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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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もう一度

教団の拠点をまた一つ潰したザイン。


半年間、一人で戦い続けてきた彼の前に――懐かしい人物が現れる。

翌日の昼。


ザインは街の酒場で、山盛りの肉を頬張っていた。


昨日、アストラ教団の拠点を一つ潰した男とは到底思えないほど、のんびりとした昼食だった。


「おばちゃん、おかわり」


空になった皿を持ち上げる。


カウンターの向こうにいた女主人が呆れた顔をした。


「またかい? あんた、それで三皿目だよ」


「昨日働いたから腹減ってんだよ」


「何の仕事したらそんなに腹が減るんだい」


「ちょっと身体動かした」


「ふうん」


女主人は特に興味もなさそうに皿を受け取った。


ザインもそれ以上は言わない。


さすがに昨日、アストラ教団の拠点を一つ潰してきたとは言えなかった。


酒場の中は賑わっている。


昼間から酒を飲む者。旅の途中らしい商人。依頼帰りの冒険者。


ザインもその中に混じってしまえば、どこにでもいる旅人にしか見えない。


少なくとも、この国ではザインの顔を知る者などほとんどいなかった。


やがて新しい料理が運ばれてくる。


「お、ありがと」


ザインは早速フォークを伸ばした。


そのとき、隣の椅子が引かれた。


誰かが座ったらしい。


ザインは気にも留めず、肉を口へ運ぶ。


「相変わらず、よく食べるね」


ザインの手が止まった。


聞き覚えのある声だった。


ゆっくりと横を見る。


そこには一人の青年が座っていた。


ザインはしばらくその顔を見つめる。


「…………ノア?」


「久しぶり、ザイン」


いつもと変わらない穏やかな声だった。


「お前……生きてたのか!」


「再会して最初の言葉がそれ?」


「いや、だってお前ら全員いなくなってただろ!」


思わず声が大きくなる。


周囲の客が何人かこちらを見た。


ノアはそんなザインを見て、小さく肩をすくめる。


「君は身を隠しているつもりでも、相変わらず目立つね」


ザインは周囲を見回した。


何人かと目が合う。


「……悪い」


少しだけ声を落とした。


祖国を追われてから半年。


イリスの屋敷は荒らされ、そこにいたはずの人間たちは全員姿を消していた。


それから一度も、ノアとは会っていない。


「それにしても、よく俺がここにいるって分かったな」


「君、本気で言ってる?」


「何が?」


「半年くらい前から、各地にあるアストラ教団の拠点が次々と潰されてる」


ザインが黙る。


「襲ってくるのは黒髪の若い男。剣を持っていて、異常に強い。最近は教団の中で『教団狩り』なんて呼ばれてるらしいよ」


「昨日も言われたな、それ」


「昨日?」


「一個潰した」


ノアはしばらくザインを見つめた。


「……やっぱり君だったんだね」


「まあな」


「それだけ派手に動いておいて、よく身を隠しているつもりになれるね」


「でも半年捕まってないぞ」


「そういう問題じゃない」


ノアは呆れたように言った。


「教団の拠点が潰された場所を追っていったんだよ。君がいるなら、教団を追えばそのうち見つかると思った」


「なるほど」


「そんな納得した顔をしないでほしいな」


ザインは少し笑った。


半年ぶりだった。


こうして何も考えずに軽口を返せる相手と話すのは。


だが、その笑みはすぐに消えた。


「ノア」


「うん」


「イリスは?」


ノアはすぐには答えなかった。


その僅かな間だけで、ザインの表情が変わる。


「……ノア」


「生きてるよ」


ザインの目がわずかに見開かれた。


酒場の喧騒が遠くなったような気がした。


「……本当か?」


「間違いない」


「そうか」


ザインは短く答えた。


半年間、ずっと分からなかった。


どこにいるのか。


何があったのか。


そもそも、生きているのかさえ。


「そうか……」


もう一度、ザインは呟いた。


しかしノアの表情は晴れない。


「ザイン。喜ぶのは、まだ早い」


ザインが顔を上げる。


「イリスは捕まってる」


ザインの表情が変わった。


「誰に」


「王国側だよ」


「どこだ」


間髪入れずに返した。


「ザイン」


「場所、分かってんだろ?」


「ある程度は」


ザインが立ち上がる。


「なら行くぞ」


「待って」


「何を」


「君一人で行くつもり?」


「そのつもりだけど」


「……だと思ったよ」


ノアは呆れたようにザインを見る。


「ここで話すような内容じゃない。もう少し落ち着いて話せる場所はないの?」


ザインは酒場の中を見回した。


「ある」


