万全ならざる万戦
ラウゼンへ迫る、正体不明の大軍勢。
追加の偵察によって、その全容が少しずつ明らかになっていきます。
未だ復興の途中にあるラウゼン。
万全とは程遠い状況の中、迫る軍勢を前にザインたちは決断を迫られます。
第59話「万全ならざる万戦」
よろしくお願いします!
王城。
会議室。
昨日と同じ場所。
だが。
空気は。
昨日よりも。
遥かに重かった。
ザインは。
椅子へ座り。
机の上に広げられた地図を眺めていた。
その向かい。
レオニス。
ラウゼン王国軍の上層部。
そして。
偵察隊の兵士たち。
誰も。
口を開かない。
やがて。
レオニスが。
沈黙を破った。
「……もう一度」
偵察兵を見る。
「報告してくれ」
「はい」
偵察兵。
一歩。
前へ出る。
「昨夜から今朝にかけ」
「複数の偵察隊を派遣し」
「敵軍の規模を確認しました」
ザイン。
顔を上げる。
「昨日は」
「少なくとも数千っつってたよな」
「はい」
「ですが」
偵察兵。
僅かに。
言葉を詰まらせる。
「昨日」
「我々が確認していた軍勢は」
「全体の一部だったようです」
「……」
ザインの眉。
僅かに動く。
「各地から」
「複数の集団が合流しています」
レオニス。
低い声。
「それで」
「現在の数は?」
「……」
偵察兵。
一度。
息を吸う。
「およそ」
一拍。
「一万」
静寂。
ザイン。
動かない。
レオニスも。
何も言わない。
「……一万?」
軍人の一人が。
呟く。
「はい」
「多少の誤差はあると思われます」
「ですが」
「少なくとも」
「一万に近い規模かと」
「……」
ザイン。
椅子の背へ。
身体を預ける。
「昨日」
「数千って聞いたばっかなんだけどな」
誰も。
返さない。
ザインも。
別に。
返事を求めてはいなかった。
ただ。
その数字。
頭の中で。
繰り返す。
一万。
「敵の状態は?」
レオニスが聞く。
「昨日の報告から」
「大きな変化はありません」
「休息を取っている様子はなく」
「現在も」
「こちらへ向けて進軍を続けています」
「到着までは?」
「現在の速度であれば」
「数日以内には」
「ラウゼン領内へ到達する可能性があります」
レオニス。
地図へ。
視線を落とす。
「……数日」
ザイン。
腕を組む。
「迎え撃つなら」
「それまでに準備しろってことか」
「そうなる」
レオニス。
答える。
軍人の一人。
口を開く。
「ですが」
「一万ともなれば」
「現在の我が国だけで対処するのは……」
言葉。
止まる。
言わなくても。
分かる。
ラウゼンは。
未だ。
復興途中。
街だけではない。
軍も。
同じ。
以前の戦いで。
多くの兵を失った。
負傷。
未だ。
前線へ戻れない者もいる。
武器。
防具。
物資。
全て。
万全とは。
程遠い。
ザイン。
男を見る。
「厳しい?」
「……はい」
「違うだろ」
「え?」
ザイン。
地図を見る。
「無理だ」
会議室。
静まる。
「ザイン」
レオニス。
見る。
「別に」
「戦わねぇって言ってるわけじゃねぇよ」
ザイン。
頬杖。
つく。
「でも」
「勝てる戦力じゃねぇのは」
「分かってんだろ」
レオニス。
何も言わない。
ザイン。
続ける。
「しかも」
「普通の一万じゃねぇ」
教団。
魔改造。
どこまで。
人間の限界を。
壊されているのか。
分からない。
「援軍を」
軍人。
言う。
ザイン。
見る。
「エルグラン王国へ」
「援軍を要請しましょう」
レオニス。
頷く。
「私も」
「そのつもりだ」
ザイン。
椅子から。
少し身体を起こす。
「騎士団を動かせりゃ」
「だいぶ違うな」
「ああ」
レオニス。
近くにいた兵士を見る。
「至急」
「エルグラン王国へ連絡を」
「はい!」
兵士。
部屋。
出ていく。
ザイン。
再び。
地図を見る。
「……」
エルグラン。
自分が。
所属する国。
騎士団。
第1軍。
アーヴェル。
あいつらが来れば。
少なくとも。
今よりは。
遥かに。
戦える。
「ザイン」
「ん?」
