二人
森の中で倒れていた、一人の青年。
敵か、味方か。
何者なのかも分からない。
それでもヴァルドは、目の前の命を見捨てることを選びませんでした。
アルヴァと外の世界。
その関係を大きく変える、小さな出会いです。
第48話、よろしくお願いします!
「……アルヴァの民か……?」
掠れた声。
木にもたれかかった青年は、ヴァルドを見上げていた。
顔は青ざめている。
肩。
脇腹。
脚。
服の至るところが血で染まっていた。
ヴァルドは剣の柄へ手を置いたまま答える。
「だったら」
一拍。
「なんだ」
「……」
青年の口が僅かに動く。
何かを言おうとした。
だが。
「おい?」
身体から力が抜ける。
そのまま。
青年の目が閉じた。
「お、おい!」
ヴァルドが慌てて身体を支える。
首元へ手を当てる。
「……生きてる」
呼吸はある。
だが。
浅い。
ヴァルドが傷を見る。
「ひでぇな……」
特に脇腹。
刃物で深く斬られている。
既にかなりの血を失っていた。
アルヴァならば。
この程度の傷なら、周囲の魔素を取り込みながら休めば、やがて身体が修復していく。
だが。
目の前の青年は違う。
アルヴァではない。
このまま放っておけば。
おそらく。
死ぬ。
「……」
ヴァルドが周囲を見る。
血痕。
折れた枝。
踏み荒らされた草。
かなり遠くから逃げてきたらしい。
それも。
何者かに追われながら。
「……面倒なの拾っちまったな」
昨日。
アルヴァは他国から侵攻を受けたばかり。
目の前の青年が無関係だという保証はない。
斥候。
密偵。
新たな侵略者。
その可能性だってある。
「……」
ヴァルドは青年を見る。
やがて。
大きく息を吐いた。
「まあ」
しゃがむ。
青年の腕を自分の肩へ回す。
「死なれてから聞いても仕方ねぇか」
身体を担ぎ上げる。
「よいしょっと」
重い。
ヴァルドは村へ向かって歩き始めた。
「起きたら飯くらい奢れよ」
当然。
返事はなかった。
◇
「ヴァルド!」
村へ戻ると。
すぐに声が飛んできた。
「そいつ誰だ!?」
「怪我してるぞ!」
「外の奴じゃないか?」
人が集まってくる。
ヴァルドが青年を担いだまま答える。
「森で倒れてた」
「生きてるのか?」
「ギリギリ」
その時。
人混みの向こうから。
「……お前」
聞き慣れた声。
ヴァルドが顔を上げる。
ギーファ。
腕を組み。
担がれている青年を見ていた。
「何拾ってきた」
「人を拾い物みたいに言うな」
「じゃあ何連れてきた」
「怪我人」
「見りゃ分かる」
ギーファが近づく。
青年の服。
傷。
装備。
その全てを確認する。
表情が変わった。
「……外の奴じゃねぇか」
「そうみたいだな」
「そうみたいだな、じゃねぇよ」
ギーファがヴァルドを見る。
「昨日襲われたばっかだぞ」
「知ってる」
「斥候だったら?」
「分からん」
「密偵」
「それも分からん」
「じゃあ敵だったら?」
ヴァルドが青年を見る。
「それも」
一拍。
「今は分からん」
ギーファの眉が寄る。
「なら村に入れるな」
「死ぬぞ」
「だから?」
ヴァルドがギーファを見る。
少しだけ。
空気が変わる。
「……ギーファ」
「何だよ」
「敵かどうか分からないからって」
青年を担ぎ直す。
「死にかけてる奴を見殺しにしてから確認するのか?」
「……」
ギーファが黙る。
「俺は嫌だね」
ヴァルドが歩き出そうとする。
その時。
「ちょっと」
女性の声。
セラ。
青年を見るなり。
表情が変わった。
「早く運んで」
「おう」
「待て」
ギーファが止める。
セラが見る。
「何?」
「こいつ、どこの誰かも分からない」
「だから?」
「敵かもしれない」
セラは青年を見る。
そして。
ギーファへ視線を戻した。
「このままだと死ぬ」
「……」
「話は起きてから聞けばいいでしょ」
「いや」
「ギーファ」
「……」
「運んで」
数秒。
ギーファが視線を逸らす。
「……はい」
ヴァルドが吹き出した。
「お前ほんとセラには弱――」
「黙れ」
◇
青年は村の一室へ運び込まれた。
セラが傷を確認する。
「脇腹が一番酷い」
ヴァルドが覗き込む。
「治る?」
「分からない」
「分からない?」
セラがヴァルドを見る。
「私たちと一緒にしないで」
「ああ……」
アルヴァは傷の治りが早い。
