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剣しか持ちえない少年の英雄譚  作者: 喜怒哀楽
イリス奪還編
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47/102

戦士の民

物語は六百年前へ。


魔力を持たず、魔法を扱うこともできない。


それでも幾度もの侵略を退け続けた、戦士の民――アルヴァ。


彼らは何を守り、何を願い、そしてなぜ歴史から姿を消したのか。


ここから、アルヴァの物語が始まります。


第47話、よろしくお願いします!


――六百年前。


今よりも遥かに多くの国が争い。


領土を奪い。


資源を奪い。


時には、一つの民族が歴史から消えることすら珍しくなかった時代。


その中で。


何度侵略を受けても。


決して屈しなかった民がいた。


魔力を持たず。


魔法を扱うこともできず。


ただ己の肉体と。


磨き上げた戦闘技術だけを武器とする民。


――アルヴァ。


◇


「前衛、押し込め!!」


怒号が響いた。


アルヴァ領西部。


普段ならば風が草原を撫でるだけの穏やかな丘陵地帯は、今や完全な戦場と化していた。


「魔術師隊! 準備!」


甲冑を纏った兵士たちの後方。


数十人の魔術師が一斉に手を掲げる。


魔法陣が展開。


炎。


氷。


雷。


異なる属性の魔力が次々と膨れ上がっていく。


対する丘の上。


並んでいるのは。


百人にも満たないアルヴァの戦士たち。


侵攻軍。


およそ八百。


数だけを見れば。


勝敗など最初から決まっているように思えた。


侵攻軍の指揮官が剣を振り上げる。


「撃てぇ!!」


魔法が空を埋め尽くした。


火球が。


氷槍が。


雷撃が。


一斉にアルヴァたちへ降り注ぐ。


轟音。


大地が揺れる。


炎が上がり。


丘全体が土煙に包まれた。


敵兵たちから歓声が上がる。


「やったぞ!」


「魔法も扱えぬ連中など、この程度――」


ザッ。


声が止まった。


煙の中。


何かが動く。


一人。


男が歩いてくる。


腕は焼け。


肩から血を流している。


それでも。


歩いている。


「……は?」


敵兵の顔が引きつった。


さらに。


一人。


二人。


三人。


次々と。


煙の向こうからアルヴァの戦士たちが姿を現した。


焼けた皮膚。


傷。


血。


無傷ではない。


だが。


その傷は既に。


ゆっくりと塞がり始めている。


「痛ぇな……」


一人の戦士が肩を回す。


隣の男も剣を握り直した。


「相変わらず魔法ってのは面倒だ」


敵兵が一歩下がる。


「な、なんなんだ……」


その時。


アルヴァ側の中央。


一人の男が剣を掲げた。


ヴァルド。


短く切った黒髪。


鋭い目。


周囲が混乱する中でも、その表情は冷静だった。


「魔術師を先に潰す!」


アルヴァの戦士たちが一斉に見る。


「前衛は相手にするな!」


ヴァルドが剣を前へ向けた。


「一気に抜けるぞ!」


「おお!!」


アルヴァの戦士たちが走り出す。


敵前衛。


盾。


槍。


剣。


一斉に構える。


「止めろ!」


だが。


速い。


「なっ――」


アルヴァの一人が盾へ肩からぶつかる。


衝撃。


盾兵が。


盾ごと後方へ吹き飛んだ。


その隙間へ。


別の戦士。


跳ぶ。


敵前衛の頭上を越える。


「抜けたぞ!」


「囲め!」


遅い。


アルヴァたちは。


正面から敵軍を押し潰すのではない。


隙間。


僅かな間隔。


そこを強引に抜け。


後方の魔術師隊へ一直線に向かっていた。


ヴァルドも。


敵の剣を受け流す。


腹へ蹴り。


「ぐっ!」


そのまま走る。


魔術師たちが慌てる。


「近づけるな!」


魔法陣。


炎。


ヴァルドへ。


「遅い!」


横へ跳ぶ。


直撃を避ける。


爆発。


その煙の中を突き抜ける。


一人。


剣の柄で殴り倒す。


二人目。


腕を掴む。


地面へ投げる。


三人目。


詠唱を始めようとした瞬間。


「させるか!」


蹴り。


魔術師が転がった。


「魔術師隊が!」


侵攻軍が崩れる。


「前衛! 後退しろ!」


「無理です!」


「アルヴァが中に!」


「落ち着け!」


混乱。


その時だった。


少し離れた場所。


「囲んだぞ!」


六人。


一人の男を取り囲んでいる。


ギーファ。


乱れた黒髪。


片手には剣。


ギーファが周囲を見回す。


「……」


敵兵が笑う。


「終わりだ!」


ギーファが首を傾げた。


「それで?」


「何?」


「六人で囲んだ」


ギーファが剣を軽く振る。


「だから何?」


敵兵の顔が歪む。


「殺せ!」


一斉。


剣。


槍。


ギーファが動く。


一歩。


剣を避ける。


もう一歩。


槍が空を切る。


身体を沈める。


横薙ぎ。


一人。


反転。


柄。


二人。


足払い。


三人。


「なっ――」


残りが止まる。


ギーファが前へ。


剣。


四人目。


蹴り。


五人目。


最後。


男が後退する。


「ば、化け物……!」


ギーファが眉を寄せる。


「失礼な奴だな」


背後。


魔力。


ギーファが振り返る。


間に合わない。


ドォン!!