「獣王国とエルフ国には?」
ザイン。
少し考える。
「連絡はできる」
「ただ」
「間に合うかは分かんねぇ」
距離。
ある。
援軍を。
出してくれるとも。
限らない。
「それでも」
レオニス。
言う。
「頼めるのであれば」
「頼みたい」
ザイン。
頷く。
「分かった」
その時。
扉。
勢いよく。
開く。
先ほどの兵士。
戻ってくる。
早い。
あまりにも。
「レオニス様!」
レオニス。
顔を上げる。
「どうした」
兵士。
息。
切らす。
「エルグラン王国と」
「連絡が取れません」
「……何?」
ザイン。
兵士を見る。
「取れないって」
「どういう意味だ?」
「分かりません」
「騎士団本部へ」
「何度も通信を試みました」
「ですが」
「応答がありません」
ザイン。
眉。
寄せる。
「時間が悪いとかじゃねぇのか」
「いえ」
兵士。
首。
横へ。
振る。
「緊急用の通信です」
「本来であれば」
「常時」
「誰かが応答するはずです」
「……」
ザイン。
嫌な感覚。
胸。
過る。
「もう一回やれ」
「はい」
「繋がるまで」
「何度でも」
兵士。
頷く。
再び。
部屋。
出ていく。
レオニス。
ザインを見る。
「何か心当たりが?」
「……ねぇよ」
ザイン。
答える。
ただ。
表情。
険しい。
しばらく。
待つ。
そして。
また。
兵士。
戻る。
「……駄目です」
「応答がありません」
ザイン。
舌打ち。
「じゃあ」
立ち上がる。
「第1軍」
兵士。
見る。
「第1軍へ直接繋げ」
「第1軍……」
「ああ」
ザイン。
言う。
「アーヴェルだ」
「直接」
「あいつに繋げ」
「分かりました」
兵士。
頷く。
数分。
待つ。
結果。
「……応答」
「ありません」
ザイン。
目。
細くなる。
「……あいつ」
小さく。
呟く。
「何してんだよ」
任務。
それなら。
まだ分かる。
だが。
騎士団本部。
繋がらない。
第1軍。
繋がらない。
ザイン。
少し。
考える。
「イリス」
レオニス。
見る。
「イリス?」
「あいつなら」
「今」
「エルグランにいる」
ザイン。
兵士を見る。
「個人通信」
「試せるか?」
「可能です」
「やってくれ」
「はい」
兵士。
再び。
通信。
試す。
ザイン。
腕。
組む。
待つ。
「……」
長い。
やがて。
兵士。
首。
横へ。
振る。
「応答」
「ありません」
ザイン。
黙る。
「……ノアは?」
「試します」
再び。
待つ。
結果。
同じ。
「……応答ありません」
ザイン。
顔。
上げる。
「騎士団も」
誰に。
言うでもなく。
呟く。
「アーヴェルも」
「イリスも」
「ノアも?」
レオニス。
ザインを見る。
ザイン。
眉間。
皺。
寄せる。
「……おい」
胸の奥。
嫌な予感。
強くなる。
「これ」
「向こうでも」
一拍。
「何か起きてんじゃねぇのか?」
誰も。
答えられない。
だが。
ザインは。
知らない。
エルグラン王国。
その王城で。
既に。
異変が。
起きていることを。
イリスが。
捕らえられていることを。
騎士団が。
既に。
正常ではないことを。
何も。
知らない。
「確認のため」
軍人の一人。
口を開く。
「部隊を」
「エルグランへ――」
「やめとけ」
ザイン。
遮る。
「しかし」
「今」
ザイン。
地図。
指す。
一万。
「人を割いてる余裕」
「ねぇだろ」
「……」
「向こうが気になるのは」
「俺も同じだ」
ザイン。
拳。
握る。
「でも」
「今」
「俺たちが行ったら」
「こっちはどうする」
誰も。
答えない。
ザイン。
分かっている。
自分が。
行くわけにも。
いかない。
今。
ラウゼンを離れれば。
戻る前に。
敵が。
到着する可能性。
ある。
「……クソ」
小さく。
吐き捨てる。
何か。
起きている。
間違いなく。
何か。
それでも。
動けない。
しばらく。
会議室。
沈黙。
そして。
レオニス。
立ち上がる。
「……迎え撃つ」
軍人たち。
顔。
上げる。
「レオニス様」
「エルグランからの援軍は」
