団長
ミレイア、そしてガレスとの再会を果たしたザイン。
散り散りになった仲間は、あと三人。
半年間、それぞれの場所で生きてきた仲間たちを求めて――ザインたちは再び旅を続ける。
魔獣車の扉を開けたガレスが、中へ一歩入った。
そして止まった。
「…………」
中央には大きなテーブルと、それを囲むソファ。
壁際には収納棚が並び、奥には調理場まである。さらにその先には、寝室へと続く扉がいくつも並んでいた。
ガレスは無言で外へ出た。
車体を見る。
横へ回る。
そして、もう一度中へ入ってくる。
「……おかしいだろ」
ザインが勢いよく立ち上がった。
「だよな!?」
「なんで副団長が嬉しそうなんだよ」
「俺も昨日まったく同じことしたんだよ!」
「二人とも反応が一緒なんですよ」
荷物を整理していたミレイアが呆れたように言う。
ガレスは改めて車内を見回した。
「どうなってんだ、これ」
「空間拡張の魔法です。外より中の方が広くなってるんですよ」
「便利なもんだな」
ガレスは奥のソファへ腰を下ろした。
ザインも向かいへ座る。
ノアはその横で地図を広げていた。
「次はダリオさんとジグさんですね」
「居場所は?」
ザインが尋ねる。
「二人とも、この先の都市を拠点にしていたみたいです。冒険者ギルドに登録して、依頼を受けながら各地を回っていたとか」
「二人一緒なのか?」
「少なくとも少し前までは」
ガレスが笑う。
「相変わらずだな、あいつら」
ザインが窓の外を見る。
魔獣車は街道を進んでいる。
その遥か上空には、ランフォスの姿があった。
昨日まで、ノアと二人だった。
今はミレイアがいる。
ガレスもいる。
そして、これからさらに仲間が増える。
ザインはソファへ深く身体を沈めた。
「もうすぐだな」
誰に聞かせるでもなく呟いた。
◆
昼を過ぎた頃。
魔獣車は目的の都市へ到着した。
ザインたちは街の外に魔獣車を預け、そのまま冒険者ギルドへ向かう。
扉を開けると、酒と料理の匂い、それに冒険者たちの騒がしい声が押し寄せた。
掲示板には大量の依頼書。
受付には列ができている。
依頼帰りらしい冒険者たちが、昼間から酒を飲んでいた。
ザインは中を見回す。
「いるか?」
「ちょっと待ってください」
ノアも周囲を見る。
そのとき。
奥の受付から、一人の男が歩いてきた。
大きな剣を背負っている。
頑丈な鎧。
その一部には新しい傷がいくつも刻まれていた。
男は受付で報酬らしき袋を受け取ると、中身を確認する。
ザインが笑った。
「いた」
こちらへ歩いてきた男が顔を上げる。
そして、止まった。
「…………」
目がザインを捉える。
数秒。
「……副団長?」
ザインが片手を上げた。
「よっ。久しぶり、ダリオ」
ダリオは動かなかった。
ザインの顔をじっと見ている。
やがて。
「……生きてたか」
「おう」
「ならいい」
ダリオが歩いてくる。
ザインも近づいた。
その肩へ。
バンッ!!
