各々の戦場
ザインとレオンハルトの再戦が激しさを増す中、
戦場の各所でも教団幹部との戦いが始まる。
それぞれが目の前の敵と向き合う中、
アーヴェルもまた、遠く離れた戦場の異変に気づき始める。
第63話です。
レオンハルトの姿が消える。
ザインは考えるより先に身体を捻った。
直後、頬のすぐ横を拳が通り抜ける。風圧だけで皮膚が裂け、一筋の血が流れた。
「っぶね……!」
だが、ザインも止まらない。
伸び切った腕の内側へ潜り込み、レオンハルトの脇腹へ剣を走らせる。
肉を裂く感触。
血が飛ぶ。
「――浅いか」
ザインが離れようとした瞬間、レオンハルトの手が肩を掴んだ。
「っ!」
そのまま身体を持ち上げ――地面へ叩きつける。
ドォン!!
背中から激突した地面が大きく陥没し、ザインの肺から空気が強制的に吐き出された。
「がっ……!」
間髪入れず、レオンハルトの足がザインの頭を踏み砕こうと落ちてくる。
ザインは横へ転がった。
轟音。
先ほどまで頭があった場所が砕け散る。
「殺意高ぇな!」
「殺し合いの最中だぞ」
「もうちょい再会を楽しめよ!」
「紅茶の話はしただろう」
「それで終わり!?」
ザインは立ち上がる勢いのまま剣を振り上げた。
レオンハルトが後ろへ下がる。
ザインも追う。
一撃目をかわされ、二撃目を防がれる。
ならばと、ザインは踏み込みながら剣を持つ右手を離し、左手だけで振った。
レオンハルトの視線が僅かに剣へ寄る。
その瞬間。
ザインの右拳が顔面を捉えた。
「――!」
レオンハルトの身体が横へ吹き飛ぶ。
「よし」
数メートル先で着地したレオンハルトは、口元から流れた血を親指で拭った。
「剣士が剣を囮にするか」
「剣しか使えないなんて言った覚えないからな」
「なるほど」
「殴った方が早い時もある」
「合理的だ」
「褒めんなよ。照れるだろ」
そう言いながらも、ザインは笑っていなかった。
効いている。
攻撃そのものは通る。
斬れば血が出る。殴れば吹き飛ぶ。
なら、倒せない相手ではない。
問題は――。
「……」
ザインは僅かに腰を落とした。
レオンハルトも構える。
次の瞬間、二人の姿が同時に消えた。
激突。
ザインの剣をレオンハルトがかわし、返された拳を剣で逸らす。
続く蹴りを腕で受けた瞬間、その衝撃でザインの身体が僅かに浮いた。
だが、その勢いすら利用する。
空中で身体を回転させ、踵をレオンハルトの首へ叩き込む。
レオンハルトは片腕で受け止め、そのままザインの足首を掴んだ。
「うおっ!」
投げられる。
ザインは空中で身体を捻り、両足から着地した。
その直後。
既にレオンハルトが目の前にいた。
「速――」
拳が腹へ突き刺さる。
「ぐっ……!」
身体がくの字に折れる。
二発目を剣の柄で受け、三発目をかわす。
四発目が頬を掠めたところで、ザインは大きく後方へ跳んだ。
「……お前さ」
呼吸を整えながら、ザインが言う。
「何だ」
「身体、痛くないの?」
レオンハルトが僅かに目を細めた。
「さっきから何回か斬ってんだけど」
脇腹、胸、腕。
浅いとはいえ、確実に傷は入っている。
普通なら動くたびに傷口が開く。痛みによって反応が鈍る瞬間だってある。
だが、レオンハルトにはそれがない。
「普通、もうちょい嫌がるだろ」
「必要ない」
「必要ない?」
「痛覚は残っている。だが、それによって身体の動きを制限する必要はなくなった」
ザインが露骨に嫌そうな顔をした。
「……気持ち悪」
「率直だな」
「褒めてると思った?」
「まさか」
レオンハルトが地面を蹴る。
ザインも前へ出た。
再び、二人がぶつかる。
◇
戦場の各所でも、七つの戦いが始まっていた。
ガレスの正面。
巨大な斧が振り下ろされる。
「っ!」
ガァン!!
