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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
序章
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6/102

森に隠されたもの

第6話です。


 異様な黒鎧熊との戦いを終え、再び目的地を探すザインたち。


 手掛かりのない森の中で、ノアがあることを思い出します。


 今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!

 黒鎧熊との戦いから、しばらく経った。三人は再び森の中を歩いていた。


「……」


 ノアは歩きながら地図を見つめている。何度見ても、描かれているものは変わらない。北には山、西には渓流、それ以外はほとんどが森。肝心の目的地については、何も書かれていなかった。


「うーん……」


 ノアが唸る。その前では、ザインが相変わらず一定の速度で歩き続けていた。


「そんなに見てても変わらないんじゃない?」


「そうなんですけど……」


 ノアは困ったように地図を見る。


「このまま何の手掛かりもなく歩き続けるのは、さすがに……」


「まあ、歩いてればそのうち着くでしょ」


「その考え方でここまで来たのが不思議です」


「そう?」


「褒めてません」


 横を歩いていたイリスが口を挟む。


「あなた、試験が終わるまでそれを言い続けるつもり?」


「でも止まってても着かないよ」


「……それはそうだけど」


 イリスは言葉に詰まり、ため息をついた。ザインは気にせず前へ進んでいく。


 ノアは再び地図へ視線を落とした。


「……」


 北。山。西。渓流。東。深い森。何かないのか。目的地を絞れる情報。そもそも――。


「……この森」


 ノアの足が止まった。数歩進んだザインが振り返る。


「どうした?」


「いえ……」


 ノアは周囲を見渡した。


「どこかで聞いたことがあるような……」


 イリスも足を止める。


「この森を?」


「多分……」


 ノアは目を閉じ、記憶を探る。ずっと昔、まだ家にいた頃、父や兄たちの会話。屋敷を訪れていた誰か。自分はその場で本を読んでいた。興味もなかった。だから、ほとんど覚えていない。