大きな手が叩きつけられた。
「いってぇ!」
「半年分だ」
「昨日も似たようなことされたんだけど!」
後ろでガレスが笑う。
「自業自得だろ!」
ダリオがその声に反応した。
「……ガレス」
「よう」
「お前もいたのか」
「昨日拾われた」
ザインが振り返る。
「俺が拾ったみたいに言うなよ」
「実際そんなもんだろ」
「違うだろ!」
ダリオの表情が僅かに緩む。
その視線がミレイアへ移る。
「ミレイアも」
「久しぶり、ダリオ」
最後にノア。
ノアが軽く頭を下げた。
「お久しぶりです、ダリオさん」
「ノアも無事だったか」
「はい」
ザインがギルドの中を見回した。
「ジグは?」
ダリオの表情が少し変わる。
「今はいない」
「どこ行った?」
「知らん」
「知らん?」
「三日前から戻ってきてない」
ミレイアが心配そうに尋ねる。
「大丈夫なの?」
「多分な」
ダリオは近くのテーブルへ荷物を置いた。
「半年間、俺とジグは冒険者として各地を回ってた。表向きは依頼をこなしながら、ギルドや商人、旅人から情報を集めてたんだ」
「何か分かった?」
ザインが聞く。
「細かい話はいくつかある。だが三日前、ジグが妙な男を見つけた」
ノアが反応する。
「妙な男?」
「何度も国境を越えてる商人だ。扱ってる荷物の量に対して、護衛が妙に少ない。行き先も毎回違う」
「それだけなら珍しくないんじゃないか?」
ザインが言う。
「ああ。だから俺も最初は気にしてなかった」
ダリオは続けた。
「だがジグは何か引っかかったらしい。調べてくると言って、それっきりだ」
ガレスが腕を組む。
「あいつらしいな」
ザインは少し考える。
「探すか」
ダリオが頷いた。
「そのつもりだ」
◆
手掛かりは少なかった。
だが、ジグは何も残さず消えたわけではない。
ダリオにしか分からない簡単な目印を、街のいくつかの場所へ残していた。
それを辿っていく。
表通りから裏通りへ。
さらに人通りの少ない区画へ。
やがてザインたちは、使われなくなった倉庫が並ぶ一角へ辿り着いた。
ダリオが一つの建物を指す。
「あそこだ」
ザインが腰の剣へ手を添える。
「何人いる?」
「分からん」
ガレスが拳を鳴らす。
「まあ、入れば分かるだろ」
ノアがガレスを見る。
「ガレスさん、もう少し慎重に行きません?」
「敵がいたら倒せばいい」
「昨日ザインと殴り合ってた人に言うだけ無駄でした」
「なんだと?」
ミレイアが笑いを堪えている。
ザインは倉庫の扉へ手を掛けた。
「行くぞ」
扉を開ける。
全員が構えた。
「…………」
ザインの手が剣から離れる。
床に何人もの男が倒れていた。
机はひっくり返り、木箱が砕けている。
だが戦闘は終わっていた。
「なんだこれ」
ガレスが呟く。
「遅い」
声がした。
全員が振り向く。
倉庫の奥。
積み上げられた木箱の影から、一人の男が出てくる。
ジグだった。
ザインが笑う。
「ジグ!」
「久しぶりだ、副団長」
相変わらず表情はほとんど変わらない。
ザインが歩み寄る。
「無事だったか」
「ああ」
「俺たちが来るって知ってた?」
「知ってた」
「いつから?」
「街に入った時から」
ガレスが大声を上げる。
「だったら顔出せよ!」
「忙しかった」
「三日も何やってたんだ!」
ジグは床に倒れている男たちを見る。
「これを調べてた」
ガレスも倒れた男を見る。
「……終わってんじゃねぇか」
「ああ」
「俺ら来た意味ある?」
「ない」
「お前なぁ!」
ザインが笑う。
ジグはそんなザインをしばらく見ていた。
「……副団長」
「ん?」
「無事でよかった」
ザインが少しだけ驚く。
だが、すぐに笑った。
「お前もな」
ジグはそれ以上何も言わなかった。
◆
倒れていた男たちは、商人ではなかった。
少なくとも、ただの商人ではない。
ジグが机の上へ数枚の紙を並べる。
「こいつらは複数の国へ物資を運んでる」
ノアが紙を手に取る。
「武器……食料……魔導具」
「兵站物資だ」
ダリオが言う。
「それも量が多いですね」
ノアは別の紙を見る。
「行き先が一つじゃない」
ミレイアが覗き込む。
「この国……聞いたことある」
