受け継ぐ者
ラウゼンで迎えた、久しぶりに穏やかな朝。
そこでザインを待っていたのは、かつてアーヴェルと共に戦った第一軍団の兵士たちだった。
そして夜。
ようやく二人きりになったザインとイリスは、これまでの半年と、これからについて言葉を交わす。
朝。
ザインは目を覚ますと、しばらく天井を眺めていた。
柔らかい寝台。綺麗な天井。窓の隙間から差し込む朝日。
「…………」
ゆっくりと身体を起こす。
「……よく寝た」
ここ半年で、ここまで深く眠った記憶はあまりない。
教団の残党を追っている間は、眠る場所も日によって違った。宿を使うこともあれば、野宿することもある。どこにいても完全に警戒を解くことはなかった。
仲間と再び合流してから使っていた洞窟も安全ではあったが、快適な寝床とは言い難い。
ザインは寝台から降り、窓を開けた。
朝の空気が部屋へ流れ込む。
眼下にはラウゼンの王都が広がっていた。
大通りにはすでに人が行き交い、復興のための資材を積んだ荷車が走っている。遠くでは建物を修復する音も聞こえた。
昨日、レオニスから言われた言葉を思い出す。
――帰る場所がないというのなら、ここにいればいい。
ザインは窓枠に腕を乗せる。
「……居候先、増えたな」
洞窟の主である地竜が聞けば、何か言いたそうな話だった。
その時、扉が叩かれた。
「はいよ」
「ザイン殿。お目覚めでしょうか」
兵士の声だった。
ザインが扉を開ける。
「どうした?」
「レオニス様がお呼びです」
「朝飯?」
「いえ」
「違うのか」
「……申し訳ありません」
「いや、謝らなくていいけど」
兵士が少し困った顔をした。
「どこ行けばいい?」
「訓練場へ、と」
「訓練場?」
ザインは首を傾げた。
◆
城を出ると、すでにガレスたちが待っていた。
「お前らも呼ばれたの?」
「ああ」
ガレスの隣には、ダリオ、ジグ、ミレイア、リナも揃っている。
少し離れたところにはレオニスがいた。
ザインが片手を上げる。
「おはよう」
「随分よく眠れたようだな」
「久々にちゃんとしたベッドだったから」
「それは何よりだ」
ザインは辺りを見る。
「で、何?」
レオニスは答えず、歩き始めた。
「ついてこい」
ザインたちもその後に続いた。
向かったのは、城から少し離れた場所にある軍の訓練場。
近づくにつれて、兵士たちの声が聞こえてくる。
号令。
地面を蹴る音。
剣同士がぶつかる音。
ザインは歩きながら、ふと足を緩めた。
「……ん?」
ガレスも前を見る。
ダリオも黙ったまま、訓練場の方へ顔を向けた。
聞き覚えがある。
号令の間。
隊列を組み替える速度。
前衛が動いた直後、後衛が位置を変える。
何度も見てきた訓練だった。
ザインが小さく呟く。
「……これ」
訓練場が見えた。
大勢の兵士たちが並んでいる。
ラウゼン軍とは違う装備。
ザインは足を止めた。
隣でガレスも止まる。
「……まじかよ」
ザインたちの存在に、一人の兵士が気づいた。
振っていた剣を下ろす。
その動きにつられるように、周囲の兵士たちもこちらを見た。
訓練場が静かになった。
一人の兵士が、ゆっくりとこちらへ歩いてくる。
ザインの顔を確かめるように見つめた。
「……副団長?」
ザインも男の顔を見つめる。
「お前ら……」
次の瞬間。
「副団長!?」
声が上がった。
訓練場にいた兵士たちが一斉に集まってくる。
「副団長だ!」
「本当に生きてたのか!」
「おい、道を空けろ!」
「副団長!」
ザインがあっという間に囲まれる。
「ちょ、待て待て!」
「ご無事だったんですね!」
「ああ、まあ」
「エルグランドで反逆者として手配されたって聞いて……!」
「それは本当」
「本当なんですか!?」
「そこ驚く?」
「驚きますよ!」
別の兵士がザインの肩を叩いた。
「副団長、でかくなりました?」
「いや、半年しか経ってねぇだろ」
「そうでした」
「適当なこと言うなよ」
周囲から笑い声が上がる。
その中で、一人の兵士が黙ったままザインを見ていた。
やがて、深く頭を下げる。
