森に隠されたもの
第6話です。
異様な黒鎧熊との戦いを終え、再び目的地を探すザインたち。
手掛かりのない森の中で、ノアがあることを思い出します。
今回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
黒鎧熊との戦いから、しばらく経った。三人は再び森の中を歩いていた。
「……」
ノアは歩きながら地図を見つめている。何度見ても、描かれているものは変わらない。北には山、西には渓流、それ以外はほとんどが森。肝心の目的地については、何も書かれていなかった。
「うーん……」
ノアが唸る。その前では、ザインが相変わらず一定の速度で歩き続けていた。
「そんなに見てても変わらないんじゃない?」
「そうなんですけど……」
ノアは困ったように地図を見る。
「このまま何の手掛かりもなく歩き続けるのは、さすがに……」
「まあ、歩いてればそのうち着くでしょ」
「その考え方でここまで来たのが不思議です」
「そう?」
「褒めてません」
横を歩いていたイリスが口を挟む。
「あなた、試験が終わるまでそれを言い続けるつもり?」
「でも止まってても着かないよ」
「……それはそうだけど」
イリスは言葉に詰まり、ため息をついた。ザインは気にせず前へ進んでいく。
ノアは再び地図へ視線を落とした。
「……」
北。山。西。渓流。東。深い森。何かないのか。目的地を絞れる情報。そもそも――。
「……この森」
ノアの足が止まった。数歩進んだザインが振り返る。
「どうした?」
「いえ……」
ノアは周囲を見渡した。
「どこかで聞いたことがあるような……」
イリスも足を止める。
「この森を?」
「多分……」
ノアは目を閉じ、記憶を探る。ずっと昔、まだ家にいた頃、父や兄たちの会話。屋敷を訪れていた誰か。自分はその場で本を読んでいた。興味もなかった。だから、ほとんど覚えていない。
ただ、聞いた言葉がある。
――旧軍用地。
――森に呑まれた。
――現在は放棄されている。
「……あ」
ノアが顔を上げた。
「思い出しました」
「何を?」
「もしかしたら……」
ノアは少し迷ってから口を開く。
「この辺り、昔は軍が使っていた土地かもしれません」
「軍?」
ザインが首を傾げる。イリスも眉を上げた。
「どういうこと?」
「僕も詳しくは知りません」
ノアは慌てて付け加える。
「昔、家にいた頃に小耳に挟んだだけなんです」
「軍が使っていた施設の一つが役目を終えて、そのまま放棄されたって」
「それがこの辺りだった気がします」
イリスが周囲を見る。どこを見ても木。軍の施設があったようには見えない。
「本当に?」
「自信はないです……」
ノアは肩を縮める。
「かなり昔の話だったと思うので」
「もし本当だったとしても、もう森に呑まれているかもしれません」
「ふーん」
ザインが周囲を見て、少し考える。
「軍の施設って何があるの?」
「え?」
「俺、そういうの知らないから」
「ああ……」
ノアは指を折りながら答える。
「兵士が生活する兵舎や、武器や食料を保管する倉庫」
「訓練場もあると思います」
「それと、指揮を執るための本部とか……」
「本部……」
イリスが呟いた。ノアを見る。
「今回の試験、目的地に先着した十人が合格なのよね?」
「はい」
「だったら、目的地には試験官がいるはず」
ノアが目を見開く。
「……確かに」
イリスは続ける。
「到着した受験者の順位を確認しなきゃいけないんだから」
「何人かは待機してるでしょうね」
「じゃあ」
ザインが二人を見る。
「ある程度広い場所じゃない?」
「……」
二人がザインを見る。
「何?」
「いえ」
ノアが地図へ視線を落とす。
「その通りだと思います」
ザインも横から地図を覗いた。
「百人近く参加してるんでしょ?」
「はい」
「全員来るわけじゃないけど、最後に人を集めるなら狭い場所より広い方が楽じゃん」
「……そうね」
イリスが少し意外そうな顔をする。
「珍しくまともなこと言うじゃない」
「失礼だな」
ザインが笑う。ノアは地図を地面へ広げた。
「もし、この森が本当に旧軍用地だったとしたら……」
指で地図をなぞる。
「本部や訓練場みたいな大きな施設を造るなら、平坦な土地が必要です」
「山の中は違う?」
ザインが北を指す。
「可能性は低いと思います」
「大勢の兵士や物資を移動させるのにも不便ですから」
「じゃあ北は外せるわね」
イリスがしゃがみ込む。
「東は?」
「分かりません」
ノアは首を振る。
「この地図には高低差までは詳しく載ってないので……」
三人が地図を睨む。しばらく沈黙が続いた。
「……」
「……」
「……」
ザインが口を開いた。
「水は?」
「え?」
ノアが顔を上げる。
「軍の人って、いっぱい住んでたんでしょ?」
「そうだと思います」
「だったら水がいるよね」
ザインが地図の西側を指差す。
「ここ」
渓流。
「水が遠かったら、毎日大変じゃん」
「……」
ノアが地図を見る。イリスもザインの指先へ視線を向けた。
「確かに……」
ノアが呟く。
「大人数が長期間駐留するなら、安定した水源が必要です」
「でしょう?」
「……」
