エルグラン
ついに第50話です!
森での偶然の出会いから始まった、ヴァルドとエドガーの関係。
しかしエドガーが王族である以上、その繋がりは二人だけのものでは終わりません。
アルヴァとエルグラン。
これまで交わることのなかった二つの民が、少しずつ動き始めます。
第50話、よろしくお願いします!
巨大な城壁。
幾重にも重なる防壁。
その内側に広がるのは。
高くそびえる建物。
石畳の大通り。
行き交う人々。
そして。
至るところに設置された魔法設備。
アルヴァの村とは。
まるで違う世界だった。
「エドガー殿下がお戻りになったぞ!!」
門兵の声が響く。
瞬間。
城門周辺がざわついた。
「殿下が!」
「ご無事だったのか!」
「騎士団も戻ったぞ!」
馬が進む。
その先頭。
エドガー。
脇腹にはまだ痛みが残っている。
それでも。
背筋を伸ばし。
王城へ向かっていた。
「殿下」
隣の騎士隊長が声をかける。
「無理はなさらず」
「分かっている」
エドガーが答える。
だが。
視線は前。
王城。
自分が生まれ育った場所。
帰ってきた。
本来なら。
それだけで安心するはずだった。
だが。
頭の中には。
別の場所が残っている。
小さな村。
木造の家。
畑。
子供たち。
ヴァルド。
ギーファ。
セラ。
そして。
自分がこれまで聞かされてきた。
アルヴァという民の姿。
「……」
エドガーは。
何も言わなかった。
◇
王城。
謁見の間。
「エドガー!」
玉座から。
一人の男が立ち上がった。
エルグラン国王。
エドガーの父。
「父上」
エドガーが膝をつく。
「ご心配をおかけしました」
「よい!」
国王が歩み寄る。
そして。
息子の肩を掴む。
「よく戻った」
「……はい」
短い言葉。
それだけで。
エドガーにも分かった。
本当に。
心配していたのだ。
「怪我は」
「既に問題ありません」
「そうか……」
国王が小さく息を吐く。
周囲。
王族。
重臣。
軍幹部。
皆。
エドガーを見ている。
「それで」
国王の表情が変わる。
「何があった」
エドガーも。
顔を上げた。
「敵国の部隊による待ち伏せです」
「やはりか」
「移動中」
「我々は包囲されました」
静かになる。
「護衛たちが道を作り」
「私はその隙に逃れました」
国王が騎士隊長を見る。
騎士隊長が頭を下げる。
「殿下を逃がした後」
「我々も包囲を突破しました」
「しかし」
「多くの者を失いました」
国王の目が伏せられる。
「……そうか」
一拍。
「後で」
「亡くなった者たちの家族へ、王家から正式に弔意を」
「はっ」
短い沈黙。
そして。
国王が再びエドガーを見る。
「だが」
「お前自身も深手を負っていたと聞いた」
「あの状態で」
「どうやって生き延びた」
エドガーは。
少しだけ黙った。
そして。
「……助けられました」
「誰にだ」
謁見の間。
静寂。
エドガーが答える。
「アルヴァの民です」
空気が変わった。
「……何?」
重臣の一人が呟く。
別の男。
「アルヴァ……?」
「まさか」
「殿下が?」
ざわめき。
国王だけは。
黙ってエドガーを見ている。
その中。
一人の重臣が口を開いた。
「しかし」
「アルヴァといえば」
少し言葉を選ぶ。
だが。
結局。
「魔法も扱えぬ蛮族ではありませんか」
エドガーの目が変わった。
「その呼び方は」
静か。
だが。
強い声。
「やめていただきたい」
重臣の表情が固まる。
「殿下?」
「私は」
エドガーがその男を見る。
「その“蛮族”に」
一拍。
「命を救われました」
静寂。
「森で倒れていた私を見つけ」
「村へ運び」
「治療し」
「食事を与え」
「傷が癒えるまで匿ってくれた」
重臣たちは。
何も言わない。
エドガーが続ける。
「私は」
「アルヴァについて」
少し間。
「何も知りませんでした」
国王が見る。
「何を見た」
エドガーが。
ゆっくり答える。
「普通の暮らしです」
「……普通?」
「はい」
「畑を耕し」
「子供を育て」
「家族と食事をし」
「笑い」
「働き」
「眠る」
「我々と何も変わらない」
エドガーの脳裏。
子供たち。
『魔法見せて!』
ヴァルド。
『俺にはこれがあるし』
ギーファ。
『お前個人を信用できるかと、お前の国を信用できるかは別の話だ』
「確かに」
エドガーが続ける。
「彼らは強い」
「我々とは比べ物にならない肉体を持っている者も多い」
「だが」
