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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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49/102

殿下

アルヴァの村へ迫る、三十を超える武装した騎士たち。


それを知ったギーファが最初に疑ったのは、村へ迎え入れたエドガーでした。


信じるヴァルド。


疑うギーファ。


そして、未だ素性を明かしていないエドガー。


三者の関係が大きく動き始めます。


第49話、よろしくお願いします!


朝。


アルヴァの村には、いつもと変わらない時間が流れていた。


畑へ向かう者。


朝食を作る者。


剣を振るう者。


子供たちの声。


エドガーも、ようやく一人で歩ける程度まで回復していた。


「もう痛みは?」


ヴァルドが聞く。


「多少は残っている」


エドガーが脇腹へ触れる。


「だが、問題ない」


「無理すんなよ」


「ああ」


その時だった。


「ギーファ!!」


叫び声。


村の入口から、見張りをしていた男が走ってくる。


息を切らしている。


「西から武装した集団が来る!」


空気が変わった。


ギーファが立ち上がる。


「数は」


「二十……いや、三十はいる!」


「所属は?」


「分からない! だが全員騎士だ!」


「……」


ギーファの目が細くなる。


「真っ直ぐこっちへ向かってる!」


「……そうか」


低い声。


「戦える奴を西へ集めろ」


「向こうが武器を抜くまで手は出すな」


「だが、いつでも抜けるようにしておけ」


「分かった!」


男が走り去る。


ヴァルドも剣へ手を伸ばす。


「俺も――」


「ヴァルド」


「ん?」


ギーファは。


ヴァルドを見ていなかった。


その視線の先。


エドガー。


「……」


エドガーも、その意味を理解した。


「こいつから離れろ」


「……ギーファ」


「早くしろ」


声が冷たい。


「待て」


エドガーが口を開く。


「おそらく、その騎士たちは――」


次の瞬間。


ギーファが消えた。


「――っ!」


エドガーの目が見開かれる。


ガッ!


