戦士の民
物語は六百年前へ。
魔力を持たず、魔法を扱うこともできない。
それでも幾度もの侵略を退け続けた、戦士の民――アルヴァ。
彼らは何を守り、何を願い、そしてなぜ歴史から姿を消したのか。
ここから、アルヴァの物語が始まります。
第47話、よろしくお願いします!
――六百年前。
今よりも遥かに多くの国が争い。
領土を奪い。
資源を奪い。
時には、一つの民族が歴史から消えることすら珍しくなかった時代。
その中で。
何度侵略を受けても。
決して屈しなかった民がいた。
魔力を持たず。
魔法を扱うこともできず。
ただ己の肉体と。
磨き上げた戦闘技術だけを武器とする民。
――アルヴァ。
◇
「前衛、押し込め!!」
怒号が響いた。
アルヴァ領西部。
普段ならば風が草原を撫でるだけの穏やかな丘陵地帯は、今や完全な戦場と化していた。
「魔術師隊! 準備!」
甲冑を纏った兵士たちの後方。
数十人の魔術師が一斉に手を掲げる。
魔法陣が展開。
炎。
氷。
雷。
異なる属性の魔力が次々と膨れ上がっていく。
対する丘の上。
並んでいるのは。
百人にも満たないアルヴァの戦士たち。
侵攻軍。
およそ八百。
数だけを見れば。
勝敗など最初から決まっているように思えた。
侵攻軍の指揮官が剣を振り上げる。
「撃てぇ!!」
魔法が空を埋め尽くした。
火球が。
氷槍が。
雷撃が。
一斉にアルヴァたちへ降り注ぐ。
轟音。
大地が揺れる。
炎が上がり。
丘全体が土煙に包まれた。
敵兵たちから歓声が上がる。
「やったぞ!」
「魔法も扱えぬ連中など、この程度――」
ザッ。
声が止まった。
煙の中。
何かが動く。
一人。
男が歩いてくる。
腕は焼け。
肩から血を流している。
それでも。
歩いている。
「……は?」
敵兵の顔が引きつった。
さらに。
一人。
二人。
三人。
次々と。
煙の向こうからアルヴァの戦士たちが姿を現した。
焼けた皮膚。
傷。
血。
無傷ではない。
だが。
その傷は既に。
ゆっくりと塞がり始めている。
「痛ぇな……」
一人の戦士が肩を回す。
隣の男も剣を握り直した。
「相変わらず魔法ってのは面倒だ」
敵兵が一歩下がる。
「な、なんなんだ……」
その時。
アルヴァ側の中央。
一人の男が剣を掲げた。
ヴァルド。
短く切った黒髪。
鋭い目。
周囲が混乱する中でも、その表情は冷静だった。
「魔術師を先に潰す!」
アルヴァの戦士たちが一斉に見る。
「前衛は相手にするな!」
ヴァルドが剣を前へ向けた。
「一気に抜けるぞ!」
「おお!!」
アルヴァの戦士たちが走り出す。
敵前衛。
盾。
槍。
剣。
一斉に構える。
「止めろ!」
だが。
速い。
「なっ――」
アルヴァの一人が盾へ肩からぶつかる。
衝撃。
盾兵が。
盾ごと後方へ吹き飛んだ。
その隙間へ。
別の戦士。
跳ぶ。
敵前衛の頭上を越える。
「抜けたぞ!」
「囲め!」
遅い。
アルヴァたちは。
正面から敵軍を押し潰すのではない。
隙間。
僅かな間隔。
そこを強引に抜け。
後方の魔術師隊へ一直線に向かっていた。
ヴァルドも。
敵の剣を受け流す。
腹へ蹴り。
「ぐっ!」
そのまま走る。
魔術師たちが慌てる。
「近づけるな!」
魔法陣。
炎。
ヴァルドへ。
「遅い!」
横へ跳ぶ。
直撃を避ける。
爆発。
その煙の中を突き抜ける。
一人。
剣の柄で殴り倒す。
二人目。
腕を掴む。
地面へ投げる。
三人目。
詠唱を始めようとした瞬間。
「させるか!」
蹴り。
魔術師が転がった。
「魔術師隊が!」
侵攻軍が崩れる。
「前衛! 後退しろ!」
「無理です!」
「アルヴァが中に!」
「落ち着け!」
混乱。
その時だった。
少し離れた場所。
「囲んだぞ!」
六人。
一人の男を取り囲んでいる。
ギーファ。
乱れた黒髪。
片手には剣。
ギーファが周囲を見回す。
「……」
敵兵が笑う。
「終わりだ!」
ギーファが首を傾げた。
「それで?」
「何?」
「六人で囲んだ」
ギーファが剣を軽く振る。
「だから何?」
敵兵の顔が歪む。
「殺せ!」
一斉。
剣。
槍。
ギーファが動く。
一歩。
剣を避ける。
もう一歩。
槍が空を切る。
身体を沈める。
横薙ぎ。
一人。
反転。
柄。
二人。
足払い。
三人。
「なっ――」
残りが止まる。
ギーファが前へ。
剣。
四人目。
蹴り。
五人目。
最後。
男が後退する。
「ば、化け物……!」
ギーファが眉を寄せる。
「失礼な奴だな」
背後。
魔力。
ギーファが振り返る。
間に合わない。
ドォン!!