「好きで戦っているわけではない」
国王の眉が僅かに動く。
「どういう意味だ」
「他国が来るから戦う」
「奪おうとするから守る」
「彼ら自身は」
一拍。
「ただ、そこで暮らしているだけです」
誰も。
すぐには答えなかった。
やがて。
国王が静かに聞く。
「お前自身が」
「それを見たのだな」
「はい」
「どれほど滞在した」
「五日ほど」
「その間」
「拘束は?」
「ありません」
「監視は?」
エドガーが少しだけ考える。
「……一人」
国王の眉が動く。
エドガーは続ける。
「私を連れてきた者が」
「責任を持って見ていました」
「それだけです」
国王が目を閉じる。
少し。
考える。
そして。
「ならば」
全員が見る。
「我々が持つアルヴァについての情報が」
「全て正しいとは限らぬ」
重臣が反応する。
「陛下」
「エドガーが」
国王が遮る。
「実際に見た」
「聞いた話ではない」
「自分の目で」
静かになる。
「それに」
国王が続ける。
「我が息子の命を救われた」
「その恩を」
「なかったことにするわけにはいかぬ」
エドガーが顔を上げる。
「父上」
「礼を送る」
国王が言う。
「正式にだ」
重臣の一人が前へ出る。
「陛下」
「それは」
「アルヴァとの接触を意味します」
「そうなるな」
「危険です」
国王が見る。
「何がだ」
「アルヴァ領を狙う国は」
「一つではありません」
「エルグランが彼らへ接近したと知られれば」
「我々がアルヴァの軍事力を取り込もうとしている」
「そう受け取る国も出るでしょう」
エドガーの表情が険しくなる。
「命を救われた礼すら」
「政治になるのですか」
「殿下」
重臣が答える。
「国とは」
「そういうものです」
エドガーが黙る。
「個人同士ならば」
「恩を返せば済む」
「しかし」
「国が動けば」
「他国も見る」
静寂。
エドガーが。
僅かに拳を握った。
ヴァルドなら。
どう思うだろう。
『俺が嫌いなのは、俺たちのものを奪いに来る奴だ』
単純。
だが。
どこまでも。
真っ直ぐだった。
国王が重臣を見る。
「だからといって」
声。
強くなる。
「恩を無視する理由にはならぬ」
「……」
「軍を送るわけではない」
「同盟を結ぶわけでもない」
「礼をする」
「それだけだ」
重臣が頭を下げる。
「……承知いたしました」
エドガーが国王を見る。
「父上」
「何だ」
「その役目」
一拍。
「私に任せていただけませんか」
国王の目が細くなる。
「また行くつもりか」
「はい」
即答。
「約束しました」
国王は。
しばらく息子を見る。
やがて。
小さく息を吐く。
「……分かった」
「ありがとうございます」
「ただし」
エドガーが見る。
「今回は勝手に行くな」
「正式な使者として行け」
エドガーが頷く。
「はい」
◇
同じ頃。
アルヴァの村。
ヴァルドは。
薪を運んでいた。
「そこ置いといて!」
「分かった!」
地面へ。
ドサッ。
「これで全部?」
「あと二束!」
「まだあんの?」
「文句言うな!」
「はいはい」
日常。
いつも通り。
少し離れた場所。
ギーファ。
剣の手入れ。
ヴァルドが戻ってくる。
「なあ」
「何」
「エドガー」
ギーファの手が止まらない。
「が?」
「また来るかな」
「知らねぇ」
「お前」
ヴァルドが横へ座る。
「次は知らせろって言ったじゃん」
「言った」
「ってことは」
ギーファが見る。
ヴァルドも見る。
「来てもいいんだろ?」
沈黙。
ギーファは。
再び剣へ視線を落とした。
「……何だよ」
「何も」
「その顔やめろ」
「どんな顔だよ」
「うぜぇ顔」
「酷くね?」
ギーファは答えない。
ヴァルドが遠くを見る。
「俺はさ」
ギーファの手が僅かに止まる。
「外の奴らとも」
「普通に話せると思うんだよ」
「一人と話せたからって」
ギーファが言う。
「全員と話せると思うな」
「でも」
ヴァルドが答える。
「一人とは話せた」
「……」
「だったら」
ヴァルドが少し笑う。
「次の一人とも話せるかもしれない」
ギーファは。
何も言わなかった。
「その次も」
「そのまた次も」
「……」
「そうやって増えたら」
ヴァルドが村を見る。
「いつか」
「剣を抜かなくても済む相手の方が」
「多くなるかもしれない」
ギーファは。
しばらく黙っていた。
そして。
「夢みたいな話だな」
「夢くらい見てもいいだろ」
「好きにしろ」
「お前も付き合えよ」