「現状」
「期待できない」
レオニス。
地図を見る。
「獣王国」
「エルフ国へも」
「援軍を要請する」
「だが」
「間に合う保証はない」
拳。
机。
置く。
「ならば」
「最悪の場合」
顔。
上げる。
「我々だけで」
「戦う」
「……」
軍人の一人。
俯く。
「ですが」
「敵は一万です」
「ああ」
「我が軍だけでは」
「分かっている」
レオニス。
遮る。
「それでも」
「ここで逃げれば」
「その一万は」
「どこへ行く?」
「……」
「街だ」
レオニス。
言う。
「ようやく」
「戻り始めた」
「この国の民だ」
「……」
「ならば」
レオニス。
真っ直ぐ。
前を見る。
「戦う以外に」
「選択肢はない」
誰も。
言葉を返さない。
やがて。
軍人たち。
一人。
また一人。
頷く。
「……承知しました」
「全軍へ」
「戦闘準備を命じます」
「ああ」
レオニス。
頷く。
「頼む」
軍人たち。
動き出す。
その中。
レオニス。
ザインを見る。
「ザイン」
「ん?」
「お前たちは」
「ラウゼンの兵ではない」
ザイン。
見る。
レオニス。
続けようとする。
「だから――」
「その先言ったら」
ザイン。
遮る。
「殴るぞ」
「……」
レオニス。
止まる。
ザイン。
椅子。
立つ。
「今さら」
「何言ってんだ」
剣。
腰。
確認する。
「ここまで」
「首突っ込んどいて」
「敵が一万いるから」
「じゃあ帰りますって?」
鼻。
笑う。
「できるかよ」
「……ザイン」
「それに」
ザイン。
扉へ。
向かう。
「一万だろうが」
一度。
止まる。
「やるしかねぇんだろ?」
レオニス。
少し。
笑う。
「ああ」
「なら」
ザイン。
手。
上げる。
「準備しようぜ」
◇
その日。
ラウゼン王国から。
復興の音が。
少しずつ。
消えていった。
代わりに。
聞こえ始めた。
金属。
ぶつかる音。
武器。
運ぶ音。
兵士たちの。
声。
城門。
補強。
始まる。
物資。
集められる。
復興のため。
街へ運ばれていた木材も。
一部。
防衛設備へ。
使われることになった。
昨日まで。
街を。
直すため。
動いていた人々。
今日から。
街を。
守るため。
動き始める。
夜。
城壁。
その上。
ザインは。
一人。
立っていた。
風。
髪。
揺らす。
遠く。
暗闇。
続く。
敵。
まだ。
見えない。
だが。
いる。
その先。
こちらへ。
向かっている。
一万。
「……」
ザイン。
城壁へ。
肘。
置く。
「一万、か……」
その瞬間。
――炎。
「……っ」
一瞬。
視界。
揺れる。
燃える。
大地。
人。
倒れている。
血。
剣。
魔法。
怒号。
悲鳴。
二年前。
「……」
ザイン。
目。
閉じる。
だが。
消えない。
次。
映ったのは。
自分。
魔素。
取り込み。
身体。
壊れ。
それでも。
止まらず。
敵。
殺し続けた。
自分。
途中から。
何をしたのか。
覚えていない。
ただ。
目を覚ました時。
周囲。
何も。
残っていなかった。
「……」
ザイン。
ゆっくり。
息。
吐く。
「今さら」
額。
掻く。
「出てくんなよ……」
目。
開く。
ラウゼン。
街。
見下ろす。
灯り。
点々。
見える。
今。
自分は。
二年前とは。
違う。
仲間。
いる。
戦い方。
知っている。
あの頃より。
強い。
それでも。
胸。
奥。
妙に。
ざわつく。
ザイン。
遠く。
見る。
「……」
しばらく。
黙る。
そして。
頭。
掻きながら。
小さく。
呟いた。
「……どうすっかなぁ」
敵勢、およそ一万。
エルグラン王国との連絡は途絶え、アーヴェル、イリス、ノアからも応答はない。
援軍が間に合う保証すらない中、ラウゼンは再び戦うことを決断しました。
そしてザインにとって、「一万」という数字はただの敵の数ではありません。
二年前の戦争。
忘れたわけではない、あの日の記憶。
「……どうすっかなぁ」
迫る戦いを前に、ザインは何を選ぶのか。
次回もよろしくお願いします!