多少深い傷であっても。
周囲に魔素さえあれば、身体が自ら修復を始める。
だからこそ。
普通の人間の重傷を治療する機会など、ほとんどなかった。
「ヴァルド」
「ん?」
「青い瓶取って」
「これ?」
「それお酒」
「似てない?」
「どこが?」
壁にもたれていたギーファが口を挟む。
「飲ませとけば寝るんじゃね?」
セラが振り返る。
「もう寝てる」
「じゃあいらねぇな」
「あなたは黙ってて」
「はい」
ヴァルドが笑う。
「今日二回目」
「うるせぇ」
それでも。
セラは手を止めなかった。
傷を洗い。
薬草を使い。
血を止める。
やがて。
「……これで」
額の汗を拭う。
「後は、この人次第」
ヴァルドが青年を見る。
「死ぬ?」
「分からない」
「そっか」
ヴァルドは椅子へ座った。
◇
数時間後。
「……っ」
青年の指が動いた。
目が。
ゆっくり開く。
「……ここは」
身体を起こそうとする。
「っ……!」
脇腹。
激痛。
「動くな」
声。
青年が見る。
椅子。
ヴァルドが座っていた。
「傷開くぞ」
「……お前は」
青年の目に警戒が戻る。
森。
思い出した。
「アルヴァ……」
「ヴァルド」
「……?」
「俺の名前」
ヴァルドが青年を見る。
「お前は?」
少し。
沈黙。
「……エドガー」
「エドガーね」
ヴァルドが頷く。
「覚えた」
エドガーが周囲を見る。
窓。
外。
見慣れない建物。
「ここは……」
「俺たちの村」
エドガーの目が僅かに見開かれる。
「アルヴァの……?」
「そう」
エドガーが再び起き上がろうとする。
「だから動くなって」
「なぜ」
「ん?」
エドガーがヴァルドを見る。
「なぜ俺をここへ連れてきた」
ヴァルドが首を傾げる。
「死にそうだったから」
「……」
「何?」
「それだけか?」
「他にいる?」
エドガーが言葉に詰まる。
「俺はアルヴァではない」
「見りゃ分かる」
「他国の者だぞ」
「それも見りゃ分かる」
「なら、なぜ――」
「お前」
ヴァルドが遮った。
「昨日、俺たちを襲った?」
エドガーの表情が変わる。
「……いや」
「俺たちの土地を奪いに来た?」
「違う」
「じゃあ」
ヴァルドが肩をすくめる。
「今のところ、敵じゃないだろ」
「……」
エドガーは。
何も言えなかった。
扉。
開く。
「起きたか」
ギーファ。
エドガーが見る。
ヴァルドが指を差した。
「こいつギーファ」
「勝手に紹介すんな」
「いいだろ別に」
エドガーがギーファを見る。
「……ギーファ」
「覚えなくていい」
「なんでだよ」
ヴァルドが呆れる。
ギーファはエドガーの前へ立った。
「どこから来た」
「ギーファ」
「これくらい聞くだろ」
エドガーは。
少し黙った。
そして。
「……エルグラン」
ギーファの目が変わる。
「エルグラン?」
ヴァルドも反応した。
「随分遠くから来たな」
「……ああ」
ギーファが腕を組む。
「何しに来た」
「……」
「答えられない?」
「ギーファ」
ヴァルドが止める。
「話したくないならいい」
「お前なぁ」
「怪我人だぞ」
「怪我人なら何でも信用すんのか?」
「してねぇよ」
「してるように見える」
「してねぇって」
二人が睨み合う。
エドガーが小さく息を吐いた。
「追われていた」
二人が見る。
「俺たちの国と敵対している国の部隊に」
ヴァルドの表情が変わる。
「襲われたのか?」
「ああ」
エドガーが天井を見る。
「移動中に待ち伏せされた」
ギーファが聞く。
「一人だったのか?」
エドガーは。
答えるまで少し時間がかかった。
「……いや」
拳。
僅かに握られる。
「部下がいた」
「そいつらは?」
「俺を逃がすために残った」
静かになる。
エドガーの脳裏。
剣を抜く部下たち。
『行ってください!』
『ここは我々が食い止めます!』
『早く!』
「俺は既に傷を負っていた」
エドガーが続ける。
「それでも」
「奴らが道を作ってくれた」
「だから逃げた」
ヴァルドは黙って聞いている。
「……その後は?」
「分からない」
エドガーが目を伏せた。
「追手から逃げることだけで精一杯だった」
握った拳。
力が入る。
「俺だけが」
「生き延びた」
ヴァルドが。
しばらくエドガーを見る。
「……そっか」
それ以上。
何も聞かなかった。
ギーファも。
今度は追及しなかった。