肩を掴まれた。


身体が後ろへ引かれる。


そして。


剣が抜かれる。


「ギーファ!」


ヴァルドが叫ぶ。


冷たい刃。


それが、エドガーの首筋へ当てられていた。


「……」


エドガーは動かない。


否。


動けない。


ほんの僅かでも抵抗すれば。


その瞬間。


首を落とされる。


そう理解できるほどの殺気だった。


「言ったよな」


ギーファがヴァルドを見る。


「こいつが来てから何か起きたら」


剣を握る手に力が入る。


「真っ先に疑うって」


「まだエドガーが関係してるって決まったわけじゃねぇ!」


「武装した騎士が三十人」


ギーファが低く言う。


「こいつが来て数日後に、アルヴァへ真っ直ぐ向かってきてる」


「……」


「随分と」


目が鋭くなる。


「都合のいい偶然だな?」


「……おそらく」


エドガーが静かに口を開く。


「俺の部下だ」


ギーファの視線が動く。


「部下?」


「ああ」


「俺を捜しているのだと思う」


「だったら尚更じゃねぇか」


「だが、俺は呼んでいない」


「証明できるのか?」


「……できない」


即答だった。


ギーファは剣を離さない。


「なら黙ってろ」


ヴァルドが一歩近づく。


「ギーファ」


「来るな」


「でも――」


「来るな」


ギーファがヴァルドを見る。


「今はこいつを殺すつもりはねぇ」


一拍。


「今はな」


「……」


「だが」


西を見る。


「来た連中が少しでも妙な真似をしたら」


再びエドガーを見る。


「その瞬間に斬る」


エドガーは何も言わなかった。


◇


村の西。


既に数十人のアルヴァの戦士たちが集まっていた。


剣。


槍。


斧。


それぞれが武器を手に、前方を見据えている。


遠く。


土煙。


馬。


一頭。


二頭。


十。


二十。


その数は三十を超えていた。


甲冑。


紋章。


全員が武装している。


アルヴァの戦士たちの表情が険しくなる。


「止まれ!!」


一人が叫ぶ。


騎士たちが馬を止めた。


距離。


数十歩。


双方が睨み合う。


騎士たちの間にも動揺が走る。


「……アルヴァ」


「ここが……」


「なぜ殿下の痕跡が、この土地へ……」


先頭。


一人の騎士が馬を降りた。


「我々はエルグラン王国騎士団!」


アルヴァ側がざわめく。


「エルグラン……?」


「大国の騎士が、なんでここに」


騎士隊長が続ける。


「この付近に、我々が捜している者がいる可能性がある!」


アルヴァ戦士の一人が答える。


「だから武装して人の土地に入ってきたってのか!」


「敵対の意思はない!」


「三十人も武器持って来といて、信じろって?」


「我々にも事情がある!」


「こっちには関係ねぇ!」


互いの手が武器へ伸びる。


誰か一人でも。


抜けば。


始まる。


その時。


アルヴァ側の後方。


人が割れた。


「……!」


騎士隊長の目が大きく見開かれる。


歩いてくる。


ヴァルド。


その横。


ギーファ。


そして。


ギーファの前。


エドガー。


その首には。


剣が当てられている。


「……」


騎士隊長の顔から血の気が引いた。


「で……」


声が震える。


「殿下……?」


エドガーが騎士たちを見る。


その瞬間。


「――エドガー殿下!!」


空気が爆発した。


ガシャッ!!