「……ご無事で、本当に良かった」
ザインの表情が少し変わった。
その言葉をきっかけに、何人もの兵士が頷いた。
ザインは彼らの顔を見回す。
知っている顔がいくつもある。
一緒に飯を食った者。
訓練で剣を交えた者。
戦場で背中を預けた者。
アーヴェルの後ろを歩いていた者たち。
ザインは頭を掻いた。
「……心配かけたみたいだな」
「当たり前ですよ」
「悪い」
それから、改めて周囲を見る。
「でも、なんでお前らがラウゼンにいるんだ?」
兵士たちの表情が変わった。
ザインはレオニスを見る。
「お前が連れてきたの?」
「違う。彼らが自分たちでここへ来た」
「自分たちで?」
第一軍の兵士の一人が答える。
「アーヴェル団長が亡くなった後、第一軍は大きく変わりました」
ザインは黙って聞いた。
「その後、副団長まで反逆者として手配された。王国に残った者もいます。軍を辞めた者もいる。俺たちのように、国を出た者も」
「……なんで?」
「分からなくなったんです」
「何が?」
「何のために戦っているのかが」
ザインの表情から笑みが消える。
「命令が変わった。人事も変わった。今までなら考えられなかったような指示も増えていった。それでも軍人である以上、従うべきだという者もいました」
男は一度言葉を切った。
「でも俺たちは、あの国に残ることを選べなかった」
別の兵士が続ける。
「それで、ラウゼンへ来たんです」
「なんでラウゼン?」
「俺たちが最後にアーヴェル団長と戦った場所ですから」
ザインは何も言わなかった。
「あの人が命を懸けて守った国なら、俺たちにもできることがあるんじゃないかと思ったんです」
ザインはレオニスを見る。
「で、受け入れたの?」
「ああ」
「改造兵も受け入れて、こいつらも受け入れて……」
ザインが呆れたように笑う。
「ほんと何でも拾うな、レオニス」
レオニスがザインを見る。
「お前に言われたくはない」
「なんで?」
「教団から卵を拾って翼竜まで育てた男が何を言っている」
ザインが少し考える。
「……確かに」
周囲から笑い声が漏れた。
その時。
ガレスがザインの肩を叩く。
「で、団長。この後どうする?」
「ん?」
第一軍の兵士たちが静かになった。
「…………団長?」
ガレスが「あ」と声を漏らす。
ザインも気づいた。
「……あー」
第一軍の兵士がザインとガレスを交互に見る。
「今……団長と?」
ザインが後ろの五人を指差した。
「なんかこいつらが勝手に呼び始めてさ」
「勝手じゃねぇよ」
ガレスが即座に否定する。
「俺たちで決めたんだ」
ダリオも頷いた。
リナ、ジグ、ミレイアも否定しない。
第一軍の兵士たちは互いの顔を見る。
少しの沈黙。
やがて、一人が口を開いた。
「俺たちにとって……団長は今でもアーヴェル団長です」
ザインはすぐに頷いた。
「うん」
迷いはなかった。
「俺だってそうだよ」
アーヴェルの代わりになるつもりなどない。
あの男はあの男だ。
ザインにとっても。
ここにいる全員にとっても。
「忘れるわけねぇだろ」
「……はい」
兵士は少し笑った。
「だからこそです」
「ん?」
「アーヴェル団長がいなくなった今、誰の下で戦うかは、俺たち自身で決めたい」
ザインが男を見る。
「もし、また俺たちが戦うことになるなら――」
男は姿勢を正した。
「俺は、あなたの下で戦いたい」
周囲の兵士たちも頷く。
「俺もです」
「俺も」
次々と声が上がった。
ザインは困ったように頭を掻く。
「俺、指揮とかそんな得意じゃねぇぞ」
「知ってます」
「じゃあなんでだよ」
今度は大きな笑いが起きた。
ザインもつられて笑う。
最初に話していた兵士が、ザインへ敬礼した。
「よろしくお願いします」
一瞬だけ言葉を止める。
そして。
「――団長」
ザインはその姿を見つめた。
かつて、その呼び名で呼ばれていた男の姿が頭に浮かぶ。
いつも前にいた。
何だかんだ言いながら、自分を戦場へ連れていった。
最後までラウゼンを守った男。
ザインは短く答えた。
「……おう」