炎。


直撃。


「ギーファ!」


ヴァルドが叫ぶ。


煙。


敵魔術師が笑う。


「直撃だ!」


だが。


「……」


煙から。


ギーファが歩いて出てきた。


服。


片側が燃えている。


ギーファは自分の肩を見る。


火。


手で叩いて消す。


「……これ」


敵兵が震える。


ギーファが低い声で言った。


「お気に入りだったんだけど」


魔術師が後退する。


「な、なんなんだお前ら……!」


ギーファが剣を構える。


「なんなんだは」


一歩。


「こっちの台詞だろ」


地面を蹴った。


「人ん家に勝手に入ってきてんじゃねぇよ!」


剣が走った。


◇


「撤退!!」


敵指揮官の声。


兵士たちが次々と退いていく。


追う者はいない。


ヴァルドが剣を下げる。


「深追いするな!」


アルヴァの戦士たちが止まる。


「領地から出たなら、それでいい!」


遠く。


侵攻軍が逃げていく。


しばらく。


誰も動かなかった。


やがて。


一人のアルヴァ戦士が剣を地面へ突き立てる。


「……終わったか」


別の戦士が座り込む。


「腹減った」


「戦場で最初に言うことか?」


「朝から何も食ってねぇ」


小さな笑い。


だが。


ヴァルドは笑わなかった。


少し離れた場所へ歩く。


そこには。


倒れているアルヴァの戦士たち。


一人。


二人。


三人。


戻らない者もいる。


ヴァルドが黙る。


ギーファが隣へ来た。


「……またか」


ヴァルドが言う。


「今月何回目だ?」


「三回」


ギーファが答える。


後ろ。


別の戦士が口を開く。


「四回だ」


ギーファが振り返る。


「東でもあったのか?」


「ああ」


「どこの連中だ」


「分からん」


ギーファが舌打ちする。


「……クソが」


ヴァルドは倒れた仲間を見る。


「俺たちが何したってんだよ」


ギーファが答える。


「何も」


「じゃあなんで来る」


「欲しいからだろ」


ギーファが遠くを見る。


丘。


その向こう。


アルヴァの土地。


「土地」


「水」


「鉱山」


「食い物」


そして。


自分の腕を見る。


「俺たちの力」


ヴァルドが黙る。


ギーファは剣を鞘へ戻した。


「来るなら追い返す」


「それだけだ」


ヴァルドは。


何も言わなかった。


◇


夕方。


村へ戻る。


そこには。


戦場とはまるで違う景色が広がっていた。


畑。


家畜。


木造の家。


走り回る子供たち。


武器を修理する職人。


料理の匂い。


「父ちゃん!」


一人の子供が走る。


戦場で大剣を振り回していた男。


その顔が一瞬で緩んだ。


「おー!」


しゃがむ。


子供が飛びつく。


「ただいま!」


「怪我してる!」


「これくらい平気だ」


「母ちゃんに怒られるよ!」


男の顔が引きつる。


「……それは困る」


周囲から笑い声。


ヴァルドがそれを見る。


小さく笑う。


「何笑ってんだ」


ギーファ。


「いや」


ヴァルドが答える。


「お前も帰れよ」


「分かってる」


二人が村の中へ入る。


その時。


「ギーファ」


声。


ギーファが止まる。


一人の女性。


長い茶髪。


柔らかな雰囲気。


セラ。


両腕を組んでいる。


「……」


ギーファの顔から。


戦場での余裕が消えた。


「ただいま」


セラがギーファを見る。


頭。


肩。


腕。


そして。


破れた服。


「また怪我してる」


「もう治る」


「そういう問題じゃない」


「じゃあどういう問題?」


セラが眉を寄せる。


「心配するっていう問題」


ギーファが黙る。


「……すみません」


ヴァルドが吹き出した。


「お前、戦場より弱いじゃん」


ギーファが睨む。


「うるせぇ」


セラがヴァルドを見る。


「ヴァルドも怪我してるでしょ」


「え?」


「座って」


「俺も?」


「当たり前」


ヴァルドがギーファを見る。


ギーファが笑う。


「ざまぁ」


「お前、後で覚えとけよ」


セラが二人を見る。


「二人とも」


「はい」


「はい」


即答。


◇


夜。


村の外。


小高い丘。


ヴァルドとギーファは並んで座っていた。


遠く。


今日の戦場。


僅かに煙が残っている。


「なあ」


ヴァルドが言う。


「何」


ギーファは草を一本咥えている。


「いつまで続くんだろうな」