騎士たちが一斉に剣を抜く。


「殿下から離れろ!!」


「その御方に何をした!!」


「剣を下ろせ!!」


同時。


アルヴァの戦士たちも武器を抜いた。


「てめぇらこそ下ろせ!」


「やる気か!」


「一歩でも入ってみろ!」


互いの殺気がぶつかる。


ヴァルドが叫ぶ。


「待て!!」


だが。


止まらない。


騎士隊長が一歩前へ出る。


「その御方を解放しろ!!」


ギーファの目が騎士隊長を見る。


「動くな」


低い。


静かな声。


だが。


その場にいた全員へ届いた。


騎士隊長が止まる。


「一歩でも近づいてみろ」


ギーファの剣が僅かに動く。


刃が。


エドガーの首筋へ押し当てられる。


「こいつの首が落ちるぞ」


「貴様……!!」


「ギーファ!!」


ヴァルドが叫ぶ。


エドガーの首。


そのすぐ傍にある刃。


あと僅か。


本当に。


あと少し力を加えるだけで。


命を奪える。


「剣を離せ!!」


騎士の一人が叫ぶ。


「その御方が誰か分かっているのか!!」


ギーファの視線がエドガーへ向く。


「……殿下」


一拍。


「お前、王族だったのか」


「……ああ」


エドガーが答える。


「黙っていてすまない」


ギーファの表情は変わらない。


「そうかよ」


それだけだった。


相手が王族だと分かっても。


剣は。


一切離れない。


「ギーファ!」


ヴァルドが前へ出ようとする。


「動くなって言っただろ!」


「でも!」


ヴァルドがギーファを見る。


「こいつは何もしてねぇ!」


「それであいつらは何だ」


「エドガーを捜しに来たんだろ!」


「だから何でここが分かった」


「それは……」


ヴァルドが詰まる。


ギーファの目が細くなる。


「答えられねぇだろ」


「でも!」


ヴァルドが叫ぶ。


「五日間!」


ギーファが見る。


「五日間ずっと俺が見てた!」


「……」


「お前が言ったんだろ!」


ヴァルドが自分の胸を指す。


「俺が連れてきたんだから!」


「俺が責任持って見ろって!」


「だから見てた!」


ギーファは何も言わない。


「こいつは誰にも連絡なんて取ってねぇ!」


「村の中を探ってもない!」


「何かを仕掛けてもない!」


「何もしてねぇ!」


「……」


「こいつらが来た理由は分からねぇ!」


「でも!」


ヴァルドがエドガーを見る。


そして。


再びギーファへ。


「少なくとも」


「エドガーが呼んだんじゃない!」


ギーファの剣は。


まだ離れない。


その時。


「殿下!」


騎士の一人が耐えきれず。


一歩。


踏み出した。


ギーファの腕に力が入る。


「やめろ!!」


ヴァルドが叫ぶ。


「殿下!!」


騎士たちが動く。


アルヴァの戦士たちも前へ出る。


その瞬間。


「――武器を下ろせ!!」


声が響いた。


全員が止まる。


エドガー。


首に剣を当てられたまま。


騎士たちを睨んでいる。


「全員だ!」


「今すぐ武器を下ろせ!」


騎士隊長が目を見開く。


「しかし殿下!」


「命令だ」


「ですが!」


騎士隊長がギーファを見る。


「その者は今、殿下を殺そうとしております!」


「分かっている」


「なら!」


「それでもだ!」


エドガーが叫ぶ。


騎士たちが黙る。


「武器を」


エドガーが繰り返す。


「下ろせ」


「……」


騎士隊長の手が震える。


目の前。


主君の首には剣。


それでも。


命令。


やがて。


騎士隊長がゆっくりと剣を下げた。


「……武器を下ろせ」


後ろの騎士たちが見る。


「隊長!」


「殿下の命令だ!」


一人。


また一人。


剣が下がる。


最後には。


全員が武器を下ろした。


エドガーが息を吐く。


「この人たちは平気だ」


騎士たちを見る。


「今は突然武装した我々が現れたことで」


「警戒しているだけだ」


「殿下……」


「俺は」


エドガーが続ける。


「彼らに捕らえられていたのではない」


騎士たちがエドガーを見る。


「彼らに救われたんだ」


「……」


「森で倒れていた俺を」


「アルヴァの民が見つけ」


「村へ運び」


「傷を治療してくれた」


「食事を与え」


「何者かも分からない俺を」


「傷が癒えるまで置いてくれた」


騎士たちの表情が変わる。


エドガーがアルヴァの戦士たちを見る。


「俺が今」


「ここに立っていられるのは」


一拍。


「彼らのおかげだ」


沈黙。


誰も何も言わない。


「それに」


エドガーは騎士たちへ視線を戻す。


「考えてみろ」


「他国から何度も侵攻を受けている土地へ」


「突然」


「三十人を超える武装した騎士が踏み込んできた」


「……」


「我々が彼らの立場なら」


静かに言った。


「同じように警戒したはずだ」


騎士隊長が何も言えなくなる。


「だから」


エドガーが言う。


「彼らは敵ではない」


「……」


ヴァルドがギーファを見る。


「ギーファ」


返事はない。


「俺を信じろ」


ギーファの目がヴァルドへ向く。


幼い頃から。


何度も見てきた顔。


無茶をして。


突っ走って。


何度止めても。


自分が正しいと思ったことを曲げない。


その男が今。


真っ直ぐこちらを見ている。


「……」


ギーファがエドガーを見る。


エドガーも。


逃げずにギーファを見ていた。


次に。


騎士たち。


全員。


武器を下ろしている。


長い沈黙。


そして。


「……チッ」


ギーファの剣が。


ゆっくりと。


エドガーの首から離れた。


そのまま。


鞘へ収める。


騎士たちから僅かに安堵の息が漏れる。


ギーファはエドガーを見る。


「……次はない」


エドガーが頷く。


「ああ」


「お前を完全に信用したわけじゃねぇ」


「分かっている」


ギーファが騎士団を見る。


「あいつらもだ」


エドガーは少しだけ間を置き。


