白き極点
ザインの剣と、アーヴェルの大気操作。
二人の連携によって、ついにレオンハルトの再生が追いつかなくなっていく。
そして、第1軍団長アーヴェル・グランツが見せる大気操作の極致。
その一撃は、最高傑作品にすら「生き残ること」だけを選ばせる。
レオンハルトの周囲で、空気が変わる。
先ほどザインを横方向へ吹き飛ばした力。
重力。
以前戦った時にも見た力だった。
だが、あの時とは明らかに規模が違う。
レオンハルトが右手を上げる。
次の瞬間。
ザインの身体が地面へ叩きつけられた。
「っ……!」
足元が陥没する。
全身を上から押さえつけるような重圧。
ザインは片膝をつきながらも、剣を地面へ突き立てて耐える。
その間に、レオンハルトが動いた。
狙いはザインではない。
アーヴェル。
「……やっぱそっち行くか」
ザインが立ち上がろうとする。
だが、重力がさらに強くなる。
地面に亀裂が走った。
レオンハルトは既にアーヴェルとの距離を詰めていた。
拳が振るわれる。
アーヴェルは剣で受け流す。
続けて二撃目。
身体を僅かにずらしてかわし、レオンハルトの脇腹へ剣を走らせた。
浅い。
レオンハルトがさらに踏み込む。
だが、その瞬間。
二人の間で空気が爆ぜた。
ドンッ!!
至近距離から圧縮された大気を叩き込まれ、レオンハルトの身体が大きく後方へ押し戻される。
追うようにアーヴェルが剣を振った。
刃が届く距離ではない。
それでも。
レオンハルトの胸に斬撃が走った。
「……」
圧縮された大気。
剣の軌道に沿って放たれたそれが、離れた場所にいるレオンハルトの肉体を斬り裂いていた。
レオンハルトの視線が鋭くなる。
アーヴェルは動かない。
再びレオンハルトが踏み込む。
今度は正面ではない。
重力を横方向へ発生させ、自らの身体を引かせる。
一瞬でアーヴェルの側面へ回る。
拳。
だが、届かない。
軌道上の空気が急激に密集し、拳の速度が落ちる。
その僅かな時間で、アーヴェルの剣がレオンハルトの肩を斬った。
レオンハルトが距離を取る。
そこへ。
圧縮された大気の塊が飛ぶ。
腕で防ぐ。
爆発。
再び身体が押し戻された。
遠距離。
中距離。
近距離。
どこにいても。
アーヴェルの間合いから逃れられない。
さらに。
アーヴェルの視線はレオンハルトだけに向けられているわけではなかった。
ザインを押さえつけていた重力が僅かに弱まる。
その瞬間。
ザインが立ち上がった。
「……っし」
地面を蹴る。
レオンハルトも気づく。
ザインが迫る。
アーヴェルもいる。
二人。
レオンハルトがザインへ手を向けた。
再び重力の方向が変わる。
ザインの身体が斜め上へ引っ張られた。
「――っ!」
だが。
今度は逆らわない。
ザインはその力に身体を預けた。
一気に空中へ飛び上がる。
レオンハルトの視線が追う。
ザインは空中で身体を反転させた。
その背後。
空気が圧縮される。
ザインにも分かった。
「……なるほど」
次の瞬間。
大気が爆ぜた。
ザインの身体が加速する。
レオンハルトが発生させた重力。
アーヴェルが生み出した圧力。
二つの力を受け、ザインが凄まじい速度でレオンハルトへ落ちていく。
「――!」
剣。
レオンハルトが腕で防ぐ。
だが、ザインの勢いを殺しきれない。
刃が腕へ深く食い込み、そのまま二人の身体が地面へ激突した。
轟音。
ザインはすぐに離れる。
その直後。
アーヴェルの圧縮した大気がレオンハルトを横から吹き飛ばした。
着地する暇もない。
ザインが追いつく。
斬る。
肩。
さらに一撃。
腹。
レオンハルトが拳を振るう。
ザインがかわす。
逃げた先へ圧縮された大気が入り込み、レオンハルトの身体を再び押し戻す。
そこへザイン。
剣が胸を裂いた。
血が飛ぶ。
レオンハルトが後退する。
傷が塞がり始める。
だが。
遅い。
一つの傷が治る前に、次の傷が増える。
肩。
腹。
胸。
腕。