ガレスは剣で受け止めたが、凄まじい衝撃に膝が沈んだ。
「……重てぇな!」
「どうした!」
教団幹部の男が笑いながら、さらに斧へ力を込める。
「第1軍とやらも、この程度か!」
「俺は第1軍じゃねぇよ!」
ガレスは斧を横へ受け流し、そのまま懐へ踏み込んだ。
剣を脇腹へ叩き込む。
だが――刃が止まった。
「……あ?」
硬い。
男が笑う。
「残念だったな」
拳が飛ぶ。
ガレスは咄嗟に腕を上げたが、衝撃を殺しきれず後方へ吹き飛ばされた。
地面を滑りながら体勢を立て直す。
「……なるほど」
剣を構え直し、ガレスが笑った。
「ザインが一人殺したからって、全員あの程度とは限らねぇか」
「貴様……!」
「悪い悪い。今のはお前を貶したんじゃなくて、ザインを褒めただけだ」
男の顔が歪む。
「殺す!」
「分かりやすくて助かるよ!」
◇
少し離れた場所では、ダリオが巨大な槌を紙一重でかわしていた。
地面が爆ぜ、飛び散った破片が頬を掠める。
「いやいやいや! それ当たったら死にますって!」
「ならば避け続けろ!」
「そうします!」
もう一撃をかわしながら、ダリオは相手を観察する。
大柄な身体。
巨大な武器。
純粋な力なら、恐らく自分より上。
なら、真正面から付き合う必要はない。
「……よし」
ダリオは腰の道具へ手を伸ばし、小さな金属片を地面へ投げた。
「俺、別に戦うだけが仕事じゃないんで」
「何?」
男が踏み込んだ瞬間。
足元が爆発した。
「――!?」
爆煙の向こうで、ダリオが笑う。
「鍛冶屋舐めんなよ!」
◇
リナの周囲では炎が舞っていた。
その炎を突き破り、教団幹部の女が飛び出してくる。
「遅い!」
刃がリナの首へ迫る。
だが。
「そうですか?」
リナの姿が揺らいだ。
刃が空を切る。
「――!」
背後。
既にリナの手には魔法陣が完成していた。
「私は、速い方だと思いますけど」
爆発。
女の身体が炎に呑み込まれた。
◇
シグの戦場に、言葉はなかった。
相手もまた無言。
ただ互いに、急所だけを狙っている。
短剣が交わる。
一度。
二度。
三度。
シグの刃が喉へ迫れば、相手は首を逸らしてかわす。
そのまま返された刃が心臓へ伸びるが、シグは身体を捻り、服だけを裂かせた。
互いに距離を取る。
「……」
シグが短剣を逆手に持ち替える。
正面の男も構えを変えた。
次の瞬間。
二人は同時に地面を蹴った。
◇
レグルスは笑っていた。
「ははっ!」
拳が教団幹部の顔面へ突き刺さる。
男の身体が吹き飛ぶ。
だが、地面へ手をついた男は勢いを殺さず身体を回転させ、そのままレグルスの顔へ蹴りを叩き込んだ。
「っ!」
顔が横へ振られる。
それでも、レグルスは倒れない。
口元の血を拭い、牙を見せる。
「……いいねぇ」
拳を握る。
「久しぶりに殴り合えそうだ!」
◇
エリオンの戦い方は、そのどれとも違っていた。
相手との距離を維持しながら、三つの魔法陣を同時に展開する。
正面の幹部が笑った。
「エルフか」
「ええ」
「魔法しか使えぬ臆病者どもが」
エリオンの眉が僅かに動く。
「そうですか」
杖を振る。
一つ目。
氷。
男が横へかわす。
二つ目。
風。
体勢が崩れる。
そして三つ目。
雷。
「では」
閃光。
「その臆病者に負けないでくださいね」
雷鳴が戦場を揺らした。
◇
ミレイアは杖を両手で握っていた。
正面に立つのは、二本の剣を持った細身の男。
男はミレイアをしばらく観察すると、楽しそうに笑った。
「貴様、戦闘員ではないな?」
ミレイアは答えない。
「匂いで分かる。血よりも、薬と治癒魔法の匂いが強い」
周囲には負傷者がいる。
自分の役割は戦うことではない。
治すこと。
生かすこと。
だが、目の前の男を放置すれば治療どころではない。
「……困りましたね」
「何がだ?」
ミレイアは杖を握り直した。
「私、人を傷つける魔法はあまり得意ではないんです」
男が笑う。
「ならば死ね」
一瞬で距離を詰めてくる。
速い。
ミレイアは杖を地面へ突き立てた。
淡い光が足元から広がる。
男の剣が振り下ろされ――その直前。
光の壁が刃を止めた。
「――!」
ミレイアは後ろへ下がり、再び杖を構える。
「でも」
正面の男をまっすぐ見据える。
「死ぬのは、もっと得意じゃありません」
◇
七つの戦いが同時に進む。
そして、その外側では第1軍が魔改造兵を押し返していた。
「前列、進め!」
アーヴェルの号令に合わせ、第1軍が一斉に前進する。
「突出するな! 隊列を維持しろ!」
魔法が飛び、敵が倒れる。
剣と槍を構えた兵士たちがその穴へ入り込み、戦線そのものを少しずつ前へ押し上げていく。
アーヴェル自身も敵を斬りながら、戦場全体を見ていた。
七人の幹部。
ザインの部下たち。
獣王国。
エルフ国。
ラウゼン軍。
そして。
敵軍の遥か奥。
ザインとレオンハルト。
「また勝手に行きやがって」
小さく呟いた直後。
ドォン!!