「何か知ってる?」
ノアが尋ねる。
「少し前に国境へ兵を増やしたって噂があったところ」
ザインが腕を組んだ。
ミレイアが集めた情報。
各国で起こり始めている、不可解な変化。
そして今。
そのうちの一国へ、正体不明の者たちが大量の軍需物資を運び込んでいる。
ザインが口を開く。
「やっぱり、何かあるな」
ノアは紙を見つめたまま頷く。
「偶然で片づけるには、少し多すぎますね」
「教団か?」
「まだ分かりません」
ノアは即答した。
「今は決めつけない方がいいです」
ザインは頷く。
ジグが別の紙を一枚取り出した。
「あと」
「まだあるの?」
「リナの居場所が分かった」
全員がジグを見る。
ザインが聞き返す。
「……知ってんの?」
「ああ」
「いつから?」
「二週間くらい前」
「先に言えよ!」
「聞かれなかった」
ガレスが頭を抱える。
「相変わらずだなお前!」
「何がだ?」
「そういうところだよ!」
ジグは本気で分かっていないようだった。
◆
夕方。
街の中心部から少し離れた場所に、その店はあった。
二階建ての大きな酒場。
まだ日が沈みきっていないにもかかわらず、中からは多くの客の声が聞こえてくる。
ザインが扉の前に立つ。
「ここ?」
ジグが頷く。
「ああ」
「本当にリナいるの?」
「ああ」
ザインは扉を開けた。
カラン、とベルが鳴る。
「いらっしゃいませー! 空いてる席へどうぞー!」
店の奥から女性の声。
ザインが笑う。
「いるな」
一人のウェイターが、料理を載せた皿を両手に持って歩いている。
リナだった。
ザインたちは入口で立ち止まる。
リナはまだ気づいていない。
テーブルへ料理を運び終え、振り返った。
「ご注文が決まりましたら――」
止まった。
「…………」
ザイン。
ノア。
ミレイア。
ガレス。
ダリオ。
ジグ。
全員いる。
リナの目が大きく開く。
ザインが片手を上げた。
「よっ」
「…………え?」
ミレイアが笑う。
「久しぶり、リナ」
「え?」
リナは全員の顔を順番に見る。
そしてもう一度ザインへ戻る。
「えぇ!? みんな!? なんで!? え!? 副団長!?」
「そこから?」
「だって! え!? 生きてたんですか!?」
「今日じゃないけど、最近よく言われるな、それ」
リナが持っていた盆を落としそうになる。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんで全員いるんですか!? いつ集まったんですか!? というか副団長、半年間どこに――」
店の奥から怒鳴り声が飛んだ。
「リナ! 注文!」
「今それどころじゃないです!」
「こっちはそれどころなんだよ!」
一瞬。
ザインたちは黙った。
そしてガレスが吹き出した。
「ハハハハハ!」
「笑わないでください!」
「とりあえず座ろうぜ」
ザインが空いている大きなテーブルを指す。
「俺、腹減った」
「副団長!」
「客だからいいだろ」
「そういう問題じゃありません!」
ザインたちは笑いながら席へ向かった。
◆
「なんで私だけ働いてるんですか……」
しばらくして、リナが料理をテーブルへ置いた。
ガレスが肉を頬張りながら答える。
「仕事中だからだろ」
「分かってますよ!」
ザインが手を上げる。
「リナ、酒」
「副団長は水です」
「なんで?」
「半年間一人で無茶してた罰です」
ザインがミレイアを見る。
「お前、何か言った?」
「何も?」
「じゃあなんで知ってんだよ」
「さっき聞きました」
「誰に?」
リナがノアを見る。
ノアは料理を食べながら答えた。
「事実を伝えただけですよ」
「ノア、お前最近本当に俺への扱い雑じゃない?」
「気のせいです」
「絶対違うだろ」
テーブルに笑い声が広がった。
リナはまだ仕事中だった。
注文が入れば席を離れ、料理を運び、また戻ってくる。
そのたびに質問が飛んでくる。
誰を最初に見つけたのか。
ガレスはなぜ顔が腫れているのか。
ミレイアはなぜモデルになっているのか。
ジグは相変わらず何を考えているのか分からない。
半年分の話が、一度に飛び交っていた。
やがて客足が少し落ち着く。
