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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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交わる情報

別々の場所で調査を続けていたザインたち。


エルフ王国で、二つの情報が交わる。

獣王国の城、その地下。


石造りの広間の中央で、巨大な転送術式が淡い光を放っていた。


ガレスたち五人は、その中心に立っていた。


以前にも使ったことのある、エルフ王国へと繋がる転送装置だ。


「それじゃ、行ってくる」


ガレスが片手を上げる。


術式の外では、レグルスが五人を見送っていた。


「ああ。こちらで何か動きがあれば、すぐに知らせる」


「頼む」


国境の状況は、今も変わっていない。


幸い、あれから大きな衝突は起きていなかった。


だが、人間と獣人が互いに警戒していることに変わりはない。


原因も分からないまま武器を下ろせと言ったところで、簡単に納得できる状況でもなかった。


「そっちも気をつけろよ」


「誰に言っている」


レグルスが鼻を鳴らす。


「お前よりは心配いらん」


「言うようになったじゃねぇか」


ガレスが笑ったところで、床を走る光が強くなった。


術式から立ち上った光が五人を包み込む。


一瞬、足元の感覚が消えた。


次に地面を踏んだ時には、周囲の景色が一変していた。


石壁は消え、代わりに巨大な木々が立ち並んでいる。


枝葉の隙間から柔らかな光が差し込み、淡い魔素の粒子が空気中を漂っていた。


以前にも見た光景だ。


それでも、ガレスは大きく息を吸った。


「相変わらず空気が違ぇな、ここは」


「魔素の濃度が違いますからね」


リナが周囲を見回す。


その時、木々の向こうから声が飛んできた。


「おーい!」


ザインだった。


その後ろからイリスとノア、エリオンも歩いてくる。


「おう!」


ガレスが手を上げ返した。


「早かったな」


ザインが五人を見る。


「そりゃ転送装置だからな。お前らみたいに森ん中歩いてねぇし」


「こっちは大変だったんだぞ」


「ザインが鳥に警戒されていただけですけどね」


ノアがさらりと言った。


ザインが振り返る。


「まだ言う?」


「事実ですから」


ガレスが吹き出した。


「お前、何やったんだよ」


「何もしてねぇよ」


「何もしてないのに警戒されたんです」


「それ俺悪くなくない?」


イリスが口元を緩める。


久しぶりに顔を合わせた時くらいは、これくらいでいい。


だが、ガレスが持っている情報を考えれば、いつまでも笑っているわけにはいかなかった。


ザインもそれを察したらしい。


五人を見回したあと、声の調子を変える。


「で、そっちは?」


ガレスからも笑みが消えた。


「……ちょっと面倒なことになってる」


「こっちも」


短いやり取りを聞き、エリオンが口を開いた。


「場所を移そう。ここでする話ではない」


一行は森の奥へと歩き出した。


     ◇


大樹の内部に設けられた一室。


中央の卓には、ガレスたちが獣王国から持ってきた地図が広げられていた。


ザインたちがその周囲を囲む。


先に話したのはノアだった。


「古い記録から、アルヴァ族と魔人には特殊な関係があったことが分かりました」


ガレスがザインを見る。


「特殊?」


「簡単に言えば、俺の先祖が魔人にめちゃくちゃ嫌われてたらしい」


「簡単にしすぎです」


ノアがすぐに訂正する。


「分かりやすいだろ」


「意味が変わっています」


ザインの隣でイリスが小さく笑った。


ノアは話を戻す。


「アルヴァ族は、魔人の扱う魔法に対して非常に高い対抗能力を持っていたようです。古い記録では――」


一度、言葉を区切った。


「『魔人の天敵』とまで記されていました」


ガレスたちの表情が変わる。


「天敵……」


ミレイアがザインを見る。


「ああ」


ザインが頷いた。


「だからフィルが俺を国から追い出したのも、それが理由なんじゃないかって話になってる」


「まだ推測だ」


エリオンが付け加える。


「記録から分かるのは、かつてアルヴァ族が魔人にとって厄介な存在だったということまでだ」


「でも、筋は通るわ」


イリスが言った。


「フィルがザインの血筋を知っていたなら、自分の近くから排除しようとした理由にはなる」


ガレスが腕を組む。


「なるほどな……」


少し考えてから、卓上の地図へ目を落とした。


「だったら、こっちの話も聞いてくれ」


地図を引き寄せる。


獣王国と人間国。