◇
しばらくして。
エドガーは再び眠りについた。
まだ身体は完全には戻っていない。
話しているだけでも疲れたのだろう。
静かな寝息。
ヴァルドが確認する。
「……寝たか」
「ヴァルド」
低い声。
振り返る。
ギーファ。
壁にもたれていた身体を起こす。
「何?」
「てめぇ」
ヴァルドを見る。
「今ので信用したとか言わねぇよな?」
ヴァルドの眉が僅かに寄る。
「別に全部信用したわけじゃ――」
「だったらいい」
ギーファが遮る。
眠っているエドガーを見る。
「エルグランの人間」
「敵国の奴らに追われて」
「部下が残って」
「自分だけ逃げてきた」
鼻で笑う。
「全部こいつが言ってるだけだ」
「……まあな」
「本当かどうかなんて、まだ分からねぇ」
ヴァルドは何も言わない。
ギーファがヴァルドを見る。
「拾ってきたのはてめぇだ」
一歩。
「てめぇが目ぇ離すんじゃねぇぞ」
「分かってる」
「分かってねぇから言ってんだよ」
声が低くなる。
「少しでも怪しい動きしたら」
エドガーを一瞥する。
「俺は問答無用で殺す」
ヴァルドの表情が変わる。
「ギーファ」
「それだけじゃねぇ」
ギーファは止まらない。
「こいつがここに来てから」
「アルヴァで何かおかしなことが起きたら」
一拍。
「真っ先にこいつを疑う」
「本人が関係なくてもか?」
「ああ」
即答。
ヴァルドの眉が寄る。
「それはやりすぎだろ」
「やりすぎで何も起きなきゃ、それでいい」
ギーファがヴァルドを睨む。
「でもな」
「てめぇが信じて」
「そのせいでここの誰かが死んだら」
一歩。
ヴァルドとの距離を詰める。
「取り返しつかねぇんだぞ」
「……」
「俺は別に」
ギーファが眠るエドガーを見る。
「こいつが他国の奴だから殺したいわけじゃねぇ」
「本当に追われてただけなら、それでいい」
「傷が治ったら帰せばいい」
そして。
ヴァルドへ視線を戻す。
「でも」
「俺はここの奴らの命を賭けてまで」
「知らねぇ奴を信用する気はねぇ」
ヴァルドが黙る。
しばらく。
二人が睨み合う。
やがて。
ヴァルドが息を吐いた。
「……分かったよ」
「何が」
「俺が見る」
ギーファが黙る。
「俺が連れてきた」
「だから」
エドガーを見る。
「こいつがここにいる間は、俺が責任持つ」
ギーファは数秒ヴァルドを見る。
「絶対に目ぇ離すな」
「ああ」
「もし何かあったら」
ギーファが扉へ向かう。
「俺が殺しに来る」
扉へ手をかける。
「お前が止めてもな」
そのまま。
部屋を出ていった。
「……」
ヴァルドは閉じた扉を見る。
「怖ぇなぁ……」
そして。
眠っているエドガーを見る。
「聞いたろ?」
当然。
返事はない。
「俺も別に」
椅子へ座る。
「全部信じたわけじゃねぇからな」
少し間。
「だから」
エドガーを見る。
「変なことすんなよ」
◇
それから三日。
ギーファとの約束通り。
ヴァルドは。
ほとんどエドガーの傍にいた。
最初は。
監視のためだった。
「どこ行く」
「外だ」
「俺も行く」
「……なぜだ」
「監視」
「本人に言うのか?」
「隠す必要ある?」
「……ないが」
エドガーが歩く。
ヴァルドもついていく。
食事。
「何食ってんの?」
「見れば分かるだろう」
「うまい?」
「普通だ」
「一口くれ」
「自分のがあるだろう」
「そっちの方が多い」
「知らん」
そんなやり取りを繰り返しているうちに。
監視という言葉は。
次第に意味を失っていった。
◇
「おおおおお!!」
子供たちの歓声。
エドガーは困惑していた。
掌。
その上に。
小さな炎。
「すげぇ!」
「もう一回!」
「次は雷!」
「水出して!」
「飛べる!?」
「最後のは無理だ」
子供たち。
「えー!」
「なぜ残念そうなんだ……」
少し離れた場所。
ヴァルドが笑っている。
「人気者じゃん」
エドガーが睨む。
「助けろ」
「嫌だね」
「もう一回!」
「もっと大きいやつ!」
エドガーがため息を吐く。
それでも。
炎を少し大きくした。
「おおおおお!!」
子供たち大興奮。
エドガーがヴァルドを見る。
「……そんなに珍しいのか?」
「俺たち使えねぇからな」
「それは知っている」
エドガーが炎を消す。
「だが」
少し躊躇する。
「悔しくはないのか?」
「何が?」
「魔法を使えないことが」