高速で再生を続けていた肉体が、二人の攻撃に追いつかなくなっていた。
ザインも気づく。
「再生、遅くなってきたな」
レオンハルトは答えない。
ザインの口元が僅かに上がる。
無限ではない。
治るなら。
治るより早く壊せばいい。
再び踏み込む。
レオンハルトが重力を発生させる。
今度はザインの身体が真横へ引かれた。
だが。
その先に。
空気の壁。
ザインの身体が柔らかく受け止められる。
着地と同時に走る。
アーヴェルがザインの進路へ気流を作る。
さらに加速。
レオンハルトへ。
剣。
かわされる。
だが。
かわした先にアーヴェルの斬撃。
圧縮大気がレオンハルトの背中を裂いた。
「……っ」
初めて。
レオンハルトの口から小さく息が漏れた。
ザインは止まらない。
アーヴェルも。
攻撃。
防御。
移動。
ザインの補助。
その全てを同時に行っている。
レオンハルトが重力でザインを飛ばせば、アーヴェルが受け止める。
距離を取れば、圧縮された大気が飛ぶ。
接近すれば、剣が待っている。
ザインを狙えば、アーヴェルが隙を突く。
アーヴェルを狙えば。
ザインが来る。
レオンハルトの身体に傷が増えていく。
高速再生が追いつかない。
呼吸も僅かに乱れ始めていた。
ザインが大きく踏み込む。
剣を振る。
レオンハルトがかわす。
そこへ蹴り。
腹部へ直撃。
身体が後方へ飛ぶ。
その瞬間。
「ザイン、離れろ」
アーヴェルの声。
ザインは理由を聞かなかった。
即座に後方へ跳ぶ。
レオンハルトが着地する。
その足元。
光。
巨大な魔法陣が展開された。
「……」
レオンハルトが下を見る。
円は瞬く間に広がっていく。
直径、数十メートル。
そして。
円周から光の境界が上空へ伸びた。
十メートル。
二十。
五十。
さらに。
およそ百メートル。
巨大な円筒状の領域。
その中心に。
レオンハルトがいる。
ザインは離れた場所から見上げた。
「……なんだ、あれ」
アーヴェルは答えない。
剣先をレオンハルトへ向けている。
周囲の空気が激しく流れ始めた。
最初に変化したのは。
円筒の内部。
砂埃が舞い上がる。
レオンハルトの衣服が激しく揺れた。
そして。
空気そのものが。
外へ流れ始める。
猛烈な勢いで。
領域内部から大気が排出されていく。
やがて。
砂埃が落ちた。
衣服も揺れなくなる。
静かになった。
異様なほどに。
レオンハルトの表情が僅かに変わる。
息を吸う。
だが。
空気がない。
音すら伝わらない。
領域内部の大気そのものが失われている。
――真空。
レオンハルトが地面を蹴った。
外へ。
だが。
円筒の境界へ到達した瞬間。
身体が止まる。
外周。
そこだけ。
空気が異常なほど高密度に圧縮されている。
レオンハルトが重力を発生させる。
自らの身体を横方向へ引く。
突破しようとする。
だが。
高密度の大気が押し返す。
レオンハルトの足が地面へ戻る。
その様子を。
アーヴェルは静かに見ていた。
そして。
次の変化が始まる。
真空になった円筒内部へ。
再び気体が流れ込んだ。
ザインが眉を寄せる。
「……?」
何のために真空にした。
そう思った直後。
パチッ――。
小さな光が生まれた。
レオンハルトの近く。
青白い光。
すぐに消える。
だが。
また。
パチッ。
今度は二つ。
三つ。
十。
次々と。
円筒内部に光が生まれていく。
気体とは、本来。
電気を通しにくい。
だが。
そこへ膨大なエネルギーを与えれば。
原子を構成する電子が引き剥がされる。
電子。
そして。
電子を失ったイオン。
それらが入り混じった気体は。
もはや。
ただの気体ではない。
物質の第四の状態。
――プラズマ。
円筒内部。
青白い光が急速に増えていく。
一つ一つだった光が繋がる。
レオンハルトが上を見る。
領域そのものが。
光り始めている。
青。
白。
さらに。
強く。
直視できないほどの輝きへ変わっていく。
