「声だけは、何度もお聞かせしましたが」


「……あの時の声か」


記憶が一気に巻き戻った。


四年前。


地竜の腹の中から響いた、あの声。


姿の見えない相手と、ただ言葉だけを交わした夜。


ノアの表情も強張っている。


同じ記憶を辿っているのだろう。


「テメェ……!」


剣を抜く。


だが、フィルは慌てる様子もなかった。


「ちょうどよいところに来てくれました」


そう言うと、フィルは軽く手を振った。


その動きだけで、周囲の大気が変わる。


濃密な魔素が渦を巻き、フィルを中心に吹き荒れた。


続けて到着したガレスたちが、その光景を目にして息を呑む。


「あれが……」


「気をつけろ」


エリオンが声を落とす。


「本物だ」


既に踏み込んでいた。


◆


一撃目。


全力の斬撃を、フィルは半歩だけ身体をずらして躱した。


剣先が空を切る。


その隙を突くように、二撃目を繰り出す。


だが、当たらない。


三撃目。


四撃目。


剣筋を変える。


高さを変える。


魔素を上乗せして速度を上げる。


それでも、当たらない。


だが、諦めなかった。


呼吸を整え、間合いを詰め直す。


今度は低く。


足を狙う一撃から、返す刃で胴へ。


フィルの体勢が、僅かに崩れた。


「……ほう」


初めて、フィルの声に僅かな色が乗る。


その隙に、剣先が肩を掠めた。


浅い傷が一筋、布地を裂く。


「やった……!」


だが、喜びも束の間だった。


フィルの姿勢がすぐに元へ戻る。


「悪くありません」


その声に、油断はもう感じられなかった。


「……なるほど」


「何だよ」


「力が足りないわけではない」


フィルはこちらの動きを見ていた。


「使い方が、あまりにも粗い」


「……は?」


「私の知るアルヴァは――もっと強かった」


ザインの眉が動く。


「……ずいぶん詳しいじゃねぇか」


フィルは答えなかった。


踏み込みが変わる。


速度が一段上がった。


反応が遅れる。


拳が脇腹へ突き刺さった。


肺の空気が全て抜ける。


「っ、があ……!」


膝が崩れかける。


それでも剣を支えに踏みとどまり、もう一度振り上げる。


剣を弾かれる。


体勢を崩したところへ、蹴りが飛んでくる。


受け止める間もなく、身体が地面を転がった。


砂と土に塗れながら、それでも立ち上がる。


立ち上がって、また斬りかかる。


一度は躱される。


二度目、僅かに肌を掠める。


三度目は、届かなかった。


無駄がない。


迷いがない。


まるで、こちらの動きの先を全て見透かしているかのようだった。


それでも、何度でも立ち上がった。


「速すぎだろ……!」


「いいえ」


フィルが静かに言う。


「あなたが、遅すぎるのです」


その言葉の直後。


フィルの右腕が、腹部を貫いた。


「――っ!」


熱さより先に、違和感が来た。


視界が一瞬、白く飛ぶ。


背中側まで突き抜けた感触。


口から血が溢れた。


「ザイン!」


イリスの声。


ノアが動こうとする。


だが、間に合わない。


フィルは、既に勝負が終わったと見ていた。


その僅かな油断が、ザインに最後の一太刀を許した。


貫かれたままの腕を、その手が掴んでいた。


フィルの表情が、初めて僅かに動く。


「……」


残った力の全てを、剣に込める。


振り抜く。


肉を裂く音。


フィルの右腕が、地面へ落ちた。


腹には、切断された腕が残っている。


それを掴み、強引に引き抜いた。


「――っ……!」


傷口から、一気に血が溢れる。


数歩よろめきながら後退し、剣を地面へ突き立てて、どうにか身体を支えた。


◆


血が噴き出す。


だが、フィルは声一つ上げなかった。


切断された腕の断面を、まるで他人事のように見つめる。


指先が、僅かに動いた。


再生しようとしているのか。


だが、それ以上のことはしなかった。


ただ、切り口を一瞥しただけ。


そして、ゆっくりと視線を戻す。


「……」


しばらく、何も言わなかった。


腹の傷から流れる血が、止まる気配もない。


「……っ、死ぬ……これ……」


視界が霞み始める。


それでも、剣は手放さなかった。


フィルが、静かに口を開いた。


「最後まで、厄介な血ですね」


腕の傷から目を離し、見下ろす。


「所詮はこの程度ですか」