炎。
直撃。
「ギーファ!」
ヴァルドが叫ぶ。
煙。
敵魔術師が笑う。
「直撃だ!」
だが。
「……」
煙から。
ギーファが歩いて出てきた。
服。
片側が燃えている。
ギーファは自分の肩を見る。
火。
手で叩いて消す。
「……これ」
敵兵が震える。
ギーファが低い声で言った。
「お気に入りだったんだけど」
魔術師が後退する。
「な、なんなんだお前ら……!」
ギーファが剣を構える。
「なんなんだは」
一歩。
「こっちの台詞だろ」
地面を蹴った。
「人ん家に勝手に入ってきてんじゃねぇよ!」
剣が走った。
◇
「撤退!!」
敵指揮官の声。
兵士たちが次々と退いていく。
追う者はいない。
ヴァルドが剣を下げる。
「深追いするな!」
アルヴァの戦士たちが止まる。
「領地から出たなら、それでいい!」
遠く。
侵攻軍が逃げていく。
しばらく。
誰も動かなかった。
やがて。
一人のアルヴァ戦士が剣を地面へ突き立てる。
「……終わったか」
別の戦士が座り込む。
「腹減った」
「戦場で最初に言うことか?」
「朝から何も食ってねぇ」
小さな笑い。
だが。
ヴァルドは笑わなかった。
少し離れた場所へ歩く。
そこには。
倒れているアルヴァの戦士たち。
一人。
二人。
三人。
戻らない者もいる。
ヴァルドが黙る。
ギーファが隣へ来た。
「……またか」
ヴァルドが言う。
「今月何回目だ?」
「三回」
ギーファが答える。
後ろ。
別の戦士が口を開く。
「四回だ」
ギーファが振り返る。
「東でもあったのか?」
「ああ」
「どこの連中だ」
「分からん」
ギーファが舌打ちする。
「……クソが」
ヴァルドは倒れた仲間を見る。
「俺たちが何したってんだよ」
ギーファが答える。
「何も」
「じゃあなんで来る」
「欲しいからだろ」
ギーファが遠くを見る。
丘。
その向こう。
アルヴァの土地。
「土地」
「水」
「鉱山」
「食い物」
そして。
自分の腕を見る。
「俺たちの力」
ヴァルドが黙る。
ギーファは剣を鞘へ戻した。
「来るなら追い返す」
「それだけだ」
ヴァルドは。
何も言わなかった。
◇
夕方。
村へ戻る。
そこには。
戦場とはまるで違う景色が広がっていた。
畑。
家畜。
木造の家。
走り回る子供たち。
武器を修理する職人。
料理の匂い。
「父ちゃん!」
一人の子供が走る。
戦場で大剣を振り回していた男。
その顔が一瞬で緩んだ。
「おー!」
しゃがむ。
子供が飛びつく。
「ただいま!」
「怪我してる!」
「これくらい平気だ」
「母ちゃんに怒られるよ!」
男の顔が引きつる。
「……それは困る」
周囲から笑い声。
ヴァルドがそれを見る。
小さく笑う。
「何笑ってんだ」
ギーファ。
「いや」
ヴァルドが答える。
「お前も帰れよ」
「分かってる」
二人が村の中へ入る。
その時。
「ギーファ」
声。
ギーファが止まる。
一人の女性。
長い茶髪。
柔らかな雰囲気。
セラ。
両腕を組んでいる。
「……」
ギーファの顔から。
戦場での余裕が消えた。
「ただいま」
セラがギーファを見る。
頭。
肩。
腕。
そして。
破れた服。
「また怪我してる」
「もう治る」
「そういう問題じゃない」
「じゃあどういう問題?」
セラが眉を寄せる。
「心配するっていう問題」
ギーファが黙る。
「……すみません」
ヴァルドが吹き出した。
「お前、戦場より弱いじゃん」
ギーファが睨む。
「うるせぇ」
セラがヴァルドを見る。
「ヴァルドも怪我してるでしょ」
「え?」
「座って」
「俺も?」
「当たり前」
ヴァルドがギーファを見る。
ギーファが笑う。
「ざまぁ」
「お前、後で覚えとけよ」
セラが二人を見る。
「二人とも」
「はい」
「はい」
即答。
◇
夜。
村の外。
小高い丘。
ヴァルドとギーファは並んで座っていた。
遠く。
今日の戦場。
僅かに煙が残っている。
「なあ」
ヴァルドが言う。
「何」
ギーファは草を一本咥えている。
「いつまで続くんだろうな」