「じゃあ、そこへ行こう」


ザインは残っていた肉を口へ放り込んだ。


「行くぞ」


「食べるのはやめないんだね」


「もったいないだろ」


代金をカウンターへ置き、二人は酒場を出た。



街を出てから、しばらく歩いた。


ノアが隣を歩きながら尋ねる。


「ところで、どこへ向かってるの?」


「俺の隠れ家」


「この近くに?」


「いや。歩いたら結構かかる」


ノアが足を止めた。


「じゃあ、どうするの?」


「呼ぶ」


「呼ぶ?」


ザインが空を見上げる。


そして指を口元へ持っていき、鋭い音を響かせた。


しばらくして、遠くから鳴き声が聞こえた。


ノアが空を見る。


小さな影が見える。


それが急速に大きくなっていく。


「……ザイン」


「なんだよ」


「何か来てない?」


「来てるな」


巨大な翼が空を覆った。


風が巻き起こる。


やがて一頭の翼竜が二人の前へ降り立った。


ノアは黙ってそれを見上げる。


ザインは当然のように翼竜へ近づいた。


「ザイン」


「なんだよ」


「これは?」


「翼竜」


「それは見れば分かるよ」


ザインは翼竜を指した。


「ランフォス」


「……名前を聞いたわけじゃないんだけど」


「いい名前だろ?」


「そういう話でもないよ」


ザインはランフォスの背へ乗った。


「教団のアジトに卵が転がっててさ。拾って育ててたら、こんなになった」


「半年の間に何があったの?」


「色々」


「色々で翼竜を飼い始める人はあまりいないと思うけど」


「便利だぞ」


ザインが手を伸ばす。


ノアはしばらくランフォスを見上げていたが、諦めたようにその手を掴んだ。


「落とさないでよ」


「多分大丈夫」


「その返事で乗りたくなくなったんだけど」


ザインが笑う。


「行くぞ、ランフォス」


ランフォスが大きく翼を広げた。


地面を蹴り、一気に空へ舞い上がる。


「うわっ!」


街が瞬く間に小さくなっていく。


森を越え、山を越える。


街道も関所も関係ない。


ランフォスはただ真っ直ぐに空を進んでいった。


しばらくしてノアが、風に負けないよう声を張る。


「君、いつもこれで移動してるの?」


「だいたいな!」


ノアはそれ以上何も言わなかった。


半年間ザインの足取りが掴めなかった理由を、ようやく理解した。



山中へ入ると、ランフォスはゆっくり高度を落としていった。


やがて岩肌に開いた洞窟の前へ着地する。


ザインが背中から飛び降りた。


「着いたぞ」


ノアも続いて地面へ降りる。


目の前の洞窟を見たノアは、すぐに何かに気づいた。


「……ここ」


ザインが振り返る。


「覚えてるか?」


「忘れるわけないだろ」


ノアは洞窟の奥を見る。


「僕と君とイリスで来た場所だ」


かつて近隣の村から人々が姿を消した事件。


その手掛かりを追って、ザイン、イリス、ノアの三人で探索した洞窟だった。


そして、この奥で遭遇した。


地竜に。


「まさか、ここを隠れ家にしてるの?」


「人が来ないからちょうどいいんだよ」


「人が来ない理由を覚えてる?」


「地竜だろ?」


「分かってるならいいけど……」


ザインは迷いなく中へ入っていく。


ノアもその後を追った。


洞窟の一角には、ザインが持ち込んだ荷物が置かれていた。


食料。


毛布。


武器の手入れ道具。


焚き火の跡。


必要最低限ではあるが、しばらくここを拠点として使っていることが分かる。


そのときだった。


洞窟の奥から、重い足音が響いた。


ノアの足が止まる。


暗闇の向こうから、巨大な影がゆっくりと姿を現した。


岩のような鱗。


太い四肢。


巨大な身体。


地竜。


以前と変わらぬ巨体が、二人の前で足を止めた。


ザインは地竜を見ても慌てることなく、荷物の中を漁った。


「そうだ。いいもんあるぞ」


包みに入っていた肉の塊を取り出す。


ザインはそれを地竜へ見せた。


「ほら、これが美味いらしいぞ」


そのまま地竜の方へ放る。


肉が地面を転がった。


地竜はザインを見たあと、落ちた肉へ顔を近づける。


「悪いな。今日は友達連れてきた」


低い唸り声が返ってくる。


ザインはノアを指した。


「うるさくしないから、気にしないでくれ」


地竜の瞳がノアへ向く。


ノアは黙ったまま、その視線を受け止めた。


やがて地竜は肉を咥えると、そのままゆっくりと洞窟の奥へ戻っていった。


姿が暗闇へ消えてから、ノアがザインを見る。


「……餌付けしてるの?」


「違う違う。ここ借りてるからな。たまに手土産持ってきてるだけ」


「地竜の洞窟に居候する人を初めて見たよ」


「結構快適だぞ」


「そういう問題じゃないと思う」


ザインは気にせず奥へ歩いていった。


地竜もまた、ザインが自分に危害を加えるつもりがないことを理解している。


互いに余計な争いをする理由がない。


