帰る場所
次なる目的地は、レオニスのいるラウゼン。
国を追われたザインにとって、そこはかつて共に戦った仲間たちのいる場所でもあった。
半年ぶりに訪れたラウゼンで――ザインは、懐かしい顔と再会する。
ラウゼンの国境が見えてきたのは、それから数日後のことだった。
魔獣車の窓から外を眺めていたザインは、遠くに見えてきた石造りの砦に気づいた。
その向こうには、広い平原と街道が続いている。
見覚えのある景色だった。
「……久しぶりだな」
半年ほど前。
ザインはこの道を、王国から派遣された援軍の一人として通った。
あの時はまだ、アーヴェルがいた。
自分も王国軍の副団長だった。
今では、そのどちらもない。
向かいに座っていたガレスが腕を組む。
「なあ、団長」
「ん?」
「本当に大丈夫なんだろうな?」
「何が?」
「何がじゃねぇよ。お前、国家反逆者として手配されてんだろ」
「ああ、それ?」
「軽いな、おい」
ザインは少し考えてから答えた。
「まあ、大丈夫だろ」
「根拠は?」
「レオニスだし」
「根拠になってねぇだろ」
本を読んでいたノアが顔を上げる。
「ザインって、人に対する信頼がたまにすごく雑だよね」
「そう?」
「そうだよ」
「でもレオニスなら大丈夫だって」
「だから、その自信がどこから来るのか聞いてるんだけど」
「勘?」
「不安になってきたな」
「ノアまで!?」
イリスが小さく笑った。
「まあ、ザインがそこまで言うなら大丈夫なんじゃない?」
「ほら」
ザインが得意げにガレスを見る。
「イリスもこう言ってる」
「イリス様まで団長を甘やかさないでください」
「甘やかしてないわよ」
そんな話をしているうちに、国境の砦が近づいてきた。
◆
魔獣車は検問所の前で止められた。
「停車してください!」
御者が魔獣車を止める。
ザインは立ち上がった。
「じゃ、行ってくる」
「団長」
ガレスが呼び止める。
「一応、俺も行くぞ」
「なんで?」
「捕まった時のためだ」
「助けてくれんの?」
「いや、笑う」
「来なくていい」
ザインは一人で魔獣車を降りた。
数人のラウゼン兵が近づいてくる。
「入国される方は、身分の確認を――」
先頭の兵士がザインの顔を見た。
言葉が止まる。
「…………」
ザインは軽く手を上げた。
「どうも」
兵士は何度か瞬きをする。
「……ザイン殿?」
「おう」
「ザイン殿!?」
その声に、周囲の兵士たちが一斉に振り返った。
「何!?」
「ザイン殿だ!」
「本当か!?」
あっという間に人が集まってくる。
ザインは思わず一歩下がった。
「え、何?」
「ご無事だったのですか!」
「ずっと行方が分からないと聞いていました!」
「エルグランドから手配されているとも……!」
ザインが眉を上げる。
「やっぱ知ってんの?」
「もちろんです。手配書も回っておりますから」
「じゃあ俺、捕まる?」
ザインが両手を少し上げる。
兵士はきょとんとした。
「なぜです?」
「いや、国家反逆者だから」
「それはエルグランド王国での話でしょう?」
「……そういうもんなの?」
兵士はザインを真っ直ぐ見る。
「我々が知っているザイン殿は、ラウゼンを救ってくださった方です」
ザインの動きが止まった。
「あなた方がいなければ、今のラウゼンはありません」
「…………」
後ろの魔獣車から、ガレスが顔を出した。
「おーい団長! 捕まったかー!?」
ザインが振り返る。
「捕まってねぇよ!」
「ちっ!」
「なんで残念そうなんだよ!」
兵士たちから笑いが起こった。
先ほどの兵士が姿勢を正す。
「ようこそ、ラウゼンへ。ザイン殿」
ザインは少しだけ黙った。
それから笑う。
「……ありがとな」
◆
国境を越えてからも、ザインはしばらく窓の外を眺めていた。
半年前とは景色が違う。
戦火で焼けた家々。
崩れた街道。
放棄されていた農地。
かつて見た傷跡は、少しずつ消え始めている。
新しい家が建っていた。
畑には作物が育っている。
荷車が行き交い、その傍らを子供たちが走っていく。
まだ完全に元通りになったわけではない。
壊れたままの建物もある。
焼け焦げた跡が残っている場所もある。
それでも。
国は確かに立ち直り始めていた。
「……ちゃんと戻ってきてんだな」
ザインが呟く。
隣に座っていたイリスも窓の外を見る。
「そうね」
やがて魔獣車が街へ入る。
そこでザインは、一つの光景に気づいた。
ラウゼン軍の制服を着た兵士たち。
その中に、見覚えのある者がいた。
身体の一部に残る、アストラ教団による改造の痕跡。
かつて敵として剣を交えた改造兵たちだった。
今はラウゼン兵と同じ制服を着て、荷を運んでいる。
別の者は街の警備に立っている。
住民と笑いながら言葉を交わしている者もいた。