「何が」


「これ」


ヴァルドが遠くを見る。


「倒しても」


「追い返しても」


「また別の国が来る」


ギーファは黙る。


ヴァルドが続ける。


「今日も三人死んだ」


「先月も」


「その前も」


ギーファが草を吐き捨てる。


「だから?」


ヴァルドが見る。


「俺はいつか」


少し間。


「アルヴァが剣を持たなくていい時代を作りたい」


ギーファが即答した。


「無理だろ」


「早ぇよ!」


「だって無理だ」


「なんで」


ギーファが指を折る。


「俺たちは強い」


一本。


「土地も豊か」


二本。


「水もある」


三本。


「鉱山もある」


四本。


「欲しがる奴はいなくならねぇ」


ヴァルドが眉を寄せる。


「だからって諦めるのか?」


ギーファが見る。


「違う」


剣の柄へ手を置く。


「来た奴を追い返す」


「俺はそれでいい」


「それじゃ、ずっと戦い続けることになる」


「守るためならな」


ヴァルドが黙る。


二人の間を。


風が抜ける。


しばらくして。


ヴァルドが村を見る。


灯り。


家。


人。


「俺たちが」


「普通に暮らしてる奴らだって分かれば」


「変わる奴もいるかもしれない」


ギーファがため息をつく。


「甘いな」


「よく言われる」


「……本気で言ってんのか?」


「何が?」


ギーファの眉が寄る。


「他国の連中と話し合うって?」


「他国だけじゃない」


ヴァルドは遠くを見る。


「俺たちを敵だと思ってる奴ら全員だ」


ギーファが鼻で笑う。


「もっと無理だろ」


「やってみなきゃ分からない」


「昨日、そいつらに殺されかけたばっかだぞ」


ヴァルドがギーファを見る。


「昨日来た奴らが、外の奴ら全員じゃないだろ」


ギーファは黙る。


ヴァルドは少し笑った。


「話せる奴がいるなら、俺は話してみたい」


「俺たちが何者なのか」


「何を守って戦ってるのか」


「ちゃんと知ってもらえれば――」


村の灯りを見る。


「剣を抜かなくても済む相手が、一人くらい増えるかもしれない」


ギーファがため息をついた。


「……やっぱり甘いな」


「よく言われるって」


「そのうち騙されるぞ」


ヴァルドが笑う。


「そん時は助けてくれ」


ギーファが鼻で笑った。


「嫌だね」


「冷てぇな」


「自分で何とかしろ」


「幼馴染だろ」


「関係ない」


二人が笑う。


この時は。


まだ。


ただの冗談だった。


◇


翌朝。


ヴァルドは一人。


村から少し離れた森を歩いていた。


昨日の戦闘。


別の侵入者が残っていないか。


確認するための巡回。


「……」


鳥。


風。


木々。


静かだった。


その時。


ヴァルドが止まる。


地面。


赤。


「……血?」


しゃがむ。


指先で触れる。


まだ新しい。


ヴァルドが視線を上げた。


血痕は。


点々と。


森の奥へ続いている。


ヴァルドは剣へ手を置いた。


ゆっくり。


進む。


血。


折れた枝。


踏み荒らされた草。


そして。


「……」


木の根元。


一人の青年が。


倒れていた。


上等な服。


だが。


酷く破れている。


肩。


腹。


血。


かなり深い傷。


ヴァルドが警戒しながら近づく。


「おい」


反応はない。


「生きてるか?」


青年の目が。


僅かに開いた。


「……」


ヴァルドを見る。


その顔。


その装い。


そして。


青年の目が僅かに見開かれた。


「……その姿……」


掠れた声。


ヴァルドの手が剣の柄へ触れる。


青年は。


苦しそうに息をしながら。


呟いた。


「……アルヴァの民か……?」


ヴァルドは。


青年を見下ろす。


「だったら」


一拍。


「なんだ」


二人は。


まだ知らない。


この出会いが。


アルヴァという民の未来を。


大きく変えることになるなど。


圧倒的な肉体と戦闘技術を持ちながら、彼らが望んでいたのは戦争ではなく、ごく普通の暮らしでした。


「アルヴァが剣を持たなくていい時代を作りたい」


そう願うヴァルドと、


「そのうち騙されるぞ」


そう警告するギーファ。


そして翌朝、ヴァルドが森で出会った一人の青年。


この出会いは、アルヴァに何をもたらすのか。


次回もよろしくお願いします!


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