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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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近しいもの

魔人フィルについて調べるため、エルフ王国へ向かうザイン、イリス、ノア。


本でしか知らなかった国を前に、イリスとノアは目を奪われる。


一方、二度目の訪問となるザインもまた――以前とは違う何かを感じていた。

ランフォスの巨大な翼が、雲を切り裂く。


眼下に広がっていた平原はいつの間にか姿を消し、代わりに果ての見えない森が広がっていた。


どこを見ても木、木、木。


遠くまで続く緑の海の上を、ランフォスは悠々と飛んでいる。


その背中で、ノアが下を覗き込んだ。


「……本当にこの先に国があるの?」


「あるぞ」


先頭に座るザインが答える。


「何も見えないけど」


「見えないようになってるからな」


後ろに座るイリスが、ザインへ顔を向ける。


「ザインは一度行ったことがあるのよね?」


「ああ。でも前は獣王国の転送装置から直接入ったから、この森から入るのは俺も初めて」


眼下へ目を向けるザイン。


城壁もない。


街道もない。


建物らしきものさえ見当たらない。


どれだけ目を凝らしても、広がっているのは森だけだった。


「このままランフォスで入ることはできないの?」


「無理らしい。外から入るなら決められた道を通らないと辿り着けないって」


ランフォスの首筋を軽く叩く。


「この辺で降りるぞ」


ランフォスが翼を傾ける。


巨大な身体が旋回しながら高度を落とし、森の中に開けた場所へゆっくりと降りていった。


◆


地面へ降りると、背から飛び降りるザイン。


続いてイリス、ノアも降りる。


周囲には巨大な木々が立ち並び、頭上を枝葉が覆っていた。


昼間だというのに、森の中は薄暗い。


荷物を探り、一枚の折り畳まれた手紙を取り出す。


「これだな」


「手紙?」


イリスが覗き込む。


「エリオンから」


「いつ貰ったの?」


「半年くらい前」


「半年?」


手紙を開くザイン。


そこにはエリオンの字で文章が綴られていた。


エルグランド王国で起きたことを聞いたこと。


詳しい事情までは分からないこと。


それでも、ザインが理由もなく国を裏切る人間だとは思っていないこと。


そして――もし行く場所を失い、助けが必要になったなら、エルフ王国を頼ってほしいということ。


イリスはその内容を読んで、ザインを見る。


「……こんなの持ってたのね」


「まあな」


「だったら、ここへ来ることもできたんじゃない?」


「できたんじゃね?」


「どうして来なかったの?」


手紙から目を上げる。


「誰かを頼る気なかったから」


イリスが少し意外そうにザインを見る。


「エルフ王国だけじゃなくて?」


「ああ。ラウゼンにも行かなかっただろ?」


「……そういえば、そうね」


手紙を折り直す。


「あの時は何が起きてるのかも、誰がどこまで関わってるのかも分かんなかったからな」


国を追われた理由さえ分からなかった。


昨日まで自分を英雄と呼んでいた国が、突然ザインへ剣を向けた。


何が敵で、何が味方なのか。


それすら判断できない状況だった。


「そんな状態で知ってるやつのところ転がり込んで、そっちまで巻き込んだら嫌だろ」


イリスは少し黙った。


「だから、何か分かるまでは誰も頼らないつもりだったのね」


「まあな」


静かにザインを見るノア。


「君なりに考えてたんだね」


「なんだよ、その言い方」


「別に。少し意外だっただけだよ」


「失礼だな」


小さく笑うイリス。


手紙へ目を向けるノア。


「でも、どうやってこれを受け取ったの?」


「鳥が持ってきた」


「鳥?」


「白くてでかいやつ。あと、なんか光ってた」


イリスが反応する。


「魔法動物じゃない?」


「多分」


「よくあなたを見つけられたわね」


「俺も知らん。野営してたら突然降りてきた」


当時を思い出すザイン。


「最初、食えるかなって思ったけど」


「ザイン」


「冗談だって」


「その子には伝わってなさそうね」


「めちゃくちゃ警戒された」


「でしょうね」


手紙の後半を広げる。


そこに記されているのは、一般的な地図ではない。


