戦いの終わり、生きる場所
長かった戦いも、ついに決着へ。
最後まで読んでいただけると嬉しいです。
「最終ラウンドと行こうぜ」
ザインが剣を構える。
レオンハルトも残された片腕を持ち上げた。
二人の間を、乾いた風が抜けていく。
先ほどまでザインの身体を包んでいた青黒い揺らぎは、もうない。
代わりに戻ってきたのは、痛みだった。
身体中に刻まれた傷。
限界を超えて動き続けた筋肉。
暴走していた間は無視されていた疲労が、一気に全身へ押し寄せている。
剣を握る腕にも僅かな震えがあった。
それでも、ザインは剣先を下げない。
対するレオンハルトもまた、万全とは程遠かった。
身体中に残る傷。
繰り返した再生。
重力極点の発動による消耗。
そして、ザインに斬り落とされた片腕。
そこだけは、未だに再生する気配すらない。
「……調子に乗るなよ」
レオンハルトが腕を向けた。
ザインの周囲に術式が展開される。
重力が身体へ襲いかかった。
「ぐっ……!」
ザインの足元が沈む。
地面に亀裂が走った。
だが。
先ほどまでとは違う。
押し潰されるほどではない。
ザインは歯を食いしばり、一歩を踏み出した。
レオンハルトがさらに魔力を込める。
ザインの膝が沈む。
それでも、もう一歩。
「……っ!」
レオンハルトが腕を振った。
重力の向きが変わる。
ザインの身体が横へ弾き飛ばされた。
地面を転がり、剣を突き立てて勢いを殺す。
顔を上げる。
レオンハルトの腕が、すでにこちらへ向いていた。
その瞬間。
ザインの足が動いた。
直後。
先ほどまでいた場所が大きく陥没する。
「……」
ザイン自身、一瞬だけ自分の足を見る。
考えて動いたわけではない。
身体が先に反応した。
レオンハルトが再び腕を動かす。
ザインの身体が沈む。
一歩。
重力の発生地点を抜ける。
また一歩。
レオンハルトの腕が動くより早く、身体が次の場所へ向かっている。
暴走していた間。
何度も見た。
何度も避けた。
何度も踏み込んだ。
その感覚だけが、まだ身体の奥に残っていた。
ザインが一気に間合いを詰める。
剣を振る。
レオンハルトが後ろへ跳ぶ。
刃が胸元を浅く裂いた。
残った拳が返ってくる。
ザインは僅かに首を逸らす。
頬を掠めた。
もう一閃。
今度はレオンハルトが重力を使い、強引に距離を取る。
ザインも追わなかった。
互いに離れる。
「はぁ……はぁ……」
ザインの肩が上下する。
レオンハルトも荒く息をしていた。
しばらく睨み合った後。
レオンハルトの表情が歪む。
「ふざけるな……」
残された腕を高く掲げた。
「貴様ごときに……!」
周囲の魔素が揺れる。
大量の魔力がレオンハルトへ集まり始めた。
ザインが剣を構える。
術式が形成される。
だが。
途中で歪んだ。
そのまま、消える。
「……?」
レオンハルトが自分の腕を見る。
もう一度。
魔力を集中させる。
術式が現れた。
円環が形成され。
また歪む。
消える。
「……何だ?」
もう一度。
同じだった。
「何をしている……!」
苛立ったレオンハルトが強引に魔力を流し込む。
今度こそ術式を完成させようと、体内に残された魔力を掻き集める。
その瞬間だった。
「がっ……!?」
レオンハルトの身体が大きく仰け反った。
胸を押さえる。
膝が落ちる。
「ぐ……っ!」
皮膚の下を魔力の光が走った。
胸から肩へ。
首へ。
腹部へ。
脚へ。
一本ではない。
行き場を失った魔力が、全身を不規則に駆け巡っている。
「な……」
レオンハルトが目を見開く。
「な、なんだこれは……!?」
肩が裂けた。
血が噴き出す。
すぐに再生が始まる。
だが。
塞がりきる前に胸元が裂けた。
「ぐあっ……!」
再生。
今度は腹部。
また別の場所。
身体を修復しようとするたびに、別の場所が壊れていく。
「馬鹿な……!」
レオンハルトが胸を押さえた。
筋肉が不自然に隆起する。
骨が軋む。
血管が浮かび上がる。
「俺の身体が……!」
レオンハルト自身にも何が起きているのか分からない。
魔力を制御しようとする。
だが、流れない。
流そうとすれば乱れる。
術式へ送り込もうとすれば、体内で別の魔力と衝突する。
それでも魔改造された肉体は再生を続けようとする。
修復。
崩壊。
再生。
自壊。
それらが同時に起こり始めていた。
「止まれ……!」
レオンハルトが叫ぶ。
「止まれッ!!」
止まらない。
ザインは剣を持ったまま、その様子を見ていた。
何が起きているのか。
ザインにも分からない。
ただ。
レオンハルトがもうまともに魔法を使えないことだけは分かった。
「くそ……!」
レオンハルトがザインを睨む。
震える腕を持ち上げた。
「まだだ……!」