そして笑う。
「よろしくな」
◆
その後、ザインたちは第一軍の兵士たちとしばらく話をした。
昼を過ぎる頃には、それぞれが別々に動き始めていた。
ガレスとダリオは旧第一軍の兵士たちに捕まり、そのまま訓練場に残った。
ジグはラウゼン軍が持つ周辺国の情報を見せてもらうと言って姿を消し、リナもそれについていった。
ミレイアは街へ出ている。
ノアはレオニスから各国の地図や報告書を借り、朝からずっと資料と向き合っていた。
イリスもそれを手伝っている。
そして。
「…………」
ザインは城の中庭に立っていた。
「暇だな」
半年間、常に何かを追っていた。
教団の拠点を探す。
襲撃する。
情報を聞き出す。
次の場所へ向かう。
ノアと再会してからは、イリスを救出するために動き続けた。
仲間を集め。
作戦を立て。
王国へ侵入した。
それが終わった途端、急に時間ができた。
「何しよ」
大きな影が地面を横切った。
ザインが空を見る。
巨大な翼を広げたランフォスが、城の上空を旋回している。
「……いた」
ザインは笑った。
◆
夜。
ラウゼン城の屋上。
昼間とは違い、王都は静かな光に包まれていた。
家々の窓から漏れる明かり。
通りを照らす魔法灯。
遠くでは、まだ酒場から楽しそうな声が聞こえてくる。
屋上の広い場所に、ランフォスが身体を伏せていた。
その横にザインが座っている。
「お前はいいよなぁ」
ランフォスの首筋を撫でる。
ランフォスが片目を開けた。
「飯食って、飛んで、寝て」
ランフォスが鼻を鳴らす。
ザインは少し考えた。
「……いや、お前も結構働いてるか」
王国への移動。
上空での待機。
塔からの脱出。
考えてみれば、かなり働かせている。
「悪い悪い」
ランフォスの頭を撫でる。
喉の奥から低い音が返ってきた。
ザインはその身体へ背中を預けた。
「…………」
空には星が浮かんでいる。
仲間は戻った。
イリスも助けた。
第一軍とも再会した。
帰る国を失った自分に、新しい居場所までできた。
それなのに。
分からないことは、むしろ増えている。
王国にいたフィル。
各国で起き始めている異変。
なぜ自分は追われたのか。
フィルは何をしようとしているのか。
ザインはランフォスの頭を軽く撫でた。
「……さて、どうすっかな」
「ここにいたのね」
後ろから声がした。
ザインが振り返る。
「イリス」
屋上へ上がってきたイリスが、こちらへ歩いてくる。
「探したわよ」
「俺を?」
「他に誰がいるのよ」
「ノアとか」
「ノアなら部屋で資料を読んでるわ」
「あいつ、ずっと読んでんな」
「あなたが読まない分までね」
「助かる」
イリスがランフォスを見る。
巨大な翼竜を間近で見て、少しだけ足を止めた。
「改めて見ると、大きいわね」
「だろ?」
ザインがランフォスの首を撫でる。
「触っても大丈夫?」
「多分」
「多分?」
イリスの足が止まった。
「俺以外が触ったこと、あんまないから」
「先に言いなさいよ」
「でも大丈夫だろ」
「何を根拠に言ってるの?」
ザインはランフォスを見る。
「噛まないよな?」
ランフォスは答えない。
「ほら」
「何が『ほら』なのよ」
それでもイリスはゆっくり手を伸ばした。
ランフォスが顔を上げる。
イリスの手が一瞬止まった。
だが、ランフォスは襲うことなく、匂いを確かめるように鼻先を近づける。
やがて興味を失ったように、再び頭を地面へ下ろした。
イリスがそっと頭に触れる。
「……大丈夫みたい」
「気に入られたんじゃね?」
「そうなの?」
「知らん」
「適当ね」
ザインが笑う。
イリスもランフォスの隣へ腰を下ろした。
二人で街を眺める。
しばらく、どちらも話さなかった。
風が吹き、イリスの髪が揺れる。
「ねえ」
「ん?」
「この半年、本当にずっと教団を追ってたの?」
ザインは空を見たまま答えた。
「まあな」
「一人で?」
「ほとんどは」
「よく続けたわね」
「他にやることもなかったしな」
イリスは少し黙ってから、ザインを見る。
「私たちのことは?」