「……あいつら」
ザインが呟く。
ガレスも気づいた。
「ああ」
あの戦いを生き延びた者たちは、レオニスに受け入れられ、この国で新たな居場所を与えられた。
敵として生み出され、戦うことを強いられた者たち。
その彼らが今は、この国を守る側に立っている。
ザインは窓越しにその姿を眺めた。
「……元気そうだな」
それだけ言って、背もたれへ身体を預けた。
◆
王都へ到着したザインたちは、そのまま城へ案内された。
ザインが来たという知らせは、すでに国境から届いているらしい。
長い廊下を歩きながら、ザインが小さく呟く。
「なんか緊張してきた」
ノアが横を見る。
「今さら?」
「前回来た時は、一応ちゃんとした立場だったからな」
「今も団長ですよ」
後ろを歩くリナが言う。
「国には認められてねぇけどな」
ガレスが付け加えた。
「言うなよ」
「自称団長ですね」
ミレイアまで続く。
ザインが振り返る。
「お前らが勝手に呼び始めたんだろ!?」
大きな扉の前で兵士が立ち止まる。
扉が開かれた。
ザインたちは中へ入る。
広い部屋。
その奥に、一人の男が立っていた。
ザインの足が止まる。
男もザインを見る。
半年ぶりだった。
ザインは片手を上げる。
「久しぶり」
レオニスはしばらくザインを見つめた。
やがて、口を開く。
「……随分と大層な肩書きを得たそうだな」
ザインが首を傾げる。
「肩書き?」
「国家反逆者」
「ああ」
ザインが手を打った。
「それか」
「それか、ではない」
「欲しくて貰ったわけじゃねぇよ」
レオニスが笑う。
「相変わらずだな、お前は」
「そっちも元気そうで良かったよ」
「誰のせいで忙しかったと思っている」
「俺?」
「半分くらいはな」
「半分も?」
「戦後処理というものを知らんのか」
「知らん」
「だろうな」
呆れながらも、レオニスは笑っていた。
だが、やがてその表情を改める。
「……よく来た」
ザインも少しだけ真面目な顔になる。
「悪い」
「何がだ?」
「ちょっと、世話になりたい」
「構わん」
即答だった。
ザインが瞬きをする。
「まだ何も説明してないぞ」
「必要か?」
「いや、普通いるだろ」
レオニスはザインを見る。
「我が国を救った男が、半年後には祖国から国家反逆者と呼ばれている」
ザインは黙る。
「それを聞いて、私がお前を疑うと思ったか?」
「……いや」
「ならば問題ない」
レオニスは静かに続ける。
「少なくともラウゼンにいる間、お前を国家反逆者として扱う者はいない」
ザインは少しだけ目を伏せた。
「そっか」
「ああ」
「……ありがとな」
その時だった。
廊下の向こうから、慌ただしい足音が聞こえてきた。
ザインが扉を見る。
「ん?」
足音が近づいてくる。
そして。
扉が勢いよく開いた。
「ザイン様!」
「お?」
ザインが振り返る。
そこに立っていたのは、見覚えのある少女だった。
「リシェル」
ザインが笑う。
「久し――」
「ザイン様!」
言い終わる前に、リシェルが駆け寄ってきた。
ザインの前まで来ると、その顔を確かめるように見上げる。
「本当に……ご無事だったのですね!」
「まあな」
「国を追われたと聞いてから、ずっと心配していたのですよ!」
「悪い悪い」
「この半年、どちらにいらしたのですか?」
「色々」
「色々では分かりません!」
ザインは少し考える。
「教団潰してた」
「教団を?」
「アストラの残党。半年くらいずっと」
リシェルは驚いたように目を瞬かせた。
そして。
「まぁ!」
両手を合わせ、楽しそうに笑う。
「ザイン様らしいですね〜」
「そう?」
「はい!」
ノアが横から口を挟む。
「そこで納得するんだ」
「だって、ザイン様ですから」
ザインが首を傾げる。
「どういう意味?」
「褒めております!」
「ならいいか」
そのやり取りを見ていたイリスが、小さく笑った。
「相変わらずね」
「何が?」
「どこに行っても、あなたはあなたってこと」
「そりゃそうだろ」
「そうね」
リシェルはそこで、ザインの隣に立つイリスへ目を向けた。
イリスもリシェルを見る。
二人の目が合う。
ザインが二人を交互に見た。
「そういや、二人は初めてか」
「はい」
リシェルが先に微笑む。
スカートの裾を軽く持ち、優雅に礼をした。
「初めまして。ラウゼン王妹、リシェル・ラウゼンと申します」
イリスも礼を返す。
「初めまして。イリスです」
「お名前は伺っております」
「私の?」
「はい。ザイン様から」
イリスがザインを見る。
「私の話したの?」
「したっけ?」
ザインがノアを見る。
「僕に聞かないでよ」
「多分したんじゃない?」
「覚えてないの?」
「色々話したからな」
リシェルが小さく笑った。
