殿下
アルヴァの村へ迫る、三十を超える武装した騎士たち。
それを知ったギーファが最初に疑ったのは、村へ迎え入れたエドガーでした。
信じるヴァルド。
疑うギーファ。
そして、未だ素性を明かしていないエドガー。
三者の関係が大きく動き始めます。
第49話、よろしくお願いします!
朝。
アルヴァの村には、いつもと変わらない時間が流れていた。
畑へ向かう者。
朝食を作る者。
剣を振るう者。
子供たちの声。
エドガーも、ようやく一人で歩ける程度まで回復していた。
「もう痛みは?」
ヴァルドが聞く。
「多少は残っている」
エドガーが脇腹へ触れる。
「だが、問題ない」
「無理すんなよ」
「ああ」
その時だった。
「ギーファ!!」
叫び声。
村の入口から、見張りをしていた男が走ってくる。
息を切らしている。
「西から武装した集団が来る!」
空気が変わった。
ギーファが立ち上がる。
「数は」
「二十……いや、三十はいる!」
「所属は?」
「分からない! だが全員騎士だ!」
「……」
ギーファの目が細くなる。
「真っ直ぐこっちへ向かってる!」
「……そうか」
低い声。
「戦える奴を西へ集めろ」
「向こうが武器を抜くまで手は出すな」
「だが、いつでも抜けるようにしておけ」
「分かった!」
男が走り去る。
ヴァルドも剣へ手を伸ばす。
「俺も――」
「ヴァルド」
「ん?」
ギーファは。
ヴァルドを見ていなかった。
その視線の先。
エドガー。
「……」
エドガーも、その意味を理解した。
「こいつから離れろ」
「……ギーファ」
「早くしろ」
声が冷たい。
「待て」
エドガーが口を開く。
「おそらく、その騎士たちは――」
次の瞬間。
ギーファが消えた。
「――っ!」
エドガーの目が見開かれる。
ガッ!
肩を掴まれた。
身体が後ろへ引かれる。
そして。
剣が抜かれる。
「ギーファ!」
ヴァルドが叫ぶ。
冷たい刃。
それが、エドガーの首筋へ当てられていた。
「……」
エドガーは動かない。
否。
動けない。
ほんの僅かでも抵抗すれば。
その瞬間。
首を落とされる。
そう理解できるほどの殺気だった。
「言ったよな」
ギーファがヴァルドを見る。
「こいつが来てから何か起きたら」
剣を握る手に力が入る。
「真っ先に疑うって」
「まだエドガーが関係してるって決まったわけじゃねぇ!」
「武装した騎士が三十人」
ギーファが低く言う。
「こいつが来て数日後に、アルヴァへ真っ直ぐ向かってきてる」
「……」
「随分と」
目が鋭くなる。
「都合のいい偶然だな?」
「……おそらく」
エドガーが静かに口を開く。
「俺の部下だ」
ギーファの視線が動く。
「部下?」
「ああ」
「俺を捜しているのだと思う」
「だったら尚更じゃねぇか」
「だが、俺は呼んでいない」
「証明できるのか?」
「……できない」
即答だった。
ギーファは剣を離さない。
「なら黙ってろ」
ヴァルドが一歩近づく。
「ギーファ」
「来るな」
「でも――」
「来るな」
ギーファがヴァルドを見る。
「今はこいつを殺すつもりはねぇ」
一拍。
「今はな」
「……」
「だが」
西を見る。
「来た連中が少しでも妙な真似をしたら」
再びエドガーを見る。
「その瞬間に斬る」
エドガーは何も言わなかった。
◇
村の西。
既に数十人のアルヴァの戦士たちが集まっていた。
剣。
槍。
斧。
それぞれが武器を手に、前方を見据えている。
遠く。
土煙。
馬。
一頭。
二頭。
十。
二十。
その数は三十を超えていた。
甲冑。
紋章。
全員が武装している。
アルヴァの戦士たちの表情が険しくなる。
「止まれ!!」
一人が叫ぶ。
騎士たちが馬を止めた。
距離。
数十歩。
双方が睨み合う。
騎士たちの間にも動揺が走る。
「……アルヴァ」
「ここが……」
「なぜ殿下の痕跡が、この土地へ……」
先頭。
一人の騎士が馬を降りた。
「我々はエルグラン王国騎士団!」
アルヴァ側がざわめく。
「エルグラン……?」
「大国の騎士が、なんでここに」
騎士隊長が続ける。
「この付近に、我々が捜している者がいる可能性がある!」
アルヴァ戦士の一人が答える。
「だから武装して人の土地に入ってきたってのか!」
「敵対の意思はない!」
「三十人も武器持って来といて、信じろって?」
「我々にも事情がある!」
「こっちには関係ねぇ!」
互いの手が武器へ伸びる。
誰か一人でも。
抜けば。
始まる。
その時。
アルヴァ側の後方。
人が割れた。
「……!」
騎士隊長の目が大きく見開かれる。
歩いてくる。
ヴァルド。
その横。
ギーファ。
そして。
ギーファの前。
エドガー。
その首には。
剣が当てられている。
「……」
騎士隊長の顔から血の気が引いた。
「で……」
声が震える。
「殿下……?」
エドガーが騎士たちを見る。
その瞬間。
「――エドガー殿下!!」
空気が爆発した。
ガシャッ!!
