滅ぼされた民族
「自分が何者から生まれたのか」
老エルフから告げられた言葉が気になり、ザインは古い塔を訪れる。
そこで語られるのは、ザイン自身も知らなかった自らのルーツ。
そして、六百年前に存在したという一つの民族について――。
第46話、よろしくお願いします!
翌朝。
ザインは、王城の一角にある古い塔の前へ立っていた。
「……ここか」
見上げる。
他の建物とは明らかに雰囲気が違う。
白い石造りの王城の中で、その塔だけは古びた灰色の石で造られていた。
蔦が壁を這い。
窓も少ない。
どう見ても、人が頻繁に出入りする場所ではない。
ザインは扉を見る。
「入りづら……」
しばらく立っていたが。
やがて。
「まあ、呼ばれたしな」
扉へ手をかけた。
ギィィ――。
重い音。
中は薄暗い。
「お邪魔しまーす」
返事はない。
ザインは中へ入る。
古い本。
巻物。
石板。
棚。
壁には、見たこともない文字が刻まれている。
「……すげぇな」
一歩。
また一歩。
奥へ進む。
「来たか」
声。
ザインが顔を上げた。
昨日の老エルフ。
小さな机の前に座っている。
「来ましたよ」
ザインが近づく。
「随分早かったの」
「気になったんで」
「ほう」
老人が少し笑う。
「昨日は、随分と面倒そうな顔をしておったが」
「そりゃ」
ザインが椅子を見る。
「いきなり自分のルーツがどうとか言われたら、面倒そうにもなるでしょ」
「それでも来た」
「……まあ」
ザインは椅子へ座る。
「気にはなるんで」
老人が頷いた。
「それでよい」
ザインは机へ肘をつく。
「で?」
「何から聞けばいいんです?」
老人はすぐには答えなかった。
代わりに。
机の上。
一冊の古びた本を置く。
かなり古い。
革張り。
端は擦り切れている。
ザインが見る。
「何これ」
「古い記録じゃ」
老人が本を開く。
文字。
ザインには読めない。
「読めねぇ」
「当然じゃ」
老人がページをめくる。
一枚。
また一枚。
そして。
古い絵。
ザインの手が止まった。
「……」
そこに描かれているのは。
人。
数人。
剣を持つ者。
槍を持つ者。
子供。
女性。
普通の人間と。
見た目は。
ほとんど変わらない。
ただ。
老人が指を差す。
「この者たちを」
ザインが見る。
「かつて」
一拍。
「アルヴァと呼んだ」
ザインの眉が動いた。
「アルヴァ?」
聞いたことがない。
一度も。
「民族?」
「そうじゃ」
ザインは絵を見る。
「……人間に見えるけど」
「外見上はな」
老人がページをめくる。
今度は。
戦闘。
巨大な魔法。
それを真正面から受け止める男。
ザインの目が僅かに細くなる。
「何これ」
「アルヴァの戦士じゃ」
「魔法、直撃してない?」
「しておる」
「死んでないじゃん」
「そういう民じゃった」
ザインが老人を見る。
「……は?」
老人は淡々と続ける。
「魔力を持たぬ」
ザインの表情が止まる。
「魔法を扱えぬ」
ザインの目が少しだけ見開かれる。
「だが」
老人が机の上。
古い図へ指を置く。
人の身体。
その内部。
細い線。
何本も。
全身へ。
ザインが黙った。
老人は。
ゆっくり言う。
「身体の中に」
「通常の人間には存在せぬ、極めて細い経路を持っていた」
ザインの目が。
完全に。
図へ固定される。
「……」
老人は続ける。
「周囲の魔素を吸収し」
「それを魔力として外へ放つのではなく」
「全て」
図の身体を指す。
「己の肉体へ使う」
ザインの手が。
僅かに止まった。
「……待って」
老人が見る。
ザインは。
自分の胸へ手を当てる。
「それ」
声が少し低くなる。
「俺と同じじゃん」
老人は答えない。
ザインが老人を見る。
「昨日言っただろ」
「俺の身体にもそういうのがあるって」
「聞いた」
「じゃあ」
ザインの眉が寄る。
「……何?」
老人が静かにザインを見る。
「まだ分からぬか」
「何が」
「ザイン」
老人が。
はっきりと告げる。
「お主は」
一拍。
「アルヴァの血を引いておる」
静寂。
ザインは。
何も言わなかった。
風。
窓の隙間から。
僅かに入る。
古い紙が一枚。
揺れた。
ザインが。
少し笑う。
「……いや」
老人を見る。
「急にそんなこと言われても」
「だろうな」
「アルヴァなんて初めて聞いたし」
「そうじゃろう」
「俺の親父もそんなこと言ってなかった」
「知らなかった可能性もある」
ザインの表情が変わる。
「親父が?」
「六百年じゃ」
老人が言う。
「血は続いても」
「記憶は残らぬこともある」
ザインは黙る。
「……六百年?」
老人が頷く。
「アルヴァが、この世界から姿を消したのは」
ザインを見る。
「およそ六百年前」
ザインが。
ゆっくり。
椅子へ座り直す。
「……消えた?」
「そうじゃ」
「どこかに移住したとか?」
老人は。
首を横へ振った。
ザインの目が細くなる。
「……じゃあ」
老人が答える。
「滅びた」
短い言葉。
ザインの表情から。
少しだけ軽さが消える。
「……全員?」
「ほぼな」
ザインが机を見る。
「ほぼ」
「ごく僅かに」
老人がザインを見る。
「生き残った者がいた」
ザインは。
何も言わない。
だが。
理解した。
その生き残り。
その血。
六百年。
それが。
自分まで。
繋がっている。