ザインへ向ける。
術式が現れる。
歪む。
消える。
「俺は……!」
もう一度。
消える。
「零号機だぞ……!」
レオンハルトの腕が震える。
「俺が……最高傑作だ……!」
ザインは何も答えなかった。
剣を下げたまま歩き始める。
一歩。
「来るな……!」
もう一歩。
「来るなッ!!」
レオンハルトが残された魔力を掻き集める。
震える指先に術式が浮かんだ。
ザインの足が地面を蹴った。
「――」
一瞬で間合いを詰める。
レオンハルトの術式が完成するより早く。
ザインの剣が走った。
一閃。
刃がレオンハルトの身体を深く斬り抜ける。
血が宙へ舞った。
ザインはそのまま数歩進み。
止まる。
背後で。
レオンハルトの膝が地面へ落ちた。
「……なぜ」
小さな声だった。
レオンハルトが自分の傷口を見る。
再生しない。
もう。
魔力は応えなかった。
「俺は……」
身体が傾く。
「最高……傑作……」
言葉が途切れた。
そのまま地面へ倒れる。
動かない。
ザインはしばらく背を向けたまま立っていた。
剣先から血が落ちる。
一滴。
また一滴。
やがて。
ザインは振り返った。
レオンハルトはもう動かない。
「……終わったな」
その言葉と同時に、身体から力が抜けた。
「っと……」
ザインは剣を地面へ突き立てる。
辛うじて身体を支えた。
「はぁ……はぁ……」
全身が痛い。
脚も。
腕も。
胸も。
身体の奥まで焼けているようだった。
それでも。
ザインは顔を上げる。
少し離れた場所。
そこに、一人の男が横たわっている。
ザインは剣を杖代わりに歩き始めた。
一歩。
また一歩。
途中で何度か足がもつれる。
それでも歩いた。
やがて、その男の前へ辿り着く。
アーヴェル・グランツ。
仰向けになったまま。
動かない。
ザインは隣に腰を下ろした。
何も言わず。
しばらく、その顔を見ていた。
「……終わったぞ」
返事はない。
「勝った」
風が吹く。
アーヴェルの髪が僅かに揺れた。
ザインは俯いた。
「……ありがとな」
それ以上は何も言わなかった。
立ち上がろうとする。
だが、脚に力が入らない。
一度腰を落とし。
ザインは小さく笑った。
「……やべ」
剣を地面へ突き立てる。
それを支えに、どうにか立ち上がった。
その時。
遠くから足音が聞こえてきた。
ザインが顔を上げる。
中央戦場から退避していた兵士たちが戻ってくる。
ラウゼン。
獣王国。
エルフ。
その先頭を走ってきたのは、五人だった。
「ザイン副団長!」
ガレスの声が響く。
ザインが小さく手を上げる。
「……おう」
ガレス。
ダリオ。
ジグ。
ミレイア。
リナ。
全員いる。
五人がザインの前まで来て。
その隣に横たわるアーヴェルへ気づいた。
ガレスの足が止まった。
誰もすぐには言葉を出せない。
ザインが五人を見る。
「全員いるな」
「……はい」
ミレイアが答えた。
「そっか」
ザインは僅かに笑う。
「なら、よかった」
ダリオはザインを見ていた。
もう。
あの青黒い揺らぎはない。
二年前とは違う。
敵が残っていたにもかかわらず。
ザインは自分自身で戻ってきた。
ダリオは何も言わなかった。
ただ。
僅かに表情を緩めた。
その時。
カラン――。
遠くから音がした。
ザインたちが振り返る。
一人の魔改造兵が。
手にしていた剣を地面へ落としていた。
その男は何も言わない。
ただ。
空になった両手を下ろし、立ち尽くしている。
連合軍の兵士たちは武器を構えたままだった。
弓を引く者。
剣を向ける者。
術式を展開したままの魔法使い。
誰も動かない。
カラン。
また一つ。
剣が落ちた。
その隣でも。
さらに奥でも。
槍が倒れる。
盾が手放される。
戦場の至るところから、金属が地面へ落ちる音が響き始めた。
一本。
また一本。
それは次第に数えられないほど重なっていく。
数千。
まだそれだけの魔改造兵が生き残っている。
だが。
もう誰一人として、連合軍へ向かってこなかった。
ある者は立ち尽くし。
ある者は座り込み。
ある者は自分の手を見つめている。
命令する者はいない。
殺せと命じる者も。
前へ進めと叫ぶ者も。
もういない。
残されたのは。
戦うことしか知らない兵士たちだった。
それでも連合軍は警戒を解かない。
つい先ほどまで。
互いに殺し合っていた相手だ。
「……どうすんだ、これ」
ザインが呟いた。
その時。
連合軍の兵士たちの間が開いた。
一人の男が歩いてくる。
レオニスだった。
その後ろから護衛の兵士たちが続く。
「陛下!」
「まだ危険です!」
護衛が止めようとする。
だが。
レオニスは足を止めなかった。
武器を捨てた魔改造兵たちの前まで進む。
数千の視線が。
一人の王へ集まった。