その境界付近には、いくつもの印がつけられていた。


「俺たちは獣王国の国境を調べてきた」


一つの印を指で叩く。


「ここで小競り合いが起きてる。幸い、死人は出てねぇ」


ノアが地図を覗き込んだ。


「原因は?」


「それが分からねぇ」


ガレスの指が国境線をなぞる。


「獣人側は、人間から先に魔法を撃たれたって言ってる」


「人間側は逆だ」


壁際にいたジグが続けた。


ザインがそちらを見る。


「向こうにも行ったのか?」


「昨日な」


「早ぇな」


「だが、聞けた話は似たようなものだった」


ジグが地図へ視線を落とす。


「人間側は獣人が先に攻撃したと思っている」


「どちらかが嘘をついている可能性は?」


イリスが尋ねる。


「ないとは言えない」


ガレスが答える。


「ただ、妙なことが一つある」


ミレイアが続けた。


「最初の攻撃を、誰も見ていないんです」


ノアが顔を上げた。


「誰も?」


「はい。負傷した方々にも直接聞きました。気づいた時には魔法が飛んできていて、その後は相手から攻撃されたと思って反撃した、と」


人間側も同じ。


最初の一撃だけ、誰も見ていない。


「魔法が使われたこと自体は間違いありません」


今度はリナが口を開いた。


「現場にも痕跡は残っていました。ただ……」


「ただ?」


ザインが聞く。


「術者へ繋がる痕跡が、あまりにも薄いんです」


イリスの眉がわずかに動いた。


「時間が経って消えたんじゃなくて?」


「その可能性も考えました。でも、それにしては綺麗すぎます」


リナが首を横に振る。


「最初から痕跡を残さないようにしたか、後から消したようにも見えました」


ザインが地図を見る。


「フィルか?」


「分かりません」


リナはすぐに答えた。


「魔人が関わったと断定できる証拠はありません」


「そっか」


ザインもそれ以上は追わなかった。


証拠がないものを決めつけても仕方がない。


だが、話はそこで終わらなかった。


「問題は、似たようなことが他でも起きてるってことだ」


ガレスが別の印を指す。


さらにもう一つ。


国境線に沿うように、いくつもの印が並んでいる。


「ここ数か月で、小さな衝突が増えてるらしい」


ノアの視線が地図の上を走った。


「これだけの場所で……?」


「ああ」


ダリオが椅子にもたれながら口を開く。


「しかも、少なくとも俺たちが見た連中は、戦争したくて武器持ってるようには見えなかった」


ザインが顔を向ける。


「どういうことだ?」


「怖がってんだよ」


ダリオは卓上の地図を指した。


「次にいつ襲われるか分からねぇから武器を持つ。相手もそれを見て警戒する」


互いに相手が先に攻撃したと思っている。


だから武器を下ろせない。


次は本当に攻撃されるかもしれない。


そんな恐怖だけが積み重なっていく。


「……それ」


イリスが小さく呟いた。


全員の視線が集まる。


彼女は地図を見たまま、しばらく黙っていた。


「少し、似てる」


「何が?」


ザインが尋ねる。


「私たちの国で起きたことと」


その声から、先ほどまでの柔らかさが消えていた。


「フィルは、自分で全てを壊そうとはしなかった」


城の中で見た光景が蘇る。


操られるように変わっていった人々。


ザインを敵と定めた国。


その中心にいながら、フィル自身は表に立とうとしなかった。


「人を動かしたの」


イリスが顔を上げる。


「人間に、人間を追わせた」


部屋が静かになる。


ザインが国を追われた時も、フィル自身が剣を向けたわけではない。


国そのものがザインを敵とした。


「……自分では表に出ない」


ノアが呟いた。


地図へ視線を戻す。


「仮に、です」


一つの印へ指を置く。


「仮にこの国境で起きていることにもフィルが関わっているなら――」


指先が、隣の印へ動く。


「最初の一撃だけ用意すればいい」


誰かが攻撃する。


人間が傷つく。


獣人が傷つく。


あとは互いが相手を疑う。


武器を持つ。


相手も武器を持つ。


恐怖が膨らんでいく。


やがて次の一撃は、フィルが放つ必要すらなくなる。


ザインは黙って地図を見ていた。


国境に並ぶ印を、一つずつ目で追う。


やがて、口を開いた。


「……こいつ、国が欲しいんじゃねぇのかもな」


ガレスがザインを見る。


「何?」


「だって国が欲しいだけなら、こんな面倒なことする必要なくねぇか?」


ザインが一つの印を指す。


「イリスの国でも、自分が王になったわけじゃねぇ」


次の印へ指を動かす。


「こっちでも、誰が撃ったか分からない一発のせいで勝手に睨み合ってる」


