狩るモノ
第三章、開幕です。
英雄と呼ばれ、そして国を追われたザイン。
あれから半年――彼は今も、剣を握り続けています。
石造りの通路に、鈍い音が響いた。
男の身体が壁へ叩きつけられ、そのままずるずると床へ崩れ落ちる。
その前を、一人の青年が歩いていく。
黒い髪。
腰には一本の剣。
だが、その剣は鞘に収まったままだった。
「侵入者だ!」
通路の奥から怒声が飛ぶ。
前方の扉が勢いよく開き、武装した男たちが次々となだれ込んでくる。
剣、槍、短剣。
その背後からも足音が迫っていた。
壁には奇妙な紋章が刻まれている。
星の形をした頭部。
そこから人間のような胴が伸び、二本の腕と二本の脚を持つ。
人の形をしている。
だが、顔はない。
アストラ教団。
世界各地に根を張る彼らの拠点には、決まってその印が刻まれていた。
「一人だ! 囲め!」
先頭の男が剣を抜く。
青年――ザインは、腰の剣へ手を伸ばさなかった。
男が踏み込み、剣を振り下ろす。
ザインは半歩だけ身体をずらした。
刃が肩のすぐ横を通り過ぎる。
同時に左手で手首を掴んだ。
引く。
体勢を崩した男の顔面へ、右肘を叩き込む。
「ぐっ――!」
頭が跳ねた。
倒れるより先に、二人目が横から剣を振るう。
ザインは最初の男を掴んだまま引き寄せた。
刃が仲間の背中へ食い込む。
「なっ――」
一瞬、動きが止まる。
ザインの蹴りが男の膝を横から打ち抜いた。
姿勢が落ちる。
その顎を蹴り上げた。
三人目。
槍が胸を狙って突き出される。
身体を横へ流し、柄を掴む。
強く引く。
「うおっ!?」
槍の男が前へ飛び出した。
ザインは入れ替わるように前へ出ると、奪った槍の石突きを後方へ突き出した。
背後から迫っていた男の腹へ直撃する。
身体が折れた。
槍を手放す。
五人目が短剣を振り上げていた。
ザインはその懐へ入る。
拳が腹へ沈んだ。
男の身体がわずかに浮く。
胸倉を掴み、そのまま後ろへ放り投げた。
駆け込んできた増援を巻き込み、三人まとめて床を転がる。
「……ったく」
ザインは拳を軽く振った。
「多いな」
その瞬間。
けたたましい警鐘が鳴り響いた。
金属音が石造りの施設全体へ伝わっていく。
奥にある大扉が開いた。
ザインがそちらを見る。
十人。
二十人。
まだ奥から出てくる。
剣や槍を構えた者たちの後方には、杖を手にした魔術師の姿もあった。
「侵入者を殺せ!」
「逃がすな!」
ザインは自分の後ろを振り返った。
来た道には、すでに何人もの教団員が倒れている。
逃げるつもりなど最初からない。
「はいはい」
再び前を向く。
軽く首を鳴らした。
「順番な」
教団員たちが一斉に襲いかかった。
ザインから動いた。
先頭の男が剣を構えきる前に距離を潰す。
拳。
顔面を打ち抜く。
男がのけ反ったところで腰を掴み、横へ投げる。
二人を巻き込んだ。
右から斧が迫る。
頭を下げる。
刃が髪の上を通過した。
そのまま斧を持つ腕の内側へ入り、手首を押さえる。
肘を打つ。
斧が落ちた。
ザインが柄を踏みつける。
跳ね上がった斧を空中で掴み、そのまま横へ投げた。
「うわっ!」
別の男が慌てて身体を逸らす。
その一瞬。
ザインが視界から消えた。
「え――」
すでに懐にいる。
掌底が顎を跳ね上げる。
倒れかけた男の肩へ手を置き、それを支点に身体を浮かせた。
踵が後方の男の顔面を打ち抜く。
着地。
すぐ左。
短剣。
腕を掴む。
捻る。
短剣が落ちる。
拾わない。
膝を腹へ叩き込み、頭を掴んで壁へ放り投げる。
石壁が揺れた。
次。
また次。
一人倒れるたび、ザインはすでに別の敵へ向かっている。
