終止符
約束の三十秒は終わった。
ザインが作り出す、ただ一度の射線。
アーヴェルが放つ、ただ一点を貫くための白光。
二人の切り札が、ついにレオンハルトへ届く。
「できたぞ」
アーヴェルの声が響いた。
ザインはレオンハルトから視線を外さないまま、その言葉だけを聞いた。
三十秒。
守り切った。
なら、ここからやることは一つ。
当てる。
アーヴェルの剣先には、眩いほどの白い光が収束していた。
先ほど戦場を飲み込んだ巨大な一撃とは違う。周囲へ広げるのではなく、大気を一点へ圧縮し、電離させ、さらに押し込めている。
広範囲を焼き払うためのものではない。
ただ一点を、確実に貫くための一撃。
レオンハルトも、それを理解していた。
ザインへ向けられていた意識がアーヴェルへ移る。
「行かせねぇよ」
ザインが踏み込んだ。
全身100%。
既に身体は限界へ近づいている。それでも出力は落とさない。
レオンハルトがアーヴェルから距離を取ろうとした瞬間、その進路へザインが回り込む。
振り下ろした剣を腕で防がれると、ザインは刃を引くことなく身体を捻り、そのまま蹴りを叩き込んだ。
レオンハルトが後方へ跳ぶ。
追う。
着地地点へ剣を振るえば、レオンハルトは重力でザインの身体を横へ引いた。
だが、ザインはその力に逆らわない。
引かれる勢いを利用して地面を蹴り、軌道を変えて再びレオンハルトへ迫る。
刃が肩口を裂いた。
血が飛ぶ。
レオンハルトが反撃するより先に、ザインは次の位置へ移る。
逃げようとすれば塞ぐ。
重力を使えば、その力すら移動に利用する。
アーヴェルから遠ざかろうとするレオンハルトを、ザインは少しずつ狙った位置へ追い込んでいった。
だが、レオンハルトもただ逃げているわけではない。
ザインが踏み込んだ瞬間、周囲の重力が一気に増した。
「っ……!」
両脚へ凄まじい負荷がかかる。
そこへ拳が迫る。
ザインは剣の腹で受けた。
衝撃が腕を突き抜け、身体が僅かに浮く。
レオンハルトはそのままアーヴェルへ向かおうとする。
ザインは地面へ剣を突き立て、強引に身体を止めた。
すぐに追いつく。
「しつこいな」
レオンハルトが言った。
「三十秒守れって言われたからな」
ザインは剣を振るう。
「終わった後も守るとは言ってないが」
レオンハルトが刃をかわす。
「今は別件」
踏み込んだザインの肩が、レオンハルトの胸へぶつかった。
そのまま押し込む。
レオンハルトがザインの腕を掴んだ。
同時に重力が強まる。
足元が陥没し、ザインの膝が落ちかけた。
「ぐっ……!」
全身が悲鳴を上げる。
三十秒間、限界を超えた出力を維持し続けた。
筋肉も。
骨も。
関節も。
もう余裕など残っていない。
それでもザインは退かなかった。
レオンハルトの腹へ膝を叩き込む。
身体が僅かに浮いたところで肩を押し込み、向きを変える。
レオンハルトがザインの腹へ拳を打ち込んだ。
「がっ……!」
肺から空気が抜ける。
二発目。
身体が揺れる。
それでも手を離さない。
レオンハルトがもう一度拳を引いた。
ザインは口元の血を拭う余裕もなく、その向こうを見る。
アーヴェル。
そして。
自分とレオンハルト。
三人が一直線に並んでいた。
「……そこだ」
レオンハルトも気づいた。
ザインを突き飛ばそうとする。
だが、ザインは逆に身体を密着させた。
「もうちょい付き合えよ」
右脚へ力を込める。
既に限界を迎えつつある身体へ、さらに魔素を流す。
足元が砕けた。
ザインは身体を捻り、レオンハルトの腕を引き込みながら腹へ足を当てる。
「――行ってこい」
蹴り抜いた。
レオンハルトの身体がザインから離れる。
一直線に。
アーヴェルの射線へ。
ザインも反動を利用して横へ飛んだ。
一瞬だけ、二人の間から全てが消える。
アーヴェルは逃さなかった。
狙う場所は首。
ここを失えば、いかに異常な再生能力を持っていようと頭部と胴体を繋ぐことはできない。
「――穿て」
剣先の白光が消えた。
ザインには、そう見えた。
次の瞬間。
レオンハルトの首に大きな穴が開いていた。
何が起きたのかを理解するより先に、その背後の地面が遥か遠くで爆ぜる。
遅れて轟音が響いた。
空気が震え、衝撃が戦場を駆け抜ける。
レオンハルトの首から血はほとんど噴き出さなかった。
傷口そのものが焼けている。
頭部と胴体を繋いでいた肉の大部分が失われ、残った組織も黒く炭化していた。
レオンハルトの身体が揺れる。
一歩だけ前へ出た。
しかし、次の足は続かなかった。
膝から崩れ、そのまま地面へ倒れる。
ザインは動かなかった。
アーヴェルも剣を下ろさない。
土煙が流れていく。
レオンハルトは倒れたまま、動かない。
ザインはしばらくその姿を見つめてから、全身へ流し込んでいた魔素を落とした。
100%を解除した瞬間。
身体から一気に力が抜ける。
「……っ」
膝が地面についた。
ザインは剣を支えにして、どうにか倒れるのを防いだ。
腕を上げるだけでも痛い。
呼吸をするたびに胸が軋み、脚にはまともに力が入らない。
三十秒。
時間にすれば、それだけだった。
だが、今のザインの身体にとっては十分すぎるほど長かった。
「ザイン」
アーヴェルが近づいてくる。
「生きてる」
「見れば分かる」
「俺の話」
「それも見れば分かる」
「ならいいや」
ザインはその場に座り込んだ。
アーヴェルは倒れたレオンハルトへ向かう。
数歩手前で足を止め、様子を窺った。
首には大きな穴が開いたまま。
先ほどまでなら既に始まっていたはずの再生も起こらない。
ザインも呼吸を整えながら、その様子を見ていた。
しばらく待つ。
何も起こらない。
「……これで再生したら、さすがに引くぞ」
「同感だ」
「お、珍しく意見合ったな」
「今のお前と話す気はない」
「ひでぇな」
ザインはそのまま仰向けに倒れた。
空が見える。
遠くでは、まだ戦闘が続いていた。
騎士たちの声。
剣がぶつかる音。
魔法が炸裂する轟音。
それでも。
ここは終わった。
レオンハルトを倒した。
あとは残った敵を片付ければ、この戦争も終わる。
「アーヴェル」
「何だ」
「ちょっと休んでから行っていい?」
「好きにしろ。今のお前に動かれても邪魔だ」
「じゃあ遠慮なく」
ザインは目を閉じた。
ほんの少しだけ休む。
そう思った時だった。
アーヴェルのすぐ先。
地面に伏したレオンハルトの右手。
その指先が。
僅かに動いた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
三十秒を耐え抜いたザインと、その時間を使って新たな一撃を完成させたアーヴェル。
今回は単純に威力を上げるのではなく、先ほど広範囲へ放ったプラズマを一点へ集中させることで、レオンハルトの再生能力そのものを突破する形になりました。
首を貫き、再生も止まり、ようやく終わった――はずでした。
最後に動いた指が何を意味するのか。
次回へ続きます。