今の二者の間にあるのは、それだけの関係だった。



二人は焚き火を挟んで座った。


ザインが荷物の中を漁る。


「そうだ」


取り出したのは、焦げた紙だった。


昨日の教団拠点から持ち帰ったものだ。


ノアへ渡す。


「これ、読めるか?」


ノアは紙を受け取った。


「……半分以上燃えてるけど」


「持って帰っただけ偉いだろ」


「自分で言うんだ」


ノアは紙へ目を落とした。


ところどころ文字が残っている。


地名。


数字。


物資の名前。


しかし、それだけでは何を意味しているのかまでは分からない。


「これだけじゃ何とも言えないね」


「だよな」


「でも預かっておくよ。他の情報と繋がるかもしれない」


ザインは頷いた。


「で」


焚き火の向こうにいるノアを見る。


「イリスの話だ」


ノアの表情が変わった。


「僕が確認できた範囲では、イリスは王国内にいる」


「場所は?」


「王都から少し離れたところにある塔だと思う」


「思う?」


「直接確認したわけじゃない。いくつかの情報を辿った結果だよ。周辺の警備も不自然なくらい厳しくなってる」


「警備は?」


「騎士団がいる」


ザインは黙った。


ノアが続ける。


「それだけじゃない。僕にも分からないことが多すぎるんだ」


「何が?」


「どうしてイリスが今も生かされているのか」


ザインの表情がわずかに変わった。


「それに、王国そのものがおかしい」


「やっぱりそう思うか」


「君を反逆者にしたことだけじゃない。この半年で調べてみたけど、以前なら考えられない命令や動きがいくつもある」


「教団が絡んでる?」


「分からない」


ノアは首を振った。


「分からないからこそ、今すぐ飛び込むのは危険なんだ」


焚き火が小さく爆ぜた。


ザインはしばらく炎を見つめていた。


「分かった」


「うん」


「じゃあ明日行こう」


ノアが顔を上げる。


「どこへ?」


「塔」


「行かないよ」


「なんでだよ」


「今の話を聞いてどうしてそうなるの?」


ザインは不思議そうな顔をした。


「場所分かったんだろ?」


「ザイン」


ノアはザインを真っ直ぐ見る。


「君が強いのは知ってる」


「なら――」


「今回は、敵を全部倒せば終わる話じゃない」


ザインが黙った。


「相手は教団の支部じゃない。国だよ」


ノアは続ける。


「騎士団がいる。イリスもいる。君が一人で乗り込んで暴れれば、その途中でイリスに何をされるか分からない。そもそも、どうして彼女を生かしているのかすら分かってない」


「…………」


「どんな罠が待ってるのかも分からない」


ザインは腰の剣へ目を落とした。


教団の拠点なら一人でいい。


入って。


敵を倒して。


必要な情報を持つ人間だけを残せばいい。


だが今回は違う。


助け出さなければならない人間がいる。


「じゃあ、どうする」


「戦力と情報を集める」


ノアは答えた。


「二人で?」


「まさか」


ノアがザインを見る。


「いるだろ?」


ザインは少し考えた。


そして何人もの顔が浮かんだ。


ガレス。


ダリオ。


ジグ。


ミレイア。


リナ。


共に戦場を駆け抜けた、直属の仲間たち。


「……あいつらか」


「君が国を出たあと、みんな散り散りになった」


「生きてるのか?」


「少なくとも、僕が最後に確認したときはね」


ザインは焚き火を見る。


半年。


自分は教団を追い続けた。


彼らもきっと、どこかで生きている。


「居場所は?」


「全員は分からない」


ザインは立ち上がった。


「じゃあ探すしかないな」


「そういうこと」


壁に立てかけていた剣を取り、腰へ差す。


ノアがザインを見る。


「今から?」


「早い方がいいだろ」


「もう夜になるよ」


「ランフォスならすぐだぞ」


「君はまず休むことを覚えた方がいいと思う」


ザインは笑った。


一人ではない。


半年間、ずっと自分だけで教団を追い続けてきた。


だが今は違う。


イリスは生きている。


ノアもいる。


そして――まだ仲間がいる。


ザインは洞窟の外へ目を向けた。


「じゃあ――」


散り散りになった仲間たちを思い浮かべる。


「迎えに行くか」


もう一度。


共に戦うために。

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!


ノアとの再会。

そして、イリスの生存が明らかになりました。


さらに、ザインの新たな相棒・翼竜のランフォスも登場です!


半年間、一人で教団を追い続けてきたザインですが、ここから再び仲間たちを探す旅が始まります。


散り散りになった彼らは、この半年をどこで、何をして過ごしていたのか。


次話から、仲間再集結編です!

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