ザインが思わず目を細める。
「……おいおい」
レオンハルトの表情が変わった。
初めて。
明確に。
危険を感じている。
アーヴェルが剣を振り上げる。
円筒内部の光が。
一斉に収束する。
そして。
「遅い」
剣を振り下ろした。
瞬間。
世界が白く染まった。
轟音。
巨大な光柱が地上から上空へ突き抜ける。
膨大な熱。
衝撃。
大地そのものが震えた。
ザインは咄嗟に腕で顔を覆う。
「っ……!」
光は戦場のどこからでも見えた。
魔改造兵と戦っていた兵士たち。
獣王国。
エルフ国。
第1軍。
誰もが。
一瞬だけ。
その光を見る。
天まで届く。
白い柱。
地面が抉れる。
岩が溶ける。
空気が震える。
やがて。
光が細くなっていく。
消える。
円筒を形作っていた魔法陣も。
ゆっくりと崩れていった。
残されたのは。
巨大なクレーター。
そして。
大量の煙。
ザインは剣を構えたまま、その中心を見る。
「……」
気配がない。
少なくとも。
先ほどまで感じていた異様な圧力は。
消えている。
アーヴェルも何も言わない。
煙の奥を見る。
数秒。
何も起こらない。
ザインが小さく息を吐く。
その時。
ザッ――。
音。
ザインの視線が上がる。
煙の中。
何かが動いた。
ザッ。
もう一度。
人影。
だが。
その輪郭が。
おかしい。
「……マジかよ」
煙の中から。
レオンハルトが現れた。
その姿は。
先ほどまでとは全く違っていた。
両腕は異常なほど肥大化している。
頭部。
胸部。
腹部。
身体の重要な場所を覆うように、硬質化した組織が幾重にも重なっていた。
肩から背中にかけては巨大な甲殻。
全身の筋肉も膨張している。
速く動くためではない。
攻撃するためでもない。
ただ。
生き残るため。
防御だけに全てを注ぎ込んだ。
異形の肉体。
それでも。
防ぎきれていなかった。
身体の右半分が焼け落ちている。
甲殻は融解。
その奥の筋肉まで炭化していた。
左腕は半ばから失われている。
胸部を覆っていた外殻には巨大な亀裂。
顔の半分も焼け崩れ。
片目がない。
血。
焼けた肉。
砕けた甲殻。
それらを地面へ落としながら。
レオンハルトは歩いてくる。
一歩。
また一歩。
「……確かに」
掠れた声。
残った片目が。
アーヴェルを見る。
「変わったかもしれんな」
焼け焦げた外殻が身体から剥がれ落ちる。
「当時のままであれば――」
一歩。
地面に血が落ちる。
「今ので確実に死んでいた」
ザインは半壊したレオンハルトを見つめる。
「……マジか。あれ防ぐのかよ」
レオンハルトの身体が蠢き始める。
欠損した腕の断面から。
肉。
骨。
血管。
新しい組織が伸び始める。
炭化した肉が剥がれ。
その下から新しい皮膚が形成されていく。
だが。
遅い。
先ほどまでとは。
明らかに違う。
再生が追いついていない。
失われた腕も。
まだ半分すら戻っていない。
焼けた身体も。
その大部分が残っている。
ザインの目が細くなる。
不死身ではない。
限界はある。
アーヴェルの一撃は。
確実に。
レオンハルトへ届いていた。
レオンハルトは再びアーヴェルを見る。
「見事だった」
焼け落ちた甲殻が地面へ落ちる。
「だが――」
半壊した身体を起こす。
残った片目が鋭く光った。
「同じ手は、二度と喰らわんぞ」
ここまでお読みいただきありがとうございます!
今回はアーヴェルの実力を存分に描く回となりました。
大気を操り、真空を作り出し、その先で気体そのものを電離させる。
ザインとはまったく異なる方向で、第1軍団長としての強さを見せてくれました。
しかし、その一撃を受ける直前、レオンハルトも肉体を防御だけに特化した異形へ変化。
それでも防ぎきれず、身体の大部分を失うほどの損傷を負いましたが――生きています。
「同じ手は、二度と喰らわん」
ここから再び、戦いが動き始めます。
次回もよろしくお願いします!