「ザイン様には、以前こちらへいらした時に、色々なお話を聞かせていただきました」
「そうなのね」
イリスも微笑む。
「ザインがこちらで随分お世話になったそうで。ありがとうございます」
「いえ」
リシェルは首を振った。
「むしろ、ザイン様には私たちの国を救っていただきましたから」
イリスが僅かに首を傾ける。
「ザイン様、ね」
「ん?」
「何でもない」
ザインは首を傾げる。
リシェルもイリスも微笑んでいる。
ザインだけがよく分かっていない。
横にいたノアが静かに一歩下がった。
ザインが気づく。
「なんで離れた?」
「なんとなく」
「戻ってこいよ」
「ここでいいよ」
「なんで?」
レオニスが額へ手を当てる。
「……そろそろ話を進めてもいいか?」
「あ、悪い」
ザインたちは改めて席についた。
◆
「魔人……フィルか」
イリスから一通りの話を聞き終えたレオニスの表情から、先ほどまでの笑みは消えていた。
王国の様子がおかしくなったこと。
イリスが城へ潜入したこと。
そこで、かつてザインたちが遭遇した魔人フィルを目撃したこと。
そして、フィルが王国の人間を操っているところを目撃した直後、イリス自身も捕らえられたこと。
その後、帰国したザインまで国家反逆者として捕らえられそうになった。
「フィルという名に心当たりは?」
ノアが尋ねる。
「ない」
レオニスは首を振る。
「魔人についても、私が知ることはほとんどない」
「だよな」
ザインが呟いた。
「ただ――」
レオニスの言葉に、全員が注目する。
「最近、妙な話は耳にしている」
ノアの表情が変わった。
「妙な話?」
「各国の動きだ」
レオニスは近くに置かれていた地図をテーブルへ広げる。
「これまで友好的だった国同士の関係が、急速に悪化している。国境の警備を突然強化した国もあれば、軍備を拡大している国もある」
ザインが地図を見る。
「俺の国だけじゃないってこと?」
「まだ分からん」
レオニスは答えた。
「国同士の関係が悪化すること自体は珍しい話ではない。すべてを一つの原因に結びつけるには早すぎる」
ノアが頷く。
「でも、調べる価値はありそうですね」
「ああ」
イリスは地図を見つめていた。
城で見たフィル。
操られていた人間。
あれが、自分たちの国だけで起きていることなのか。
今はまだ分からない。
ザインが椅子へ深く座った。
「やること増えたなぁ」
「そうね」
イリスも地図を眺める。
「でも、今度は一人じゃないでしょ?」
ザインがイリスを見る。
ノアがいる。
ガレスたちもいる。
そして、イリスも戻ってきた。
「……まあな」
ザインは少し笑った。
「それなら、なんとかなるか」
「相変わらず楽観的だね」
ノアが言う。
「いいだろ。暗く考えても仕方ないし」
「それは否定しないよ」
レオニスがそんな三人を眺め、小さく笑った。
「ひとまず、お前たちは休め」
ザインがレオニスを見る。
「いいの?」
「何度言わせるつもりだ」
「結構な人数いるぞ?」
「構わん」
「ランフォスもいる」
「翼竜の一頭くらいどうにでもなる」
「魔獣車も」
「置き場所を用意させる」
ザインは少し考えた。
「あと、飯めっちゃ食うやつもいる」
イリスが笑う。
「それはあなたでしょ」
「まあ」
「それもどうにかする」
レオニスが即答した。
ザインは笑った。
「じゃあ、遠慮なく」
「ああ」
レオニスも笑う。
そして、静かに続けた。
「ここは、お前たちが命を懸けて守った国だ」
ザインの笑みが、ほんの少し止まった。
「帰る場所がないというのなら――ここにいればいい」
一瞬。
ザインは何も言わなかった。
半年前。
戦いを終えて帰った祖国で、剣を向けられた。
追われた。
帰る場所を失った。
それから半年。
一人で教団を追い続けた。
そして今。
祖国ではない国の王が、当たり前のように言った。
ここにいればいい、と。
ザインは椅子の背へ身体を預けた。
「……そっか」
「ああ」
ザインは窓の外へ目を向ける。
戦火の傷を残しながらも、少しずつ立ち直っていくラウゼンの街が見えた。
しばらく眺めてから、いつものように笑う。
「じゃあ――」
ザインはレオニスを見る。
「しばらく、世話になるわ」
第79話をお読みいただき、ありがとうございます!
半年ぶりにラウゼンへ戻ってきたザイン。
祖国では国家反逆者として追われる立場となった彼ですが、ラウゼンで待っていたのは、かつて共に戦った者たちの変わらない信頼でした。
そして、レオニスとリシェルとの再会。
イリスとリシェルも、ついに初対面となりました。
帰る国を失ったザインに、レオニスが差し出した新たな居場所。
ここからザインたちは、ラウゼンを拠点にフィルと各国の異変を追っていくことになります。
次回もお楽しみいただければ嬉しいです!