倒れかけたその姿を、ただ淡々と眺めていた。


「わざわざ手を下す必要もないでしょう」


視線が、周囲へ動く。


倒れた巨人たち。


崩れた集落。


「どうせ、これから始まる戦争の中で死ぬ」


その言葉に、誰も反応できなかった。


代わりに、イリスが一歩前へ出た。


「……何が目的なの」


フィルの視線が、彼女へ向く。


「こんなことをして……国同士を争わせて、あなたは何がしたいの」


一瞬の間があった。


フィルは、ゆっくりと言葉を選ぶように答える。


「教団が勝手に暴走してくれたおかげで、随分と事を進めやすくなりました」


イリスの目が僅かに見開かれる。


「……教団?」


「アストラ教団のことです」


フィルが続ける。


「あちらはあちらで、勝手に動いていただけですよ。私とは無関係」


「利用しただけ、ってこと?」


「そう言い換えても構いません」


フィルは軽く肩を動かした。


「私は、効率を重んじる性分でしてね」


「……効率?」


イリスが聞き返す。


「ええ」


フィルが頷く。


「一つ一つ、私自身が滅ぼして回るなど――」


言葉を切り、周囲の巨人たちを見渡した。


「あまりにも非効率でしょう?」


「だから」


イリスの声が低くなる。


「争わせているの?」


「その通りです」


フィルは、これまでと変わらぬ穏やかさで続ける。


「人間と獣人。国と国。種族と種族」


「互いに殺し合い、数を減らしていただく」


「それが目的?」


「一部です」


一部、という言葉に、誰かが息を呑んだ。


「私が撲滅すべき対象を、あらかじめ少なくしておくため」


「撲滅……」


ノアが小さく繰り返す。


その先が続かなかった。


フィルは、それ以上語らなかった。


代わりに、静かに笑う。


「まずは大国を一つ動かしましょう」


そして、視線を移す。


「あなた方を滅ぼすには、それで十分でしょう」


「ほほほ……」


その笑い声を残し、フィルの身体が魔素の中へ溶けるように消えていく。


イリスが動こうとした。


「待って――」


だが、追う暇はなかった。


「ザイン!」


倒れている姿。


大量の血が、地面を染めている。


◆


「ザイン! ザイン、しっかりして!」


真っ先に駆け寄ったのはノアだった。


声が上ずっている。


いつもの冷静さはどこにもなかった。


返事はない。


意識はあるようだが、目の焦点が定まっていなかった。


「どいて……! どいてください!」


ミレイアが叫ぶように割って入る。


その声も、震えていた。


これまで何度も、彼女はザインの傷を癒してきた。


どんな戦場でも、彼だけは絶対に大丈夫だと、心のどこかで思っていた。


負ける姿など、想像したこともなかった。


「な、んで……」


傷口へ伸ばした手が、震えている。


治癒魔法を発動しようとして、うまく力が入らない。


「……っ、しっかりして……お願い……!」


血相を変えたまま、もう一度手をかざす。


淡い光が広がる。


だが、傷の深さに対して、あまりにも心もとない光だった。


「足りない……! 全然足りないです……!」


声が悲鳴に近くなる。


ガレスの顔から血の気が引いた。


「おい、しっかりしろ! ザイン!」


「今、止血を……! お願いだから、死なないで……!」


震える手で、傷口を強く押さえる。


血が、止まらない。


指の間から溢れ続ける。


「ザイン……」


エリオンの声も、掠れていた。


団長として、いつも先頭に立っていた男。


どんな戦いでも、最後には笑って戻ってきた男。


それが今、目の前で命の灯を消そうとしている。


誰も、その現実に追いつけずにいた。


腹の傷を押さえられながら、霞む視界の中でそれを見ていた。


フィルには届かなかった。


巨人族にも――間に合わなかった。


意識が、闇に落ちていく。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


ついにザインとフィルが直接対峙しました。


これまで数々の強敵を乗り越えてきたザインでしたが、今回は明確な敗北となりました。


そしてフィルが語った「戦争」という言葉。


ザインたちは、この危機を乗り越えることができるのか。


次話もよろしくお願いします!

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