頼れる存在
傷を負わせても、骨を折っても、瞬く間に再生していくレオンハルト。
削ることすら許されない相手を前に、ザインの戦い方が崩されていく。
そんな戦場へ、第1軍団長アーヴェル・グランツが加わる。
ザインが地面を蹴った。
一直線にレオンハルトとの距離を詰め、振り抜かれた拳を身体を沈めてかわす。そのまま腕の下を潜り抜け、すれ違いざまに脇腹へ剣を走らせた。
血が飛ぶ。
レオンハルトが振り返るより早く、ザインは身体を反転させる。
狙うのは腕。
刃が前腕へ深く食い込み、骨まで届く。
ザインは剣を引き抜くと同時に、その腕を蹴り上げた。
鈍い音。
肘が、本来とは違う方向へ曲がった。
「よし――」
これで片腕。
そう思った直後だった。
折れた腕が振るわれる。
「――っ!」
ザインは咄嗟に首を反らした。
拳が鼻先を通り過ぎる。
すぐに距離を取ったザインは、不自然に曲がった腕を見た。
「……腕、折れてんぞ」
「そうだな」
レオンハルトはそれだけ答えると、何事もなかったかのように踏み込んできた。
折れた腕すら構わず振り回してくる。
ザインは一撃目をかわし、二撃目を剣で受け流す。反撃に肩を斬りつけるが、レオンハルトは止まらない。
「……」
ザインは一度距離を取った。
脇腹。
胸。
肩。
そして腕。
既に何度も斬っている。
骨も折った。
それでも動きはほとんど鈍っていない。
「切っても折っても……致命傷を与えないと意味ねぇか」
小さく息を吐く。
「もう少し削ってから、全力で叩き込みたいんだけどなぁ……」
レオンハルトが僅かに笑った。
「随分と余裕だな」
「逆だよ。面倒だから困ってんの」
ザインは再び踏み込んだ。
今度は傷を増やすためではない。
首。
眼。
膝。
足首。
身体機能そのものを奪う場所へ狙いを変える。
右へ走り、直前で切り返す。
レオンハルトの拳を紙一重でかわし、一気に懐へ潜り込んだ。
剣先が膝へ向かう。
だが、折れた腕がザインの剣を横から弾いた。
「っ!」
軌道が逸れる。
そこへ反対の拳が飛んでくる。
ザインは左腕で受けたが、衝撃を殺しきれず身体ごと後方へ押し飛ばされた。
両足で地面を削りながら止まる。
そして、ザインは気づいた。
「……は?」
レオンハルトの腕。
先ほど確実に折ったはずの場所が、元に戻り始めている。
皮膚の下で骨が動き、異常な角度に曲がっていた腕が少しずつ形を取り戻していく。
やがてレオンハルトは指を開き、もう一度握った。
先ほどまで折れていたとは思えないほど、自然に動いている。
それだけではない。
脇腹の傷も。
肩の傷も。
少しずつ塞がっていた。
「……なるほど」
ザインの表情から僅かに余裕が消える。
痛みを無視しているだけではない。
壊した身体で戦えるだけでもない。
壊したそばから治っていく。
「そりゃ削れねぇわ」
少しずつ傷を増やしてから、全力で仕留める。
その戦い方が通用しない。
なら。
回復が追いつかないほどの致命傷を、一撃で与えるしかない。
「……参ったね」
レオンハルトが踏み込んだ。
速い。
ザインは拳を剣で受け、横へ流す。
二撃目をかわしながら肩を斬る。
だが、浅い。
三撃目。
ザインは身体を捻って避ける。
その先に、もう片方の拳が待っていた。
「ぐっ……!」
腹部に直撃。
身体が浮く。
そのまま地面を転がった。
ザインはすぐに起き上がる。
レオンハルトは既に目の前まで来ていた。
「休ませろよ……!」
振り下ろされる拳。
ザインが剣を上げる。
その瞬間。
空気が震えた。
レオンハルトが反応する。
だが、遅い。
周囲の大気が一点へ猛烈な勢いで集まり――解放された。
ドンッ!!!!
見えない衝撃が横からレオンハルトを捉えた。
「――っ!」
身体が真横へ吹き飛ぶ。
何十メートルも地面を転がり、瓦礫を巻き上げながらようやく止まった。
ザインはその光景を見送る。
「……」
横を見る。
少し離れた場所に、剣を向けたアーヴェルが立っていた。
「随分と苦戦しているな」
「……遅ぇよ」
「第1軍を放り出して来いと?」
「それは困る」
「なら文句を言うな」
アーヴェルはザインの横まで歩いてくる。
「向こうは?」
「戦線は安定した。指揮も預けてきた」
「なら安心だな」
瓦礫が崩れる。
レオンハルトが立ち上がった。
その姿を見たアーヴェルの表情から、僅かに軽さが消える。
「……アーヴェル・グランツ」
「覚えていたか」
「第1軍団長の顔を忘れるほど、記憶力は悪くない」
アーヴェルの視線が、レオンハルトの全身をなぞる。
傷はある。
血も流れている。
だが、そのどれもが既に塞がり始めていた。
「随分と変わったな、レオンハルト」
「そう見えるか」
「ああ。以前のお前は、斬られた傷が勝手に塞がるような人間ではなかったはずだ」
「よく覚えているな」
「第1軍団長をやっていれば、国内の危険な人間くらいは覚える」
レオンハルトが僅かに目を細めた。
「昔から、俺をそう見ていたか」
「少なくとも、今よりは人間らしかった」
その間にも、ザインがつけた傷は塞がっていく。
「事情を聞くのは後でいい」
「聞けると思っているのか?」
「そのつもりで戦う」
アーヴェルはザインへ短く告げた。
「好きに動け。俺が合わせる」
「……了解」
周囲の大気が、静かに動き始める。
次の瞬間。
ザインが地面を蹴った。
真正面からレオンハルトへ向かう。
剣を振り下ろす。
レオンハルトが腕で受ける。
その瞬間だった。
横から圧縮された空気が炸裂する。
「――!」
レオンハルトの体勢が崩れた。
ザインは即座に剣を返す。
肩を斬る。
レオンハルトが拳を振るう。
ザインは避けない。
拳が届く直前。
二人の間で空気が急激に密集した。
見えない壁。
レオンハルトの拳が僅かに減速する。
その一瞬で、ザインは身体を沈めた。
「……なるほど」
拳の下を潜り抜け、腹へ蹴りを叩き込む。
レオンハルトが後方へ飛ぶ。
その着地点。
既に空気が圧縮されていた。
アーヴェルが剣を振る。
解放。
ドォン!!