少し考える。


「もしかして……」


顔を上げた。


「戦わせたいのか?」


誰もすぐには答えなかった。


ガレスがゆっくり息を吐く。


「俺も似たこと考えた」


ザインを見る。


「誰かが火ぃつけて回ってるんじゃねぇかってな」


「ただし」


リナが口を挟む。


「それがフィルだという証拠は、まだありません」


「分かってる」


ザインが頷いた。


「でも、本当にそうだったら――」


「戦争になる」


エリオンだった。


その一言で、部屋の空気が変わった。


人間と獣人。


人間と人間。


国と国。


種族と種族。


小さな衝突であっても、報復が始まれば止めるのは難しい。


誰かが傷つけば、その家族が怒る。


仲間が死ねば、兵士が剣を取る。


最初の一撃が誰だったのかなど、いずれ誰も気にしなくなる。


ガレスが腕を組んだ。


「そうなる前に止められりゃ一番いいが……最悪のことも考えとかねぇとな」


ザインも地図を見つめる。


「まだ戦争になるって決まったわけじゃねぇけどな」


「ああ。だからこそ今のうちに動く」


エリオンはそう言うと、地図の北方へ視線を向けた。


しばらく考え込んだ後、口を開く。


「もし本当に大きな争いになるのであれば、味方についていただければ非常に心強い方々がいる」


ザインが顔を上げる。


「誰?」


「巨人族だ」


一瞬、沈黙が落ちた。


「……巨人?」


ザインが聞き返す。


ノアも興味を示す。


「実在していたんですね。本では読んだことがありますが、他国との交流をほとんど持たない種族だと」


「その通りだ」


エリオンが頷いた。


「彼らは自分たちの土地で生きることを望み、他国の争いにも滅多に関わらない」


「強いの?」


ザインが尋ねる。


「強い」


返答に迷いはなかった。


「生まれながらに強靭な肉体を持つ。優れた戦士が多く、正面から彼らと戦いたがる者は少ない」


そこでエリオンが続ける。


「魔法を扱うことはできないがな」


ザインの顔が変わった。


「魔法使えねぇの?」


「ああ」


「いい奴らじゃん」


ノアがザインを見る。


「何を基準に判断してるんですか」


「仲良くなれそう」


「ザインと同じなのは魔法を使えないところだけですよ」


「十分だろ」


「何がですか」


イリスが堪えきれず笑った。


張り詰めていた空気が、ほんの少しだけ緩む。


「ただし」


エリオンが話を戻した。


「協力してくれる保証はない」


ガレスが地図を見る。


「他国と関わらねぇんだろ?」


「それもある。何より、彼らは自分たちの力と生き方に強い誇りを持っている。他国の都合で戦えと言われて従う者たちではない」


「それなら、私たちがここで考えていても仕方ないわね」


イリスの言葉に、ザインが頷く。


「じゃあ直接聞きに行けばいい」


ノアが小さく息を吐いた。


「そう言うと思いました」


「だって会わなきゃ分かんねぇだろ」


ザインがエリオンを見る。


「どこにいるんだ?」


エリオンが地図を引き寄せた。


指先が北へ進む。


国境を越え、いくつもの山々を越えた先。


他国から離れるように存在する、小さな領域で止まった。


「ここだ」


ザインが覗き込む。


「結構遠いな」


「数日はかかる」


「行けない距離じゃねぇな」


もう行く気らしい。


ガレスが笑った。


「俺たちも行くぞ」


ザインが顔を上げる。


「獣王国は?」


「調べるもんは調べた。向こうはレグルスに任せてある」


「なら決まりですね」


ミレイアが言った。


リナも頷き、ジグは地図に記された北方へ目を向ける。


ダリオだけが椅子にもたれたまま手を上げた。


「馬車ある?」


ガレスが振り返る。


「そこ?」


「歩きは嫌だ」


「お前、戦場でも寝るくせに移動にはうるせぇな」


「寝るために必要なんだよ」


「何がだよ」


ザインが笑った。


その横で、エリオンは地図の北方を指した。


いくつもの山々に囲まれ、他国から離れるように存在する小さな領域。


巨人族の国。


まずは彼らと直接話す。


協力してもらえるかどうかは、それからだった。


数日後。


ザインたちは巨人族の国へ向けて出発することになった。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


別々に動いていたザインたちが再び合流しました。

少しずつ見えてきた、各地で起きている異変の共通点。


そして次の目的地は、巨人族の国です。


次話もよろしくお願いします!

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