帰還
長い昔話を終え、ザインは再び現在へ。
獣王国を離れ、復興途中だったラウゼン王国へと戻ります。
少しずつ日常を取り戻していく街。
久しぶりの穏やかな食卓。
けれど、その頃。
遠く離れたエルグラン王国では――。
第56話、よろしくお願いします!
「よう帰ってきた」
老人は、ザインを真っ直ぐ見つめる。
その目は。
どこか懐かしいものを見るようで。
どこか、遠い昔を思い出しているようでもあった。
「セラの息子よ」
「……」
ザインは。
何も言わなかった。
少しだけ。
考える。
そして。
「……息子って」
老人が首を傾げる。
「ん?」
「六百年経ってんだろ」
「……」
「何代挟まってんだよ」
老人は。
一瞬。
目を丸くして。
「ほっほっほ!」
笑った。
「そこが気になるか」
「気になるだろ」
ザインは呆れたように息を吐く。
「せめて子孫とか末裔とかあんだろ」
「細かい男じゃのぉ」
「六百年は細かくねぇよ」
「ほっほ」
老人は楽しそうに笑う。
ザインは。
そんな老人を見ながら。
小さく息を吐いた。
そして。
沈黙。
先ほどまで聞いていた。
六百年前の出来事。
ギーファ。
セラ。
ヴァルド。
エドガー。
アルヴァ。
一つの村が。
一つの国によって。
消された。
その中で。
たった一人。
逃がされたセラ。
その腹に宿っていた命。
それが。
何代も。
何代も。
繋がって。
今。
自分まで辿り着いた。
ザインは。
自分の手を見る。
握る。
開く。
いつもと。
何も変わらない。
「……」
だが。
今までとは。
少しだけ。
違って見えた。
「爺さん」
「なんじゃ」
ザインが顔を上げる。
「一つ聞いていいか」
「構わんよ」
「俺にこんな話聞かせて」
一拍。
「どうしてほしいんだ?」
老人は。
何も答えない。
ザインは続ける。
「アルヴァを滅ぼしたのはエルグランだ」
「そうじゃな」
「俺は今、そのエルグランで暮らしてる」
「……」
「その俺に」
ザインの目。
僅かに細くなる。
「復讐でもしてほしいのか?」
老人は。
ザインを見る。
そして。
静かに。
「いや」
答えた。
「……違うのか」
「違う」
老人は首を横に振る。
「わしの伝えられることは、伝えた」
「……」
「これを聞いて」
「何を思うのか」
「何を選ぶのか」
老人は。
穏やかに笑う。
「それは、お主が決めればよい」
「……」
「何をするのも」
一拍。
「何もしないのも」
「お主次第じゃ」
ザインは。
老人を見つめる。
「じゃあ」
眉を寄せる。
「なんで俺に話した」
老人は。
少しだけ。
目を細めた。
「歴史は」
静かな声。
「伝えねばならん」
「……」
「それが」
老人は。
自分の手を見る。
皺だらけの。
長い時を生きてきた手。
「長く生きた者の務めじゃ」
ザインは。
何も言わない。
「それにの」
老人は笑う。
どこか。
寂しそうに。
「ギーファも」
「ヴァルドも」
「あの日」
「アルヴァで死んでいった者たちも」
ゆっくり。
ザインを見る。
「自分たちの末裔が」
「自分が何者なのかも知らぬまま生きておるというのは」
少し。
間。
「気の毒じゃろ」
「……」
ザインは。
俯く。
自分が。
何を思っているのか。
分からない。
怒っているのか。
悲しいのか。
それとも。
何も感じていないのか。
六百年前。
自分が生まれる。
遥か昔。
会ったこともない。
人間たち。
なのに。
なぜか。
ギーファが死んだ時。
胸の奥が。
妙に。
ざわついた。
セラが泣いた時も。
ヴァルドが死んだ時も。
「……いきなり」
ザインが呟く。
「六百年前の話聞かされて」
頭を掻く。
「どうしろってんだよ」
「ほっほ」
「笑うな」
「すまんすまん」
ザインは。
ため息。
「まあ」
一度。
老人を見る。
「知らねぇよりは」
少し考えて。
「よかった」
老人の目。
僅かに。
開く。
ザインは。
背を向ける。
「ありがとな」
「……」
老人は。
その背中を見つめる。
「ザイン」
ザインが止まる。
「ん?」
「達者でな」
「……ああ」
一歩。
歩く。
「爺さんもな」
「ほっほ」
老人は笑う。
「わしはまだ死なんよ」
ザインは振り返らない。
「そういう奴が一番先に死ぬんだよ」
「縁起でもないことを言うでない!」
ザインは。
小さく。
笑った。
そして。
老人のもとを後にした。
◇
外。
眩しい。
ザインは。
目を細める。
風。
頬を撫でる。
「……」
たった数時間。
それだけのはずなのに。
随分。
長いところにいた気がする。
六百年。
それだけの時を。
一気に見せられたような。
そんな。