二本の幹が絡み合った巨木。


白い花に囲まれた泉。


根元に古い石が埋まった大樹。


いくつかの目印と、それを辿る順番だけが書かれていた。


「これ通りに進めば着くらしい」


ランフォスへ振り返る。


「お前はここで待ってて」


ランフォスがザインを見る。


「中に入ったら迎え呼ぶから」


その鼻先を軽く撫でる。


ランフォスは低く喉を鳴らした。


「じゃ、行くか」


三人は森の奥へ歩き始めた。


◆


最初に見つけたのは、二本の幹が絡み合うように伸びた巨木だった。


そこからさらに進むと、白い花に囲まれた小さな泉が現れる。


手紙に記された目印を、一つずつ辿っていく。


ところが。


「……ここ、さっき通ったな」


足を止めるザイン。


ノアも周囲を見る。


「僕もそう思う」


イリスが後ろを振り返る。


「でも、ずっと同じ方向に進んでるわよ?」


「ああ」


手紙へ目を落とす。


目印も、順番も間違っていない。


「このままで合ってるはずだ」


三人は再び歩き出した。


しばらくすると――。


足が止まる。


「……あれ?」


先ほどまで何度見渡しても存在しなかったはずの大樹が、目の前に立っていた。


その根元には、古びた石が埋まっている。


手紙に記された、次の目印。


イリスが足を止めた。


「……何かある」


「分かる?」


「術式だと思う。でも……」


周囲を見渡すイリス。


「どこから発動しているのか、全然分からない」


ノアも大樹を見上げる。


「森全体が一つの仕掛けになってるのかもしれないね」


目の前に現れた大樹を見る。


「そりゃ普通に探しても見つからないわけだ」


その先にあった最後の目印は、三方向へ分かれた道だった。


手紙を確認する。


「真ん中」


中央の道は、少し先で木々に塞がれているように見える。


それでも三人は進んだ。


道は徐々に狭くなっていく。


木々が左右から迫り、やがて完全な行き止まりに見えた。


手紙をもう一度確認し、そのまま一歩踏み出す。


瞬間――。


景色が変わった。


「――!」


暗かった森を抜け、視界いっぱいに光が広がる。


後ろを歩いていたイリスとノアが、同時に足を止めた。


目の前に広がっていたのは、巨大な森の都市だった。


天を突くほどの大樹が、何本も空へ伸びている。


その巨大な幹に沿うように建物が造られ、太い枝の上にも家々が並んでいた。


遥か頭上では、木々の間に渡された長い橋をエルフたちが行き交っている。


地上にも街は続いていた。


大樹の根を避けるのではなく、その形に沿って造られた石畳。


石造りの建物すら木々と一体化し、壁の一部を植物が覆っている。


小さな水路には透き通った水が流れ、色鮮やかな花々が至るところに咲いていた。


そして、その間を見たこともない生き物たちが歩いている。


角の生えた小さな獣。


淡い光を纏って枝から枝へ飛び移る動物。


長い尾を揺らしながら、エルフの子供たちと一緒に走る生き物もいる。


人と自然。


そして動物。


そのどれかが街へ入り込んでいるのではない。


最初からすべてが一つの場所で生きている。


空中には淡い光が無数に漂っていた。


風が吹くたび、それらが木の葉と共に揺れる。


「…………」


イリスは言葉を失っていた。


やがて、ようやく声が漏れる。


「……これが、エルフ王国……」


振り返るザイン。


イリスは完全に街へ見入っていた。


「本で見たことはあったけど……全然違う……」


その隣では。


「…………すごい」


ノアの目が輝いていた。


ノアを見るザイン。


「お前、すげぇ顔してんな」


だが、ノアはほとんど聞いていない。


視線が次々と街のあちこちへ移っていく。


「あれ……もしかしてセレナ大樹?」


遠くにある巨大樹を指差す。


「本に書いてあったんだ。エルフ王国には樹齢数千年を超える大樹が、そのまま街の一部として残されてるって」


「へぇ」


「あっちは……」


今度は別の場所を見る。


「あの建物、木を切って造ってない」


数歩前へ出るノア。


「生きている木の形に合わせて建物を造ってるんだ……!」


少し笑うザイン。


「楽しそうだな」


「当たり前だよ!」


珍しく大きな声を出すノア。


「エルフ王国なんて、人間が簡単に入れる場所じゃないんだよ?」


「まあな」


「人間の本に書かれてることだって、ほとんどが昔ここを訪れた人の記録か伝聞なんだ」