騎士たちが一斉に剣を抜く。
「殿下から離れろ!!」
「その御方に何をした!!」
「剣を下ろせ!!」
同時。
アルヴァの戦士たちも武器を抜いた。
「てめぇらこそ下ろせ!」
「やる気か!」
「一歩でも入ってみろ!」
互いの殺気がぶつかる。
ヴァルドが叫ぶ。
「待て!!」
だが。
止まらない。
騎士隊長が一歩前へ出る。
「その御方を解放しろ!!」
ギーファの目が騎士隊長を見る。
「動くな」
低い。
静かな声。
だが。
その場にいた全員へ届いた。
騎士隊長が止まる。
「一歩でも近づいてみろ」
ギーファの剣が僅かに動く。
刃が。
エドガーの首筋へ押し当てられる。
「こいつの首が落ちるぞ」
「貴様……!!」
「ギーファ!!」
ヴァルドが叫ぶ。
エドガーの首。
そのすぐ傍にある刃。
あと僅か。
本当に。
あと少し力を加えるだけで。
命を奪える。
「剣を離せ!!」
騎士の一人が叫ぶ。
「その御方が誰か分かっているのか!!」
ギーファの視線がエドガーへ向く。
「……殿下」
一拍。
「お前、王族だったのか」
「……ああ」
エドガーが答える。
「黙っていてすまない」
ギーファの表情は変わらない。
「そうかよ」
それだけだった。
相手が王族だと分かっても。
剣は。
一切離れない。
「ギーファ!」
ヴァルドが前へ出ようとする。
「動くなって言っただろ!」
「でも!」
ヴァルドがギーファを見る。
「こいつは何もしてねぇ!」
「それであいつらは何だ」
「エドガーを捜しに来たんだろ!」
「だから何でここが分かった」
「それは……」
ヴァルドが詰まる。
ギーファの目が細くなる。
「答えられねぇだろ」
「でも!」
ヴァルドが叫ぶ。
「五日間!」
ギーファが見る。
「五日間ずっと俺が見てた!」
「……」
「お前が言ったんだろ!」
ヴァルドが自分の胸を指す。
「俺が連れてきたんだから!」
「俺が責任持って見ろって!」
「だから見てた!」
ギーファは何も言わない。
「こいつは誰にも連絡なんて取ってねぇ!」
「村の中を探ってもない!」
「何かを仕掛けてもない!」
「何もしてねぇ!」
「……」
「こいつらが来た理由は分からねぇ!」
「でも!」
ヴァルドがエドガーを見る。
そして。
再びギーファへ。
「少なくとも」
「エドガーが呼んだんじゃない!」
ギーファの剣は。
まだ離れない。
その時。
「殿下!」
騎士の一人が耐えきれず。
一歩。
踏み出した。
ギーファの腕に力が入る。
「やめろ!!」
ヴァルドが叫ぶ。
「殿下!!」
騎士たちが動く。
アルヴァの戦士たちも前へ出る。
その瞬間。
「――武器を下ろせ!!」
声が響いた。
全員が止まる。
エドガー。
首に剣を当てられたまま。
騎士たちを睨んでいる。
「全員だ!」
「今すぐ武器を下ろせ!」
騎士隊長が目を見開く。
「しかし殿下!」
「命令だ」
「ですが!」
騎士隊長がギーファを見る。
「その者は今、殿下を殺そうとしております!」
「分かっている」
「なら!」
「それでもだ!」
エドガーが叫ぶ。
騎士たちが黙る。
「武器を」
エドガーが繰り返す。
「下ろせ」
「……」
騎士隊長の手が震える。
目の前。
主君の首には剣。
それでも。
命令。
やがて。
騎士隊長がゆっくりと剣を下げた。
「……武器を下ろせ」
後ろの騎士たちが見る。
「隊長!」
「殿下の命令だ!」
一人。
また一人。
剣が下がる。
最後には。
全員が武器を下ろした。
エドガーが息を吐く。
「この人たちは平気だ」
騎士たちを見る。
「今は突然武装した我々が現れたことで」
「警戒しているだけだ」
「殿下……」