「何が」
「これ」
ヴァルドが遠くを見る。
「倒しても」
「追い返しても」
「また別の国が来る」
ギーファは黙る。
ヴァルドが続ける。
「今日も三人死んだ」
「先月も」
「その前も」
ギーファが草を吐き捨てる。
「だから?」
ヴァルドが見る。
「俺はいつか」
少し間。
「アルヴァが剣を持たなくていい時代を作りたい」
ギーファが即答した。
「無理だろ」
「早ぇよ!」
「だって無理だ」
「なんで」
ギーファが指を折る。
「俺たちは強い」
一本。
「土地も豊か」
二本。
「水もある」
三本。
「鉱山もある」
四本。
「欲しがる奴はいなくならねぇ」
ヴァルドが眉を寄せる。
「だからって諦めるのか?」
ギーファが見る。
「違う」
剣の柄へ手を置く。
「来た奴を追い返す」
「俺はそれでいい」
「それじゃ、ずっと戦い続けることになる」
「守るためならな」
ヴァルドが黙る。
二人の間を。
風が抜ける。
しばらくして。
ヴァルドが村を見る。
灯り。
家。
人。
「俺たちが」
「普通に暮らしてる奴らだって分かれば」
「変わる奴もいるかもしれない」
ギーファがため息をつく。
「甘いな」
「よく言われる」
「……本気で言ってんのか?」
「何が?」
ギーファの眉が寄る。
「他国の連中と話し合うって?」
「他国だけじゃない」
ヴァルドは遠くを見る。
「俺たちを敵だと思ってる奴ら全員だ」
ギーファが鼻で笑う。
「もっと無理だろ」
「やってみなきゃ分からない」
「昨日、そいつらに殺されかけたばっかだぞ」
ヴァルドがギーファを見る。
「昨日来た奴らが、外の奴ら全員じゃないだろ」
ギーファは黙る。
ヴァルドは少し笑った。
「話せる奴がいるなら、俺は話してみたい」
「俺たちが何者なのか」
「何を守って戦ってるのか」
「ちゃんと知ってもらえれば――」
村の灯りを見る。
「剣を抜かなくても済む相手が、一人くらい増えるかもしれない」
ギーファがため息をついた。
「……やっぱり甘いな」
「よく言われるって」
「そのうち騙されるぞ」
ヴァルドが笑う。
「そん時は助けてくれ」
ギーファが鼻で笑った。
「嫌だね」
「冷てぇな」
「自分で何とかしろ」
「幼馴染だろ」
「関係ない」
二人が笑う。
この時は。
まだ。
ただの冗談だった。
◇
翌朝。
ヴァルドは一人。
村から少し離れた森を歩いていた。
昨日の戦闘。
別の侵入者が残っていないか。
確認するための巡回。
「……」
鳥。
風。
木々。
静かだった。
その時。
ヴァルドが止まる。
地面。
赤。
「……血?」
しゃがむ。
指先で触れる。
まだ新しい。
ヴァルドが視線を上げた。
血痕は。
点々と。
森の奥へ続いている。
ヴァルドは剣へ手を置いた。
ゆっくり。
進む。
血。
折れた枝。
踏み荒らされた草。
そして。
「……」
木の根元。
一人の青年が。
倒れていた。
上等な服。
だが。
酷く破れている。
肩。
腹。
血。
かなり深い傷。
ヴァルドが警戒しながら近づく。
「おい」
反応はない。
「生きてるか?」
青年の目が。
僅かに開いた。
「……」
ヴァルドを見る。
その顔。
その装い。
そして。
青年の目が僅かに見開かれた。
「……その姿……」
掠れた声。
ヴァルドの手が剣の柄へ触れる。
青年は。
苦しそうに息をしながら。
呟いた。
「……アルヴァの民か……?」
ヴァルドは。
青年を見下ろす。
「だったら」
一拍。
「なんだ」
二人は。
まだ知らない。
この出会いが。
アルヴァという民の未来を。
大きく変えることになるなど。
圧倒的な肉体と戦闘技術を持ちながら、彼らが望んでいたのは戦争ではなく、ごく普通の暮らしでした。
「アルヴァが剣を持たなくていい時代を作りたい」
そう願うヴァルドと、
「そのうち騙されるぞ」
そう警告するギーファ。
そして翌朝、ヴァルドが森で出会った一人の青年。
この出会いは、アルヴァに何をもたらすのか。
次回もよろしくお願いします!