「嫌だ」
即答。
ヴァルドが笑う。
「知ってた」
◇
数週間後。
「ヴァルド!」
声。
見張りの男が走ってくる。
ヴァルドが振り返る。
「どうした?」
「エルグランから使者だ!」
ヴァルドの目が少し開く。
「エルグラン?」
ギーファも顔を上げる。
「数は」
「護衛を合わせて六人!」
「武装は?」
「必要最低限!」
ギーファが続ける。
「事前の連絡は」
「昨日、伝令が来てる!」
「……」
ギーファが立ち上がった。
ヴァルドが見る。
「ちゃんと守ったな」
「行くぞ」
「はいはい」
◇
アルヴァ領の境。
六頭の馬。
その前。
一人の青年が立っていた。
エドガー。
その後ろ。
護衛。
全員。
馬から降りている。
武器は。
腰にある。
だが。
手は触れていない。
何より。
境界線。
その手前。
誰一人として。
勝手に中へ入っていない。
ヴァルドたちが近づく。
エドガーが顔を上げる。
「ヴァルド」
ヴァルドが笑う。
「久しぶり」
「ああ」
そして。
エドガーの視線が。
ギーファへ。
「ギーファ」
「何だ」
エドガーが。
僅かに背後を見る。
六人。
「今回は」
一拍。
「知らせたぞ」
ギーファが。
エドガーを見る。
そして。
「ああ」
それだけ。
エドガーも。
それ以上は何も言わなかった。
「それで?」
ヴァルドが聞く。
「今日はどうした」
「礼だ」
「礼?」
エドガーが後方を見る。
荷物。
複数。
食料。
薬。
布。
金属。
農具。
「父から」
エドガーが一通の書状を取り出す。
「正式に」
ヴァルドが受け取る。
「王様から?」
「ああ」
ヴァルドは書状を見る。
そして。
ギーファへ差し出す。
「読んで」
「自分で読め」
「こういう言葉めんどくさい」
ギーファがため息を吐く。
書状を受け取る。
目を通す。
そこには。
王子エドガーの命を救ったことへの。
エルグラン王家からの正式な謝意。
そして。
エルグラン王国が。
アルヴァの民へ。
敵意を持たないという意思が。
記されていた。
ギーファは。
最後まで読む。
そして。
書状を閉じた。
エドガーが聞く。
「どう思う」
ギーファは。
書状を見る。
「紙に書いてあることなんざ」
一拍。
「信用しねぇ」
エドガーの表情は変わらなかった。
「……そうか」
ギーファが書状を返す。
「だから」
エドガーが見る。
「これから見せろ」
「……」
「お前が前に言っただろ」
ギーファが。
真っ直ぐエドガーを見る。
「信用に値するか」
「これから見ろって」
エドガーの目が。
僅かに開く。
ギーファは続ける。
「見る」
一拍。
「その上で決める」
エドガーは。
静かに頷いた。
「ああ」
短い返事。
だが。
それで。
十分だった。
ヴァルドが二人を見る。
そして。
村の方へ向く。
「じゃあ」
歩き出す。
「入れば?」
エドガーが一瞬。
止まる。
「……いいのか」
ヴァルドが振り返る。
「そのために来たんだろ?」
「……ああ」
エドガーも歩き出す。
その横。
ヴァルド。
少し後ろ。
ギーファ。
さらに。
エルグランの護衛たち。
ゆっくりと。
アルヴァの土地へ入る。
村。
子供たち。
その一人が気付く。
「あ!」
エドガーを見る。
「魔法の兄ちゃん!」
別の子。
「ほんとだ!」
エドガーが足を止める。
子供たちが走ってくる。
「また来た!」
「魔法見せて!」
エドガーは。
少し驚いた後。
笑った。
ヴァルドも笑う。
ギーファは。
何も言わない。
ただ。
その光景を見ていた。
一人の青年を救った。
ただ。
それだけだった。
ヴァルドにとっては。
本当に。
それだけのことだった。
だが。
その小さな選択から。
閉ざされていたアルヴァと。
外の世界を繋ぐ道が。
少しずつ。
確かに。
開き始めていた。
この時。
その道の先に。
何が待っているのかを。
知る者は。
まだ。
誰もいなかった。
「紙に書いてあることなんざ信用しねぇ」
それでも、
「これから見せろ」
エドガー個人を少しずつ認めながらも、国そのものへの警戒は解かないギーファ。
一方でヴァルドは、一人と分かり合えたのなら、その次もあるかもしれないと考え始めます。
一人の青年を救ったことから開き始めた、アルヴァと外の世界を繋ぐ道。
その先に待っているものは、希望なのか。それとも――。
50話まで読んでいただきありがとうございます!
次回もよろしくお願いします!