 ただ、聞いた言葉がある。


 ――旧軍用地。


 ――森に呑まれた。


 ――現在は放棄されている。


「……あ」


 ノアが顔を上げた。


「思い出しました」


「何を?」


「もしかしたら……」


 ノアは少し迷ってから口を開く。


「この辺り、昔は軍が使っていた土地かもしれません」


「軍?」


 ザインが首を傾げる。イリスも眉を上げた。


「どういうこと?」


「僕も詳しくは知りません」


 ノアは慌てて付け加える。


「昔、家にいた頃に小耳に挟んだだけなんです」


「軍が使っていた施設の一つが役目を終えて、そのまま放棄されたって」


「それがこの辺りだった気がします」


 イリスが周囲を見る。どこを見ても木。軍の施設があったようには見えない。


「本当に?」


「自信はないです……」


 ノアは肩を縮める。


「かなり昔の話だったと思うので」


「もし本当だったとしても、もう森に呑まれているかもしれません」


「ふーん」


 ザインが周囲を見て、少し考える。


「軍の施設って何があるの?」


「え?」


「俺、そういうの知らないから」


「ああ……」


 ノアは指を折りながら答える。


「兵士が生活する兵舎や、武器や食料を保管する倉庫」


「訓練場もあると思います」


「それと、指揮を執るための本部とか……」


「本部……」


 イリスが呟いた。ノアを見る。


「今回の試験、目的地に先着した十人が合格なのよね?」


「はい」


「だったら、目的地には試験官がいるはず」


 ノアが目を見開く。


「……確かに」


 イリスは続ける。


「到着した受験者の順位を確認しなきゃいけないんだから」


「何人かは待機してるでしょうね」


「じゃあ」


 ザインが二人を見る。


「ある程度広い場所じゃない?」


「……」


 二人がザインを見る。


「何?」


「いえ」


 ノアが地図へ視線を落とす。


「その通りだと思います」


 ザインも横から地図を覗いた。


「百人近く参加してるんでしょ?」


「はい」


「全員来るわけじゃないけど、最後に人を集めるなら狭い場所より広い方が楽じゃん」


「……そうね」


 イリスが少し意外そうな顔をする。


「珍しくまともなこと言うじゃない」


「失礼だな」


 ザインが笑う。ノアは地図を地面へ広げた。


「もし、この森が本当に旧軍用地だったとしたら……」


 指で地図をなぞる。


「本部や訓練場みたいな大きな施設を造るなら、平坦な土地が必要です」


「山の中は違う?」


 ザインが北を指す。


「可能性は低いと思います」


「大勢の兵士や物資を移動させるのにも不便ですから」


「じゃあ北は外せるわね」


 イリスがしゃがみ込む。


「東は?」


「分かりません」


 ノアは首を振る。


「この地図には高低差までは詳しく載ってないので……」


 三人が地図を睨む。しばらく沈黙が続いた。


「……」


「……」


「……」


 ザインが口を開いた。


「水は?」


「え?」


 ノアが顔を上げる。


「軍の人って、いっぱい住んでたんでしょ?」


「そうだと思います」


「だったら水がいるよね」


 ザインが地図の西側を指差す。


「ここ」


 渓流。


「水が遠かったら、毎日大変じゃん」


「……」


 ノアが地図を見る。イリスもザインの指先へ視線を向けた。


「確かに……」


 ノアが呟く。


「大人数が長期間駐留するなら、安定した水源が必要です」


「でしょう?」


「……」


 イリスがザインを見る。


「何?」


「あなた、意外と頭使えるのね」


「どういう意味?」


「そのままの意味よ」


「失礼だなぁ」


 ザインが肩をすくめる。ノアはそんな二人を横目に、地図へ集中していた。


 渓流。平坦な土地。物資を運びやすい場所。軍事施設。そして、今回の目的地。


「……ここ」


 ノアが地図の一点を指差した。二人が覗き込む。


「ここ?」


 ザインが尋ねる。


「正確な場所は分かりません」


 ノアは首を振る。


「でも、この辺りなら渓流からも近い」


「山からも離れています」


「もし軍の施設があったなら……」


 少しだけ間を置く。


「探すなら、この辺りだと思います」


「よし」


 ザインが立ち上がった。


「じゃあ行こう」


「早っ」


 ノアが思わず声を漏らす。イリスも呆れたように立ち上がった。


「本当に決まってから動くまでが早いわね」


「時間ないし」


「それはそうだけど」


 ノアも慌てて地図を畳んだ。


「ま、待ってください!」


 三人は進路を西へ変えた。


◇


 森の中を歩く。ノアが地図を確認しながら方向を修正し、ザインが先頭で道を選ぶ。イリスは周囲を警戒しながら、その後ろを歩いていた。


「もう少しだと思います」


「どれくらい?」


「それは……」


 ノアが地図を見る。


「分かりません」


「そっか」


「すみません……」


「別に謝らなくていいよ」


 ザインは気にした様子もなく歩き続ける。


 やがて、ザインの足が止まった。


「……ん?」


 後ろを歩いていたイリスが危うくぶつかりそうになる。


「急に止まらないでよ」


「ごめん」


「何?」


 ザインは答えず、前方を見る。


「……なんか変じゃない?」


「何が?」


 イリスも前を見る。森。何も変わらない。ノアも横から覗いた。


「僕には普通に見えますけど……」


「うーん」


 ザインはそのまま少し進み、右を見て、左を見て、また前を見る。


「木が少ない」


「え?」


「ここだけ」


 二人も改めて周囲を確認する。言われてみれば、確かに――森の中に、不自然なほど真っ直ぐ木の生えていない場所が続いている。幅もほぼ一定。何十メートルも先まで。


「……」


 ノアの表情が変わった。


「もしかして」


 三人はその場所へ足を踏み入れる。ザインが地面を見た。落ち葉、土、草。一見すると普通の森だ。ザインはしゃがみ込み、地面を軽く払った。


「……なんかある」


 ノアも隣へしゃがむ。二人で落ち葉を退けていく。その下から現れたのは――。


「石?」


 ザインが触れる。一つではない。同じ大きさに切り揃えられた石が、規則正しく並べられている。苔に覆われ、土に埋まり、長い年月をかけて森の一部になっていた。


「……人工物」


 イリスが呟く。ノアは苔を手で払い、そのまま立ち上がる。前を見る。真っ直ぐ続く、不自然な空間。地面の下には石。


「多分……」


 ノアの声が少し弾む。


「道です」


「道?」


「はい」


 ノアは周囲を見る。


「これだけの幅があれば、荷車も通れます」


「もし本当にここが軍用地だったなら……」


 ザインが森の奥を見る。


「軍が使ってた道?」


「おそらく」


 三人の視線が同じ方向へ向く。道は森の奥へ真っ直ぐ続いていた。


「当たりっぽいね」


 ザインが笑う。


「まだ分からないわよ」


 そう言いながらも、イリスの口元も僅かに緩んでいた。


「行ってみましょう」


 ノアが言う。三人は古い道を歩き始めた。これまでより遥かに歩きやすい。長い年月によって土や植物に覆われてはいるが、それでも森の中を進むより速かった。


「これなら結構進めそう」


「ですね」


「でも」


 イリスが周囲を見る。


「他の受験者に見つかったら面倒ね」


「確かに」


 ザインが剣の柄へ手を置く。


「気をつけよう」


 三人は速度を上げた。


 どれくらい歩いただろう。やがて。


「……あれ」


 ザインが前方を指差した。


「何?」


「なんかある」


 ノアが目を凝らす。木々の隙間、かなり遠い。植物に覆われ、輪郭もほとんど分からない。それでも、自然にできたものではない。縦に伸びる巨大な影。


「……建物?」


 イリスが呟く。ノアが一歩前へ出た。目を凝らす。崩れかけた石造りの塔。その一部が、森の木々より高く突き出している。


「……ありました」


 ノアの声が僅かに震える。ザインが笑った。


「ゴール?」


「まだ分かりません」


 ノアも少しだけ笑う。


「でも──」


 三人の前、森に埋もれた古い道が、その建物へ向かって真っ直ぐ続いている。


「少なくとも」


「僕たちの予想は、当たっていたみたいです」


 三人は森の奥にそびえる朽ちた塔を見上げた。ようやく見つけた。目的地へ繋がる、確かな手掛かりを。


第6話を読んでいただき、ありがとうございました!


 今回は戦闘から少し離れて、三人で目的地を探す探索回でした。


 ノアが偶然耳にしていた旧軍用地の話と、ザインたちがこれまでに得た情報。


 それらを繋ぎ合わせ、ついに見つけた森に埋もれた古い道。


 その先に見える建物は、本当に試験のゴールへ繋がっているのか。


 そして、ここまで辿り着いている受験者は他にもいるのか。


 次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!


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