「探してたよ」
ザインはランフォスの首筋を撫でながら答えた。
「ただ、最初はどこにいるかも分かんなかったからな」
王国を追われたあの日。
荒らされた屋敷には、イリスもノアもいなかった。
誰に聞けばいいのかも分からない。
王国へ戻れば追われる。
だからザインは、一度そこから離れた。
「教団の連中なら色んな国にいるだろ?」
「ええ」
「潰して回ってりゃ、何か変な話でも拾えるかなって」
「それで半年も?」
「気づいたらな」
ザインは笑った。
「結局、お前の居場所を教えてくれたのはノアだったけど」
「……そうだったわね」
「ノアが来て、お前が生きてるって聞いて」
ザインは少しだけ考える。
「そっからは早かったな」
仲間を集めた。
王国へ向かった。
塔へ侵入した。
そして、イリスを連れ戻した。
「お前助けるところまでは考えてたんだけどな」
「え?」
「その後のこと、あんまり考えてなかった」
イリスは一瞬きょとんとして。
やがて、少し笑った。
「……あなたらしいわね」
「そう?」
「ええ」
ザインも小さく笑った。
二人の間に、静かな時間が流れる。
しばらくして、イリスが口を開いた。
「ザイン」
「ん?」
「助けに来てくれて、ありがとう」
ザインは少し驚いた。
「今さら?」
「ちゃんと言ってなかったから」
「そうだっけ?」
「そうよ」
「そっか」
ザインは少しだけ考えてから笑った。
「どういたしまして」
「……軽いわね」
「ありがとうって言われたら、これでいいだろ」
「まあ、いいけど」
イリスも笑った。
ザインは再び夜空を見上げる。
「で」
「うん」
「これからどうするかな」
イリスの表情も少し真剣になる。
ザインは指を一本立てた。
「フィルが国にいることは分かった」
二本目。
「でも、あいつが何したいのか分かんねぇ」
そして手を下ろす。
「なんで俺を国から追い出したかったのかも分かんねぇ」
イリスも頷く。
「私を生かしたまま捕らえていた理由もね」
「ああ」
「それに、レオニスが言っていた他の国の異変もある」
「だな」
ザインは少し考える。
「分かんねぇこと多すぎるな」
「そうね」
「どうする?」
イリスは少し考えた。
そしてザインを見る。
「だったら、知っていそうなところへ行けばいいじゃない」
「知ってそうなところ?」
「魔人がいつから存在しているのか、私たちには分からない。でも、少なくとも人間より長い歴史を知っている種族はいるでしょ?」
ザインは考える。
やがて、一つの答えに辿り着いた。
「……エルフか」
イリスが頷く。
「長命な種族だし、古い文献も多く残しているはず。それに魔素や魔法についての知識なら、人間よりずっと深い」
「エリオンもいるしな」
「ええ」
ザインはランフォスへ身体を預けた。
「エルフ王国かぁ」
以前、共に戦ったエリオンの顔を思い出す。
「行ってみるか」
「そうね」
「じゃあ明日、みんなに話す」
ザインはそう言うと、ランフォスの頭を撫でた。
「決まったぞ。明日も飛ぶからな」
ランフォスが低く唸った。
イリスが笑う。
「嫌がってない?」
「喜んでるんだよ」
「本当に?」
「多分」
「また多分なのね」
◆
翌朝。
ザインたちはレオニスと共に、一つの部屋へ集まっていた。
テーブルの上には大きな地図が広げられている。
ノアが地図の一角を指した。
「昨日、みんなが集めた情報とラウゼンに届いている報告を照らし合わせてみたんだけど、少し気になるところがある」
ザインが地図を覗き込む。
「どこ?」
「ここ」
ノアの指先が止まる。
獣王国と、人間の国々が接する地域だった。
「獣王国?」
「最近、この周辺で兵の数が増えているらしい」
ザインは少し考える。
「でも、獣王国って元から人間とそんな仲良くなかっただろ?」
「俺も最初はそう思ってた」
ガレスが口を挟んだ。
ザインがそちらを見る。
「地下で聞いた噂にも似たようなのがあったんだよ。獣王国の連中が警戒を強めてるってな」
「それだけなら普通じゃね?」
「それだけならな」