着地するはずだったレオンハルトの身体が、再び空中へ打ち上げられた。
「そこか!」
ザインが跳ぶ。
空中で追いつき、剣を振り下ろす。
レオンハルトの胸が深く裂ける。
その身体が地面へ叩き落とされた。
ザインも着地する。
「……やりやすいな」
「好きに動けと言っただろう」
瓦礫の中からレオンハルトが起き上がる。
胸の傷が塞がり始めていた。
だが。
その瞬間には、もうザインが来ている。
レオンハルトが迎撃する。
拳。
ザインがかわす。
その逃げ道を塞ぐように、圧縮された空気がレオンハルトの背後で炸裂した。
身体が前へ押し戻される。
そこへザインの剣。
脇腹を深く斬り裂く。
レオンハルトが反撃しようとする。
空気の壁。
僅かに止まる。
ザインが離れる。
直後。
アーヴェルが剣を振った。
圧縮された大気が塊となって撃ち出される。
レオンハルトは腕を交差させて受けた。
轟音。
地面を抉りながら後退する。
止まった時には。
ザインが横にいる。
「――!」
剣が走る。
レオンハルトの肩口から血が噴き出した。
追撃。
蹴り。
レオンハルトが吹き飛ぶ。
だが、その先にはアーヴェル。
剣を振り抜く。
大気が爆ぜた。
再びレオンハルトがザインの方へ押し戻される。
「……っ!」
ザインの剣が腹部へ突き刺さる。
そのまま横へ斬り抜いた。
血が大量に飛び散る。
レオンハルトが大きく距離を取った。
初めて。
自ら。
二人から離れた。
「……」
ザインは追わない。
アーヴェルも動かない。
レオンハルトの傷は既に塞がり始めている。
それでも。
先ほどまでとは違う。
再生が追いついていない。
胸。
腹。
肩。
次々に新しい傷が増えていく。
ザイン一人では、傷を与えても回復されていた。
だが今は。
治るより早く。
次の傷が増える。
レオンハルトは二人を見た。
ザインが前。
アーヴェルが後ろ。
だが。
単純な前衛と後衛ではない。
ザインを吹き飛ばそうとすれば、空気の壁が受け止める。
ザインの攻撃をかわそうとすれば、大気が逃げ道を潰す。
距離を取れば、圧縮された空気そのものが飛んでくる。
そして。
その僅かな隙をザインが逃さない。
レオンハルトの視線が、アーヴェルへ向いた。
「……なるほど」
小さく呟く。
「このままだと少々厄介だな」
その言葉を聞いたザインが動いた。
「なら――」
地面を蹴る。
「そのまま困ってろ!」
一直線。
レオンハルトへ。
だが。
レオンハルトはザインを見ていなかった。
右手を僅かに横へ向ける。
ザインが眉を寄せる。
「……?」
次の瞬間。
身体が。
真横へ落ちた。
「――は?」
地面ではない。
横。
突然発生した凄まじい力に全身を引かれ、ザインの身体が横方向へ吹き飛んだ。
「うおっ――!」
止まれない。
足が地面から離れる。
何十メートルも先の瓦礫へ向かって、凄まじい速度で飛ばされる。
衝突する。
その直前。
ザインの背後で。
空気が密集した。
一層。
二層。
三層。
ザインの身体が見えない何かへ沈み込む。
勢いが急激に殺されていく。
最後には。
ふわりと押し返された。
ザインは両足から地面へ着地する。
「……」
自分の背後を見る。
何もない。
だが。
分かる。
「……助かった」
アーヴェルはレオンハルトから視線を外さない。
「好きに動けと言っただろう」
ザインもレオンハルトを見る。
さっきの力。
知っている。
以前。
一度。
戦った時にも見た。
だが。
あの時とは。
明らかに規模が違う。
「……重力か」
レオンハルトは答えない。
ただ。
静かに右手を下ろした。
アーヴェルの目が僅かに細くなる。
大気を操るアーヴェル。
重力を操るレオンハルト。
そして。
その間で剣を握るザイン。
先ほどまで一方的に押されていたレオンハルトの周囲で。
再び。
空気が変わり始めていた。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
アーヴェル参戦。
ザインの動きを妨げるのではなく、好きに戦わせた上で、その全てに合わせる。
第1軍団長としての実力を少しずつ見せ始めました。
一方、追い込まれ始めたレオンハルトも、かつて得意としていた重力魔法を使用。
大気と重力。
二つの力がぶつかる戦いは、ここからさらに激しくなっていきます。
次回もよろしくお願いします!