妙な感覚。
「ザイン!」
声。
顔を上げる。
待っていた仲間たち。
「遅かったな」
「何をそんなに話してたんだ?」
ザインは。
一度だけ。
後ろを見る。
老人のいる場所。
そして。
前へ向き直る。
「別に」
歩き出す。
「爺さんの昔話に付き合ってきただけだ」
「昔話?」
「ああ」
「どんな?」
ザインは。
軽く手を振る。
「気にすんな」
「……?」
「長ぇし」
一拍。
「面白くもねぇよ」
そのまま。
歩いていく。
アルヴァ。
ギーファ。
セラ。
自分の中に流れている血。
ザインは。
何も話さなかった。
今は。
まだ。
誰かに話す気には。
なれなかった。
「それより」
ザインが。
両腕を上へ伸ばす。
「ラウゼンに戻るぞ」
「もういいのか?」
「ああ」
ザインは頷く。
「こっちで調べられることは大体調べた」
そして。
少しだけ。
遠くを見る。
「ラウゼンも復興の途中で抜けてきちまったからな」
「今どうなってるか」
「一回見ときたい」
誰も。
反対しなかった。
「じゃ」
ザインは。
歩く。
「帰るか」
◇
獣王のもと。
「そうか」
獣王は。
玉座に座ったまま。
ザインを見る。
「ラウゼンへ戻るか」
「ああ」
ザインは頷く。
「復興途中で抜けてきたからな」
「いつまでもこっちにいるわけにもいかねぇ」
「そうか」
獣王は。
少しだけ。
考える。
そして。
「ザイン」
「ん?」
「此度の件」
「礼を言う」
ザインが。
眉を寄せる。
「何の?」
「……」
獣王の眉間。
皺。
「貴様は」
「本当にそういう男なのだな」
「なんだよ」
「いや」
獣王は。
僅かに笑う。
「気にするな」
「気になるだろ」
ザインが言うが。
獣王は答えない。
代わりに。
「もし」
声。
少しだけ。
低くなる。
「今後」
「何かあれば」
ザインを見る。
「我らを頼れ」
「……」
ザイン。
瞬き。
「急だな」
「今回の借りだ」
「別に貸した覚えねぇけど」
「こちらにはある」
「……そうかよ」
ザインは。
少し考えて。
肩を竦めた。
「じゃあ」
笑う。
「その時は遠慮なく頼むわ」
「ああ」
獣王が頷く。
「必ず応えよう」
ザインは。
手を上げる。
「じゃあな」
「ザイン」
「ん?」
「また来い」
ザインは。
少しだけ。
笑う。
「ああ」
「気が向いたらな」
そして。
ザインたちは。
獣王国を後にした。
◇
数日後。
ラウゼン王国。
城門。
その先。
広がる街。
ザインは。
足を止めた。
「……おお」
以前。
ここを出た時。
まだ。
至るところに。
戦いの跡が残っていた。
崩れた家。
割れた石畳。
積まれた瓦礫。
仮設の住居。
だが。
今。
「結構戻ったな」
瓦礫は。
かなり撤去されている。
崩れていた建物にも。
新しい木材。
新しい石。
職人たち。
声を掛け合いながら。
作業を続けている。
道。
人。
行き交う。
店。
まだ数は少ない。
それでも。
開いている。
「いらっしゃい!」
声。
聞こえる。
子供。
走る。
母親。
追いかける。
ザインは。
それを見る。
「……」
少しだけ。
口元。
緩む。
「ザイン?」
「ん?」
「どうした?」
「いや」
歩き出す。
「なんでもねぇ」
復興は。
進んでいる。
まだ。
元通りとは言えない。
それでも。
確実に。
人々の生活は。
戻り始めていた。
◇
「遅い」
開口一番。
レオニスが言った。
ザイン。
椅子へ座る。
「帰ってきた奴に最初に言うことがそれかよ」
「何日留守にしたと思っている」
「数えてねぇ」
「数えろ」
「面倒くせぇ」
向かい。
レオニスの妹が。
くすりと笑う。
「おかえりなさい、ザイン」
ザインが。
そちらを見る。
「ほら」
レオニスを指差す。
「妹を見習え」
「お前も妹を見習って少しは礼儀を覚えろ」
「俺のどこに礼儀がないんだよ」
「全部だ」
「酷くね?」
食卓。
料理。
並んでいる。
肉。
野菜。
パン。
湯気。
立つ。
ザインは。
早速。
肉へ手を伸ばす。
「おい」
レオニス。
睨む。
「話が先だ」
「食いながらでいいだろ」
「お前は……」
「冷めるぞ」
「誰のせいだ」
ザインは気にせず。
肉。
口へ。
「うま」
「……」
レオニス。
ため息。
妹。
また笑う。
久しぶりの。
穏やかな食事だった。
「それで?」
レオニスが聞く。
「どうだった」
ザインは。
咀嚼。
飲み込む。
「どっちから聞きたい?」
「どっち?」
「エルフか獣人」
レオニス。
額に手。
「お前は本当に……」
「なんだよ」
「少し目を離すと、なぜ二つの国を跨ぐ話になる」
「俺に言うな」
「お前以外に誰に言う」