答えた。


「それでいい」


◇


騎士隊長がゆっくりとエドガーへ近づく。


今度は。


誰も止めなかった。


「殿下……」


エドガーが見る。


「よく」


騎士隊長の声が震える。


「よくぞ、ご無事で……」


「……お前たちも」


エドガーが周囲を見る。


見覚えのある顔。


傷だらけ。


鎧も壊れている。


だが。


いる。


「生きていたのか」


「……はい」


騎士隊長が頭を下げる。


「あの日」


「殿下を逃がした後、我々も何とか包囲を突破しました」


エドガーが目を閉じる。


「……そうか」


小さな声。


「よかった」


その一言に。


どれほどの思いが込められているのか。


ヴァルドには。


なんとなく分かった。


「殿下」


騎士隊長が続ける。


「国へ戻りましょう」


「皆、殿下を待っております」


「……ああ」


エドガーが頷く。


「戻ろう」


◇


出発の準備が進む。


エドガーは。


ヴァルドとギーファの前に立っていた。


「世話になった」


ヴァルドが答える。


「気にすんな」


エドガーは次に。


ギーファを見る。


「ギーファ」


「何だ」


「王族であることを黙っていたことは謝る」


「すまなかった」


ギーファは少しだけエドガーを見る。


「別に」


「……?」


「そこはどうでもいい」


エドガーの眉が僅かに動く。


ギーファは腕を組む。


「お前が王族だろうが」


「ただの兵士だろうが」


「俺には関係ねぇ」


「……」


「俺が知りたいのは」


エドガーを見る。


「お前が信用できる奴かどうかだけだ」


エドガーは黙る。


「ヴァルドが五日間見てた」


「お前が何もしてねぇって言うなら」


一拍。


「今はそれを信じる」


ヴァルドが僅かに目を見開く。


ギーファは続ける。


「でも」


視線。


エルグランの騎士たち。


「お前個人を信用できるかと」


再びエドガーを見る。


「お前の国を信用できるかは」


「別の話だ」


「……ああ」


エドガーは真っ直ぐギーファを見る。


「それで構わない」


「国を信用しろとは言わない」


「俺たちが信用に値するのか」


少し間。


「これから見てくれればいい」


ギーファは何も答えなかった。


◇


やがて。


出発の時。


エドガーが馬へ乗る。


騎士たちも準備を終えていた。


「ヴァルド」


「ん?」


「礼は必ず返す」


「別にいいよ」


「そういうわけにはいかない」


エドガーが村を見る。


子供たち。


家々。


畑。


ここへ来るまで。


自分が想像すらしていなかった。


アルヴァの暮らし。


「……ヴァルド」


「ん?」


「また」


少し間。


「ここへ来てもいいか?」


ヴァルドはすぐに答えた。


「ああ」


「好きに来ればいい」


その横で。


ギーファは何も言わない。


エドガーがそちらを見る。


「ギーファ」


「……何だ」


「お前にも聞いている」


「……」


ギーファは。


しばらくエドガーを見ていた。


やがて。


小さく息を吐く。


「殺されたくなきゃ」


低い声。


「二度と近づくな」


「……」


エドガーは。


黙ってその言葉を受け止める。


ギーファは背を向ける。


数歩。


歩く。


そして。


足を止めた。


「……と」


エドガーが顔を上げる。


ギーファは振り返らない。


「言いたいところだが」


一拍。


「次からは事前に知らせろ」


「武装した連中まで連れてくるなら尚更だ」


「……」


エドガーは。


その背中を見つめた。


やがて。


「ああ」


静かに答える。


「必ずそうする」


ギーファは返事をしなかった。


そのまま歩いていった。


エドガーはしばらく。


その背中を見つめていた。


そして。


手綱を握る。


「では」


ヴァルドを見る。


「また会おう」


「ああ」


騎士たちが動き始める。


一頭。


また一頭。


アルヴァの村を離れていく。


ヴァルドは。


その姿が見えなくなるまで。


見送っていた。


◇


やがて。


最後の一騎も見えなくなった。


ヴァルドが小さく息を吐く。


「……悪い奴じゃなかっただろ」


少し離れた場所。


ギーファが足を止める。


「少しくらい安心した?」


返事はない。


ヴァルドが振り返る。


ギーファは。


エドガーたちが去っていった方向を見ていた。


そして。


静かに口を開く。


「安心するなよ、ヴァルド」


「……何?」


ギーファの表情に。


先ほどまでの迷いはない。


「俺は」


一拍。


「俺たちを脅かす存在は、必ず排除する」


ヴァルドの表情が変わる。


「それが誰だろうと関係ねぇ」


「一人だろうが」


「軍だろうが」


風が吹く。


ギーファの髪が揺れる。


そして。


「――たとえ相手が」


遠くを見据えたまま。


静かに言った。


「国だったとしてもな」


「……」


ヴァルドは何も答えなかった。


ギーファは踵を返す。


村へ向かって歩き始める。


ヴァルドは。


その背中を見つめた後。


もう一度だけ。


エドガーたちが去った方向を見る。


そして。


ギーファの後を追った。


この時。


ヴァルドはまだ知らなかった。


ギーファのその言葉が。


いつか。


アルヴァという民の運命そのものを背負う言葉になることを。


明らかになったエドガーの正体。


彼は、大国エルグランの王族でした。


命を救われた恩を忘れず、自国の騎士たちを前にアルヴァを「敵ではない」と言い切ったエドガー。


それでもギーファが信用したのは、あくまでエドガー個人だけ。


「俺たちを脅かす存在は、必ず排除する」


「たとえ相手が、国だったとしても」


この言葉が意味するものを、この時はまだ誰も知りません。


次回もよろしくお願いします!


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