「……」
ザインが額へ手を当てる。
「ちょっと待って」
老人は待つ。
「整理する」
「好きにせい」
ザインが指を立てる。
「まず」
「俺には魔力がない」
「そうじゃ」
「魔法も使えない」
「そうじゃ」
「周りの魔素を吸って身体に使う」
「そうじゃ」
ザインが老人を見る。
「それが」
「アルヴァ?」
老人が頷く。
「そうじゃ」
ザインが。
長く息を吐く。
「……マジか」
老人が少し笑う。
「少しは信じる気になったか」
「信じるっていうか」
ザインが自分の腕を見る。
「一致しすぎてる」
「そういうことじゃ」
ザインは。
古い本を見る。
ページ。
戦うアルヴァ。
魔法を受ける。
それでも立つ。
そして。
ザインの目が。
次の記述へ。
「……強かったの?」
老人が見る。
「何がじゃ」
「アルヴァ」
老人の口元が。
少しだけ変わった。
「強かった」
「どれくらい」
「当時」
老人は椅子へ深く座る。
「魔法を持たぬ民でありながら」
「最も戦争を避けられる民族の一つじゃった」
ザインが首を傾げる。
「戦争を避けられる?」
「襲えば」
老人が答える。
「ただでは済まぬからじゃ」
ザインが少し笑う。
「なるほど」
老人が別の記録を開く。
地図。
一つの地域。
広い。
山。
川。
平野。
「アルヴァの土地は豊かだった」
「水」
「農地」
「鉱物」
「狩場」
ザインが見る。
「そりゃ狙われるな」
「そうじゃ」
老人が頷く。
「当時は今より遥かに戦争が多かった」
「国が国を攻め」
「種族が種族を攻め」
「土地を奪い」
「資源を奪う」
「そんな時代じゃった」
ザインは黙って聞いている。
「アルヴァも」
「何度も襲われた」
老人が絵を指す。
戦場。
大勢の魔術師。
それに突っ込むアルヴァ戦士。
「だが」
「簡単には落ちなかった」
ザインが見る。
「魔法使えないのに?」
「魔法がないからこそ」
老人が答える。
「身体を磨いた」
「剣を磨いた」
「戦い方を磨いた」
ザインの目が僅かに細くなる。
「……」
何か。
妙な感覚。
自分と。
似ている。
老人がザインを見る。
「お主も」
「そうであろう?」
ザインが老人を見る。
「まあ」
腰の剣へ手を置く。
「俺にはこれしかなかったから」
老人が。
ほんの少し。
寂しそうに笑った。
「……やはりな」
ザインが眉を寄せる。
「何?」
「いや」
老人は首を振る。
「ただ」
「よく似ておると思っただけじゃ」
「誰に?」
老人は答えなかった。
ザインが。
少しだけ。
気になる顔をする。
だが。
老人は次のページへ。
「問題は」
声が変わる。
「ここからじゃ」
ザインも表情を戻す。
「何が?」
老人が。
本を閉じた。
「アルヴァが」
一拍。
「なぜ滅んだのか」
ザインが黙る。
「さっき」
ザインが言う。
「六百年前って言ったよな」
「言った」
「誰にやられた?」
老人は。
すぐには答えない。
ザインが眉を寄せる。
「知らない?」
「知っておる」
「じゃあ」
「ザイン」
老人が遮る。
「先に一つ聞く」
ザインが見る。
「何?」
老人は。
静かに。
問いかける。
「もし」
「自分の祖先が」
「騙され」
「裏切られ」
「滅ぼされたと知ったら」
ザインの表情が。
僅かに変わった。
「お主は」
「どうする?」
ザインが黙る。
老人は続ける。
「復讐するか」
一拍。
「許すか」
ザインの眉が寄る。
「……なんで今それ聞くんだよ」
「答えぬでもよい」
「じゃあ聞くなよ」
老人が少し笑う。
「今はな」
ザインは。
老人を見る。
「……」
この老人は。
何かを知っている。
いや。
もう。
ほとんど確信した。
これから聞く話は。
ただの昔話ではない。
老人が立ち上がる。
「ザイン」
「何」
「昨日」
「わしはお主へ問うた」
ザインが思い出す。
――知りたくはないか。
自分が何者から生まれたのか。
老人は続ける。
「今一度問おう」
ザインを見る。
「知りたいか?」
「アルヴァという民が」
一歩。
「どのように生き」
「誰を信じ」
そして。
「どのように滅んだのか」
ザインは。
しばらく黙っていた。
机の上。
古びた本。
そこに描かれた。
自分と同じ。
魔法を持たない人々。
六百年前。
消えた民族。
ザインは。
椅子へ深く座った。
そして。
老人を見る。
「……聞かせてくれ」
老人が。
ゆっくり頷いた。
「よかろう」
窓から。
風が吹く。
古い紙がめくれる。
一枚。
また一枚。
「今から」
老人の声が。
静かな塔へ響いた。
「六百年前の話をしよう」
――六百年前。
世界では。
今より遥かに多くの戦争が起きていた。
そして。
数多の国に狙われながらも。
決して屈することのなかった民がいた。
魔法を持たぬ。
戦士たちの民族。
その名を。
――アルヴァ。
物語は。
六百年前へと遡る。
ザインの身体に隠されていた秘密。
魔力を持たず、魔法を扱えず、周囲の魔素を己の肉体へ取り込む民族――アルヴァ。
そしてザインは、その血を引く者でした。
しかし、なぜこれほどの力を持った民族が六百年前に滅びたのか。
誰を信じ、誰に裏切られ、何が彼らを滅亡へと導いたのか。
次回から、物語は六百年前へ。
アルヴァ族の物語が始まります。
次回もよろしくお願いします!