剣を振り抜いた者の横を抜け、その背中を蹴って別の男へぶつける。
槍をかわし、柄を掴んで軌道を変え、横から迫った教団員を薙ぎ倒す。
背後から掴みかかってきた男には頭突き。
怯んだところへ肘。
倒れる身体を押し退け、そのまま前へ。
止まらない。
「くそっ、なんなんだこいつ!」
「囲め!」
「囲んでるだろ!」
怒号が飛び交う。
ザインはその中心を駆け抜けていく。
敵が多ければ多いほど、互いが邪魔になる。
剣を振る場所がなくなる。
魔法を撃つ射線が塞がる。
ザインはそれを分かっている。
誰を倒せば道が開くのか。
誰を残せば後ろの敵が動けなくなるのか。
そんな判断を一つずつ考える必要はなかった。
身体が勝手に選んでいる。
半年。
半年もの間、ザインはこんな戦いを繰り返してきた。
教団の痕跡を見つける。
追う。
拠点を探す。
乗り込む。
そして、潰す。
一つ。
また一つ。
その繰り返しだった。
実戦の中で身体はさらに鍛えられ、戦い方も研ぎ澄まされていった。
気づけば、ザインの周囲から立っている者がほとんどいなくなっていた。
「下がれ!」
奥から声が響く。
教団員たちが一斉に左右へ退いた。
「魔術隊!」
ザインが顔を上げる。
「撃て!」
杖を構えた五人の魔術師。
すでに詠唱を終えている。
五人の前方に炎が集まり、一つの巨大な塊へ変わっていく。
狭い通路を丸ごと呑み込むほどの火炎。
「焼き殺せ!」
轟音。
炎が通路を走った。
逃げ場はない。
ザインは迫ってくる炎を見つめる。
そして。
ここで初めて、腰へ手を伸ばした。
柄を握る。
抜刀。
銀色の軌跡が炎の中を走った。
火炎が割れた。
ザインを境に左右へ分かれ、そのまま背後へ流れていく。
熱風が黒髪を激しく揺らした。
「…………」
魔術師たちは動かなかった。
一人の口がゆっくりと開く。
「魔法を……斬った?」
ザインは答えない。
剣を下げる。
一歩、前へ。
それだけで魔術師たちの顔色が変わった。
「撃て! もう一度だ!」
別の魔術師が杖を突き出す。
雷光が迸った。
ザインの剣が走る。
雷が弾けた。
光の粒となって霧散する。
「な――」
床を蹴る。
距離が消えた。
一閃。
杖が真っ二つになる。
返す刃で隣の男を斬り伏せる。
三人目が後退しながら詠唱を始めた。
間に合わない。
ザインの蹴りが胸へ突き刺さり、男は背後の扉ごと吹き飛んだ。
残った二人が逃げる。
ザインは追った。
そこから先。
剣が鞘へ戻ることはなかった。
階段を下りる。
待ち構えていた教団員を斬り伏せる。
魔法が飛べば斬る。
剣が来れば弾く。
そのまま懐へ入って斬る。
扉を蹴破る。
次の部屋。
さらに奥へ。
また階段。
ザインが通り過ぎたあとには、動かなくなった教団員だけが残されていった。
やがて。
地下最深部。
重い扉の前で、ザインは足を止めた。
剣についた血を軽く振り払う。
「ここか」
扉を蹴り開けた。
中にいた男が、ゆっくりと立ち上がる。
豪奢な机。
書棚。
積み上げられた大量の書類。
壁一面には各国の地図が貼られている。
そしてその中央にも。
星の頭を持つ人型の紋章が、大きく掲げられていた。
男はザインを見る。
その顔が一瞬だけ引きつった。
だが。
すぐに笑った。
「……なるほど」
「ん?」
男の目が、ザインの握る剣へ落ちる。
「お前が噂の教団狩りか」
ザインの眉がわずかに上がった。
「そんな呼ばれ方してんの、俺」
「半年ほど前からだ」
男がゆっくりと机から離れる。
「支部が一つ、また一つと潰されている。生き残った者の話を聞けば、いつも同じ男がいる」
視線がザインへ戻る。
「剣を持った、黒髪の男」