「俺は」
エドガーが続ける。
「彼らに捕らえられていたのではない」
騎士たちがエドガーを見る。
「彼らに救われたんだ」
「……」
「森で倒れていた俺を」
「アルヴァの民が見つけ」
「村へ運び」
「傷を治療してくれた」
「食事を与え」
「何者かも分からない俺を」
「傷が癒えるまで置いてくれた」
騎士たちの表情が変わる。
エドガーがアルヴァの戦士たちを見る。
「俺が今」
「ここに立っていられるのは」
一拍。
「彼らのおかげだ」
沈黙。
誰も何も言わない。
「それに」
エドガーは騎士たちへ視線を戻す。
「考えてみろ」
「他国から何度も侵攻を受けている土地へ」
「突然」
「三十人を超える武装した騎士が踏み込んできた」
「……」
「我々が彼らの立場なら」
静かに言った。
「同じように警戒したはずだ」
騎士隊長が何も言えなくなる。
「だから」
エドガーが言う。
「彼らは敵ではない」
「……」
ヴァルドがギーファを見る。
「ギーファ」
返事はない。
「俺を信じろ」
ギーファの目がヴァルドへ向く。
幼い頃から。
何度も見てきた顔。
無茶をして。
突っ走って。
何度止めても。
自分が正しいと思ったことを曲げない。
その男が今。
真っ直ぐこちらを見ている。
「……」
ギーファがエドガーを見る。
エドガーも。
逃げずにギーファを見ていた。
次に。
騎士たち。
全員。
武器を下ろしている。
長い沈黙。
そして。
「……チッ」
ギーファの剣が。
ゆっくりと。
エドガーの首から離れた。
そのまま。
鞘へ収める。
騎士たちから僅かに安堵の息が漏れる。
ギーファはエドガーを見る。
「……次はない」
エドガーが頷く。
「ああ」
「お前を完全に信用したわけじゃねぇ」
「分かっている」
ギーファが騎士団を見る。
「あいつらもだ」
エドガーは少しだけ間を置き。
答えた。
「それでいい」
◇
騎士隊長がゆっくりとエドガーへ近づく。
今度は。
誰も止めなかった。
「殿下……」
エドガーが見る。
「よく」
騎士隊長の声が震える。
「よくぞ、ご無事で……」
「……お前たちも」
エドガーが周囲を見る。
見覚えのある顔。
傷だらけ。
鎧も壊れている。
だが。
いる。
「生きていたのか」
「……はい」
騎士隊長が頭を下げる。
「あの日」
「殿下を逃がした後、我々も何とか包囲を突破しました」
エドガーが目を閉じる。
「……そうか」
小さな声。
「よかった」
その一言に。
どれほどの思いが込められているのか。
ヴァルドには。
なんとなく分かった。
「殿下」
騎士隊長が続ける。
「国へ戻りましょう」
「皆、殿下を待っております」
「……ああ」
エドガーが頷く。
「戻ろう」
◇
出発の準備が進む。
エドガーは。
ヴァルドとギーファの前に立っていた。
「世話になった」
ヴァルドが答える。
「気にすんな」
エドガーは次に。
ギーファを見る。
「ギーファ」
「何だ」
「王族であることを黙っていたことは謝る」
「すまなかった」
ギーファは少しだけエドガーを見る。
「別に」
「……?」
「そこはどうでもいい」
エドガーの眉が僅かに動く。
ギーファは腕を組む。
「お前が王族だろうが」
「ただの兵士だろうが」
「俺には関係ねぇ」
「……」
「俺が知りたいのは」
エドガーを見る。
「お前が信用できる奴かどうかだけだ」
エドガーは黙る。
「ヴァルドが五日間見てた」
「お前が何もしてねぇって言うなら」
一拍。
「今はそれを信じる」
ヴァルドが僅かに目を見開く。
ギーファは続ける。
「でも」
視線。
エルグランの騎士たち。
「お前個人を信用できるかと」