レオニスは彼らを見渡した。
「聞け!」
戦場へ声が響く。
魔改造兵たちが顔を上げる。
「お主たちを率いていた者は死んだ」
誰も動かない。
「アストラ教団も、もはや軍としての体裁を保ってはいまい」
レオニスは少し間を置いた。
「ならば問おう」
数千の兵士を見る。
「これから、お主たちはどうする?」
返事はなかった。
誰も答えを持っていない。
戦うために身体を変えられ。
命令され。
敵を殺し。
また次の戦場へ送られる。
それ以外の生き方を知らない。
「帰る場所がある者は帰ればよい」
レオニスは続けた。
「家族がいるのであれば、その者たちのもとへ戻れ」
誰も動かなかった。
レオニスはその光景を見る。
そして。
「……そうか」
短く呟いた。
帰る場所がない。
それだけで十分だった。
「ならば」
レオニスが自らの国の方角を示す。
「我が国へ来るか?」
魔改造兵たちの間にざわめきが起こった。
「お主たちが望むのであれば、我が国の土地に居住区を設けよう」
今度は連合軍側からもどよめきが上がる。
数千。
つい先ほどまで自分たちを殺そうとしていた兵士たち。
その全員を。
受け入れる。
「もちろん」
レオニスが続ける。
「作るのは、お主たちにも手伝っていただくがな」
ザインが僅かに笑った。
「そこは働かせるんだな」
「当然だ」
レオニスは平然と答える。
「家を建てるにも人手がいる」
そして。
再び魔改造兵たちを見る。
「それと、もう一つ」
声が低くなる。
「お主たちには、我が軍へ入ってもらいたい」
戦場が静まった。
「戦うことしか知らぬのであれば、戦う場所を変えればよい」
レオニスの声が響く。
「アストラ教団のためではない」
「我が国を守るために剣を振るえ」
魔改造兵たちは黙って聞いている。
「兵士として働き、その対価を受け取る」
「戦のない時は訓練し、働き、食い、眠る」
そして。
レオニスは数千の兵士たちを真っ直ぐ見た。
「それでよければ――」
一拍。
「今日から、我が国がお主たちの帰る場所だ」
沈黙。
誰も動かない。
ザインも。
連合軍の兵士たちも。
ただ彼らを見ていた。
やがて。
一人の魔改造兵が自分の手を見る。
傷だらけの手。
戦うことを覚えた手。
その手をゆっくりと握った。
そして。
レオニスの前で膝をつく。
頭を下げた。
その隣の兵士も。
さらに一人。
また一人。
次々と膝をついていく。
数十。
数百。
千。
波が広がっていくように。
戦場に残った魔改造兵たちが、一人、また一人とレオニスの前へ膝をつく。
誰かに命令されたわけではない。
もう。
彼らに命令する者はいない。
自分たちで決めた。
やがて。
最後の一人が膝をついた。
数千の魔改造兵。
その全員が。
レオニスの前で頭を下げていた。
レオニスはしばらくその光景を見渡した。
そして。
大きく頷く。
「よし」
振り返る。
「ならば決まりだ」
レオニスが兵士たちへ指示を飛ばす。
「まずは負傷者の治療を優先しろ! 敵味方は関係ない!」
連合軍が動き始める。
「動ける者は救助と遺体の収容を手伝え!」
そして。
レオニスは膝をつく魔改造兵たちを見る。
「お主たちもだ!」
魔改造兵たちが顔を上げる。
「いつまで膝をついておる!」
レオニスが声を張った。
「今日から我が国の兵士だ! 働け!」
一瞬。
魔改造兵たちは呆然としていた。
やがて一人が立ち上がる。
その隣も。
次々と立ち上がっていく。
つい先ほどまで敵だった兵士たちが。
連合軍と共に動き始めた。
負傷者を担ぐ。
瓦礫を退かす。
倒れた者を運ぶ。
ザインはその光景を眺めていた。
「……すげぇな」
「何がだ?」
レオニスが聞く。
ザインは数千の魔改造兵たちを見る。
「いや」
少し笑う。
「王様って大変なんだなって」
「今更か」
「俺には無理だわ」
「誰もお主にやれとは言っておらん」
「ならよかった」
レオニスは呆れたようにザインを見る。
ザインも笑った。
ほんの少しだけ。
戦場に。
いつもの空気が戻った。
失ったものは多い。
あまりにも多い。
それでも。
生き残った者たちは。
ここから先を生きていかなければならない。
数千の魔改造兵はこの日。
アストラ教団の兵士ではなくなった。
そして。
新たにラウゼンの兵士となった。
ここまで読んでいただき、ありがとうございます!
ザインとレオンハルトの戦い、ついに決着です。
そして、戦場に残された魔改造兵たちにも新たな居場所が生まれました。
戦いのためだけに生きてきた彼らが、これからラウゼンでどう生きていくのか。
ですが、第2章はまだ終わりません。
もう少しだけ、ザインたちの物語にお付き合いいただけると嬉しいです!