今度はジグが口を開く。
「人間側も兵を増やしている」
ザインがジグを見る。
「両方?」
「ああ」
リナも頷いた。
「私が働いていた店にも、獣王国方面から来た商人が何人かいました。以前より検問が厳しくなって、国境を越えるのに時間がかかるようになったと言っていました」
「何かあったのか?」
「それが分からないんです」
リナは地図へ目を落とす。
「大きな事件があったという話は聞きませんでした」
ザインは眉を寄せた。
何も起きていない。
それなのに、双方が警戒を強めている。
レオニスがそこで口を開いた。
「ラウゼンにも同じような報告は届いている」
ザインが顔を上げる。
「そっちにも?」
「ああ。今のところ大規模な衝突は確認されていない。だが、以前より緊張が高まっているのは間違いない」
ザインは地図を見下ろした。
「……なんか変だな」
「うん」
ノアが頷く。
「だから調べた方がいいと思う」
ザインは獣王国を見ながら、以前出会った男の顔を思い出した。
「レグルスがいるな」
ガレスも思い出したように頷く。
「あの騎士か」
「向こう側で何が起きてるか、あいつなら知ってるかもしれない」
「僕もそう思う」
ノアが答える。
ザインはしばらく地図を眺めたあと、今度は別の場所へ指を動かした。
「で、こっちも行きたい」
その先にあるのは、エルフ王国。
レオニスがザインを見る。
「エルフ王国?」
「ああ。昨日イリスと話しててさ」
イリスが続きを引き取る。
「私たちはフィルについて、あまりにも知らなすぎます」
「魔人そのものについて、か」
「はい」
イリスが頷く。
「いつから存在しているのか。過去に何をしていたのか。そもそも、魔人がどういう存在なのかさえ分かっていません」
ノアが少し考える。
「それなら確かにエルフは適任かもしれないね」
ザインがノアを見る。
「だろ?」
「長命な種族だから、古い記録が残っている可能性も高い。それに魔素や魔法についての知識も豊富だ」
「エリオンにも聞けるしな」
ガレスが地図を見比べる。
「で? 獣王国も調べる。エルフ王国にも行く。どっちから行くんだ?」
「んー……」
ザインは二つの国を見る。
しばらく考えて。
顔を上げた。
「両方」
ガレスが眉を上げる。
「両方?」
「分かれりゃいいだろ」
ザインは獣王国を指差した。
「ガレスたち五人は獣王国。レグルスに会って、向こうで何が起きてるか調べてきて」
「俺たちだけで?」
「ああ。別に戦いに行くわけじゃないからな」
ザインは五人を見る。
「様子見て、話聞いて、何か分かったら戻ってくればいい」
ガレスがニッと笑う。
「了解だ、団長」
ザインは次にエルフ王国を指した。
「俺とイリスとノアはこっち」
ノアが嫌な予感でもしたようにザインを見る。
「移動手段は?」
ザインは当然のように答えた。
「ランフォス」
「……また空か」
「一番早いだろ」
「五千メートルから飛び降りろって言わないならね」
「言わねぇよ」
「前例があるから信用できないんだよ」
ガレスが声を上げて笑った。
ザインは不満そうにノアを見る。
「今回は普通に行くって」
「その『今回は』が怖いんだけど」
「細けぇなぁ」
イリスが二人を見ながら小さく笑った。
レオニスは地図へ目を落とす。
「ならば、こちらでも引き続き周辺国の情報を集めておこう」
ザインが頷いた。
「頼む」
「何か分かれば、お前たちが戻った時に伝える」
「助かる」
行き先が決まった。
◆
昼前。
ラウゼンの城門前に、魔獣車が止まっていた。
ガレスたち五人はすでに出発の準備を終えている。
少し離れた場所ではランフォスが翼を休めていた。
ザインがガレスを見る。
「なんかあったら無茶すんなよ」
「お前にだけは言われたくねぇよ」
「俺は別に無茶してないだろ」
その場にいた全員がザインを見る。
「何?」
ノアが呆れたように言う。
「自覚がないのが一番怖いね」
「なんでだよ」
ガレスが笑いながら魔獣車へ乗り込もうとした、その時だった。
「ザイン様!」