ザインは。
パン。
千切る。
「まずエルフの里だな」
そして。
話した。
エルフの国で。
起きたこと。
そこで出会った者たち。
教団を追い。
辿り着いた場所。
起きた事件。
リナたちのこと。
必要なところだけ。
ザインは。
簡単に。
話していく。
「……なるほど」
レオニス。
腕を組む。
「教団については」
「思ったほど掴めなかった」
ザインが答える。
「ただ」
「連中が色んなところで動いてんのは間違いねぇ」
「そうか」
「で」
ザインは。
次の料理へ。
手。
伸ばす。
「そのあと獣王国」
妹が。
身を乗り出す。
「獣王国はどうでした?」
「最初は最悪」
即答。
「ザイン」
「本当だろ」
「もう少し言い方がある」
「人間嫌われてんだから仕方ねぇだろ」
ザインは。
獣王国で起きたことも。
話す。
人間への不信。
そこで起きた騒動。
獣王とのやり取り。
そして。
最終的に。
少なくとも。
以前よりは。
互いに。
歩み寄れたこと。
話を聞き終え。
レオニスが。
ザインを見る。
「……つまり」
「ん?」
「教団を追って国を出た結果」
指。
一本。
「エルフの国へ行き」
二本。
「獣王国へ行き」
ザイン。
肉。
食う。
「うん」
「両方と関係を作って帰ってきた」
「まあ」
ザイン。
首。
傾げる。
「そうなるな」
「……」
レオニス。
黙る。
ザイン。
眉を寄せる。
「なんだよ」
「いや」
レオニスは。
小さく息を吐く。
「お前は一体何をしに行ったのかと思ってな」
「教団の調査だよ」
「それは分かっている」
「なら聞くなよ」
「そういう意味ではない!」
妹。
笑いを堪える。
ザインは。
気にせず。
食べる。
「で」
今度は。
ザインが聞く。
「こっちは?」
レオニスの表情。
少し変わる。
「見てきただろう」
「ああ」
ザインは頷く。
「思ってたより戻ってた」
「皆、よく働いてくれている」
レオニスが。
食卓へ視線を落とす。
「瓦礫の撤去は大部分が終わった」
「住居の再建も進んでいる」
「市場も少しずつだが再開している」
「へぇ」
「ただ」
一拍。
「まだ完全には程遠い」
「……」
「人手も」
「物資も足りない」
「被害の大きかった地区は、まだ手つかずの場所もある」
ザイン。
黙って聞く。
「それでも」
レオニスは。
少しだけ。
笑う。
「以前よりは」
「随分と国らしくなった」
ザインも。
笑う。
「そっか」
「戻ってきてよかったか?」
レオニスが聞く。
ザイン。
パン。
口へ放り込む。
「まあな」
そして。
料理を見る。
「飯も出るし」
「そこか」
「重要だろ」
「……お前という奴は」
夜。
更けていく。
笑い声。
時折。
響く。
戦い。
教団。
国。
そんなものを。
ほんの少しだけ。
忘れられる。
穏やかな。
時間。
ザインも。
久しぶりに。
肩の力を抜いていた。
この時。
まだ。
誰も。
知らなかった。
遠く離れた。
エルグラン王国で。
既に。
異変が。
起きていることを。
◇
石造りの廊下。
静寂。
「……」
イリスは。
立っていた。
その周囲。
騎士。
一人。
二人。
三人。
さらに。
奥から。
次々と。
現れる。
十人。
二十人。
いや。
それ以上。
鎧。
擦れる音。
剣。
抜かれる音。
金属音。
廊下に。
響く。
「……」
イリスの目。
左右へ。
正面。
騎士。
背後。
騎士。
左右。
騎士。
完全に。
囲まれている。
そして。
何より。
おかしい。
彼らが。
向けている剣。
その切っ先。
全てが。
イリスへ。
向いていた。
「……あなたたち」
返事。
ない。
騎士たちの目。
虚ろ。
誰一人。
いつもの表情をしていない。
「……」
イリスは。
ゆっくり。
息を吐いた。
逃げ道。
なし。
数。
多すぎる。
そして。
この者たちは。
敵ではない。
自国の。
騎士。
「……はぁ」
額。
押さえる。
「厄介なことになったわね……」
騎士。
一斉に。
剣を構える。
イリスの目。
鋭くなる。
右手。
炎。
灯る。
小さな火。
瞬く間に。
大きく。
燃え上がる。
「……仕方ないわね」
イリスも。
構える。
そして。
騎士たちが。
一斉に。
地面を蹴った。
獣王国とエルフの国での出来事を終え、ザインたちはラウゼン王国へ帰還しました。
復興も少しずつ進み、久しぶりに穏やかな時間を過ごすザインたち。
一方――。
イリスはなぜか、自国の騎士たちに剣を向けられていました。
なぜ騎士団がイリスを囲んでいるのか。
その裏で、一体何が起きているのか。
次回、少し時間を遡ります。
よろしくお願いします!