巨大な音が響いた。
アーヴェルが反射的にそちらを見る。
何かが地面を跳ねていた。
人。
剣を地面へ突き刺し、ようやく止まる。
ザインだ。
「……」
アーヴェルの表情が変わる。
あのザインが、吹き飛ばされた。
「団長!」
部下の声が飛ぶ。
「右から来ます!」
「分かっている!」
迫ってきた魔改造兵を剣で斬り、続けて風で後続を吹き飛ばす。
それでも。
アーヴェルの意識には、遠くの二人が引っかかっていた。
レオンハルト。
以前から知っている。
親しいわけではない。
だが、同じ国に生き、互いの名と立場を知らないほど遠い間柄でもなかった。
何度か顔を合わせたこともある。
その実力も知っている。
だからこそ、分かる。
「あれは……」
自分の知っているレオンハルトではない。
◇
ザインの剣がレオンハルトの肩を裂いた。
そのまま身体を回し、蹴りを腹へ叩き込む。
レオンハルトが吹き飛ぶ。
「よし!」
ザインは追った。
着地するより先に間合いを詰め、剣を振り下ろす。
レオンハルトが腕で受ける。
ザインはさらに押し込んだ。
「――らぁ!」
レオンハルトの足元が沈む。
「……」
レオンハルトは、間近にいるザインを静かに見た。
「確かに強くなった」
「二回目だぞ、それ」
「だが――」
レオンハルトの手が動いた。
ザインの剣を。
素手で掴む。
「……は?」
刃が掌へ食い込み、血が流れる。
それでも離さない。
ザインが剣を引こうとする。
動かない。
「お前――」
「それだけだ」
拳がザインの腹部へ突き刺さった。
ドォン!!
空気が爆ぜる。
ザインの身体が浮き、そのまま遥か後方へ吹き飛んだ。
「がっ……!」
地面へ激突。
一度跳ね。
そのまま瓦礫へ突っ込む。
轟音とともに煙が立ち上った。
レオンハルトは、剣で裂けた自らの掌を見る。
そして。
ゆっくりと拳を握った。
「終わりではないだろう」
返事はない。
数秒。
瓦礫が動く。
「……ったく」
ザインが立ち上がった。
額から血が流れている。
口元の血を拭い、そのまま地面へ吐き出した。
「当然だろ」
剣を拾う。
構える。
「勝手に終わらせんな」
レオンハルトが僅かに笑った。
「そうでなくてはな」
◇
遠く。
アーヴェルは、その光景を見ていた。
ザインはまだ立っている。
だが。
明らかに押されている。
「団長!」
「何だ!」
「左翼、押し返しました!」
アーヴェルは即座に戦況へ視線を戻す。
「そのまま前線を維持しろ! 深追いはするな!」
「はい!」
指示を飛ばし、自らも迫る敵を斬り伏せる。
まだ。
ここを離れるわけにはいかない。
自分は第1軍団長だ。
戦場全体を見なければならない。
それでも。
もう一度だけ。
アーヴェルは遠くを見る。
ザイン。
そして。
その正面に立つレオンハルト。
二人の強さを知っている。
だからこそ。
今、目の前で起きていることが異常だと分かる。
「……面倒なことになってるな」
アーヴェルが小さく呟く。
その遥か先。
ザインは再び地面を蹴った。
レオンハルトへ向かって。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
ザインの部下たち、レグルス、エリオンもそれぞれ教団幹部との戦闘へ。
そして、ザインは以前とは別物になったレオンハルトを相手に、少しずつ押され始めています。
その戦いを遠くから見ているアーヴェル。
まだ第1軍団長として戦場を離れることはできませんが、このままザインとレオンハルトの戦いが終わるはずもなく――。
次回もよろしくお願いします!