城門の方から声が飛んできた。
ザインが振り返る。
「ん?」
リシェルがこちらへ駆けてくる。
ザインたちの前まで来ると、一度呼吸を整えた。
「もう出発されるんですか?」
「うん。ちょっと調べ物」
「昨日いらしたばかりなのに……」
残念そうな声だった。
「すぐ戻ってくるよ」
ザインが答える。
「ここ拠点にしていいってレオニスが言ってたし」
「それはもちろんです!」
リシェルの表情が明るくなる。
「でしたら、戻られた時は今度こそゆっくりしてくださいね」
「おう」
「またすぐにどこかへ行ってしまうのは禁止です」
「善処する」
「それは守らない人の言い方です」
ザインが笑う。
リシェルはその隣に立っているイリスを見る。
「イリスさんもエルフ王国へ?」
「ええ。ザインとノアと一緒に行くわ」
「そうですか」
リシェルは一瞬だけ二人を見た。
そして、柔らかく笑う。
「では、ザイン様のことをよろしくお願いします」
イリスも笑みを返した。
「任せて」
ザインが二人を見る。
「俺、一人でも大丈夫だけど」
「それは知ってるわ」
イリスはあっさり答えた。
リシェルも頷く。
「はい。存じています」
「じゃあなんで?」
二人は答えなかった。
少し離れたところでノアがその様子を見ている。
「……行く準備してくるよ」
「もう終わってるだろ?」
「念のためね」
ノアはランフォスの方へ歩いていった。
「なんだあいつ」
ザインが首を傾げる。
イリスとリシェルは何も言わなかった。
ガレスが魔獣車の窓から顔を出す。
「団長ー! 俺らもう行くぞ!」
「おう!」
ザインがそちらへ向き直る。
「気をつけろよ!」
「そっちもな!」
ガレスが手を上げる。
「何かあったら戻れよ。調べに行くだけだからな」
「分かってるよ、団長」
御者が手綱を動かす。
魔獣車がゆっくりと走り出した。
窓からミレイアが手を振り、ザインたちも手を振り返す。
やがて魔獣車は大通りの向こうへ消えていった。
ザインはそれを見届けると、ランフォスの方へ振り返る。
「じゃ、俺らも行くか」
「ザイン様」
リシェルがもう一度呼び止めた。
「ん?」
「お気をつけて」
ザインは笑って片手を上げる。
「おう。またな」
ランフォスの背へ乗る。
その後ろにノア。
さらにイリスが乗った。
ランフォスが身体を起こす。
巨大な翼が左右へ広がった。
「……なんだか懐かしいわね」
イリスが呟く。
ザインが振り返る。
「何が?」
「三人でこうして出かけるの」
ノアも笑う。
「確かに。三人で行動するのは久しぶりだからね」
ザインは二人を見る。
四年前。
三人で旅をしていた頃。
あの頃は、世界がこんなことになるなんて考えてもいなかった。
自分が戦争に参加することも。
英雄と呼ばれることも。
国を追われることも。
それでも。
また三人が揃っている。
ザインは前を向いた。
「じゃあ――」
ランフォスの身体が沈む。
「行くか」
次の瞬間。
ランフォスが地面を蹴った。
巨大な翼が風を叩き、三人の身体が一気に空へ持ち上がる。
眼下でラウゼンの街が小さくなっていく。
その先に待つものを、まだ三人は知らない。
フィルについて知るために向かう、エルフ王国。
そこで明らかになるのは――魔人のことだけではなかった。
第80話をお読みいただき、ありがとうございます!
ラウゼンでザインを待っていた、かつての第一軍団。
アーヴェルを失い、それぞれの道を選んだ兵士たちでしたが、再び戦うならザインの下で――と、新たな「団長」を選びました。
そして今回は、ザインとイリスが久しぶりに二人でゆっくり話す時間も描きました。
イリスを救出することまでは考えていたものの、その先はほとんど考えていなかったザイン。
「あなたらしいわね」というイリスの言葉通り、ここからようやく次に進むべき道を探し始めます。
ガレスたち五人は獣王国へ。
ザイン、イリス、ノアの三人はエルフ王国へ。
久しぶりに揃った三人の旅の先で、何が待っているのか。
次回もお楽しみいただければ嬉しいです!