ヴァルドが。
本当に分からないという顔をした。
「なんで?」
「いや……」
「便利そうだとは思うけど」
ヴァルドが腰の剣を軽く叩く。
「俺にはこれがあるし」
「……」
「別に魔法がなくても困ってねぇよ」
エドガーは。
何も言わなかった。
自分が聞いてきた話。
魔法を持たぬ。
粗暴な民。
戦いしか知らぬ者たち。
だが。
目の前にいるのは。
子供に魔法をせがまれ。
畑を耕し。
飯を作り。
笑い。
家族と暮らす。
普通の人々だった。
エドガーの中で。
何かが。
少しずつ崩れ始めていた。
◇
さらに二日。
エドガーの傷は。
かなり回復していた。
夜。
村の外。
小高い丘。
ヴァルドとエドガーが並んで座っている。
エドガーは村を見ていた。
灯り。
笑い声。
「……不思議だ」
「何が?」
「アルヴァだ」
ヴァルドが見る。
「喧嘩売ってんのか?」
「違う」
エドガーが苦笑する。
「俺は」
少し考える。
「もっと好戦的な民だと思っていた」
ヴァルドの眉が寄る。
「誰がそんなこと言ってんだよ」
「……国では」
エドガーが答える。
「そう教えられている」
ヴァルドが黙る。
「魔法を持たず」
「強靭な肉体で他者を圧倒し」
「他国との交流を拒む」
「危険な民だと」
ヴァルドは。
しばらく何も言わなかった。
そして。
「まあ」
頭を掻く。
「戦ってばっかなのは間違ってないな」
エドガーが見る。
「でも」
ヴァルドは村へ視線を戻す。
「好きでやってるわけじゃない」
「来るから戦う」
「奪おうとするから守る」
「それだけだ」
エドガーが黙る。
「俺は」
ヴァルドが続ける。
「いつか」
村の灯りを見る。
「ここにいる奴らが」
「剣を持たなくても暮らせるようにしたい」
「……」
「無理だってギーファには言われたけどな」
ヴァルドが笑う。
エドガーは。
笑わなかった。
真剣に。
ヴァルドを見ている。
「ヴァルド」
「ん?」
「お前は」
少し迷う。
「外の国が嫌いではないのか?」
ヴァルドが首を傾げる。
「国を好きとか嫌いとか」
少し考える。
「考えたことねぇな」
「だが」
エドガーが言う。
「お前たちは何度も侵略されている」
「今日だけではないのだろう?」
「ああ」
「なら――」
「俺が嫌いなのは」
ヴァルドが遮った。
エドガーを見る。
「俺たちのものを奪いに来る奴だ」
エドガーが黙る。
「どこの国の奴かは関係ない」
ヴァルドは。
少し笑った。
「お前は今のところ」
「何も奪いに来てない」
一拍。
「だから敵じゃない」
「……」
エドガーは。
ヴァルドを見る。
そして。
ほんの僅かに。
笑った。
「……変な奴だな」
「お前に言われたくない」
「なぜだ」
「森で死にかけてた奴に言われてもな」
「それは関係ないだろう」
「あるだろ」
「ない」
「ある」
二人の声が。
夜の丘へ響く。
その下。
アルヴァの村では。
いつもと変わらない灯りが。
静かに揺れていた。
◇
同じ頃。
アルヴァ領から少し離れた森。
何頭もの馬が駆けていた。
「痕跡は!?」
「ありません!」
「南側も捜索しろ!」
「はっ!」
甲冑を纏った騎士たち。
全員。
疲弊している。
鎧には戦闘の跡。
血。
傷。
それでも。
止まらない。
先頭を走る騎士が馬を止めた。
「……くそ」
拳を握る。
敵国の追撃を振り切り。
生き残った者たちを集め。
ここまで来た。
だが。
肝心の人物が見つからない。
「我々が辿り着くまで……」
騎士が顔を上げる。
「どうか……」
そして。
叫んだ。
「探せ!!」
騎士たちが一斉に動く。
「何としても見つけるんだ!」
森に。
その声が響き渡る。
「――エドガー殿下を!!」
まだ。
ヴァルドは知らない。
自分が森で拾った青年が。
大国エルグランの王族であることを。
そして。
この小さな出会いが。
アルヴァという民の未来を。
大きく動かし始めていることを。
「だから敵じゃない」
ヴァルドが救った青年――エドガー。
警戒を解かないギーファとは対照的に、ヴァルドとエドガーの距離は少しずつ縮まり始めました。
そして最後に明かされた、その正体。
「――エドガー殿下を!!」
森で拾ったただの青年ではなかったようです。
この出会いがアルヴァに何をもたらすのか。
次回もよろしくお願いします!