リナが店主に声を掛け、短い休憩をもらった。
そしてようやく、仲間たちと同じテーブルへ座った。
「それで」
リナがザインを見る。
「何があったんですか?」
ザインの表情から笑みが少し消えた。
「イリスが見つかった」
リナが息を呑む。
「生きてるんですか?」
「ああ」
「よかった……」
「でも捕まってる」
リナの表情が引き締まる。
ザインはこれまでと同じ説明をした。
イリスが囚われていること。
救出するために仲間を集めていること。
そして、王国そのものにも何か異常が起きている可能性があること。
リナは最後まで黙って聞いた。
「だから」
ザインが言う。
「お前にも来てほしい」
「行きます」
答えは早かった。
ザインが笑う。
「やっぱみんな即答だな」
「断ると思ったんですか?」
「いや」
ザインはテーブルを見渡した。
ガレス。
ダリオ。
ジグ。
ミレイア。
リナ。
あの日。
戦場を離れてから、散り散りになった五人。
半年間、それぞれ違う場所で生きていた。
それが今。
全員、目の前にいる。
ザインは少しだけ笑った。
「……揃ったな」
誰もすぐには答えなかった。
その言葉が意味するものを、全員が分かっていた。
ただ一人。
ここにはいない男がいる。
アーヴェル・グランツ。
かつて彼らを率いていた団長。
ザインは一瞬だけ空席へ目を向けた。
そして、いつもの調子に戻る。
「よし。じゃあ明日から――」
「その前によ、副団長」
ガレスが遮った。
「ん?」
「そろそろ、その呼び方やめねぇか」
ザインが首を傾げる。
「何の話だ?」
ガレスは持っていた杯をテーブルへ置いた。
「アーヴェル団長は、もういねぇ」
空気が変わった。
さっきまでの賑やかさが消える。
ザインは何も言わない。
「俺たちは半年間、バラバラだった」
ガレスが続ける。
「それでも今、ここに集まった」
ザインを見る。
「誰に呼ばれて集まった?」
「…………」
「誰について、もう一度戦おうとしてる?」
ザインの表情から笑みが消えた。
「ガレス」
「俺はもう決めてる」
ダリオが口を開く。
「俺もだ」
ザインがダリオを見る。
ジグも頷いた。
「異論はない」
ミレイアもザインを見ていた。
リナも同じだった。
全員がザインを見ている。
ガレスが笑った。
「俺たちの団長は、お前だろ」
ザインはしばらく何も言わなかった。
自分より年上の五人。
アーヴェルの下で共に戦った仲間たち。
彼らが今、自分を見ている。
ザインは頭を掻いた。
「……勝手に決めんなよ」
ガレスが笑う。
「もう決めた」
「俺の意見は?」
「聞いてねぇ」
「ひでえな」
少しだけ笑いが戻った。
その中で。
ミレイアが小さく口を開く。
「……団長」
ザインの動きが止まった。
「…………」
ミレイア自身も少し照れくさそうだった。
「なんか変ですね」
「だろ?」
リナも笑う。
「私も慣れません」
「じゃあ副団長でいいじゃん」
「それはダメです」
「なんでだよ」
ガレスが豪快に笑った。
ザインは困ったように五人を見る。
けれど。
嫌ではなかった。
ノアはそのやり取りを黙って見ていた。
これは自分が口を挟むことではない。
アーヴェルと共に戦った彼らが、自分たちで決めたことだ。
ザインが椅子の背へ身体を預ける。
「……好きにしろ」
ガレスが笑う。
「おう、団長」
ダリオも。
ジグも。
ミレイアも。
リナも。
もう誰も、副団長とは呼ばなかった。
散り散りになっていた五人が戻った。
そして。
アーヴェル・グランツが遺したものを引き継ぐように。
彼らはもう一度、一人の男の下へ集った。
半年ぶりに。
ザインの部隊が、戻ってきた。
第75話をお読みいただき、ありがとうございます!
ダリオ、ジグ、そしてリナとの再会。
これで、散り散りになっていた五人が再び揃いました。
そして「副団長」から「団長」へ。
アーヴェルがいなくなった今、誰について戦うのか。
それを決めたのはザインではなく、共に戦ってきた仲間たちでした。
ここまでで仲間再集結編は一区切り。
次回から、ザインたちはイリス奪還へ向けて動き始めます。