再びエドガーを見る。
「お前の国を信用できるかは」
「別の話だ」
「……ああ」
エドガーは真っ直ぐギーファを見る。
「それで構わない」
「国を信用しろとは言わない」
「俺たちが信用に値するのか」
少し間。
「これから見てくれればいい」
ギーファは何も答えなかった。
◇
やがて。
出発の時。
エドガーが馬へ乗る。
騎士たちも準備を終えていた。
「ヴァルド」
「ん?」
「礼は必ず返す」
「別にいいよ」
「そういうわけにはいかない」
エドガーが村を見る。
子供たち。
家々。
畑。
ここへ来るまで。
自分が想像すらしていなかった。
アルヴァの暮らし。
「……ヴァルド」
「ん?」
「また」
少し間。
「ここへ来てもいいか?」
ヴァルドはすぐに答えた。
「ああ」
「好きに来ればいい」
その横で。
ギーファは何も言わない。
エドガーがそちらを見る。
「ギーファ」
「……何だ」
「お前にも聞いている」
「……」
ギーファは。
しばらくエドガーを見ていた。
やがて。
小さく息を吐く。
「殺されたくなきゃ」
低い声。
「二度と近づくな」
「……」
エドガーは。
黙ってその言葉を受け止める。
ギーファは背を向ける。
数歩。
歩く。
そして。
足を止めた。
「……と」
エドガーが顔を上げる。
ギーファは振り返らない。
「言いたいところだが」
一拍。
「次からは事前に知らせろ」
「武装した連中まで連れてくるなら尚更だ」
「……」
エドガーは。
その背中を見つめた。
やがて。
「ああ」
静かに答える。
「必ずそうする」
ギーファは返事をしなかった。
そのまま歩いていった。
エドガーはしばらく。
その背中を見つめていた。
そして。
手綱を握る。
「では」
ヴァルドを見る。
「また会おう」
「ああ」
騎士たちが動き始める。
一頭。
また一頭。
アルヴァの村を離れていく。
ヴァルドは。
その姿が見えなくなるまで。
見送っていた。
◇
やがて。
最後の一騎も見えなくなった。
ヴァルドが小さく息を吐く。
「……悪い奴じゃなかっただろ」
少し離れた場所。
ギーファが足を止める。
「少しくらい安心した?」
返事はない。
ヴァルドが振り返る。
ギーファは。
エドガーたちが去っていった方向を見ていた。
そして。
静かに口を開く。
「安心するなよ、ヴァルド」
「……何?」
ギーファの表情に。
先ほどまでの迷いはない。
「俺は」
一拍。
「俺たちを脅かす存在は、必ず排除する」
ヴァルドの表情が変わる。
「それが誰だろうと関係ねぇ」
「一人だろうが」
「軍だろうが」
風が吹く。
ギーファの髪が揺れる。
そして。
「――たとえ相手が」
遠くを見据えたまま。
静かに言った。
「国だったとしてもな」
「……」
ヴァルドは何も答えなかった。
ギーファは踵を返す。
村へ向かって歩き始める。
ヴァルドは。
その背中を見つめた後。
もう一度だけ。
エドガーたちが去った方向を見る。
そして。
ギーファの後を追った。
この時。
ヴァルドはまだ知らなかった。
ギーファのその言葉が。
いつか。
アルヴァという民の運命そのものを背負う言葉になることを。
明らかになったエドガーの正体。
彼は、大国エルグランの王族でした。
命を救われた恩を忘れず、自国の騎士たちを前にアルヴァを「敵ではない」と言い切ったエドガー。
それでもギーファが信用したのは、あくまでエドガー個人だけ。
「俺たちを脅かす存在は、必ず排除する」
「たとえ相手が、国だったとしても」
この言葉が意味するものを、この時はまだ誰も知りません。
次回もよろしくお願いします!