イリスがザインを見る。
「何?」
「あなた、意外と頭使えるのね」
「どういう意味?」
「そのままの意味よ」
「失礼だなぁ」
ザインが肩をすくめる。ノアはそんな二人を横目に、地図へ集中していた。
渓流。平坦な土地。物資を運びやすい場所。軍事施設。そして、今回の目的地。
「……ここ」
ノアが地図の一点を指差した。二人が覗き込む。
「ここ?」
ザインが尋ねる。
「正確な場所は分かりません」
ノアは首を振る。
「でも、この辺りなら渓流からも近い」
「山からも離れています」
「もし軍の施設があったなら……」
少しだけ間を置く。
「探すなら、この辺りだと思います」
「よし」
ザインが立ち上がった。
「じゃあ行こう」
「早っ」
ノアが思わず声を漏らす。イリスも呆れたように立ち上がった。
「本当に決まってから動くまでが早いわね」
「時間ないし」
「それはそうだけど」
ノアも慌てて地図を畳んだ。
「ま、待ってください!」
三人は進路を西へ変えた。
◇
森の中を歩く。ノアが地図を確認しながら方向を修正し、ザインが先頭で道を選ぶ。イリスは周囲を警戒しながら、その後ろを歩いていた。
「もう少しだと思います」
「どれくらい?」
「それは……」
ノアが地図を見る。
「分かりません」
「そっか」
「すみません……」
「別に謝らなくていいよ」
ザインは気にした様子もなく歩き続ける。
やがて、ザインの足が止まった。
「……ん?」
後ろを歩いていたイリスが危うくぶつかりそうになる。
「急に止まらないでよ」
「ごめん」
「何?」
ザインは答えず、前方を見る。
「……なんか変じゃない?」
「何が?」
イリスも前を見る。森。何も変わらない。ノアも横から覗いた。
「僕には普通に見えますけど……」
「うーん」
ザインはそのまま少し進み、右を見て、左を見て、また前を見る。
「木が少ない」
「え?」
「ここだけ」
二人も改めて周囲を確認する。言われてみれば、確かに――森の中に、不自然なほど真っ直ぐ木の生えていない場所が続いている。幅もほぼ一定。何十メートルも先まで。
「……」
ノアの表情が変わった。
「もしかして」
三人はその場所へ足を踏み入れる。ザインが地面を見た。落ち葉、土、草。一見すると普通の森だ。ザインはしゃがみ込み、地面を軽く払った。
「……なんかある」
ノアも隣へしゃがむ。二人で落ち葉を退けていく。その下から現れたのは――。
「石?」
ザインが触れる。一つではない。同じ大きさに切り揃えられた石が、規則正しく並べられている。苔に覆われ、土に埋まり、長い年月をかけて森の一部になっていた。
「……人工物」
イリスが呟く。ノアは苔を手で払い、そのまま立ち上がる。前を見る。真っ直ぐ続く、不自然な空間。地面の下には石。
「多分……」
ノアの声が少し弾む。
「道です」
「道?」
「はい」
ノアは周囲を見る。
「これだけの幅があれば、荷車も通れます」
「もし本当にここが軍用地だったなら……」
ザインが森の奥を見る。
「軍が使ってた道?」
「おそらく」
三人の視線が同じ方向へ向く。道は森の奥へ真っ直ぐ続いていた。
「当たりっぽいね」
ザインが笑う。
「まだ分からないわよ」
そう言いながらも、イリスの口元も僅かに緩んでいた。
「行ってみましょう」
ノアが言う。三人は古い道を歩き始めた。これまでより遥かに歩きやすい。長い年月によって土や植物に覆われてはいるが、それでも森の中を進むより速かった。
「これなら結構進めそう」
「ですね」
「でも」
イリスが周囲を見る。
「他の受験者に見つかったら面倒ね」
「確かに」
ザインが剣の柄へ手を置く。
「気をつけよう」
三人は速度を上げた。
どれくらい歩いただろう。やがて。
「……あれ」
ザインが前方を指差した。
「何?」
「なんかある」
ノアが目を凝らす。木々の隙間、かなり遠い。植物に覆われ、輪郭もほとんど分からない。それでも、自然にできたものではない。縦に伸びる巨大な影。
「……建物?」
イリスが呟く。ノアが一歩前へ出た。目を凝らす。崩れかけた石造りの塔。その一部が、森の木々より高く突き出している。
「……ありました」
ノアの声が僅かに震える。ザインが笑った。
「ゴール?」
「まだ分かりません」
ノアも少しだけ笑う。
「でも──」
三人の前、森に埋もれた古い道が、その建物へ向かって真っ直ぐ続いている。
「少なくとも」
「僕たちの予想は、当たっていたみたいです」
三人は森の奥にそびえる朽ちた塔を見上げた。ようやく見つけた。目的地へ繋がる、確かな手掛かりを。
第6話を読んでいただき、ありがとうございました!
今回は戦闘から少し離れて、三人で目的地を探す探索回でした。
ノアが偶然耳にしていた旧軍用地の話と、ザインたちがこれまでに得た情報。
それらを繋ぎ合わせ、ついに見つけた森に埋もれた古い道。
その先に見える建物は、本当に試験のゴールへ繋がっているのか。
そして、ここまで辿り着いている受験者は他にもいるのか。
次回も楽しんでいただけたら嬉しいです!
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