「へえ」
ザインは剣を肩へ乗せた。
「結構有名になったな」
「忌々しいほどにな」
男の手が動いた。
懐へ。
ザインが踏み込む。
男が短剣を抜くより早く、その手首が机へ叩きつけられた。
「がっ!」
短剣が床を転がる。
「危ねえな」
ザインは腕を捻り上げ、そのまま男を椅子へ蹴り戻した。
剣先を喉元へ向ける。
「聞きたいことがある」
「…………」
「魔人について知ってること、全部話せ」
男の表情がわずかに変わった。
ほんの一瞬。
だが、ザインは見逃さなかった。
「知ってるな?」
「……さあな」
「じゃあ、教団の上はどこにいる?」
返事はない。
ザインは机の上へ目を向けた。
各国の地図。
物資の輸送記録らしき書類。
見覚えのない地名。
いくつかの国には赤い印がつけられている。
意味までは分からない。
「俺の国で何が起きてる」
男は黙ったままだった。
ザインの剣先が少し上がる。
「喋る気ないなら――」
「無駄だ」
男が呟いた。
ザインの動きが止まる。
「俺を倒したところで、何の意味もない」
「……何?」
男の肩が震え始めた。
恐怖ではない。
「ハ……」
笑っている。
「ハハ……」
ザインが眉を寄せる。
「ハハハハハハ!」
男が天井を仰いだ。
「何がおかしい」
「お前は何も分かっていない!」
その胸元から。
赤い光が漏れた。
ザインの表情が変わる。
「――っ!」
即座に後方へ跳ぶ。
男が両腕を広げた。
「俺たちは終わらない!」
赤い光が急激に膨れ上がる。
「アストラは――!」
爆発。
視界が白く染まった。
轟音とともに部屋が吹き飛ぶ。
机が砕ける。
書棚が炎に呑まれる。
石壁が崩壊し、大量の瓦礫が通路へ飛び込んできた。
ザインは崩れ落ちる扉の向こうまで跳び、腕で顔を庇う。
熱風が通路を駆け抜けた。
やがて。
瓦礫が落ちる音だけが残る。
「…………」
ザインはゆっくりと腕を下ろした。
部屋だった場所から炎が上がっている。
男の姿はない。
机も。
地図も。
積み上げられていた書類も、そのほとんどが燃えていた。
ザインはしばらくそれを眺める。
そして頭を掻いた。
「……これなんだよなぁ」
剣を鞘へ収める。
この半年。
何度もあと一歩まで迫った。
だが、上へ繋がる人間ほど口を割らない。
中には、死ぬことすら躊躇わない者がいる。
そして今回も。
欲しかった答えは得られなかった。
ザインは炎の近くへ歩み寄る。
燃え残った紙を一枚拾い上げた。
半分以上が黒く焦げ、何が書かれていたのかも分からない。
ただ、その端には小さく。
星の頭を持つ人型の印だけが残っていた。
「俺を倒しても意味がない、ねぇ……」
ザインは紙を折り畳み、懐へ入れる。
「だったら」
燃え盛る部屋へ背を向けた。
「意味がある奴に会うまで潰すだけだな」
地上へ続く階段へ向かう。
背後には、静まり返った教団のアジト。
また一つ。
潰した。
だが。
まだ何も終わってはいない。
――祖国を追われてから、半年。
かつて英雄と呼ばれた青年は今。
誰にも知られぬ異国の地で、アストラ教団の残党を狩り続けていた。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
第3章が始まりました!
祖国を追われてから半年。
ザインは各地を渡り歩きながら、アストラ教団の残党を狩り続けています。
この半年でさらに実戦を重ねたザインが、これから何を知り、どこへ向かうのか。
そして、教団の男が残した「俺たちは終わらない」という言葉。
ここから再び、物語が大きく動き始めます。
第3章も最後までお付き合いいただけると嬉しいです!