また別の方向を見るノア。


「あれも本物なのかな……」


「何が?」


「魔法動物だよ!」


ノアが指差した先。


淡い青色の毛を持つ小さな獣が、エルフの女性の後ろを歩いている。


「初めて見た……」


吸い寄せられるようにそちらへ歩きかけるノア。


服の襟を掴む。


「おい」


「何?」


「勝手に行くなよ」


「……あ」


我に返るノア。


「迷子になるぞ」


「ならないよ」


そう答えながらも、ノアの視線はすぐ別の場所へ移っていく。


その様子を見て笑うイリス。


「ノアがこんなに興奮してるの、久しぶりに見たわ」


「だな」


「だって、仕方ないだろ」


巨大な街を見上げるノア。


「本でしか知らなかった場所なんだから」


そんな二人を眺めながら、少し懐かしくなる。


自分が初めてここへ来た時も、似たようなものだった。


その時。


イリスの表情が変わった。


「……待って」


「ん?」


周囲を見回すイリス。


先ほどまで街並みに見入っていた目が、今度は魔法使いのものへ変わっていた。


「この魔素……」


何かを確かめるように手を伸ばす。


「すごく濃い」


ノアも意識を周囲へ向ける。


「……本当だ」


「しかも、ただ濃いだけじゃない」


驚いたまま周囲を見るイリス。


「こんなに魔素が満ちているのに、流れがほとんど乱れてない……」


二人を見るザイン。


「そんなに違う?」


「全然違うわよ」


イリスが即答した。


「人間の街じゃ考えられない」


空中を漂う光を眺めるノア。


「本に書いてあった……。エルフは自然の魔素の流れを壊さずに生活するって」


その目が、また輝く。


「……本当だったんだ」


笑うザイン。


「今日のお前、ずっとそれだな」


「仕方ないだろ」


再び街へ目を向ける。


その瞬間。


「……ん?」


身体が妙に軽い。


森へ入った時から僅かに感じていたが、この国へ足を踏み入れてから明らかに強くなっている。


身体の奥へ、力が満ちていくような感覚。


「どうしたの?」


イリスが尋ねる。


「いや……なんか調子いい」


「魔素が濃いからじゃない?」


「多分な」


そう答えたものの、もう一度周囲を見渡す。


一度来たことのある場所。


だから落ち着くのだろう。


そう思った。


けれど、以前とは少し違う。


空気が馴染む。


木々を抜ける風も、周囲を満たす魔素も。


まるで身体の方が、この場所を受け入れているような感覚があった。


「……変なの」


「何が?」


「いや、なんでもない」


その感覚を深く考えず、歩き出す。


◆


「そこで止まれ」


声が飛んだ。


三人が振り返る。


いつの間にか、木々の上に複数のエルフが立っていた。


弓を構え、こちらを警戒している。


片手を上げる。


「エリオンに会いに来た」


一人のエルフが木から降りてきた。


「名は?」


「ザイン」


その名を聞き、エルフの表情が僅かに変わる。


「……ザイン?」


「知ってる?」


「話は聞いている」


手紙を差し出す。


「これもエリオンから」


エルフは受け取り、中身を確認する。


「……確かに」


警戒が少し薄れた。


「ここで待っていてくれ」


「あいよ」


一人が森の奥へ向かっていく。


その間。


手紙を持ったエルフが、ザインを見た。


「…………」


気づくザイン。


「何?」


「いや……」


一度目を逸らす。


だが、すぐにもう一度ザインを見る。


「以前にも、この国へ来たことがあるのか?」


「ああ。一回だけ」


「そうか」


「なんで?」


「……いや。何でもない」


エルフ自身にも理由は分からなかった。


初めて見る顔だ。


当然、知り合いでもない。


なのに。


完全な異種族を前にしているような感覚がしない。


どこか、自分たちに近い。


ほんの僅か。


言葉にできないほど微かな感覚だった。


しばらくすると、森の奥から一人の男が歩いてきた。


その姿を見つけると、軽く手を上げるザイン。


「お、エリオン」


向こうもザインに気づいた。


「……本当に来たか」


「久しぶり」


「半年ぶりだな」


エリオンはザインの前まで来る。


そして、その後ろに立つ二人へ目を向けた。


振り返るザイン。


「こっちがイリス。で、こっちがノア」


初めて対面する相手を見て、イリスがわずかに姿勢を正す。


「イリスよ。よろしく」


ノアはエリオンの佇まいに気圧されたように、少し声を硬くした。


「ノアです。よろしくお願いします」


「そんなに構えなくていい」


エリオンが軽く笑う。


「ザインの連れなら、それだけで十分だ」


その一言で、ノアの肩から少し力が抜けた。


イリスも小さく頷き返す。


「エリオンだ。ザインとは以前、少し共に行動したことがある」


ザインが口を挟む。


「少しっていうか、結構助けてもらったけどな」


「お前が勝手に首を突っ込んでいただけだ」


「そこは助けたってことでいいだろ」


エリオンはザインへ視線を戻した。


「それにしても、その半年で国家反逆者になったそうだな」


ザインの顔から笑みが消える。


「……お前もそれ言うの?」


「事実だろう」


「そうだけどさ」


ノアが小さく笑う。


わずかな笑みを浮かべるエリオン。


「安心しろ」


「ん?」


「お前が理由もなく国を裏切る人間だとは思っていない」


少しだけ目を丸くするザイン。


そして笑う。


「……ありがとな」


「礼なら手紙を送った時に聞きたかったものだ」


「あ」


ザインを見るエリオン。


「なぜ来なかった?」


「その頃は、誰かを頼るつもりがなかったからな」


「そうなのか?」


「ああ。何が起きてるかも分かってなかったし。下手に頼って、お前らまで巻き込んだら嫌だろ」


エリオンは少し黙り、小さく頷いた。


「……そうか」


ふと思い出す。


「あ、そうだ」


「何だ?」


「手紙持ってきた鳥」


「鳥?」


「白くてでかくて、ちょっと光ってたやつ」


一拍置いて、記憶をたどるエリオン。


「……あの子か」


「どうやって俺のこと見つけたんだ?」


「探してもらった」


「鳥に?」


「あれはただの鳥ではない。魔法動物だ」


イリスが頷く。


「やっぱり」


エリオンは続ける。


「一度覚えた者の匂いや生命の気配を、遠くまで追うことができる。お前を探して、手紙を届けてほしいと頼んだ」


首を傾げる。


「言うこと聞くの?」


「その考え方が少し違う」


「違う?」


「我々が従わせているわけではない」


周囲の森へ目を向けるエリオン。


「森も、そこに暮らす動物たちも、我々が支配するものではない」


風が木々を揺らす。


枝の上を、小さな魔法動物が走っていく。


「我々エルフは、古くから自然と共に生きてきた。必要な時には彼らの力を借りる。そして彼らが我々を必要とする時は、こちらも力を貸す」


感心したように頷く。


「仲間みたいなもん?」


「その理解で構わない」


「……にしても、都合よくない? 力借りたい時だけ借りて、あとは自由にさせてるってことだろ」


横から口を挟むイリス。


「対等な関係ならそうはならないでしょ。持ちつ持たれつってことだと思うけど」


「そういうもんか」


「そういうものだ」


エリオンが頷く。


「肉体的な力なら我々より優れた獣もいる。だが、彼らにできないことを我々ができる場合もある。だから釣り合いが取れる」


「へぇ、案外きっちりしてるんだな」


「馴れ合いだけでは、長くは続かない」


周囲を見渡す。


「今度会ったら肉でもやるか」


「お前、最初に食おうとしただろう」


止まるザイン。


「……なんで知ってんの?」


「聞いた」


「鳥から?」


「ああ」


しばらく黙るザイン。


吹き出すイリス、笑うノア。


「……告げ口するのかよ」


「お前が悪い」


「冗談だったんだけどなぁ」


「本人には伝わっていなかったようだ」


頭を掻く。


「次会ったら謝るわ」


「そうしてやれ」


三人を連れ、王国の奥へ歩き始めるエリオン。


◆


ノアは歩き出してからも、相変わらず忙しかった。


右を見る。


左を見る。


今度は頭上を見上げる。


「あれは……」


「今度は何?」


ザインが尋ねる。


「水路だよ。あんな高いところまで水が流れてる」


「魔法じゃね?」


「そうだとしても、どうやって水量を一定に保ってるんだろう……」


すぐに今度は、道端で眠っている角の生えた獣へ目を向ける。


「さっきとは違う種類だ……」


笑うザイン。


「お前、忙しいな」


「仕方ないだろ。見たことないものばっかりなんだから」


前を歩いていたエリオンが振り返る。


「随分と興味があるようだな」


「本でしか知らなかったので」


ノアが答える。


「人間の国では、エルフ王国について詳しく書かれた本自体が少ないんです」


「そうだろうな。この国へ入ったことのある人間は多くない」


その答えを聞くだけでも、ノアはどこか嬉しそうだった。


イリスも周囲を見ながら尋ねる。


「さっきから魔法動物が普通に街の中を歩いてるけど、全部あなたたちと一緒に暮らしてるの?」


「全てではない。森の中で自由に暮らしている者も多い。ここへ来たい者が来ているだけだ」


「本当に共に暮らしてるのね……」


興味深そうに魔法動物を眺めるイリス。


二人の様子を見て笑うザイン。


「しばらくここに置いといたら帰らなそうだな」


「帰るよ」


ノアは即答した。


ただし、その目はまだ街を見ていた。


しばらく進んだところで、エリオンが尋ねる。


「それで?」


「ん?」


「今回はなぜここへ来た」


ザインの表情が変わった。


「調べたいことがある」


「何を?」


一拍置く。


「魔人」


エリオンの足が止まった。


「……何?」


イリスが続ける。


「私たちの国に現れたの」


エリオンが振り返る。


「間違いないのか?」


「ええ。以前、私たちが遭遇した魔人と同じだった」


「フィルって名乗ってる」


先ほどまでの柔らかさが、エリオンの表情から消えた。


「フィル……」


「知ってる?」


「いや。私自身は詳しくない」


肩を落とすザイン。


「そっか」


「だが、この国には人間の国より遥かに古い記録が残っている」


顔を上げるイリス。


「魔人についても?」


「可能性はある」


「調べさせてもらえる?」


「私の判断だけでは決められない。事情を話そう。協力は得られるはずだ」


「私も同席させて」


一歩前へ出るイリス。


「記録の扱いに慣れてる人間より、実際に魔人と対峙した私が見た方が早いこともあるはず」


エリオンが少し間を置いて頷く。


「……道理だな」


笑うザイン。


「じゃあ頼む」


「ああ」


再び歩き出すエリオン。


三人もその後を追う。


だが、数歩進んだところでエリオンが足を止めた。


振り返る。


その目は、ザインへ向けられていた。


「……何?」


エリオンは答えない。


自分の服を見るザイン。


「なんか付いてる?」


「そういうことではない」


「じゃあ何?」


エリオンにも、うまく説明できなかった。


以前会った時と、姿はほとんど変わらない。


声も同じ。


相変わらず魔力も感じない。


それなのに。


何かが違う。


ザインという人間が、以前より僅かに近く感じられる。


それは親しくなったという意味ではない。


もっと感覚的なものだった。


「ザイン」


「ん?」


「お前、以前と何か変わったか?」


「以前?」


顎に手をやる。


「身体は強くなったと思うけど」


「そういうことではない」


「じゃあ分かんねぇよ」


しばらくザインを見るエリオン。


「……私にも分からない」


「なんだそれ」


「ただ――」


言葉を探すエリオン。


「以前より、お前を近く感じる」


「…………」


ザインが黙った。


イリスとノアもエリオンを見る。


「急にどうした?」


「そういう意味ではない」


小さく笑うノア。


イリスも口元を緩めた。


納得していないザイン。


「じゃあどういう意味だよ」


「それが分からないから聞いている」


「俺に聞かれても知らねぇよ」


「なら今はそれでいい」


再び歩き出すエリオン。


首を傾げながら、その後を追うザイン。


イリスとノアも続いた。


フィルについて知るために訪れたエルフ王国。


その答えを求めて、三人は国の奥へと進んでいく。


ただ一つ。


ザイン自身が気づかないところで。


以前ここを訪れた時にはなかった小さな変化を、エルフたちは確かに感じ取っていた。

ここまでお読みいただきありがとうございます!


今回はエルフ王国への到着回でした。


自然の中に国を造るのではなく、自然そのものと共に暮らしているエルフたち。


魔法動物との関係も含めて、人間の国とはかなり違う文化を描いてみました。


そして、以前とは少し違うザインと、それを感じ取るエルフたち。


この小さな違和感が何を意味するのか。


次回、ザインたちは魔人について残された古い記録を調べていきます。


次話もよろしくお願いします!

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